昔の恋心とPhiladelphia Eaglesの自閉症 啓発運動
-Philadelphia EaglesとAutism、そしてTemple時代の記憶-
今回の投稿は、以下の投稿の続編に近い。
■ Philadelphia Eagles
先月4月はAutism Awareness Month (自閉症啓発月間) だった。
私は昔から、Philadelphia Eaglesが大好きだ。NFL (アメリカンフットボール) のチームであり、1933年創設の歴史あるフランチャイズ。これまでリーグ優勝を4度経験し、2018年には悲願だったスーパーボウル初制覇、2025年は2度目のスーパーボウルを制覇した。アメリカには数多くのスポーツチームがあるが、Eaglesほど「街」と一体化しているチームは少ないと思う。Philadelphiaという街そのものが、Eaglesなのだ。
私はTemple University時代、その空気を毎日のように感じながら生きていた。しかし、最近になって私はEaglesを別の角度から見るようになった。それが、以前も紹介したEagles Autism Foundationだ。
■ Eagles Autism Foundation
Eagles Autism Foundationは、自閉症研究・支援・啓発を目的とした財団である。ただ、ここで重要なのは「何をしているか」だけではない。この財団が「どうやっているか」だ。多くのプロスポーツチームや企業も社会貢献活動は行う。寄付もする。イベントも開く。啓発キャンペーンを行う。それ自体は素晴らしい。しかし、多くの場合、それらは単発で終わる。
しかし、Eaglesは違うのだ。彼らは、自閉症というテーマをチームの「構造」の一部として扱っている。2025年、EaglesのオーナーのJeffrey Lurieとその家族は、Children's Hospital of Philadelphia (CHOP) と University of Pennsylvania (Penn)に対して5000万ドル以上を寄付し、「Lurie Autism Institute」を設立した。
以前も書いたが、私は記事を読んで驚いた。これは単なる慈善活動ではない。「研究」「医療」「コミュニティ」を統合する巨大プロジェクトだったからだ。Lurieは記事の中で、
“research was too dispersed”
「研究が分散し過ぎていた」と語っていた。
この言葉が、妙に印象に残った。バラバラに存在する善意や研究ではなく、それらを繋ぎ、1つの「システム」にする。それが彼のやろうとしていることなのだ。
Eagles Autism Foundationのイベントは単なる慈善イベントではなく、Philadelphiaという街全体を巻き込むコミュニティ運動になっている。Eaglesは、自閉症を持つ本人だけでなく、その家族や支援者にも「声」を与えようとしているのだ。
Lurie自身も家族にASD当事者がいることから、この活動を非常に個人的な使命として捉えており、「1つの組織だけでは解決できない」と語る。だからこそ、病院・大学・研究機関・地域社会を繋ぎながら、Philadelphiaから世界規模の変化を生み出そうとしているのだ。
■ Eagles Autism Challenge
そして、つい先日、2026年5月9日(土)に第9回 Eagles Autism Challengeが開催された。Eagles Autism Challengeとは、Philadelphia Eaglesが毎年開催している、自閉症研究・支援のための大型チャリティイベントだ。簡単に言うと、
「Philadelphiaの街全体で行う、スポーツ×慈善×コミュニティの巨大イベント」
である。
主な内容は、自転車ライド (10マイルなど)、5Kラン(& ウォーク)、感覚過敏にも配慮した “Sensory Walk”、Eagles 本拠地スタジアム内でのイベント、選手・OB・チアリーダーとの交流、家族向けアクティビティ、そして募金キャンペーンなどだ。会場はEaglesの本拠地、Lincoln Financial Field 周辺で行われる(LFFはTemple Universityのアメフトチームの本拠地でもある)。

私が驚くのは、その規模だ。今回の2026年のEagles Autism Challengeでは、6800人以上が参加し、なんと1600万ドル以上を調達したのだ。初回の2018年以降で累計5600万ドル以上を調達している。この資金を223の研究・地域支援プロジェクトに提供しているのだ。このEaglesの取り組みは、自閉症の啓発が盛んなアメリカでもかなり巨大な規模な運動に成長している。
■昔の恋の思い出と繋がる
と、以上のことはInstagramやFacebook、そしてthe Philadelphia Inquirer経由である程度は把握している内容だった。
しかし、今朝 Facebookのフィードを見ていてびっくりした。Temple時代の友人 Jennとその家族も今回のEagles Autism Challengeに参加していたのだ。
EaglesのTシャツを着たJennが家族との写真を添えて、
"Such a great event! Thank you to everyone that donated! 💚"
と書いていた。
私とJennは同じ街 Manayunkに住んでいた。同じタイミングでTempleまでの電車に乗ることが多かったので、よく話すようになった。正直に言うと、当時の私は彼女に憧れていた。年上で、落ち着いた雰囲気の女性だった。ニューイングランドはコネチカット州の出身で、フィラデルフィアに引っ越してきた人だった。仕事を辞めて、大学に通い直していたのだ。残念ながら、Jennは私より先に卒業したので、途中で会うことはなくなったが、SNS上では今もやり取りはしている。
しかし十数年後の昨日、
Jennが家族でEagles Autism Challengeに楽しそうに自然に参加しているのを見て、私は改めて思った。
「Philadelphiaは全部繋がっている」と。
Eagles
Temple
Penn
CHOP
そして、そこに住む普通の人々。
それらは別々の組織ではない。
同じ街の中で、同じ空気を吸いながら繋がっている。
しかも重要なのは、Eagles Autism Foundationが「特別な慈善イベント」になっていないことだ。Jenn一家のような(彼女の家族が自閉症なのかもしれないが)、ごく普通のPhiladelphiaの家族が自然に参加している。
これはもう“慈善”ではない。Philadelphiaという「街の文化」なのだ。
Eagles Autism Challengeのスローガンはこう書かれていた。
“Awareness to Action”
「認知から行動へ」
普通はAwareness (啓発)で止まる。
SNS投稿
ロゴ変更
啓発月間
しかしEaglesはその先に行く。
研究。
病院
Penn
Temple
Thomas Jefferson
コミュニティ
週末のファミリーイベント
全部が繋がっている。
そして私は最近、ようやく気づき始めている。
なぜ自分がPhiladelphiaという街に惹かれたのか。
なぜEaglesを好きになったのか。
それは偶然ではなく、自分の価値観の“OS”が、最初からそこに適合していたからなのかもしれない。
私はよく「Philly OS」「Temple OS」という言葉を使う。それは単なる思い出ではない。「価値観の設計図」なのだ。
社会課題を直視すること。個人の問題を、社会全体の問題として扱うこと。そして、それを“構造”として解決しようとすること。
Eaglesが自閉症に対して行っていることは、まさにこれだ。
だから私は、このチームに誇りを感じる。自分が愛したPhiladelphia Eaglesが、自閉症というテーマに本気で向き合っていること。
母校のTemple Universityが、そのエコシステムの一部であること。
そして、自分自身もまた、その特性を持ちながら生きてきたこと。
「全部が、今になって繋がった」と感じている。
だから私は思う。
Philadelphia Eaglesを好きで良かった。
Philadelphiaに住んでで学んで良かった。
そして、この街の空気を吸いながら生きた時間は、間違いなく自分の一部なのだと。
昔抱いた恋心の思い出と、Eaglesの自閉症啓蒙の活動がまさか繋がるとは思いもしなかった。昔を懐かしく嬉しく思いながら、過ごせた週末となった。
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