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コーネル・ムンドルッツォ『At the Sea』踊れない私の漂うアイデンティティ

2026年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。コーネル・ムンドルッツォ基ムンドルツォー・コルネール長編十作目。元々はカンヌ映画祭で育った生粋のカンヌっ子だが、今回はベルリンに登場。物語は高名なバレエダンサーで指導者の娘ローラを描いている。幼少期を虐待的な練習に捧げ、その後も父親の様々な遺産と名声の影に置かれる彼女は、夫と二人の子供との関係性を上手く構築できず、苦しみのあまりアルコールに逃げる日々を送っていた。映画は彼女が断酒のリハビリを終えて、久々に実家に戻ってくるところから始まる。17歳くらいの娘ジョシーは常に自分のことしか考えていないローラを敵視しており、8歳くらいの息子フェリックスも久々に会った母親との距離を測りかねている。父親の遺した有名バレエ劇団の代表職にも興味を失いつつあるが、関係者は彼女の名前に縋り付き復帰を迫ってくる…云々。本作品では特にローラと父親、ローラと子供たち(特にジョシー)との関係性が主軸にあり、その自己表現として踊りが置かれている。ローラには踊りしかなく、父親の目を引くために練習に励んでいたが、(恐らく)交通事故の影響で踊れない身体になってしまい、自己を表現する方法を失っている。一方で、ジョシーは型にはまらない自由な身体の動きによってローラを挑発し続ける。ジョシーの存在は、得られなかった反抗という意味でも、上記の踊りと言う意味でも、ローラと合わせ鏡の関係にあるのだ。だからこそ、二人が互いの要素を盛り込んだ踊りを通して理解し合えたようなラストシーンは光り輝く。ただ、それ以外の散乱した挿話の扱い方は記号的すぎるし雑すぎると思う。例えば、もう一人の子供であるフェリックスとの関係は、ある意味で子供時代の自分のトラウマと向き合い新たなアイデンティティを確立するため(つまりジョシーと向き合うための)の肩慣らしのような存在として描かれているし、夫に至っては、ここで母親とか兄弟とか出てくるとややこしくなるけど、テーマ的に子供は登場させたい…という矛盾を叶えるだけの存在に見えた。バレエ劇団を巡る大人たちの攻防も、ローラ自身が興味を失っているからかボンヤリしている。2020年に復帰して以降のエイミー・アダムスの自己破壊的なキャリアにまた一つ加わったと言われてしまうのも納得である。

英語作品になると途端にポンコツになるのは勘弁してほしいが、今のハンガリーで映画を製作することはかなり厳しいと思う。2000年代以降の期待の三大若手と目されていた三人のうち、ムンドルツォーとパールフィ・ジョルジは海外に出てしまい、唯一残っているフリーガウフ・ベネデクは未だにインディペンデントで泥臭すぎる戦いをしている。長生きが多いとはいえ巨匠世代も全く元気ないし、エニェディ・イルディコーも海外に出て、タル・ベーラは亡くなってしまった。先行きには不安が募るばかりだ。

・作品データ

原題:At the Sea
上映時間:112分
監督:Kornél Mundruczó
製作:2026年(アメリカ, ハンガリー)

・評価:60点

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