闇 516(現金1000万編)
闇 516(現金1000万編)

2026/04/06 mon
※この作品は、因果律に業を混ぜた小説です
前回の章

二千二十一年一月六日、水曜日先負。
今年の抱負、その二。
中山金杯、ばんえい競馬と調子に乗って負けたので、フェブラリーステークスまでギャンブル禁止令。
何だか新年になっても、運気も変わらなければ俺も懲りないなあ……。
二千二十一年一月七日、木曜日仏滅。
今日は休みなので、気分転換に川越へ向かう。
久しぶりの小江戸号に乗って。
所沢駅を通過し、少しずつ身に覚えのある風景が目に映る。
和菓子の伊勢屋で大好物のかき餅を買って、始さん夫婦と談笑。

大正浪漫通りへ向かい化粧品の加賀屋のおばさんと新年の挨拶を済ませ、ヤスのカガヤカフェでコーヒーを飲む。
隣りにあるスガ人形で栄治さんと世間話をしてから、再び中央通りへ向かう。
レストランシブヤにてメンチカツ定食を注文。

追加でナポリタンも頼む。

お土産でカツ丼を作ってもらった。
たまには親孝行ではないが、このぐらい親父へ持っていってもいいだろう。
川越をブラブラ探索しつつ、実家へ顔を出してみる。
元旦の時、ダウンロードの店長柿沼からもらったお年玉を思い出し、親父へにお年玉あげた。
「おう、悪いな」と言いながら受け取りニヤニヤしていた。
おじいちゃんが生きていた頃に、本当はこんな風にしなきゃいけなかったのにな……。
俺はいつだって取り返しがつかなくなってから気付く。
だからその後悔を今後少なくする為にも、思いついたら即実行しないといけない。
これ以上愚直な自分のせいで、業など増やす訳にはいかないのだ。
夕方になり新宿へ戻ろうと本川越駅近くまで行き、同級生の篠崎の顔でも見てから帰ろうかなと思った。
大漁丸へ寄ると、新年の挨拶をしてお互いの近況を話しながら酒を飲む。

