息子とおしゃれ〜一軍争奪戦と、真冬のエアリズム信仰〜
破天荒でお調子者の我が息子にも、明確に「おしゃれ」に目覚めた歴史的瞬間があった。
それは、彼がまだ保育園児だった頃のことだ。ある日、近所の友達の女の子が、前触れもなく我が家へ遊びにやってきた。
普段の息子といえば、家の中ではパジャマか、あるいは生まれたままの姿(要するにほぼ裸)で野生動物のように歩き回っているのが日常である。しかしその時、彼はインターホンで女の子の姿を見るや否や、目にも留まらぬ素早さで自室へダッシュし、そそくさと「よそ行きの服」を着込み始めて登場したのだ。
親として、「あ、こいつおしゃれに目覚めたな」と察した瞬間だった。
保育園児なりに「外の顔(よそ行き)」と「異性の目」を意識する羞恥心が、彼の中にも存在することを初めて知ったのである。
それ以来、彼は自分の服の収納棚を「一軍の服」「二軍の服」と明確に仕分けするようになっていった。
中学生くらいになると、いよいよ「自分の服は自分で選びたい」というお年頃だ。とはいえ、我が家の経済事情を本能で察してくれていたのだろう。買うのはユニクロやH&Mといった安価なファストファッション店ばかりで済ませてくれたのは、親として実にありがたかった。
……だが、私がそんな息子に対してどうしても許せないことが一つだけある。
私の一軍(勝負服)を、しれっと盗んでいくことだ。
「親子で着回す」なんて微笑ましいものではない。彼に一度奪取された服は、二度と私のクローゼットには戻ってこない。完全に彼の領土へと組み込まれてしまうのだ。
おかげで私は、自分の勝負服をオープンに収納できない「服のかくれんぼ状態」に陥った。「隠してはコソコソ着て、隠してはコソコソ着て……それでも速攻でバレて奪われる」という不毛な戦いが、我が家で何度も繰り広げられたのである。
ところで、冒頭で「息子は家で裸でいることが多い」と書いたが、実を言うと父親である私も全く同じである。
血は争えないもので、私たち親子は夏場になると、家の中では揃って全裸という「原始人スタイル」で過ごしていた。当然、妻からは「やめて!」と雷が落ちる。しかし、男二人は反省もしないし服も着ない。パンツすらはかない。
リビングに「裸体の男が二人」うろついている状況は、妻にとっては地獄絵図だったろう。今にして思えば、本当に人道的な配慮が足りなかったと反省し、パンツだけははいている。
さて、ファッションという文脈からは脱線するのだが、私には息子の皮膚感覚について長年ずっと解決しない「ミステリー」があった。
それは、息子が1年中「ユニクロのエアリズム」を着続けているという点だ。
普通、秋から冬へと季節が移り変わるにつれ、人はインナーを冷感素材の「エアリズム」から、発熱素材の「ヒートテック」へと切り替える。それが文明人の知恵であり、科学技術の恩恵だ。
しかし、息子にはその概念が一切存在しない。春夏秋冬、365日ずっとエアリズムなのだ。
「インナー界の絶対王者はエアリズム。ヒートテックなどという甘えは認めない」と言わんばかりの狂信的なエアリズム信仰である。
私はそんな息子を見て、心の底から「バカだなあ」と思っている。
なぜなら、エアリズムを着て一年中快適に過ごせているならまだしも、真冬になるとフツウに「寒い、寒すぎる……」とアウターを重ね着しながら震えているからだ。
「だからヒートテックを着ろと言っただろう!」と父親として親切に勧めても、「いや、それは違う。インナーはエアリズム一択だから」と頑なに譲らない。
寒さに震えて自滅しているのだから、おしゃれ以前に脳と皮膚の連携がバグっているとしか思えない。
私の一軍の服を泥棒し、真冬にエアリズムを着て凍えている、我が家のポジティブモンスター。
おしゃれに目覚めても、知性が追いついているかは永遠の謎である。だが、そんな支離滅裂なこだわりも含めて、やっぱり彼はどこまでも目が離せない、愛すべきお調子者なのだ。
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