ドロップ! ~ひったくったのは殺人の証拠物品でした~ 【エピローグ】

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

【エピローグ】


 
 
「しょうがないじゃないすか、生放送で配信されちゃったんすから! オレだって仕事でやってるんすよ!」
 犬飼が都倉を引っ張っているところに、志波と奥森が駆けつけた。
「犬飼くん。どうしたんだ、都倉くんは」
「この人なら、ひったくりでしょっぴかれるところっす」
 無慈悲に犬飼が答える。
「ま、自業自得っすね」
「あ、あの……そのことなんだけど」
 奥森が犬飼の様子を窺いながら、おずおずと手を挙げた。
「僕は……鞄をひったくられたわけじゃない。都倉さんに、鞄を渡したんだ」
「なっ……」
 奥森以外の全員が、目を見開いた。
「何言ってるんすか、奥森くん! ダメっす、都倉さんを甘やかしちゃ!」
「そうだよおっくん! 俺はひったくったんだから!」
 二人の剣幕に怯むことなく、奥森はきっぱりと首を振った。
「いいえ。僕は、都倉さんに鞄を渡しました。だから、ひったくられてなんかいません」
「……奥森くんには、そう思うだけの理由があるんだよな?」
 やや力が入りすぎている奥森の背に、志波が手を添える。奥森は少し呼吸を整えると、いつものように柔らかい声で喋り始めた。
「……僕はあの時、声を上げようと思えば上げられた。追いかけようと思えば追いかけられたんです。でも、そうしなかった」
「それは……俺もなんでだろうって思ってた」
 都倉が複雑な表情で呟く。
「声も上げられない。追いかけてもこない。いくら俺がそういうタイプを狙ってたにしても、ちょっと上手くいきすぎなんじゃねえかって」
「狙ってたんだな、そういうタイプを」
「う……それは、すいません……」
 痛いところを里見に突かれ、都倉はがっくりと首を垂れた。
「……鞄を盗られた時は、正直、しまったと思いました。どうしよう、とも。でも、逃げていく都倉さんの後ろ姿を見て思ったんです」
 奥森はそこで一度言葉を切り、しおれている都倉に微笑んでみせた。
「何か、変わるかもしれない。この人がこの鞄を持ち去ることで、僕には抗えなかった何かが。そう思ったんです。そしてそれは実際、現実になりました」
 がばっと、奥森は犬飼に向かって頭を下げた。
「だから、僕はあのとき都倉さんに鞄を渡したも同然なんです。ひったくられたなんて思ってません」
「おっくん……」
「……別に、都倉に気を遣う必要はない。きみは、本当にそれでいいんだな?」
「はい……!」
 里見の確認にも奥森は揺れることなく、一心不乱に頭を下げ続けている。
「んー……まあ……当事者同士で話がついてんなら、別にケーサツの出る幕はないですし……」
 犬飼は居心地悪そうに頭を掻いて、わざとらしくあくびをした。志波が都倉の背中を叩く。
「示談成立だ。よかったな、都倉くん」
「……ううう、これじゃ俺の気が済まねえよ……おっくん! お金……はねえから、せめて働かせてください!」
「面倒くさい人っすね……」
 奥森の足にすがりつく都倉を、犬飼が呆れた目で眺めている。
「と、都倉さん! 離してください……! 僕は手伝ってもらいたいことも特にないですし、誰かを雇える立場でもありませんから……!」
「そんなこと言うなって……! お願いだから、何か返させてくれよ~っ!」
「あ~こらこら。都倉くん、奥森くんが困ってるだろ」
 志波が都倉を奥森から引っぺがす。それから一呼吸おいて、穏やかな眼差しを里見に向けた。
「じゃあ……これで、本当に一件落着だな」
「はい」
 里見が微笑み返す。志波が少し照れくさそうに右手を差し出した。
「きみには、色々迷惑をかけた。力になってくれて嬉しかったよ」
「こちらこそお世話になりました。ご協力、感謝します」
 固い握手を交わす二人の横に、奥森もすっ飛んでいく。志波と並んで、里見に頭を下げた。
「僕も、ありがとうございました……! 本当に、なんてお礼を言ったらいいか……」
「こちらこそ世話になった。きみには色々助けられたな。あの時のお茶、美味しかったよ」
「そんな、とんでもないです……」
 奥森が涙ぐみながら里見の右手を握る。
「……ところで」
 里見がにっこりと笑いながら、がっしりと奥森の手を掴んだ。
「きみからは、依頼料をまだ受け取っていないんだが」
「えっ……ああ! そういえば……!」
 失念していたというように奥森がわたわたと慌てだす。
「すみません、色々バタバタしてて……! ああでもこの先、使用人の仕事も一体どうなるか……ええとまずは、新しい職場を見つけて……」
「……里見くん。奥森くんの分の依頼料は、ひとまず俺が支払っておく。どうかここは穏便に……」
「駄目です。金銭の立て替えはトラブルを招くので、僕の事務所では認めていません」
 里見にぴしゃりと却下され、奥森は力なく肩を落とした。
「お気遣いありがとうございます、志波さん……ですが、これはたしかに僕の問題です。どれだけ時間がかかっても、僕が里見さんにお支払いします」
「……僕はそう気が長くないぞ。ウチだって火の車だからな」
 志波が里見に提案する。
「なあ、立て替えって……金銭じゃなかったらセーフなのか?」
「え? まあ……ものによりますけど」
「労働力でもかまわない?」
 志波の指が、奥森と都倉をトレードするように交互に差した。
「それなら奥森くんは、里見くんには依頼料分の労働力を支払うことにして、都倉くんにその立て替えをお願いすればいい。これなら、都倉くんの奥森くんへの罪滅ぼしにもなるだろ?」
 奥森と都倉は顔を見合わせた。
「えっと……」
「それって、つまり……」
「奥森のかわりに都倉が、僕のところでタダ働きするってことだ」
 里見が簡潔にまとめる。奥森が慌てて都倉に頭を下げた。
「すみません、都倉さん……! 申し訳ありませんが、お願いしてもいいでしょうか?」
「えっ!? 俺は全然……てか、むしろ……」
「ありがとうございます……!」
 お礼を言う奥森を見て、犬飼が不機嫌そうに口を尖らせた。
「……逆にご褒美になってないっすか?」
 里見が都倉を見ている。都倉も里見を見ていた。
「……マジ?」
「どうやらきみとは、もう少し長い付き合いになりそうだ」
 笑いながら、里見が右手を差し出してくる。
「じゃあ、改めて……依頼料分はキッチリ働いてもらうからな」
「はは……わーってるよ」
 都倉も迷いなく手を伸ばす。
「よろしく、相棒」
 拾って、失って、落ちて、得たものは、いつだってこの手の中にあるような気がした。


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