「お前は役立たずだ。」―めちゃくちゃ腹立ったけど、今では感謝しているひとこと― 【理不尽の見分け方】
私が見習いの時に、
親方や兄弟子に言われてめちゃくちゃ腹が立った言葉。
でも、今となっては大切なことを教えてくれて感謝している言葉。
「お前は役立たずだ」
いや、言い方よ。。
※少し前回の内容とかぶっちゃいます。
1. 必死で頑張っていた
あの頃の私は、私なりにめちゃくちゃ頑張っていた。
左官という職業を知ってから半年も経っていない。
モルタルとコンクリートの違いも、
石膏と漆喰の違いも、
そもそも何をする仕事なのかも、
よくわかっていなかった。
だから、
職人さんが作業中に置いた鏝は見つけ次第洗って回ったし、
鏝板の上の材料がなくなった瞬間に、
材料をすくって後ろで待機していたし、
空になったバケツはすぐに材料で満たして、
職人さんが塗り進める少し先へ運んだし、
天井を塗る職人さんの足元には、
途切れないようにウマ(天板が長い脚立)を先回りしてずらしまくった。
一服の時間には、
真っ先にみんなの飲み物を用意してから、
バケツのフチについた材料を拭いたり、
みんなが使った鏝と手板(鏝板)を洗ったり、
次に練る材料を段取りした。
終業の時間が近くなったら、
みんなの手元をしながら使い終わったものを少しずつ回収して車に積んだし、
明日の材料がどれくらいいるか、その日に使った量から推測して段取りした。
思いつく限り動いて、
職人さんの手を一瞬たりとも止めない
くらいの気持ちで頑張っていた。
実際には、全部がうまくできたわけではないけれど。
職人になった今でも、
わりとデキる新人だったと自負している(自画自賛)。
ひとつ問題があるとすれば、
だいぶ生意気だったし、調子に乗っていたと思う。
2. 心ない言葉にしか聞こえなかった
それなのに、
「お前のやってることは仕事じゃない。お前はいてもいなくても同じだ。」
ことあるごとに、何度もそう言われた。
悔しすぎて、
「このハゲー!!」
って何回も叫びそうになった。
当時の親方にとって、ハゲはガチの禁句だ。
実際の頭髪事情については、ここでは触れないでおく。
それでも我慢した私、えらい。
3. 私を支えた宝物
それでも、一人でずっと耐えられるものじゃない。
引っ越してきた覚悟、
馴染もうとした努力、
役に立ちたい気持ち、
それらのすべてを否定されたような気持ちだったのだから。
あまりに腹が立ちすぎて…
いつでも600km先の地元に戻れるように、
引っ越してきた時のダンボールは全て、
年季が明けるまでずっと宝物にしていた。
もう無理!
やめてやる!!
何度も折れそうになったときの、
唯一の心の支えだったんだ。
押し入れいっぱいに入ったダンボールを眺めては、
「うん、私、まだやれる…」
って呟いてたときの私、全力でナデナデしてあげたい。
ちなみに、年の半分以上は出張だったし、
ど田舎過ぎて若者が集まる場所もないし(基本宅飲みらしい)、
あったりなかったりする日曜日の休みは疲れすぎて動けなかったし。。
その土地で友人と呼べる人なんて、ひとりもいない。
「親方が勝手に連れてきただけで、俺達は女を歓迎してるわけじゃない」
そういう話も、始めに聞かされていた。
思い出したら悔し涙出てきた。。
4. 悔しいけど、正しかった
で、本題はここから。
私は今、その時の私が「役立たず」であった意味を正しく理解できたと思う。
だから、
親方と兄弟子には、
やっぱ一発殴りたいけど感謝している。
その理由はこうだ。
どんなに頑張っても、
私は自分の給料すら稼げていなかったことに気づいた。
ど田舎の最低賃金だったのに、だ。
職人の仕事は、
仕上げて、引き渡して、お施主さんが納得して、
そこで初めて売り上げが発生する。
私がやっていたのは、
職人さんが自分たちでできることばかりだった。
私がいなくても、みんなの仕事は回る。
あの人たちの言ったことは、決して間違っていなかった。
つまり、「お前という人間に価値がない」という意味ではなく、
「まだ職人として売上を立てるところまでは届いていない」
「まともに壁を塗れなければ、一人前とは呼べないぞ。」
きっと、そういう意味だった。
(それにしても言い方よ…)
生意気だったから、
叩き潰してやりたかったのもあったかも笑
ダンボール眺めてゾンビのように復活してたけど。
5. その仕組みに、自分も染まってしまった
今の新人くんを見て、
深く納得してしまった自分もいる。
……これは、言いたくなる気持ちもわかるわぁ…。。
ただし、役立たずと言いたいわけじゃない。
それで仕事ができた気になるな、ということ。
自分の"仕事"に満足してしまうと、
その先に進めなくなるんだ。
6. それを評価につなげる
なにも新人くんに対して、
「私たちがお前の給料まで稼いでやってるんだぞ」
という気はない。
そもそも私が日々仕事にありつけているのは、
親方の信用があって仕事の依頼があるわけだから。
私は決まった仕事を任されるだけだ。
その売上をどう配分するかは、親方の決めることだ。
ただ、ひとつ言えることは、
新人くんが自分で気づいて行動を変えられれば、
みんなの評価が格段に上がるかもよ。
ということ。
これは、先輩の立場で言ったら普通にパワハラだね。
7. 大切なスキル
だからこそ、
自分の立場に自分で気づいてほしい。
どう行動したらいいのか。
それは簡単なようで難しい。
言葉にしてしまえば、
仕事ができる人の手を止めないように動くこと。
仕上げができる人に、最大限に動いてもらうことで、
「お前がいれば、仕事が進んで助かるよ。」
と言われるようになる。
仕事も教えてもらいやすくなる。
それを実現させるために、
「見て、覚える」というスキルを身につけることだ。
先輩に教えてもらって覚えることとは、
全く別のジャンル。
教えてもらうことは他人の知恵だけど、
見て覚えた感覚は、自分の財産だ。
8. 見て、覚えることの大切さ
この、「見て、覚える」に賛否両論あるのは知っている。
でも、本当に大事なことだ。
職人の世界だけの話じゃない。
営業マンの方の、お客様との空気の作り方、話の運び方とか。
もっと身近なことで言えば、友達との距離感とか。
一から説明してもらったことが、あるだろうか?
どうしたらいいかな、って悩んで、
人の振る舞いを真似してみたり、
返ってきた反応に一喜一憂したり、
みんなそうやって覚えてきたのでは?
手仕事はほぼ全てそれ。
さすがに教える立場で
「見て、覚えろ」
の一言で終わるのはマズい。
それでは育たない。
しかし、
教えてもらう立場の人が、
「見て、覚えよう」
という気持ちがないと、伸びるのはかなり厳しい。
しかも、ただ見るだけではない。
誰も教えてはくれなかったが、
見るべきポイントがたくさんあることを肌で学んできた。
まとめ
見習いの頃の私は、「役立たず」という言葉に腹を立てることしかできなかった。
でも今なら、少しだけ分かる。
理不尽と思う言葉の裏には、
たまにわかりにくい道理が転がっている。
だからこそ、新人さんには
「自分には価値がない」と受け取らないでほしい。
できることから少しずつ、
信頼を積み上げていってほしい。
ただし、本当に辛い時には、逃げてもいい。
自分を守ることも、大切なスキルです。
「見て、覚える」のは、見るだけじゃありません!
全体を見渡して覚えることです🐱
とはいえ、怖いことばかりでもありません!
私がたくさんの天の声に助けてもらったお話。笑

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