年明け早々競馬を負けたから、馬を食ってやろう。

少量のおろしニンニクを乗せ馬刺しを口へ放り込む。
次はおろし生姜で食べるか。
「あ、岩ヤン。そういえばさ、俺ここ終わるとよくユリちゃんの店行くじゃん」
「ああ、お好み焼きのきらくでしょ?」
「この間さ、偶然カンボに会ってさ」
「カンボ? 誰それ?」
「ほら、富士見中の時同級生で…、岩ヤン、カンボと同じサッカー部だったでしょ? ほら、月越小出身の」
富士見中学校、同級生、サッカー部、月越小学校出身……。
昭和時代のキーワードが並び、過去へ遡る。
カンボ…、神田?
「え、神田の事だよね?」
「そうそう、偶然さ、そこでカンボと会ったんだよ」
「へー、懐かしいなあ…。俺なんて中学卒業して以来会ってないから、何年ぶりになるんだ? いやいや、話を聞いただけだから、えーと十五歳から今四十九歳だから…、えっ…! 三十四年も経つの? よく神田だだって分かったね、篠ヤン」
「そりゃあ同級生だもん、分かるよ」
「老けてた?」
「ああ、最初分からなかったもん。カウンターで飲んでてさ、白髪交じりの男から普通に話し掛けられて、昔は川越にいたとか言っててね。それでどこ中ってなるじゃん? そしたら富士見って言うからさ。世代被っていれば二年ぐらいの差は分かるでしょ? それで年聞いたら生まれ年一緒でさ。え、誰だっけと思って、野球部の篠崎ですって俺から言ったら、サッカー部の神田ですって。それで、ひょっとしてカンボって驚いてね」
「神田かあ…、懐かしいなあ……。今はこっちいないの?」
「西武新宿の田無とかあの辺の都内あるじゃん? 区じゃなくて市の辺り。その辺に住んでいるらしいよ。寝てて終電逃して、遅くまでやってたユリちゃんの店にたまたま来たみたいでさ」
「神田かあ…、懐かしいなあ。会いたいもんだね」
「俺のフェイスブックに友達になっているよ」
「じゃあ今度暇な時見てみるよ」
大漁丸を出て、川越市駅へ向かう。
岩上整体をやっていた頃、もっとちゃんと経営していたら、あんなウサギ小屋に住まなくてもよかったのにな……。
駅に近付く内に、当時散々目を掛けてくれた森田昇次郎のお袋さんを思い出す。
施術が終わると、森昇のお袋さんはジッと俺の顔を見て口を開いた。
「私はね、うんと小さい時からあんたの事は知っていたんだよ。うちの昇ちゃんから聞いてね。ほら、同じクラスだっただろ? 小さい内からお母さん出て行ってしまい、六軒町のすぐ近所で別の男の人と一緒に飲食店をやってるってね。私はずっと昔から気になっていてね。そんなあんたが駅前で整体を開業したって聞いてね。だから、私はあんたの力に少しでもなってあげたいなあってね。そう思ったんだ」
本当に優しいなあ……。
心に刺さっていた無数の棘が、かなり溶けていく。
俺は深々と頭を下げた。
「……」
整体を辞めると告げた最後の時掛けてくれた言葉。
十数年経った今でも鮮明に覚え、また感謝も忘れていない。
感謝?
どこが?
小説『擬似母』を書き、印刷して本にして森昇のお袋さんへ渡したのは随分前だぞ?
始さんのところで買った餅の入った袋を眺める。
まだ正月だもんな。
いきなり行ったら驚くかな?
餅だけ渡してサッと帰れば問題ない。
森昇のお袋さんに買った餅のお裾分け。
「今、岩上君はどうしているんだい?」
「新宿で働いているんですよ。住んでいるのも向こうで、これから帰るところだったんですよ。先輩のところで餅を買ったから、お母さんにも良かったらどうかなと思いまして」
「ほんとありがとうね、岩上君。身体に気を付けてね」
温かい気持ちに包まれて、俺は大久保へ戻る。
アスクルームのような場所で寝泊まりして、裏稼業のインターネットカジノで働いているなんて、とてもじゃないが言えない。
嘘も方便。
嘘ではないが、端折った言い方しかできない自身の生き方を呪う。
小説書いて生活できていたら、格好ついたんだけどなあ……。
おいおい、もう十年も執筆していない奴が作家気取りでいるんじゃねえって。
電車はもうじき池袋へ到着するところだった。
これから山手線に乗り換えが面倒臭いんだよな。
また最近九州のひろみからのメッセージ頻度が、かなり増えている。
本当にしつこい女だ。
北中の死亡を聞き、ター坊のお袋さんの死を同じ日に聞いた俺。
色々考え過ぎてしまい、何ともいえない気分になっていた。
同時に給料日でダウンロードヘルプの金が五十万円も入り、舞い上がっていた時だったので、尚更だ。
何故あの時俺は、ひろみからの電話など取ってしまい、陽気に現状を話してしまったのだろう?
しつこくなるのは分かっていたはずなのに……。
まあ無視してやり過ごせばいいか。
俺はアスクルームへ着くと、池袋のちかにだけ返信をした。
二千二十一年一月十一日、月曜日友引、成人の日。
新春運試し。
懲りない俺は中山、中京競馬全レースを馬連一点買い。
これはギャンブルでなくあくまでも運試しとして。
久しぶりの喫茶店『ラ・ムー』へ行く。

これが今年初になるのかな?
朝食を取っていると、店の従業員から帰り際「こちら新年の粗品です」とのし紙に『御年賀』と書かれたコーヒーキャンディーを手渡される。
「えーと、これは?」
「当店によく来てくれる常連さんに新年の感謝の意味を込めて、つまらないものですが、よかったら貰って下さい」
俺がこの辺りに来たのは去年の十月頃。
つまりまだ二ヶ月ちょっとしか経っていない。
それなのに常連さん扱いか。
ちょっとした気遣いが何だか嬉しい。
昼になり、これまた久しぶりの寿楽へ行く。

