ドロップ! ~ひったくったのは殺人の証拠物品でした~ 【5】

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

【5.決壊】


 
 
「えっ……え? どういうこと?」
 一転して他殺を認めた奥森と志波に動揺を隠せず、都倉は里見を振り返った。里見がため息をつきながら二人を見る。
「……一応、今になって供述を覆した理由を聞いておこうか」
 言いづらそうに、先に志波が口を開いた。
「たしかに俺は……俺たちは、今まできみたちに事実とは異なることを言ってきた。それが、彼女の遺言のように感じていたからだ」
「……僕は、お嬢様の遺志を守ろうと闘っていたつもりでした。だけど、僕と同じことをしている人に初めて会って……僕たちは本当の意味で、お嬢様のために闘うべきなのかもしれないと思いました」
「本当の意味?」
 聞き返した都倉に里見が答える。
「それが月宮薫子殺害の真相解明か? ……あなたたちは犯人側ではないと、そう信じていいんだな?」
「無論だ。俺たちは、犯人を庇いたくて彼女が自殺だと言っていたわけじゃない」
「……つまりなんすか、自分が一人じゃないと分かった途端に本当のこと言う気になったって、都合良すぎじゃないすか?」
 志波の左隣から犬飼が顔を出す。何とも言い難い顔をしてお互いを見る志波と奥森に、都倉は胸がちくりと痛んだ。
「……俺、少し分かるよ。いくら真実を知ってるったって、一人きりってすげえ不安なんだ」
 呟きながら、ちらりと里見を見る。
「俺の言うことなんか誰も信じてくれないって、どんどん独りよがりになって。……でもそんなときに、お前の言ってることは正しいよ、信じるよって、自分も同じ意見だって言ってくれる奴がいるって、すごく安心するよな」
 やっと肩から力が抜けたのか、奥森と志波が少しだけ笑顔を見せた。視界の隅で里見も微かに笑っているような気がする。犬飼が口を尖らせた。
「ったくもう……里見さんも都倉さんも甘すぎっすよ。もっと怒っていいんすからね」
「でもさ、おっくんと志波さんが言うには、自殺って言ってたのは月宮ちゃんのためなんだろ? 俺、それは分かんねえっていうか……そんなわけねえじゃんって、思っちまうけど」
「彼らはそれを彼女の遺志だと言った。遺言だとも。問題は、彼らが何故そんな考えに行き着いたかということだが……」
 そこで言葉を切った里見が二人を見る。志波が眉を下げた。
「……そうか。きみはもう分かっているんだな」
「おおよその見当はついています。ですが、僕が今ここで明かしてしまうのは、たしかに彼女の意向を無視することになる」
「……かまいません。そこまでおっしゃってくれているのなら、僕は里見さんを信じて託します」
 はっきりと言い切った奥森に、里見がゆっくりと頷く。一拍遅れて都倉は振り返った。
「え、なに? 里見、分かってんの?」
「ああ。答えは、きみと行った現場にあった」
「嘘。俺、全然分かってねえんだけど」
 里見がスマホをいじりながら見上げてくる。
「……都倉。きみは一番簡単な密室の作り方を知っているか」
 そう言うと、スマホを都倉に差し出した。
「それは、中にいる者が自ら鍵を掛けることだ」
 そこに映っていたのは、月宮薫子の部屋のドアを写した、ロック部分に血が付着している写真だった。
「……僕らは最初、刺された彼女が部屋を出ようとしてこの血が付いたものと考えた。だが、実際は逆だったんだ。息が絶える直前、彼女は最後の力を振り絞って部屋を施錠した」
「え……?」
「そうして、あたかも自殺であるかのように見せかけた。密室を作り上げたのは、他でもない彼女自身だ。そう考えれば、彼らの言い分に納得がいく」
 反応を窺うように里見が奥森と志波のほうを見やったが、二人は反論することなく黙って里見の言葉を聞いている。まるで覆しようのない判決文でも聞かされているような反応だった。
「ちょっ……ちょい待って。なんで月宮ちゃんがそんなことする必要があるんだよ?」
「そうだな。下手をしたら、自分を殺した相手を庇いかねない行為だ」
「それじゃあ彼女は犯人を庇いたかったってことっすか?」
「それは違います……!」
 珍しく大声を上げた奥森は、ハッとしてその先を口にすることを恐れるように俯いた。代わりに志波が言葉を続ける。
「……俺は報道された情報しか知らないが、状況から彼女が自殺と判断されたと報じられたとき、彼女は闘い、そして勝ったのだと思った。だから俺は彼女の意に沿うように動いた。これは奥森くんも同じだ。犯人にとっては、彼女が自殺だと判断されるのは都合が悪いはずだからな」
「それじゃあ犯人は、むしろ他殺だと思われたかった……? どうして、何のために?」
 都倉の問いに、里見は静かに答えた。
「……保険金だ」
 里見が宙を睨む。
