目に見えない時間を運んできた風
※この記事は、#ちび創作大賞 の参加作品です。
天野雫さんのテーマ「#風」から生まれた物語です。
風
「人と比べないでいきましょう」
「比べるなら、昨日の自分と比べましょう」
私は、クライエントさんに、そんな言葉をお伝えすることがあります。
誰かと自分では、育ってきた環境も、抱えてきたものも違う。
見えている一部分だけを比べて、自分を責めなくていい。
その言葉を、私自身も大切にしてきたつもりでした。
けれど先日、そんな言葉だけでは整理できない風が、こころの中に吹きました。
娘夫婦が、新しい家へ引っ越しました。
新しい暮らしの始まりです。

親として、うれしい出来事でした。
以前、娘と話していたとき、私は、
「新居のお祝いは、あちらのお母さんと合わせてするね」
と伝えていました。
同じくらいのお祝いを、それぞれの親から届ける。
私は、そんな場面を思い描いていました。
ところが、娘から電話で聞いたものは、私が想像していたよりも、ずっと大きなものでした。
その瞬間、言葉が出ませんでした。
驚いたのだと思います。
けれど、驚きだけではありませんでした。
うらやましい。
悔しい。
恥ずかしい。
どの言葉を当てはめても、少しずつ違うような気がしました。
あちらのお母さんも、子どもを一人で育ててこられた方です。
しかも、私と同い年です。
だからこそ、私は思ってしまったのかもしれません。
同じように頑張ってきたはずなのに。
どうして私は、同じことをしてあげられなかったのだろう。
あちらのお母さんとは、娘たち夫婦と孫のなーちんも一緒に、5人で出かけることもあります。
一緒に出かければ、楽しく話をします。
以前、
「私たちの間ではなーちんのことを、どれだけ自慢しても嫌味にならないからいいね」
と話したことがありました。
なーちんにとって、私たちはそれぞれ同じ立場です。
どちらかが、
「こんなことができるようになったね」
「この前も、こんなにかわいくて」
と話しても、張り合う感じにはなりません。
本当に二人とも、同じようにうれしいのです。
血のつながりはないのに、同じ一人の子を大切に思い、同じように喜べる。
そのことを、私はうれしく思っていました。

そんな関係だからこそ、あの日、自分の中に生まれた揺れを、余計に受け止めきれなかったのかもしれません。
あちらのお母さんには、今も元気に暮らし、農業をしたり、自家製のお味噌を作ったりしているお母さまがご健在で、お兄さまのご家族と一緒に暮らしておられます。
親子や兄妹のあいだで、どんな支え合いがあったのか。
どんなふうに暮らしをつないでこられたのか。
本当のことは、私には分かりません。
それでも一瞬で、いろいろなことを考えました。
支えてくれる人がいること。
家族の営みが続いていること。
受け継がれてきたものがあること。
私は、目の前のお祝いの向こう側に、見たことのない年月まで想像していました。
そして、その年月と一緒に、自分の時間まで見てしまいました。
私にも、できたのではないか。
少しずつでも、同じ日のために準備することができたのではないか。
いつもなら、
「仕方がなかった」
と思えることがあります。
そのときの私には、そのときの事情がありました。
目の前の生活を回すこと。
子どもたちを育てること。
働くこと。
一日を終えること。
それだけで精いっぱいだった日もあります。
頭では、分かっています。
けれど、その日は、
「仕方がなかった」
だけでは通り過ぎられませんでした。
本当に何もできなかったのだろうか。
できるようになるための努力を、どこかで諦めてはいなかっただろうか。
小さな積み重ねを、続けることはできなかったのだろうか。
そんな問いが、胸の中に静かに広がっていきました。
娘と電話をしているあいだも、自分のこころが揺れていることには気づいていました。
娘も、何かを感じ取っていたのかもしれません。
それでも、二人とも深く触れませんでした。
「よかったね」
「ありがたいね」
そんな言葉を選びながら、そこにあった何かを、二人でなかったことにしようとしていたような気がします。
娘の新しい暮らしを、ただ喜びたかった。
余計な気持ちを背負わせたくなかった。
お祝いの話を、あたたかいままで終わらせたかった。
その思いも、本当でした。
けれど、電話を切ったあと。
部屋が急に静かになりました。
娘を祝いたい気持ち。
あちらのお母さんへの感謝。
同じようにしてあげられなかった自分への情けなさ。
娘に気を遣わせたかもしれない申し訳なさ。
言葉にできなかった孤独。
どれか一つではなく、全部がありました。

そのあとで、事実を知りました。
あの日のお祝いは、あちらのお母さんが長い年月をかけて用意していたものではありませんでした。
娘の夫が、独身のころにお母さんに預けていたお金だったそうです。
「ああ、そうだったんだ」
そう思いました。
少しほっとした自分もいました。
同時に、恥ずかしくなりました。
私は事実をよく知らないまま、勝手に長い時間を想像していた。
勝手に比べて、勝手に傷ついていたのかもしれない。
けれど、不思議なことに、事実が違っていたと分かっても、あの日の切なさは消えませんでした。
なぜだろう。
考えているうちに、少しだけ見えてきたものがありました。
私が苦しかったのは、お祝いの大きさだけではなかったのだと思います。
「私は、娘に何を残してあげられただろう」
その問いに、触れてしまったからでした。
こころは、ときどき事実より先に物語をつくります。

目の前の出来事に、過去の記憶や、叶えたかった願いや、まだ言葉になっていない悔いを重ねます。
私が一瞬で思い描いた時間は、事実ではありませんでした。
けれど、その物語をつくった私のこころは、本物でした。
誰かの背景を想像しながら、自分が積み重ねられなかったと感じている時間を見ていた。
誰かと比べながら、本当は自分自身に問いかけていた。
もっとできたのではないか。
してあげたかったのではないか。
あの日、風が運んできたのは、あちらのお母さんの時間ではありませんでした。
私が胸の奥にしまっていた時間だったのかもしれません。
まだ、この出来事をきれいな言葉にはできません。
「仕方がなかったよ」
とも、
「これからできることをすればいい」
とも、今はまだ言い切れません。
そんなふうにまとめてしまうと、娘と電話を切ったあとに感じた申し訳なさや孤独まで、急いで片づけてしまう気がするからです。
比べないでいようと伝えてきた私も、比べてしまいました。
お祝いの日に、切なさを感じました。
事実とは違う物語をつくり、その物語の中でこころを揺らしました。
その全部が、今の私の中にあります。
目に見えない時間を運んできた風は、まだ私の中を通り過ぎていません。
ただ、電話を切ったあとの静かな部屋で、私のこころが確かに揺れていたことだけを、今日は書いておこうと思います。

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