びっくりするぐらいRPGまみれの1986年 特集『続・RPG超特集パート2』(ログイン 1986年9月号)
「RPG超特集」が続きます(笑)
巷では「ドラクエ元年」と騒がれている1986年がいかに国産RPGにとって豊穣な年であったことが伺えますし、「元年」どころか「豊作年」として市場が完成しつつある年だったのです。
さらにその6年後には「RPGはマンネリ化して元気がなくなっている」という檄を飛ばされているのです。
1983年の最初のLOGINでのRPG特集から10年もしないうちに、国産RPGはPC88-98とう市場において恐ろしいぐらい早く受容され、市場として成熟し、さらに「飽和して危機感を覚える」までに成長と成熟と衰退の過程を過ぎていったのです。
『ドラゴンクエスト』にしろ『ファイナルファンタジー』にしろ、コンシューマーゲーム機における日本RPG市場の成長は、一足先にPC88-98(本当はX1とかFM7とかX68000とすMSXとかもあった)市場において、導入と受容と普及と飽和のプロセスを踏んでいたために起きたのです。
それは決して小さなマイナー市場などではなく、『LOGIN』や『コンプティーク』や『ポプコム』や『テクノポリス』などPCゲーム雑誌がそれぞれ少なくとも十万部以上売り上げていた全盛期を迎えており、十分にゲーマーや子どもたちやオタク層に影響力があった時代だったのです。
私は専門ではないので省いたけど、他にもゲームブックだのTRPGの翻訳とか、いろんな部分で「パソコンなくてもRPGやってた子供やオタク」は多かったんです。
これがコンシューマーゲームだけを見ていては「国産RPG」を語れない最大の理由であり、『ドラゴンクエスト』が発売していた時代には、すでに「日本のRPG市場は十分に豊穣な市場が形成されていた」という事は覚えていてほしいのです。

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