自閉症ブームと資本主義
―診断の爆発、PEの流入、そして歪むケアの構造―
4月は自閉症啓発月間ということなので、自閉症関連の記事も投稿出来たらと思う。
The Economistに自閉スペクトラム症関連の興味深い記事を発見したので、今回取り上げることにした。
記事によると、2026年のアメリカでは自閉症ケアの需要が急増し、システムがそれに対応しきれなくなっているらしい。
自閉症診断数の急増により、巨大な産業が生み出されたが、その裏側では「コストを押し上げ、ケアを歪めるインセンティブ」が蔓延しているとのことだ。
■ 自閉症
自閉症はスペクトラム障害であり、人によって特性・強み・必要な支援は大きく異なる。マサチューセッツ州バーリントンの療育センターでは、その多様性が如実に現れている。ある子は目を合わせず慎重に課題をこなし、別の子は耳を塞ぎ、感覚刺激に圧倒されている。別の場所では、叫び声をあげる子もいる。現在、アメリカの子供の約3.2%が自閉スペクトラム症(ASD)だ。
重度の場合は日常生活が困難になる一方、軽度の場合は通常の学校に通いながら、コミュニケーションや感情調整に困難を抱えることが多い。更に、自閉症児は消化器疾患、肥満、睡眠障害、てんかんなどのリスクも高い。
■ 診断の爆発
この20年で、アメリカでの自閉症診断は約4倍に増加した。その背景には、スクリーニングの改善や診断基準の拡大などがある。特に増えているのは「軽度・境界的なケース」だ。一方で、重度ケースはほぼ横ばいだ。つまり、"自閉症の増加”というより、“定義の拡張”が起きているのだ。

■ インセンティブが診断を増やす
ある医師は「社会不安などの問題は自閉症に似て見えるが、そのままでは支援が受けにくい。診断があると支援が解放される」と指摘する。つまり、診断がサービスへのアクセス権になっている。結果として、医師は診断を出すインセンティブを持ち、親も診断を求めるようになっている。
■ ABAという巨大市場
診断後、多くの子どもがABA(Applied Behaviour Analysis /応用行動分析)療法を受ける。ABAは望ましい行動を強化し問題行動を減らす療法である。2014年、アメリカ政府は低所得者向け医療制度(Medicaid)でABAのカバーを義務化した。その結果、全米でのABAの受診回数の累計が、2019年の約700万回から2025年には2850万回と、4倍以上に急増している。
■ 州財政を圧迫
MedicaidでのABAのカバーが義務化されたことで、各州の財政を圧迫しているのも事実だ。例えば、ノースカロライナ州ではABA関連費用が2022年の1.2億ドル から2027年には11億ドルに急増する見込みだ。また、ネブラスカ州ではABAセンターへの来診者数が2019年から2025年で2560%も伸びている。ABAは事業者にとって収益性の高い市場となっているが、州政府にとっては、もはや州最大級の歳出項目になりつつある。

■ 不正と過剰治療
不正請求と過剰治療も問題になりつつある。不正請求として、無資格スタッフの雇用、ASDでない子への請求、そして数億ドル規模の不適切支出などが明るみになりつつある。また、合法的な歪みではあるが、過剰治療も蔓延しつつある。ABAは「時間課金」なので、ある意味、長時間やるほど儲かる仕組みだ。その結果、軽度ケースであっても過剰介入するケースも目立ち、週10時間以上の治療の割合が倍増している。
■ PE(プライベートエクイティ)の参入
実は、この市場にPEからの資金が流入している。2017〜2022年のABA施設のM&Aの85%がPE主導で行われた。2024年には、574施設がPE所有となっている。なぜPEが自閉症ケア市場に参入してくるのか?
その理由は至ってシンプルだ。
今後も需要の増加が見込める上に、連邦予算や州予算という公的資金の存在で安定収益が期待される。また、分散市場であるため、ロールアップし易いのだ。
■ 質の問題
提供する医療サービスの質も問題になりつつある。日本の介護施設と類似しているが、低賃金であるため、スタッフの離職率が高い。しかも、スキル差が大きい。ABAの行動療法士の数は、2014年は328人であったが、2024年には246,000人にまで急増している。この急拡大が質のばらつきを招いてしまっているのだ。
■ 本質的な問題
本来、自閉スペクトラム症に必要なのは医療・言語療法・作業療法を統合したケアだ。しかし現実は、サービスが分断されてしまっていて、統合ケアは極めて少ない。
■考察
アメリカの自閉スペクトラム症の診断急増とそれに伴う対応の困難さは、単なる医療問題ではないと感じる。これは、完全にPEモデルの話なのだ。
① 「診断=市場創造」
ビジネス化しつつある自閉スペクトラム症(ASD)の状況は、正に完全にPEの教科書的な例と言える。障害の定義を広げ、市場を拡張し、需要を作る。つまり、ASDは「拡張可能な市場」になっているのだ。
② 「時間課金=過剰供給」
これはコンサル・医療・介護すべてに共通するビジネスモデルだ。時間で課金すると必ず膨張する。
私の会社の話と同じ構造で説明可能だ。スーパーマーケットは、構造的に低粗利なので、ビジネス構造で既に負けているのに対して、ABA施設はそもそも高粗利で、Medicaidという制度に乗っかって、収入を連邦政府や州政府に依存しており、儲かるように出来ている。ビジネスモデルで儲かるか儲からないかの勝負が既に決まっているのだ。
③ 「PEが入る条件が完璧に揃っている」
このASDケアの市場は、PE的には実に完璧なのだ。成長市場(診断増)な上に、公的資金(Medicaid)が流れ込み、M&Aが容易で、KPI明確(時間数)が明確なので、戦略や管理もし易いのだ。正に、参入しない理由が無いのだ。
④ しかし「質」は劣化する
これもPEの宿命ではあるが、スケールを優先してしまい、人材の質は後回しで、標準化しやすい部分だけ伸ばしてしまうと、ASDという「個別最適が必要な障害」と最悪の相性になってしまっているのだ。
⑤ ASDという構造的ジレンマ
ASDで苦しんでいる人々は、個別性が極めて高く、標準化が難しいにも関わらず、資本主義は「標準化できるものしか拡大できない」が特性なのだ。このギャップが、過剰治療 × 低品質を生んでいる。
■ 結論
この問題は一言で言うと、「自閉スペクトラム症ケアの資本主義化」だろう。診断増加が市場を作り、政策が需要を保証し、PEがスケールさせ、質が歪む。
私自身がASD当事者であり、PE的思考を持ちつつ、構造分析が好きなため、この記事は非常に面白かった。
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