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【学習塾4-1】「“自分で決めたこと”が続かない理由」──

たとえば──
よし、これから毎日日記を書くぞ!

と、自分で決めた"自分との約束"ごと。

続いていることはいくつあるかな。


──「“自分との約束”は、義務じゃない」


その言葉に、メイカの手がピクリと動く。


「意外にも、
自分で一度決めたのに段々と重く感じるようになって、
続かないという経験をしている人は多い。」

━━今日は、自分との"約束"が、
”なぜ重く感じてくるのか”について、話してみよう

━━自分との"約束"が、
”なぜ重く感じてくるのか”について、話してみよう

念蔵先生は、深呼吸してから、ゆっくりと話し始めた。


まず“約束”ということばについて。

約束とは、社会の中で必要なものだ。


学校の時間割、
友だちとの待ち合わせ、
家庭でのルール。

だけど、自分との“約束”に関してだけが、
なぜか“重たく”感じてくることがある。

そして、重たくなって続けられなくなった時、自分を責めてしまったり、
人に責められているような気までしてきて、心が苦しくなったりする。


メイカはうなずいた。


「その理由はね、、、

ただ“命”だけで動こうとするからなんだよ」


先生は、また黒板に書き加えた。

特に「“想”は常に膨らみやすく、移ろいやすい傾向がある。」

そうしていると次第に、

「“命”に“想”がのっていないと、重くなる」


たとえば、「ピアノを毎日弾く」
と決めたことがあったとしよう。

最初は好きで始めたことでも、

色んなことを考えたり、

他の刺激を受けているうちに、

いつしか“守らなきゃいけない”
義務のように感じ始める。

さらにそこに“念”──
意味や価値観が欠けたまま、

“命”だけを続けようとすると、
心が置き去りにされてしまう


「また、“仁”や“想”がない(または弱い)“念”は、


非常に脆い。


まずは、
“自分の想い”が入っていない“命”は、

いつしか、仁念命想のバランスを崩して“命”を重たくするといえる」


メイカは、自分のノートにそっと書き込んだ。

──「“命”が重たいときは、
“想”と“念”が欠けている」


念蔵先生は最後に、こう締めくくった。

「“まこと”は、
心のつながりから生まれるもの。

自分との約束の"想い"が
"命"とつながり、
それが他人や何らかの"念"と交わるとき、
初めて“自分との約束”が“まこと”に変わり始める。

だから、守れない自分との約束があるのなら、
まずは自分の“想”に立ち返ってみることだよ」


メイカは、静かにうなずいた。
(“まこと”は、義務じゃない──
  心からの約束のことなんだ)

(“まこと”は、義務じゃない──
心からの約束のことなんだ)

その言葉が、
胸の奥にしみ込んでいった。


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この記事は、「仁・念・命・想」という4つの視点で日常を見つめ直す
実践哲学「仁念命想」に基づいて構成しています。
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