「保険金が支払われるのは、事故死か事件死でいずれも他殺によるものだ。金目当てに自ら命を絶つ人間が現れないよう、自死の場合は保険が下りないことになってる」
「……そんな。月宮ちゃんは、保険金目当てで、誰かに殺されたってことか?」
「そうだ。彼女には犯人の目的が分かっていたんだろう。だからそうはさせまいと自殺を演出した。犯人を庇うどころか、これは彼女なりの抵抗だ。そして、彼女の保険金を受け取れる人物なんてこの世に限られている」
 声もなく顔を覆った奥森へ、志波が無言で背中に手を回した。里見は表情を緩めて問いかける。
「志波さん。あなたはここに来る前、月宮源信と何を話していました?」
「……当初は、保険金は支払われない予定だった。それが、他殺の可能性があるのならば支払われるべきだろうと、そう言われた。それで口論になったんだ。きみたちのおかげで、今じゃすっかり世間も彼女の死は他殺の流れだ。もうなりふりかまっていられなくなって、ここへ来た」
「じゃあ……」
 自分でも顔が青ざめていくのが分かって、都倉は戦慄した。里見が眉を歪めて笑う。
「……皮肉なものだ。僕らが敵だと思っていた者は味方になり、味方だと思っていた者が本当の敵だとは」
「月宮の、おっちゃん……?」
 月宮源信。月宮薫子の父親であり、都倉たちとは協力関係にあったはずの男。神妙な顔をして頷く里見に、都倉は思わず泣きそうになりながら首を左右に振った。
「そんな……嘘だよな? 嘘だって言ってくれよ……」
「……待ってください。月宮薫子に掛けられていた保険金がいくらかなんて知りませんけど、天下の月宮グループの総本山すよ。保険金殺人だなんて、そんなみみっちい真似……」
 犬飼も苦言を呈する。里見が志波を見上げた。
「ちなみに、彼女に掛けられていた金額は?」
「……ざっと、三億円だ」
「さっ……」
 都倉は言葉を失ったが、犬飼は動じなかった。
「月宮の総資産を考えれば、それでもはした金のはずです。一般家庭なら疑ってみてもいいと思いますけど、その程度の金額のために殺人なんてリスク負いますかね?」
「負わないだろうな。もしも月宮が世間のイメージそのままの財閥だったら、の話だが」
「……どういうことっすか?」
 里見の発言に犬飼が首を捻る。都倉にとっては次元の違いすぎる話に頭が真っ白になっていると、里見に腕を引っ張られた。
「きみ、会社を突然クビになったと言っていたな。不本意だろうが、僕のほうで色々調べさせてもらった」
「えっ……え? どうしたんだよ急に。なんで俺の会社の話?」
「きみ、親会社の名前は言えるか?」
「へ? えっと、○✕商事……」
 やはり気づいていなかったかとでも言いたげに里見がため息をつく。
「違う。きみの会社はもっと元を辿れば月宮グループだ。そしてこの世に数多あるそんな月宮の末端では、一社につきせいぜい一人がきみと同じように秘密裏に不当な理由で解雇されていた」
「……え」
「いわゆるリストラだ。一社一社では目立たなくても、世界に数千とある子会社とも呼べないような薄い繋がりの会社でまでそんなことをやってみろ。……こんなの、経営不振を疑うなと言うほうに無理がある」
 里見の視線は厳しい。何も返すことができないでいると、ぎゅっと腕を掴まれている力が強くなった。冷え切っていく感覚のする手足にはその力加減が心地良い。
「月宮グループに昔のような力はもうないと……? たしかにここまでネームブランドがあると、形骸化しても名前が一人歩きしてしばらくバレなさそうですけど」
「少なくとも、はした金だった三億が大金になるくらいにはな」
 犬飼と里見の言葉を肯定するように志波が頷く。
「……いくら財閥の令嬢だといっても、ここまで高額の保険金が掛けられているのはおかしいと思って俺も後から調べてみたんだ。そうしたら、もしかしたら彼女は近いうちに殺されるかもしれないという可能性に行き着いた。それで俺は、何なら手伝うからこの家から逃げたほうがいいと言ったんだ」
「え? それって……」
 隣に座っていた奥森が志波を見上げた。
「はは……なぁんだ志波さん、やっぱり月宮ちゃんの恋人じゃん」
 軽く笑ってみせた都倉に志波は数回目を瞬かせた後、首を傾げた。
「いや? それはないだろう。たしかにそれがきっかけで、彼女とはよく話すようになったが」
「……いやいや、どう考えても駆け落ちっしょ。しかもそれが出会いのエピソードとか、やるな志波さん」
 言われて初めて気づいたのか、ぼぼぼっと志波の顔が赤くなっていく。耳まで真っ赤に染め上げて、志波は呟いた。
「そ……そういうことになる……のか?」
「なるなる。なりますって」
「わあ。無自覚とか薫子ちゃんカワイそっすね」
「お嬢様……」
 犬飼と奥森からの援護射撃も入る。里見が息を吐いた。
「月宮源信は感づいていたんだろう。家が傾いているときに娘の嫁ぎ先を選ぶなんてのは、いかにも金持ちがやりそうな手段だ。このまま一銭にもならず逃げられるくらいならばいっそ、と凶行に及んだ可能性はある」
