暮らしの森|買い物は金額より後味
ある日のこと。マダム・ザマスが台所に立っていると、玄関の方がにぎやかになった。
「かあさーん、いるー?」
返事を待たずに扉が開く。
いつもの調子で入ってきた娘は、小さな箱を差し出した。
「見てこれ。今日、発売日だったの」
その場で箱を開け、手首に装着する。
「どう?」
くるりと返して見せた。
マダムは一瞬だけ目を向ける。
「……変わった時計ざますね」
「スマホと繋がるの。便利よ」

マダムは湯を注ぎながら問う。
「随分、高そうに見えるざます」
「まぁね」
娘はあっさり答える。
「でも長く使うから。一日換算したら安いわよ」
マダムはふと視線を上げた。
「そういえば、こないだも新しいスマホを手に入れていなかったざますか?」
「浪費は未来の涙ザマス」
「毎日使ってるわよ。アプリが重くちゃ作業効率も悪いでしょ?」
そう言いながら、手首の時計に軽く触れた。
「これは通知と健康管理。無駄な確認が減るの。結局お金で時間を買ってるのよ」
「……なるほど。理由が明確ざますね」
マダムは火を止め、やかんの湯を急須へ移す。
「あ、いいわ。今日は急いでるのよ。
じゃ、また来るから!」
扉がバタンと閉まり、家の中は静かになった。
「……相変わらず慌ただしい娘ざます」
◆
午後。
森の広場で、メイはモコを呼び止めていた。

「ねえねえ、これ見て!」
メイは袖をつまんで、その場でくるりと一回転してみせた。
「この色、今年の流行りなんだって。一緒にいた友だちがね、すごく褒めてくれて」
「どう?」
モコは目を丸くする。
「わー、かわいいモコ。メイに似合うモコ〜」
「でしょ?」
メイは満足そうにうなずいた。
その時、二人の背後から声がかかる。
「メイ、買い物ざますか」
振り返ると、そこにはマダムが立っていた。
「あ……、はい。友だちと街に行ってて。
あっ、マダムも見てください、これ」
マダムは素材に軽く触れた。
「素敵ざます」
メイの顔がぱっと明るくなる。
「そうなんです! ちょっと高いかな?って思ったけど。でも限定カラーだし、今しかないと思って!」
「いい色ざます」
メイは両手を口元に寄せて、はにかんだ。
少しの間の後、マダムが問いかける。
「では、これは長く着る予定?」
メイは一瞬、言葉に詰まる。
「えっと……今シーズンは」
「高いのに、ざますか?」
「いや……、来年も……多分?」
マダムは小さくうなずいた。
「多分で買うのも悪くはないざます」
「ただし……
“後悔する覚悟”も一緒に持つことザマス」
「は、はーい……」
マダムはにこやかに微笑むと、森の奥へと消えていった。
「メイー、高いってなんだモコ?
木の上モコ?」
「んー……。今のうちに、いっぱい着よ」
◆
その日の夕方。マダムはカップから立ち上る湯気を見つめていた。
今日の時計と服。片方は価値で選び、
片方はその瞬間の高鳴りで選んでいた。
「理由が……あるかどうかざますね」
マダムはカップを持ち上げた。

「買い物は、“金額より後味”ざます」
この森をもう少し歩く🐾
マダム・ザマスってどんな人?
マダムの教えでメイがちょっと得した日⬇︎
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