【ペイ・フォワードプロジェクト】息子と帰省〜嵐のような帰還と、撮れ高狙いの男〜
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この企画は、受け取った応援を次の3人へつないでいく「恩送り」のバトンです。
※今回の記事はバトン(ペイ・フォワードプロジェクト)を受け継いだものです。このバトンは、子育てエッセイや日常のつぶやきを温かい目線で綴っておられる陽結Hiyuさんにお渡ししたいと思います。ほっこしたり笑えたり共感できる話題にとても癒されます。
ここからはいつもの息子シリーズです
京都の大学に進学した息子が、お盆休みを利用して久しぶりに帰省してきた。
子どもが一人暮らしを始めてからというもの、夫婦二人暮らしの「静かで気楽な生活」にすっかり慣れてしまった私にとって、息子の帰省は実に複雑な気分である。
もちろん、久しぶりに息子の顔を見られる嬉しさはある。……あるのだが、それ以上に「食事の準備」「大量の洗濯物」「駅までの送り迎え」といった家事の負担が一気に激増する鬱陶しさが勝ってしまうのだ。
その点、妻は素晴らしい。息子が帰ってくるというだけで無条件で大喜びし、大学進学前のあの騒がしい生活に戻ることを心から歓迎している。母親の愛の深さには頭が下がる思いだ。私はといえば、正直「ああ、面倒くさいな……」というネガティブな気持ちの方が大きかった。
帰ってきた息子は、良くも悪くも高校時代と何ひとつ変わっていなかった。
脱いだ服は部屋中に散らかす。
家の中では相変わらずの「裸族」として我が物顔で歩き回る。
当然、家事は一ミリもしない。
昼過ぎにノソノソと起き出し、夜遅くまで遊び倒して深夜に帰宅する。一体外で何をしているのかサッパリ分からないという、絵に描いたような自堕落な生活である。
彼が今回帰省してきた一番の目的は、自分がかつて7年間通いつめた学習塾で「講師のアルバイト(夏季講習)」をすることだ。
自分で学費(?)を回収しようとする姿勢は感心だが、彼が稼ぎ出すアルバイト代よりも、私たちが払ってあげている京都からの往復交通費の方がはるかに高いという事実には笑ってしまう。完全に赤字経営である。
そして次の目的は、中学・高校時代の友人たちとの再会だ。息子のスケジュールは分刻みで予定がぎっしりと詰まっており、「よくぞまあこんなに遊ぶ約束があるものだ」と半ば呆れつつ感心させられた。
そんな過密日程の中、8月11日の「山の日」には、高校時代の友人たちと地元の山へ登山に出かけたらしい。すると、なんと登山口で地元テレビ局の取材を受け、夕方のニュース番組にインタビュー映像が出演するという快挙(?)を成し遂げた。
あとでその映像を見て、私は腹を抱えて笑ってしまった。
息子は地元の高校出身で、登っているのも地元県内の山であるにもかかわらず、マイクを向けられるとカメラ目線でこう言い放っていたのだ。
「京都から山に登りに来ました!」
ウソではない。確かに今は京都の大学生なので「県外から来た」のは事実だ。しかし、テレビの撮れ高やスタッフの欲しいコメントを瞬時に察し、いかにも「遠方から訪れた観光客」のフリをしてインタビューに答えるその計算高さ、狡猾さが実にあざとい(そして憎たらしい)。
そんな風に自分の遊びやバイトで忙しく飛び回っている息子だが、感心な面もある。
私の実家と妻の実家への「お墓参り」や「祖父母との食事会」には、しっかりと最初からスケジュールを空けていたことだ。家族や親戚との時間をちゃんと大切にできるところは、親として「人としてま当に育ってくれたな」と少し誇らしく思う。
その食事会では、息子も二十歳になったということで、親族と一緒に初めてお酒を飲んだ。
世間の父親は「息子と初めて酒を交わす夜」に深い感動を覚えるらしい。私もさぞかし感慨深い気持ちになるかと思いきや……全くそんなことはなかった。
そこにいたのは感動的な息子ではなく、ただただ酒癖の悪い「のんべえ」が家に一人増えただけだったのだ。
途中から泥酔して、くだらない会話で絡んでくる始末。若い頃からこんな不甲斐ない飲み方をしていては将来が思いやられると思い、翌朝、二日酔いで頭を抱える息子にしっかりとお説教(指導)をしておいた。
また、ある日に「家の周りの草むしりを手伝ってくれ」と頼んだ際には、嫌な顔ひとつせず素直に手伝ってくれたのもありがたかった。根はいいやつなのだ。
……とは言うものの、親に対する甘えと図々しさは相変わらずである。
登山に行くとなれば、ウエアからザック、シューズに至るまで装備一式はすべて私のものを勝手に拝借。そして案の定、その中で気に入ったギア(装備)は、ちゃっかり自分のバックパックに詰め込んで京都へ持ち帰ってしまった。完全に山賊である。
今回も数々の暴挙と爪痕を残し、家の中をぐちゃぐちゃに荒らし尽くして、嵐のように京都へと戻っていった息子。
静かになったリビングで、散らかった服や奪われた登山用品の空きスペースを眺めながら、私は「やれやれ」と安堵の溜息をつくのだった。