「……俺、まだあんまり信じらんねえんだけど。だって、あんなに他殺だ他殺だって言ってて、自分で自分の首絞めるようなことしてたようなもんだろ?」
「それについては、罪を逃れる段取りはもう出来上がっていたのかもな。例えば、殺人の罪をなすりつける相手をあらかじめ用意しておいたとか」
 里見の視線が滑るように動く。
「奥森。今なら、あのバッグをどうやって入手したのか話してくれるな?」
「あれは……どこかへ適当に捨ててこいと命じられた物です。ただし、決して中身は見るなと」
「誰からの指示だ?」
「……旦那様です」
 そう答えた奥森の声は震えていた。
「僕は言いつけどおり中身を見ることはありませんでしたが……とても嫌な感じがしたのを覚えてます」
「なるほどな……それで街の防犯カメラの映像や目撃証言で上がるのは、バッグを持ったきみの姿だ。例えきみがこれは旦那様から渡された物だと証言しても、きみ一人の証言なんていくらでも握り潰せる自信があったんだろう」
「……それができちゃいそうなとこが、月宮の名前の怖さっすよね」
 苦い顔をした犬飼が天井を見上げる。里見は残念そうに目を閉じた。
「月宮源信にとっては、きみが月宮薫子のことを自殺だと提唱していたのも都合が良かったんだろう。志波さんと同じく頑なに他殺を認めようとしなかったきみは、犯人に仕立て上げるのにぴったりだ」
「……おっくんは、初めから全部気づいてたんだな」
 都倉が気遣うように視線を投げると、奥森は力なく肩を落とした。
「……僕は、お嬢様の部屋の前であのバッグを旦那様から受け取りました。そのとき中の様子までは見えませんでしたが、お嬢様の部屋のドアは薄く開いていて……これはお嬢様にこっそり教えていただいたことですが、お嬢様は志波さんと連絡を取り合うようになってからというもの、自室の鍵は全てご自身で管理するようになったそうなんです」
「つまり、他人が外から部屋を開け閉めすることはできなかったはずだと? 道理であの部屋が密室のままにされていたわけだ。あの自殺にも見えかねない状況は、彼女が何者かに殺されたことにしたい奴にとって、警察に見せるのに万全の状態とは言えないからな」
 欠けていたピースを埋めるように里見が事実を突き合わせていく。震える奥森の声からは、やるせない自責の念が伝わってきた。
「僕がバッグを持って外に出たあと屋敷に戻ってくると、すでに警察の方が呼ばれていて騒ぎになっていました。旦那様も、部屋の鍵が閉ざされていることにはそのとき気づいたようで……僕は、何か理由があってお嬢様は最後の力を振り絞り、ご自身で鍵を閉められたのだと、そう思ったんです」
 やっとの思いで真実を語り終えたであろう奥森の背を、志波がゆっくりとさする。決まりだな、というように里見が皆を見渡した。
「ずっと不可解だったんだ。彼女と親しかったとされている人物ほど、彼女を自殺だと言って他殺にしたがらないのが。普通は逆のはずだ。だが、その謎が解けた。……まんまと騙されたよ」
 ことりとテーブルに置かれた里見のスマホが、例の松風の動画を再生する。
『ご安心を。真実は僕らが暴いてみせます』
『里見くん……!』
 里見はそこで動画を一時停止させると、そこに映った人物を画面いっぱいまで引き延ばした。
「僕らの敵は、月宮源信だ」
 皆の表情が引き締まる。数時間前まではお互いが敵だと思っていたのだから、何だか妙な気持ちだ。でも今は同じ志を持つ仲間だと分かる。自然と視線を交わし合ったが、中でも痛ましい顔をしていた奥森に犬飼が声をかけた。
「……こうなると、奥森くんはもう月宮邸に行かないほうがいいかもしれないっすね。危険すぎます。今まで見逃されてたのも、それがたまたま犯人にとって都合が良かっただけですし」
「そうだな。奥森、きみは今から出勤停止だ。自宅も知られているのなら、帰らないほうがいい」
「えっ……それじゃあ僕、今日からどこに帰れば……」
 矢継ぎ早に禁止令を出され困惑している奥森に、都倉は提案した。
「あ、じゃあさ、おっくん俺らと一緒に住めばいいじゃん」
「またきみはそうやって……犬猫じゃないんだからな。誰が生活費出すと思ってるんだ」
「……なら俺が、依頼料として正式に払おう」
 志波が突然、里見と都倉に向かって頭を下げる。何がなんだか分からぬまま、つられて都倉も頭を下げた。
「里見くん、都倉くん。これは里見探偵事務所への依頼だ。必ず、この事件を解決に導いてほしい」
「……! 僕からもお願いします……!」
 奥森も慌てたようにぺこりと頭を下げる。
「ああ。たしかに承った」
 里見が不敵に微笑む。その視線が真っ直ぐ自分に注がれていることに気づいて、都倉は微笑み返した。
「……おう。やってやろうじゃん」


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