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はじめての出禁 #短編小説

「……ということで、うちの編集部は出禁(出入り禁止)になりました」

 先輩がデスク(副編集長)と編集長に報告している。もう一人の当事者である自分は、先輩の横で直立不動のまま動けない。これからどう叱責されるのか。自分はどういう処分を受けるのか。いや、編集部は今後どうなるのか…… 目の前が真っ暗になった。

 うちは業界専門誌の編集部。新商品の技術動向から業界のトレンドや各種サービスの利用実態まで忖度なく扱い、取材先からも一目置かれている。けれど中途で入ったばかりの自分は、まだ勉強中だ。取材や編集のやり方はもちろん、業界の慣習とかわからないことが多い。今日も、まさか取材先の広報からクレームの電話があるとは思わなかった。

 先輩と一緒に取材して書いた、ある企業の新サービスの特集記事についてだった。記事の署名は先輩と自分の二人。クレームの内容は、記事の内容ではなく記事に掲載されていた『写真』だ。広報の担当者は電話で一方的に「困ります」と繰り返し、最後に「出禁」だと言って電話を切った。意味がわからず茫然とした直後、広報から「出入り禁止、取材お断り」の旨のメールが届いた。目が点になった。やばい、やばい、やばい……

 出禁となったら取材ができない。取材ができなければ新しい情報が得られなくなるだけでなく、裏も取りにくくなる。自分だけならまだしも、編集部全体の出禁となれば、先輩やほかの記者たちにも迷惑をかける。ああ、なんてことをやらかしたのか……

 しばらくしてPCの前で茫然としている自分に先輩が気づいた。状況を報告すると急遽、編集長やデスクを交えた緊急会議となり、今に至る―― 

 窓際の座席にどっしりと座った編集長の隣で、立ったままゲラを見ていたデスクはちらっと自分を見たあと、ゲラを編集長の前にかざした。
「ここです。このシカケ(図版)の写真。入手した書類を撮ったものです」
 編集長は眼鏡を外すと、ゲラをしげしげと眺めた。
「……これかあ。上下さかさまだしピンボケだし……正直、埋め草みたいなもんだろ」
 入社以来、直属の上司であるデスクは怖い。本当に怖い。でも年配の編集長はいつもニコニコしていて、つかみどころがない人だった。好々爺に見える。ただ、怒ると怖いと先輩は言っていた。
「見つけたのは、先方の広報か?」
 デスクはもともと強面だけど、さらに声が厳しい。
「……はい。見本誌を送ったら今朝、電話があって」
 先輩が自分を見ながら答えた。
「でもさあ、取材のとき先方がこの資料をくれたんだろ」
 編集長がゲラを机に置いた。
「はい……こちらの質問に答える形で何枚か資料をくれて……その中にこれが入ってました」
 手が震えているのを必死に抑えながら、A4の紙ペラを編集長に渡した。

 横からデスクがのぞきこむ。掲載記事に載った「価格表」――先方の社内資料だ。記事では、先輩のアドバイスで、臨場感を出すために価格表をわざと上下さかさまにしたピンボケの写真を使い、『同社から入手した資料』とエトキ(キャプション)をいれた。編集長が指摘したように、記事本文と深く関わるものではなく、イメージ写真というか、文字調整のためにレイアウトしたシカケにすぎない。こんなものに対して先方の広報が慌ててクレームを入れてくるとは思わなかったけれど、広報が言うには先方の社外秘の資料らしかった。

「……お前さ、わかってたんだろ」
 資料を見たデスクが、自分ではなく先輩に詰め寄る。
「……わかっててシカケに使ったろ」
 先輩はデスクから視線を外すと、プイッと横を向いて言った。
「先方の広報がくれたものですから、使っていいものと判断しました」
「しらじらしいな」
「ある意味、スクープですから」
「ピンボケにしてるくせに、それほどのネタかよ」
「デスクも初校でチェックされましたよね」
 それを言っちゃあ――先輩の反撃に案の定、デスクが先輩をにらんでいる。
「……初校チェックのときに、この資料は確認しなかったの?」
 それを見ていた編集長が今度はデスクに目を向ける。そういえば初校チェックのとき、デスクはこの写真について何も言わなかった。
「……いや、まあ……」
 初校でも再校でも、デスクはソースとなる一次資料までは直接見てないはずだ。とはいえ、自分がそれを指摘できる立場じゃない。