焼売春巻き定食を頼み、相変わらず美味い焼売だなと有難く頂いた。
アスクルームへ戻り、競馬の結果を確認する。
全二十四レースすべて外れたのを知ると、運試しとはいえ、さすがに嫌気が差してきた。
悔しいなあ……。
そのあと自信満々で賭けた高知競馬五レースも外してしまい、やっぱり競馬は駄目だと自己嫌悪に陥る。
レディへ出勤すると、ラ・ムーでもらったコーヒーキャンディーを湯浅にプレゼントした。
二千二十一年一月十二日、火曜日先負。
仕事を終え、眠る日々。
息が詰まってしまうので、外へ出る機会が多い。
徒歩一分で新大久保駅。
その隣りはパチンコ屋エスパス。
ついつい寄ってしまう日常。
でもこの店って、ちょっと酷過ぎないか?
何回行ったか忘れたけど、これまで三十万くらい使って勝ちは一度も無いどころか、一回も当たりが揃った事すらない。
本当にパチンコも遊べなくなったもんだよな。
あまりにもイライラして椅子を蹴飛ばして店を出る。
駅前を通り過ぎガードを潜ると、右手に『上等カレー』があったので入ってみた。
いつも山手線に乗っている時視界に入り、気にはなっていた。

カニクリームコロッケカレーの食券を買い、L字型カウンターへ腰掛ける。

チェーン店風のカレー屋なのか。
味は不味くもなく、特別美味くもなく。
そうだ、フェイスブックで注意勧告しておこう。
『みなさんも、パチンコ競馬は金を取られるだけなので辞めましょう。 岩上智一郎』
さてと、仕事へ行ってくるとしますかね。
二千二十一年一月十三日、水曜日赤口。
起きてからウサギ小屋をすぐ脱出。
この負のオーラにどんよりと包まれた空間。
どうも俺には馴染めない。
建物を出て、右に行けば駅。
左に行けば大明飯店。
時刻はまだ朝の十時。
まだ営業していないもんな。
必然的に右の駅方面へ向かう。
鬼門ともいえるパチンコ屋エスパス。
俺は左側に見えるこの忌々しい建物をなるべく視界に入れないよう歩く。
新大久保駅前にある喫茶店『シュベール』が見える。
たまにはラ・ムーでなく、近くのこっちへ入ってみようかな。
一階にある吉野家の上にあるので、入口は二つあった。
左側はエレベーターがあり、右側からは階段のみ。
右利きの自分であるが、エレベータで行こうと左側から入る。
古ぼけたショーウインドーが入口の周りにあり、歴史を感じた。
ドアを開けると、想定以上の広さの店内に驚く。

中々レトロで王道的な喫茶店だ。
入口近くの窓際の席へ腰掛けた。

ガラス張りでできた壁の向こうには、大久保通りを挟み目の前に新大久保駅が見える。
いい感じの景色じゃないか。
メニューを眺めた。

パスタでミートソースにナポリタン、カルボナーラ。
ピザにグラタン。
デッシュ系料理のオーブンポテトやソーセージまで置いてあるのか。
トースト系やサンドイッチも数種類。
スイーツ系は色々あるけど、こっちは食べないからどうでもいいや。
この時間だとモーニングはもうないのかなと思ったら、別メニューであった。

ハムチーズトーストやBLTサンドなど六種類のモーニングが六百円。
昼の十一時までモーニングをやっているのか。
色々目移りしてしまい、何を頼むか迷ってしまう。
最近食べられなかったもの優先。
俺はピザトーストのモーニングと、ドリアを注文する。
何か落ち着いてていい店だな……。
席でタバコは吸えないものの、店内には喫煙ブースも目の前に設置してあった。
セブンスターに火をつけながら、立った状態でタバコを吸う。
二本目を吸おうとすると、テーブルの上にピザトーストが置かれるのが目に映り、席へ戻る。

