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【江戸戯作】5枚の浮世絵から生まれた妄想物語~ドクロと語らう楽しい丑三つ時

#なんのはなしですか

当noteは江戸文化をテーマとしています。浮世絵や落語などが出てきますが、それらの知識がまったくなくても問題ありません。むしろ、何も知らないほうが楽しめる、まであります。(2025年9月9日に投稿した記事をリメイクしました)

こんにちは、きのころです。

皆さんは、絵や写真を見て、妄想ストーリーを考えることはありますか?

私はあります。
妄想ストーリーを考える合間に、絵や写真を見ていることさえあります。

話の発端は、江戸文化の記事に使う画像を作成したことでした。
この記事のヘッダー画像としても使用している下のイラストです。

下に並んでいるのは、江戸時代の本屋さんで売っていた黄表紙
今でいう、絵本やコミックのような娯楽本ですね。

じっくり見る必要はありません。
(すべて実在しない適当な本です)

上に並ぶのは、写楽・歌麿・北斎・広重の浮世絵四天王に、
私の大好きな国芳を加えた、五大浮世絵師の代表作です。

それぞれ、実際の絵は次のとおり。

東洲斎写楽
『三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛』

喜多川歌麿
『ポッピンを吹く娘(ぽっぴんを吹く女)』
 ※ポッピン:ガラス製の玩具

葛飾北斎
『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』

歌川国芳
『相馬の古内裏』 通称、がしゃどくろ

歌川広重
『東海道五十三次之内 日本橋』

以上の5作品を無理やり1枚に収めたのが、下の画像なのです。


ここから先はフィクションです。
実在のあれやそれとは関係ありません。

さて、ある夜、草木も眠る丑三つ時(午前2時頃)。
きのころは眠っていなかった。

ずらりと並んだ名画の数々を眺めて悦に浸っていると……

突然、眼の前に、何者かが現れた。


チ、チビ太⁉️

チビ太が化けて出たのかと思ったが、違う。
チビ太というのは、こういう……

チビ太 from「おそ松くん」(赤塚不二夫)

…いや、やっぱり、チビ太か⁉️


生きとったんか、われーーー?

いや、どう見ても、生きてはいないな。

この怪しいドクロが言うことには。

写楽の変顔
歌麿の色気
北斎の大波
広重の活気

この中に国芳の「がしゃどくろ」を挟んで一列に並べると——

国芳の骸骨パワーが四天王の絵の「気」を媒体として増幅する、
「江戸ドクロ召喚回路」が完成するらしい。

な、なんだってーーー!?

——いや、ほんとに、何を言っているのかわからない。

このドクロの名前は「黄表紙ドクロ」

この5枚の絵の並び(流れ)にあわせた、
楽しい「黄表紙」ストーリーを聞かないと成仏できない、と言うのだ。
しかも、途中に自分自身(黄表紙ドクロ)も登場させる必要がある、と。

きのころは、そんなバカな、とは思ったものの、
こんなのに居着かれてはたまらない。

きのころは、ない知恵をしぼり、かわりに、妄想力を働かせて、
次の「黄表紙」ストーリーを話して聞かせたのだった。


ドクロ黄表紙:大波戀愛髑髏道中おおなみれんあいどくろどうちゅう

この絵を見ながらお読みください。

喧嘩っ早い男が、道端で団子を食べる町娘にひと目惚れ。
自分も同じものをくわえてこう言った。
男「お、おめえ……団子が似合うぜ」
女「え? これはポッピンですけど」
男「なにィ!? 団子じゃなくてポッピン!?
  ……どおりで歯ぁ折れると思った」

恋の力は恐ろしい。
たとえ歯が折れても、心は折れない。
その日から男は、酒より団子、団子よりポッピンを吹く日々。

二人は舟遊びに出かけます。
ところが――

ドッカーン!
富士山よりデカい大波がドドーン!

舟はひっくり返り、男女は波間に消えました。

そこに現れたのが、巨大な髑髏どくろ

髑髏「舟の保険に入っておらなんだな。
   命を粗末にするでない」
男 「へい、命も団子も粗末にしません!」
髑髏「……それ、ポッピンだがな。
   地獄もいま満員なのだ。
   仕方ない、もう一度江戸に戻っておけ」
男 「地獄でほっとけとはこのことだ!」
髑髏「わし、仏ではないがな……
   いや、ある意味、ホトケか。」

ありがたい説法を受けて、二人は無事帰還。
夕暮れの橋で再会し、男は決意を述べます。

男 「もう喧嘩はやめだ。団子屋でも開こうと思う」
女 「それなら、あの世行きになっても安心ね」

(髑髏「それ、ポッピン……」)

かくして二人は団子屋夫婦に。
喧嘩を売るより、団子を売ったほうが儲かるのでした。

<終>


きのころは語り終えた。
黄表紙ドクロは、うつろな目から涙を流して喜んだ。

「これでワシも成仏できる……」

きのころも胸を撫で下ろし、ホッと一息。

騒ぎは収まったように思われた。

ところが、次の夜。

またもや、何者かが現れた。


いや、誰やねん?
 