 すると、
「すみません! 自分がデスクに提出するのを失念していました!」
 と、いきなり先輩が上半身を倒して頭を下げた。自分も少し遅れてそれに倣う。そのまま、二人とも腰から九十度下げて動かさない。
「……まあ、俺もチェックし忘れたんだから……」
 少したってから、顔は見えないが、さっきと違うデスクの声が聞こえてきた。
「もういいだろ、それくらいで」という編集長の声がして、やっと姿勢を戻す。デスクが苦々しく先輩と自分を見ているようだけど目は合わせない。

 編集長が「校了印を押したのは私だからね……」と言ったあと「……で、先方の広報は回収しろとか、法的手段に訴えるとか言っているの?」と尋ねた。
「そこまでは……」と自分が答えると、すぐに先輩が遮った。
「……取材相手に直接聞いてみましたが、古い資料だし、現場は問題にしていないようです」
 つい、先輩の顔を見てしまう。いつの間に先輩はそこまで……
「本当は記事の内容が気に入らないのを、シカケのせいにしてクレームを入れてきたって可能性は?」
「この内容では、ありえないです」
 これにも先輩が言いきった。それを聞いた編集長がゆっくりとうなずく。
「……おそらく、ミスで資料を出しちゃった広報がパニックになっているだけだな。一方的にうちを出禁にしたっていうのも、担当者の上司へのポーズだろう……」
 編集長は少しニヤッとした。
「……これってWebにはまだ出てないんだよな」
「はい。紙だけです」
「広告は?」
「大事なクライアントだけど、編集部判断に任せるとのことです」
 そこはデスクが答えた。デスクもいつの間に広告に確認を……

 編集長は「そっかあ」とつぶやいたあと、デスク、先輩、自分を順番に見た。
「……じゃあ、Web版はシカケを差し替える準備して。あ、それと、あとで私が行くって先方に伝えてくれるかな」――

◇◇

 編集長が先方を訪問後、落ち込む自分に先輩が記者発表に行こうと言い出した。例の企業の発表会だ。でも、あれきり広報から自分には連絡がない。

 記者発表の会場に着いてすぐ、受付が見えた。先輩と自分はPRESSと書かれた受付に向かう。受付の女性の後ろに、背の高い黒いスーツ姿の男性がいる。例の記事で取材対応してくれた広報さんだ。こちらに気づいて、彼が顔色を変えるのがわかった。同時に自分もごくりとつばを飲み込む。このまま行っても門前払いされるだけなんじゃないだろうか……

 けれど、先輩は何事もなかったように、しれっと受付の女性に名刺を差し出した。
「〇△◇編集部の△△です」
 自分も遅れないように名刺を渡す。
「同じく〇〇です」
 名刺を受け取った女性は社名と編集部名を見るなり、すぐに広報さんに二枚の名刺を見せながら「こちらは……」と振り返った。広報さんは名刺を一瞥して、こちらをじっと見る。

 一瞬、時間が止まる。

「……どうぞ……お入りください」
 数秒ほどして、彼は記者発表会場のほうを手のひらで示した。
 え なんで?…… でも広報さんの顔はこわばっている。すると先輩がその場で頭を下げた。
「……いろいろすみませんでした。でもまあ、今回は痛み分けってことで、今後もよろしくお願いします」

 そう言われた広報さんが、ツカツカとこちらに近づいてくる。やばい。ちょっと後ずさりする。けれど、先輩は微動だにしない。広報さんは渋い顔のまま先輩の前に来ると、受付の女性に見えないように背中を向けて、自分たちだけに表情を和らげた。

「△△さん。こちらこそ。私の立場を気にしていただき……助かりました……」

 彼は自分のほうにも向き合うと「〇〇さん。引き続き、お付き合いいただければ」と小声で言った。びっくりしている横で、先輩が自分にだけニヤリとする。

 そのまま、先輩と広報さんは、何事もなかったように今日の記者発表の内容について話し始めた。ただ、以前の取材のときより、広報さんとの距離がどこか近づいたような気がする。

 何があったのかはよくわからない。

 けれど、一言も聞き漏らすまいと耳を傾けた――


〈了〉


(作者より)
下記の作品は本作の主人公の別のお話です。併せてお読みいただけますと幸いです。緩やかにつながっていますが、単独でお読みいただけます。

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