そういえば今日って、十三日だよな?
身近な親しい人…、大丈夫だよな……。
訃報を聞いた訳でもないのに、縁起でもない事を考えるなよ。
今、俺にとって親しい人は誰なのかを考えてみた。
まず千葉にいる坊主さん夫婦。
そして川越の岡部さん。
横浜の石川雅之も入るな。
「……」
え、俺ってこれしかいないのか?
いやいや、川越でもっといるだろ?
和菓子の伊勢屋の始さん夫婦。
加賀屋のおばさん、スガ人形の栄治さん夫婦、ホームランの櫻井さん夫婦。
松永さんも入れといてやらないと、可哀想だな。
同級生だと飯野君に篠崎、高校系だと小谷野に新居秀樹。
あ、榊先生も忘れちゃ駄目だろ。
ピザトーストを食べ終わった辺りで気付く。
新宿だと、斉藤弘一が亡くなって以来、そこまで親身に感じられる人物が誰もいないという事実に。
今のレディ系は、まだ入って一ヶ月ちょっとだから仕方ない。
それを抜きにしても、二十五歳から新宿にいて、誰もいないのか……。
熱々焼きたてのドリアが目の前に置かれる。

このシュベールのほうが、ラ・ムーより全然いいかもしれない。
何せ、まずミートソースが置いてあるのが素晴らしい。
時間までアスクルームで待機しておこうかな。
二千二十一年一月十四日、木曜日先勝。
現在働く大場系列に対し、感謝の念が日々強まる俺。
金の問題ではないが、まだ入ったばかりの自分を一人前に扱ってくれたという事実が嬉しかった。
年末年始に出たヘルプで得た五十万円。
しかし他のスタッフとの兼ね合いもあるからと、斉木は金を受け取らなかった。
川越行って、お菓子を買って持っていこう。
でも、今日仕事だからな……。
いやいや、思い立ったが吉日。
今出て、三時までに間に合うよう出勤すればいいじゃないか。
まず始さんところの伊勢屋で餅を買う。
これはレディの人数分購入。
先日のやり取りで、池袋のちかにもこの餅の話をしたっけな。
俺はちかへあげるようの分も、数種類買い足す。

一時半の小江戸号で帰れば、余裕で出勤できる。
店内へ入ると、始さんが蒸し器で和菓子を作っているところだった。

まだこの時期は様々な発注が入り、多忙なようだったので簡単な挨拶だけして伊勢屋を出る。
さてと少し時間調整しなきゃ。
櫻井さんの櫻井商店へ顔を出し、一メートルほどの大きな麩菓子があったので三本購入。
再び中央通りへ戻り、蛇の目寿司へ行き、鉄火丼と蕎麦を食べる。

そろそろ時間か。
このまま新宿へ戻ろう。
駅ビルぺぺの中で、くらづくり本舗の和菓子を買った。
これは自分の店の分と、世話になったダウンロードの早番と遅番用も用意する。
まだ数十分発車まで余裕があるな。
小江戸号待ちの為、ぺぺにあるコーヒーショップでBLTサンドを注文。

慌ただしい瞬間の帰郷であったけど、みんな喜んでくれるといいな。

時間になり新宿へ向かった。

まずさくら通りのダウンロードへ顔を出し、くらづくり本舗の和菓子を渡す。
店長の柿沼もいて、笑顔で頭を下げて礼を述べてくれた。
元旦にもらったお年玉の額には全然足りないが、和菓子で六千円分以上。
結構な量で、ひとまず自分の礼節と格好だけはついたと思う。
レディへ出勤すると、かき餅を配りつつ和菓子も分配した。
「何ですか、これ? この最中凄い美味いですよ?」
湯浅は早速齧りつき大喜び。
くらづくり本舗の最中が大人気の中、斉木には一メートル級の麩菓子を渡す。
小学生の娘さんがいるらしいので、ちょっとした話題になるだろう。
遅番の出勤する時間帯になり、名義社長の小西へかき餅を勧める。
「いやー、正直こういうの貰っても、家に何の調理器具も無いから、迷惑なんだよねー」
「じゃあ和菓子も買ってあるんで、食べて下さいよ」
笑顔でそう答えたものの、この小西という名義の人間性が少し分かったような気がした。
とりあえず笑顔で受け取り、他の欲しがるスタッフへ渡せばいいだけなのに。
まあ変な方向へ捉えても意味がないか。
俺は暗い夜道を一人寂しくアスクルームへ向かって帰った。
LINEでちかへ餅を買った事を伝える。
当然喜ぶちか。
これが普通の反応だよな……。
考えてみれば、一度も彼女の店へ最初以来行っていなかったし、またそんなちかも俺へ一度も来いなど営業をしてこないのだ。
明日は休みだったので、ちかと会う約束をした。
二千二十一年一月十五日、金曜日友引。
シュベールでモーニング。
これで二日連続。
好みの問題もあるが、距離的にもこちらのほうが近いので、ついついラ・ムーでなくシュベールに足が向いてしまう。
昨日がエレベーターだったので、右側の階段から上がって入るほうの入口を開けた。
「いらっしゃいませー」
アニメ声とも違う天使の囀りが耳に入ってくる。
何て素敵な声なんだろう。
身体中の隅々まで痺れたような感覚に陥った。
チラッとその声の女性店員を盗み見る。
「……」
ブスではないが、声と顔がいまいち反比例しているな。
それでも遠くで彼女が声を発する度、心地良い不思議な感覚になった。
異性に対し惚れたとは別の感情。
こういう女もいるんだなと思った。
モーニングBLTサンドとミネストローネスープを注文。
料理が席に置かれる際、彼女の名札をさり気なく見る。
『琴美』という名前なのか。
声と名前のみ可愛らしい店員。

