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第3夜親はなぜ待てないのか 選び取る支援シリーズ#3


「待ちましょう」
「本人が決めるまで待ちましょう」

この言葉、
親にとってはとても難しいものだと思います。


なぜなら親は、
その子の失敗の先を、
知っているからです。

うまくいかなかった外出。
パニックになった場所。
嫌な思いをした人間関係。
できなかった経験。


これまでの経験から、
「そっちを選ぶと失敗する」
「やめておいた方がいい」
「こっちの方がうまくいく」
そう分かってしまう。


だから、止めてしまう。
代わりに決めてしまう。
そうすると、
親も子も穏やかでいられるから。


それは支配ではなく、予測であり、
守ろうとする行動だと思います。

もう一つ、
親が待てない理由があります。


それは、
失敗の影響を一緒に受けるからです。



子どもが困れば、親が呼ばれる。
トラブルが起きれば、親が対応する。
うまくいかなければ、生活に影響が出る。


学校や支援者からは
お母さんどうしたらいいですか?
お母さん何を目標にしますか?
お母さんこれでいいですか?
お母さん、お母さん、、、!


お母さんだってこれがいいと確信が持てないまま決めなくてはいけない現実があるのです。



すると、数々の経験から失敗を避けたくなる。
待つよりも、先に整えた方が安心できる。
それも、とても自然なことだと思います。



そしてもう一つ。
いい親でいたい」という気持ち。


ちゃんと育てたい。
困らせたくない。
できるようにしてあげたい。
その思いが強いほど、手を出したくなる。



何かしてあげることで、安心するから。


これもまた、
親として自然な感情だと思います。



でも、第1夜で書いたように、
選べないまま大人になる人がいます。


そして第2夜で書いたように、
「してあげる支援」は、
ときに選ぶ機会を減らしてしまうことがあります。




だからこそ、分かっていても、迷うのです。
止めた方がいいのか。
任せた方がいいのか。
守るべきか。
経験させるべきか。


それも慌ただしい毎日、
時間と闘いながら日常を過ごしています。
子どもと離れてる時間は
「こうでありたい」と作戦立てたりすることもあるけれど、いざ慌ただしい時間に実行するのは本当に難しい。



私は、
親の支援はいつも矛盾していると思っています。
失敗させたくない。でも経験させたい。
守りたい。でも自立してほしい。
助けたい。でも助けすぎたくない。
この間で、ずっと揺れている気がしています。



だから私は、
「待てない日があってもいい」と思っています。


全部を任せられなくてもいい。
手を出してしまう日があってもいい。


ただ、
「全部を決めてしまう」ことだけは、
少し立ち止まりたい。


待つことは、突き放すことではありません。


待っても答えが出ない時は、
小さな選ぶ場面を、一緒につくります。
自分に意思があると、うまくいくことがある。
その体験を、一緒に積んでいきたいから。


待つことは、
「あなたの人生は、あなたのものだよ」
と伝えることだと思います。

ここで私も、自分自身に問います。
あの選択は、本当は誰のためだったのか。


次回は、
支援者はなぜ待てないのかについて書きます。

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