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【番外編】家計講座を終えて─マダムの知恵はどこから来るのか

家計講座が終わった日の夕方だった。
椅子を片付けながら、メイがふと首をかしげる。

「ねえ、マダムって……なんでそんなに詳しいんですか?」

声に気付いてマダムは振り返る。

家計のことだけじゃない。
生活の工夫も、スマホのアプリの話も。
森ではあまり聞かない話が当たり前みたいに出てくる。

「森ではスマホ持ってる人、少ないじゃないですか。なのに、やたら詳しいし」

少し考えてから、メイは首をかしげた。

「あれっ……?そういえばマダム、スマホ使ってるとこ見たことないかも」

マダムは、ほんの少しだけ窓の外に視線をやった。

「詳しい人ほど、表には出さないものざます」

メイは「ふーん?」と首をかしげたまま帰っていった。



その日の夕方。

「かあさーん。いるー?」

ノックもそこそこに、マダムの家の扉が開く。

「今日発売だったのよ、朝から並んじゃった。」

バッグから取り出したのは、新しいスマホだった。

「見てこれ。今度のは二つ折りなの」

「……最近はそういう形ざますか」

「コンパクトでしょ?でもね、それだけじゃないのよ。今回のはね、初心者でも迷わないように作ってあるの。設定もすごく簡単だったわ」

マダムは静かに聞いている。
娘はお茶を飲みながら続けた。

「最近って、性能より『迷わせない設計』が評価されるのよ」

「考えなくても直感で使えるからいいわよ。かあさんも持てば?」

マダムは湯のみを持ったまま、小さくうなずいた。

「今のままで十分ざます」

「ふうん。そう」

一通り話し終えると、娘は満足したように息をついた。

「ところでかあさん、講座ってひと段落したの?みんなの反応どうだった? 」

マダムは、湯のみを持ちながら答える。

「そうざますね……。
余計な所で迷わなくなっていれば十分ざます」

娘は一瞬きょとんとしてから、くすっと笑う。

「……なにそれ。まるでこのスマホじゃない」

「似ているざますね。道具も、家計の仕組みも。迷いが減れば、それだけで扱いやすくなるざます」

「なるほどね。やることを増やすんじゃなくて、考えなくて済む家計簿ってことね」

娘はスマホをバッグに滑り込ませながら続ける。

「ま、何かあったら言って。テンプレくらいならすぐ作るわよ」

「……仕事の方は、忙しくないざますか?」

娘は一瞬、肩をすくめる。

「別に、そのくらい手間じゃないわ。かあさんが慣れないものに時間使う方が無駄よ」

娘は立ち上がりコートを手に取った。

「じゃ、また来るわ」

そう言うと、マダムの家を後にした。

「……相変わらず、慌ただしいざますね」



数日後。森の広場で司書のアキラがぽつりと言った。

「最近、新しいスマホが出たらしい。気になっているんだけど……、僕に使いこなせるかどうか」

するとメイが、あっけらかんと笑った。

「えー、アキラさん大丈夫だって。使ってれば慣れるよ」

「ならいいんだけど……」と、アキラは苦笑いしている。

「いやいや、私でも使えてるし。楽しいよー?スマホ。」

そう言って、メイはスマホを持つ手をひらひらと振った。

その背後から、静かな声が差し込む。

「今回のものは初心者向けざます」

二人が振り返る。

「迷う場面を減らす設計になっているざます」


「迷う場面が、減る……」
アキラはごくりと息を飲む。

「道具は、人を賢く見せるものではないざます」

マダムは静かに笑う。

「人を迷わせないものほど、良い道具ざます」

アキラは少し考えたあと、小さくうなずいた。

「……それなら、僕にも使えそうだ」

マダムは静かに微笑むと、森の奥へ歩いていった。

メイが小さくつぶやく。

「……マダム、何者?」

森の教室には、静かに話を聞き、必要な言葉だけを渡す人がいる。

けれどその知恵の裏には、もう一つの視点があることを、まだ誰も知らない。




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