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uminnaka
あのとき、繋がれていた 選び取る支援 最終回
息子たちだけではなく、
支援の中で苦しんでいく家族を、
私は近くで見てきました。
このシリーズを読んで、「支援者の話ではなく、保護者の倫理観の話だ」と感じた方がいるかもしれません
第1夜 選べないまま大人になった人の話
第2夜 「してあげたい支援」は悪なのか
第3夜 親はなぜ待てないのか
第4夜 支援者はなぜ待てないのか
第5夜親も支援者もどうしていく?選び取る支援シリーズき
第6夜不登校からの、特性理解を共有したとき選び取る支援シリーズ
それでも
あのとき、繋がれていたら。
あのとき、話し合える場があれば。
あのとき、誰かが少しだけ早く気づいていたら。
そう思う場面が、いくつもありました。
支援者の余白がなくなっていくのを、見ていた。
親が孤立していくのを、見ていた。
それでも誰も、立ち止まれなかった。
救われたはずの家族が、静かに崩れていく。
いまできることと、ずっとできることは違う。
そのことに、誰も向き合えないまま時間が過ぎていった。
試して、崩れて、また考えて。
その先にたどり着いたのは、支援者も、支えられる側の人も、どちらも大切だということ。
バランスが崩れる前に気づけたら
あの人は、そこまで苦しまずにすんだかもしれない。
あの人は、笑顔をなくさないですんだかもしれない。
あの人は、ひきこもらないで済んだかもしれない。
バランスが崩れたとき、困るのは支えられる側だけじゃない。
支援者も、家族も、崩れていく。
だからこそ、将来を見据えながら、
「できること・できないこと・何があるとうまくいくか」を考え繋がる。
本人の人生を大切にするために。
お互いが選び取る支援をするために。
そのきっかけになれたら。
「選び取る支援」は、そんな思いで書いてきました。
読んでいただきありがとうございました。
