【こはる流哲学】なぜ私は、こんなにラクすることにこだわるのか――しんどいことをラクにする環境を作りたい
こんにちは!
左官歴10年の女職人こはるです!
アホなのか真面目なのか、どっちなんだ。
素なの?演技なの?
というようなご感想(私の勝手な解釈)を同時期に複数いただいたのでww
なるほど、これは興味深い!
ということで、今回は
過去記事を振り返りながらクソ真面目バージョンでいきます!
答えになるかわかりませんけど笑
1. 私は真面目に「ラクしたい」
私は「現場でラクする研究所|ねこのーと!」と名乗っている。
ちょっとアホっぽい。
だが、それがいい。
サボりたい人みたいにも聞こえるかもしれない。
でも違う。
自分で言うのもなんだけど、
私は根は真面目だ。
…たぶん。
だから、
若いときは理不尽に憤ったし、
カッコつけたかったし、
嫌われたくなかったし、
背伸びをして「大人っぽいね」って言われることに喜んでいた。
それはそれで私だったけど、
ほんの少し自分を偽っているように感じてた。
私は誰…?
誰に何のために嫌われたくないの?
職人の世界に飛び込んで、それが少しずつ解けてきた。
いい子ちゃんでいると、
つ け 込 ま れ る 。笑
言い方は悪いが。
女だから、長くは続かないだろうし、
どうせ辞めるなら、早く辞めればいい。
だから、ちょっとキツく言ってもいいだろう。
お前は役立たずだ。
そう言われてきた。
もちろん、私はただでは転ばない。
「お?やんのか?やってやんよ!!!」
…まぁ、燃えたわけだ。
無駄に。
でも、やっぱり言われっぱなしは腹が立つし、
ニコニコ、ヘコヘコしてたらまた言われる。
だから、私は反撃を開始した。
「こんなやつに好かれる意味ってある?」
人生で初めて、本気でそう思った。
兄弟子に対して随分な言い草だが。
それからは、嫌味を言われたら嫌味で応酬した。
こちらにはいつでも帰る準備がある。
怖いものはなかった。
生意気だと言われたが、
「こっちは覚悟してきてんだよ、帰るって決めつけんな!」
と言い返したりもした。
ちょっとスッキリした。
1年も経てば、ある程度仕事の流れは覚えてきたし、
私に反撃されるとめんどくさいと学習した兄弟子の嫌味は格段に減った。
勝った、と思った。
その一年で学んだことは、
人は変わらない。
自分も変わらない。
だから、自分を出していくこと。
何が楽しいか。
何が嫌なのか。
それを周りに拾ってもらえたら、
環境が変わることがある。
もちろん、変わらないこともある。
でも、全てを飲み込むよりは少しだけ良くなるはずだ。
だって、変わらないと分かれば見切りをつけられるから。居心地が良くなれば、自然と続けられるから。

私は、サボりたいわけじゃない。
しんどい仕事を避けたいわけでもない。
体力的にきつい現場でも、ゲームみたいに攻略できるなら楽しい。
むしろ、そういう現場はけっこう好き。
なんだか、無駄に燃えてくる笑
「おう、やってやんよ!!!」
2. 体がしんどいことと、心がしんどいことは違う
そんな感じで、
体は疲れても、納得感があるなら気分は軽くなる。
工夫できる。効率が上がる。終わりが見える。
そういう現場は、体のしんどさがなんとも言えない達成感に変わる。
でも、身体の負担はそこまでなくても、心がしんどい現場がある。
責任の所在が曖昧。
感情ジェットコースターみたいな人がいる。
言われることが毎分変わる。
失敗は人のせい、成功は自分のものみたいな人がいる。
終わりが見えない。
そうなると、身体まで重くなる。
もう、一歩も動きたくなくなる。
そうすると、
投げやりになって、最後は自分や周りを責めるようになる。

