Emology 3:止まらない頭、眠れない夜
「橘さん、少し疲れてる?」
目の前に座る村田杏奈が、心配そうに菜子の顔を覗き込んでいる。
杏奈が菜子の上司になって、1ヶ月。
杏奈が菜子を気にかけるたびに、息苦しさが増していく。
「いえ…大丈夫です」
菜子は目を伏せたまま答えた。
本当はもう、少しも大丈夫なんかじゃなかった。
昨夜10時までかけて仕上げた資料。
朝、チーム共有フォルダを開くと、レイアウトが変わっていた。
指摘も、コメントもない。
ただ、無言の修正だけがそこにあった。
瀬川は違った。
「橘、ここ、どうしてこの表現にしたの?」
「あ、なるほど。でも少しだけ表現直そっか。間違えて受け取られちゃうと、勿体無いからさ」
そうやって、言葉で触れてくれる人だった。
“否定されない世界”を知ったからこそ、今の無言の修正が余計に刺さった。
ーー私、いらないのかな…
その言葉を胸の奥に沈めたまま、菜子は今日も定時を過ぎてもPCに向かう。
🌙眠れない夜
菜子はハッと目を醒ます。
スマホで確認すると、時間は午前3時をすぎたところだった。
「まだ2時間しか経ってない。明日早いのに…」
ギュッと目を瞑っても、眠気はやってこない。
頭の中で、
「あの資料、間違ってたかも」
「村田さん、私のこと使えない奴って思ってるだろうな」
「なんでこんなに私って仕事ができないんだろう」
そんな言葉が、一晩中ぐるぐると回る。
〜♪(アラーム音)
枕に顔を埋めながら、アラームを止める。
起きていたか眠っていたかわからない夜を明かし、今日も菜子の一日が始まった。
鏡をみると、目の下がだいぶ青い。
コンシーラで青みを隠し、“いつも通り”の顔を作る。
「大丈夫だよ、菜子。今日もがんばろう」
自分に向かって笑顔を作るが、その顔はどこかぎこちなく見えた。
🕯️静かな崩壊
「あれ、菜子〜?まだ終わらないの?」
同期の美月の声にハッと我に帰る。
パソコンのスクリーンをみると、作業の半分も終わってなかった。
「データ作成?手伝うよ」
美月が菜子の隣の席に腰をかける。
「…大丈夫、ありがとう」
消え入りそうな声で菜子が応える。
「菜子〜、遠慮しないで。手伝うよ♪」
優しくて可愛くて仕事のできる美月。
前なら素敵だなと思った美月の親切も、なぜだか今日は菜子の神経を逆撫でする。
ーー放っといてよ
「杏奈さんも、菜子のことめっちゃ心配してたよ」
美月は話しながら、サクサクと関数を組んでいく。
何時間かけても半分も終わらなかった作業が、5分とかからないうちに終わりそうだ。
杏奈は入社当時から美月のメンターだった。
天真爛漫で人好きのする美月は、すぐに杏奈と仲良くなった。
「いいなー、杏奈さんが上司なの」
美月はことあるごとに菜子と吉田を羨ましがった。
「はい、おしまい♪これ、菜子のチャットに送っておいたよ!さ、帰ろう!」
美月がパソコンを閉じて、勢いよく立ち上がる。
時計を見ると、10分もかかっていなかった。
「10分で終わるものを、何時間も馬鹿みたい…」
菜子が吐き捨てるように呟いた。
「菜子…大丈夫?体調悪い?」
美月が菜子の肩をそっとさする。
肩から美月の手の温かさが伝わってきて、不意に菜子の目から涙が溢れた。
「えーん菜子〜大丈夫?泣かないで〜」
美月が菜子を抱き寄せて、背中をさする。
その温もりに、菜子は涙を止めることができなかった。
🫧止まらない涙
帰り道も、家に帰ってからも菜子は涙を止めることができなかった。
美月は心配して、泊まりにおいで言ったけど平日に甘えるわけにはいかない。
翌日、菜子は初めて会社を休んだ。
「仮病使っちゃった…」
ポツリと呟くと、自分が本当にどうしようもない人間のように思えて余計に泣けてきた。
せっかくの休暇なのに、菜子は何もする気が起きず静まり返った家の中で、抜け殻のように過ごした。
翌日ーー
泣き腫らした目で出社すると、2層上の上司から呼び止められた。
「橘さん、少し休もうか」
ーー私なんて、もう要らないんだ
誰かにそう言われたわけじゃない。
そう思ってしまったのは、たぶん、私自身だった。
そして菜子は、2週間の休職に入った。
カーテンの隙間から朝の光が差し込んでいた。
それは、これまで見たどんな光よりも眩しく、少しだけ痛かった。
けれどーー
この静かな時間が、菜子が“自分と向き合う”人生の転機となる2週間の始まりだった。
🕊️ カウンセラッピーからのひとこと
もし、この記事を読んで胸が苦しくなったなら——
無理に元気を出さなくて大丈夫です。
がんばってきた分だけ、あなたの脳と心が少し疲れているのだと思います。
カウンセラッピーは、
カウンセラー × ChatGPT(チャッピー)による、
“あなたの内側と静かに向き合うための小さな対話の場”です。
短いやりとりの中で、
「自分の本音」に少しずつ触れていける時間をつくります。
👉 カウンセラッピーとは?
どうか、今日だけはあなたが少しでも楽に呼吸できますように。
🧠 次回予告:Emologic 3「脳のオーバーヒート ― 本当に壊れる前に休め」
「考えすぎて眠れない」「集中できない」「涙が止まらない」。
それは“心が弱い”のではなく、脳が悲鳴を上げているサイン。
次回のEmologicでは、菜子が陥った“脳のオーバーヒート”を心理と神経科学の視点から解き明かします。
壊れる前に気づくための、5つのサインと回復のステップをお届けします。
🗓️ 11月4日(火)19:30 更新予定
🔗 物語の動線
🪞 前回の物語
https://note.com/kinari_tokieda/n/n628218a94666
📖 続きの物語
https://note.com/kinari_tokieda/n/nfb62bed9e536
🧠 対応する心理ロジックパート(Emologic)
https://note.com/kinari_tokieda/n/na494b8e11bb9
🌐 English Version
https://note.com/kinari_tokieda/n/nc49898db74dd
第一話から読む(菜子編)
https://note.com/kinari_tokieda/n/n308295f38ca1
第一話から読む(杏奈編)
https://note.com/kinari_tokieda/n/nbe56107681d0