わしの名は「講談ドクロ」!


昨日のヤツより、声がデカい。

講談ドクロが言うことには……

絵の並びにあわせた講談ストーリーを聞かないと成仏できない。
しかも、途中に「講談ドクロ」も登場させる必要がある、と。

仕方がない。
きのころは、昨夜と同様、適当な講談ストーリーをでっち上げた。


ドクロ講談:任侠役者・波間改心の一席にんきょうやくしゃ・なみまかいしんのいっせき

この絵を見ながらお読みください。

さてさて皆さま、お立ち会い。

時は江戸の中頃、町に鳴り響く名は、かの任侠あがりの役者――。
舞台に立てば見得を切り、客はどよめき、木戸銭は山を築く。
しかし裏に回れば、酒に女に博打ざんまい。

ある日のこと、美しき女と出会い、舟遊びへと誘い出す。

ところがどうだ、突如として逆巻く大波!
舟はたちまち転覆、役者は女とともに水底へ。

気を失ったその刹那、目を開けば――

白骨の髑髏が巨体をさらして立っていた!

「汝の過ちは重い。
 だが因果を断ち切るのもまた人の心。」

髑髏はどこからともなく巻物を取り出し、役者に示す。
そこには「赦免状」の三文字。

「この女を守り抜けば、汝の罪は赦す。
 ただし再び驕れば、容赦はせぬぞ」

役者は深々と頭を垂れ、赦免状を胸に抱く。
そのとき波は鎮まり、舟は岸へ。

夕暮れの橋を、役者と女は肩を並べて歩んでいった。
嵐のあとには静かな暮らしが待っている。

……されど、これで一件落着と思うのはまだ早い。
この先、役者の身にさらなる「波乱」が待ち受けておるとは――。

さてさて、ここからがますます面白くなるところですが、
あいにくと、お時間が参りました。続きはまた次回。

<了>


このように、ちょうどいいところで終わるのが講談である。

講談ドクロは、手を叩いて喜んだ。
そして、成仏した。
(続きは聞かなくていいのか?)

ところが、その次の夜。

またしても、何者かが現れた。


いや、あんた、マジで怖いな……。
 

落語をやってくれ…


この風体で「落語ドクロ」?

いや、落語の演目には「怪談噺」がある。

それでは、
絵の並びにあわせた落語ストーリーを話して成仏させよう。
途中に「落語ドクロ」も登場させてっと。


ドクロ落語:怪談・髑髏役者かいだん・どくろやくしゃ

へえ、みなさんご存じかどうか――
江戸の昔に「髑髏役者どくろやくしゃ」なんてあだ名のついた役者がおりましてな。

舞台に立ちゃ立派なもんで、見得を切れば客席から声が飛ぶ。
ところが素に戻れば博打に女に酒ざんまい。
人の心をおもちゃにして笑いを取るような男でした。

ある晩、この役者が女と舟に乗り出した。
ところがそこに、大波がドーン。舟は転覆。

気がつくと、目の前にでっかい髑髏がにゅうっと。

これは落語ドクロではない。繰り返す。これは落語ドクロではない。

「おぬし、人の涙を笑いに変えて舞台に立ったな。
 その報い、ここで受けてもらうぞ」

声がだんだん女の声に聞こえてくる。
「芝居かまことか、芝居か真か――」

翌朝、舟は岸に打ち上げられていたが、役者の姿はない。

舟板に爪で刻まれていた文字――

『芝居か、真か』

その板は今もどこかに漂っていると言われてましてね。

夕暮れ時に橋を渡ると、足元からその文字が浮かび上がる。
「芝居か、真か……芝居か、真か……」
耳に入ったと思ったら、川面にぼんやり女の影。

……で、この話を聞いた人がね、
その夜に橋を渡ると、決まって誰かに後ろから呼ばれるんだそうで。

……てなわけで、これが「髑髏役者」の一席でございます。

(ここで灯りがすっと落ちる)

<幕>


きのころは、落語を語り終わって気がついた。

先ほどの落語の途中、「落語ドクロ」ではない、
本物のがしゃどくろが乱入したようだ。

ということは、落語ドクロは……?


やはり、成仏できずに、そこにいた。

しかも——
 

出番を待っている間に、扇子に火がついてしもうた。

 

火の玉なんか周りに飛ばしてるから……
こいつはいけない!
 

えっ、今なんどきだい?

真夜中の3時さ。

なに、3時。
道理で惨事さんじが起きると思った。

おあとがよろしいようで……

以上、フィクション部分はすべて、
噺家、笑茸亭しょうきんてい 木乃香炉きのこーろ
がお届けしました。

なんのはなしですか


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