だから、私が減らしたいのは、
体の疲れだけじゃなくて、
本当は心の摩擦だ。
でも、しかめつらしい顔をして、
「こういう理不尽があります。
それはこういった構造からなり〜
だから、あなたはこう対処すべきなのです。」
そんなもの、
心が疲れている時に読めるだろうか?
少し気になる。
クスっと笑える。
警戒心がほどける。
そのまま、読んでくれた人の気持ちがほぐれたらいい。
それが、私の考える「ラク」になること。
3. 寝言は寝て言え「自分を変えればいい」
他人を変えることはできません。
自分を変えましょう。
よく、見かける言葉がある。
私はこれに対して、
「寝言は寝て言え」と思ってしまう。
三つ子の魂百まで。
自分の根本は、なかなか変わらないんだ。
好きなこと、嫌いなことを意識して変えられる?
嬉しいこと、楽しいこと、怖いこと…
それは自分に染み付いている。
本当の自分は変わらないんだ。
じゃあどうする?
屁理屈かもしれないけど、
私が言いたいのはこれ。
「自分を受け入れて、やり方を変える」
今まで我慢していたことを、
ほんの少しずつ出してみる。
つまらない話には、
ほんの少し反応を薄くしてみる。
押し付けられる仕事を、
ひとつだけ断ってみる。
少しずつでいい。
よっぽどのことがなければ、相手の反応は少し変わる。
変わらないなら、それも判断材料になる。
だから、その出方を見る。
自分が嫌だと思うことを、無理に好きにならなくていい。
環境は、少しずつでも変化する。

注意してほしいのは、
必ずしも良くなるとは限らないことだ。
でも、私はそれでもいいと思う。
だって、それで悪化する環境は、
自分にとってひとつも良いことがないから。
「我慢をし続けることが最良の道」
ってことがちゃんと見えるから。
そこから、自分で選べばいい。
耐えるのか、
ガラッと環境を変えるのか。
「簡単に言うな」と思われるかもしれない。
もちろん、全員がすぐに環境を変えられるわけではない。
お金、家族、年齢、体力、住む場所、いろんな事情があるだろうから。
だから私は「嫌なら辞めればいい」と簡単に言いたいわけではない。
ただ、「辞める以外の小さな変化」も、思っているよりたくさんあるかもしれないし、
本当に限界なら、追い詰められているなら、
それ以上耐えずに戦略的な撤退も視野に入れてほしい。
やってみたら拍子抜けするほど簡単だって「可能性」もある。
食いつなぐだけなら、アルバイトだっていい。
お金をもらって勉強できる職業訓練校もある。
住み込みのリゾートバイトなら住む家は用意してもらえる。
頼れる親族がいるなら頭を下げてみるのも手だ。
もしかしたら、
会社に行かなくていいと思うだけで、
「ラク」になることがあるかもしれない。
寄り道した先で、面白いことがあるかもしれない。
でも、「あのまま耐え続けたほうが良かった」と思うことも、
あるかもしれない。
全部、「可能性」の話だけど。
どっちを取るかは、自分次第だ。
それが怖いという人は、無理に辞めなくていい。
「自分を変える」必要はない。
「物事の捉え方 」が変わった時に、動けばいい。
4. 見栄やプライドは、摩擦を増やすことがある
自分の根っこを変える必要はないが、
自分の出し方や置き方は変えられるかもしれない。
マウントを取る。
人の話題を奪う。
他人の評価を下げようとする。
言い訳をする。
これは、自信のなさの裏返し。
自分を守る行為だ。
「理想の自分」を見てほしい。
でも、そこに「等身大の自分」を置くことができない人。
なのかもしれない。
それが染み付いているなら、それは根っこだ。
無理に変えなくていい。
でも、常に「理想の自分」の鎧を着ていると、きっとしんどい。
しかも、失敗した時の落差が大きくなる。
「口先だけなの?」
と言われてしまう。
例えば、
「日本一の左官屋」
と豪語して高い金額で仕事を受けた人が大きなミスをするのと、
誠実に納得できる単価で受けた人が同じミスをするのでは、
受け取られ方が違う。
これは、自分を安売りしろという話ではない。
できないことをできると言うと、
信用の失墜が取り返しのつかないことを招くかもしれないという話。
じゃあ、信用ってなに?
というと、私なりの解釈ではこうだ。
自分のできることとできないことを把握して、
誠実に行動したときの対価。
お客さんとのやりとりを想定してみよう。
あらかじめできないと説明しておけば、
「できないと聞いていたけど、
精一杯やってくれてありがとう。
見た目は悪いけど、機能的に問題がないならそれでいいよ。」
そう言ってもらえるかもしれない。
もし見栄を張って、できると言っていたら?
「できると言っていたじゃないか。
騙したのか?
もうお前には頼まない!」
そう罵られるかもしれない。
これは私の脳内シミュレーションだけど、
相手がよほど偏屈な人でなければ、こんな感じだろう。
どうしても自分の価値が下がるのが怖いなら、
違う方法で価値を上げればいい。
人の評価を下げたり、大見得を切るより、
人をちゃんと褒められる人でいるとかね。
「あの人、ちゃんと人の良いところを見てるよね」
そう思われることも、ひとつの信用になる。
信用が積み上がるということは、
自分が生きやすくなるということだ。
等身大の、自分なりの精一杯で応えればいいだけだから。
無理をする必要は、理論上なくなる笑

なら、猫になればいい💡 ̖́-
だから、自分の見せ方を整える。
これは、自分が無理をしなくていい環境を、
自分で構築していくことにつながる。
頑張れる時だけ、必死になればいい。
全部はうまくいかないだろう。
人間どうしのことだから。
でも、少しでも、
「ラク」をしたいじゃないか。
5. 結論:楽しい形でラクを置きたい
私は楽しく「ラク」に生きたい。
決して全てがうまくいくわけじゃないけど。
でも、自分の環境を変えることが、
最初は怖いってことも知ってる。
線引するって決めたとき、
辞める覚悟で突っ込んでいったんだから。
でも、やってみたらラクになった。
人に恵まれているのはもちろんあるけど、
そんなに怖いことじゃなかった。
それを、
「自分も少し、やってみようかな」
「そんなふうにも考えられるんだな」
って身構えずに思えるような、
深刻になった空気をほどくような、
そんな形で伝えたい。
ラクをするというのは、何もしないことではない。
しんどいことを、心まで壊さずにやるための工夫だ。
だから私は、今日もラクする方法を考える。
私がラクになった方法を分解する。
もし現状を変えられなかったとしても。
猫の手を借りながら、
ちょっと笑える話をしていきたい。
以上、真面目な顔を解除します!
あー肩凝るぅー😿
ね?真面目な私の記事なんて、つまんないでしょ??
って思っちゃうんですよね。
笑える話をしたいとか言いながら、
笑えない回もありますけど笑
猫の絵があれば、だいたい和むよね🐱(雑)
とまぁ、こんな感じですかね?
楽しいことは楽しく!
しんどいことも楽しく!!
ちゃんと考えてる(…と思う)けど、
最後は雑に猫に投げる!!
座右の銘は
「 知 ら ん け ど 」
それが、わたくしこはるです😹
勝手にスペシャルサンクス✨️
こはる着ぐるみ疑惑(仮)を呈していただいたお二人により、
この記事が生えてきました!!
たぶん、何気なく書かれただけだと思うんですけどww
なんだかすごく新鮮で、書きたくなっちゃいました笑
改めて、自分の言いたいことを見つめ直すいい機会になりました!
ありがとうございます。
職人の酸いも甘いも噛み分けた、勝手に共通点が多いと親近感を抱いてる大工のオーサン先輩。
あ、もうひとつ例のスペサン枠残ってますからね!
いつも大型タンカーばりの安定出力で、記事の芯のど真ん中をぶち抜くコメントをくださる頼れるたっちーアニキ。
鋭い洞察力から弾き出される褒めの破壊力たるや!

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