そういえば先日成人式だったけど、二千八年の今頃って岩上整体を締め、相当格闘技DEEPで試合をしたんだよな……。
年齢的にもあれが最後に試合。
もうあの時から十三年も経ってしまったのか。
九月になれば、俺も五十歳。
年も取る訳だ。
この頃ちかと出会っていたらなあ……。
いやいや、二十代後半の彼女は、そしたら小学校か中学校ぐらいだろ?
どう足搔こうともうとっくに俺の青春と呼べる時代なんて、とうに過ぎ去ってしまったのだ。
では何で今日ちかと会う約束なんてした?
結局食事のあとは、彼女のキャバクラへ同伴という形で無駄銭を使うだけなんだぞ?
長年続く飲み屋の女との付き合い方。
高価な食事をご馳走し、さらに時間を使ってその女の店まで行きより派手に使う古今東西古くからの不文律。
それを自覚しながら、本当に俺は馬鹿なんだなと感じる。
まあそれでもこれは自身の気分転換と、一年ぐらいこうして毎日LINEのやり取りをしてきたちかへの感謝も含めての事。
約束してしまったものをあまり難しく考えても仕方ない。
夕方になり山手線で池袋駅へ向かう。
アスクルームから新大久保駅まで徒歩一分程度。
そこから池袋までたった三駅なので、本当に近い。
以前購入した化粧品のミラノコレクションとかき餅を持って。
久しぶりに会うちかは、やはりショートカットの似合う美人のままだった。
毎日文面でやり取りしているせいか、スムーズに会話がそのまま弾む。
本当にもっと若い頃会いたかったなと、何度も思う自分がいる。
「ほんま美味しそうやねー、お餅。あとミラノコレクションもありがとう」
「三月の君の誕生日に何もお祝いしていなかったしね」
「そんなー、岩上さん、うちの為に絵を描いてくれたやんか」

以前俺がちかの星座に合わせて描いた魚座の絵。
あんなものをちゃんと覚えていてくれたのか。
純粋に健気なのか、飲み屋の女としての計算なのかは分からない。
それでもあの絵を未だ覚えてくれているという事実が、素直に嬉しかった。
「ちか、何を食べたいんだい?」
「うちは何でもええよ。別にこの辺のラーメン屋さんでも」
「いやいや、君みたいないい女連れて、ラーメン屋って訳にいかないでしょ」
「ほんまにどこでもええのに」
女の子の話す関西弁は本当に可愛らしく感じる。
滋賀県出身のちか。
今度琵琶湖について、色々調べておこうかな。
さすがにベタ過ぎるか。
トキワ通り手前の繁華街を歩いていて、一軒のしゃぶしゃぶの店が目に入る。
「ここでいいかい、ちか?」
「うん、岩上さんがいいなら」
しゃぶしゃぶの『月亭』へ入った。
コース料理に他の料理も単品で頼む。
お通しも、洒落た器にちょこっと盛り付けてある。

フグの唐揚げが、以前食べた時美味しかったのを思い出し注文。

だが、この店の唐揚げは、骨がたくさんあり食べづらいだけだった。
定番のマグロ刺身も注文。

鍋がいい感じでグツグツ煮え、ちかがよそってくれる。
美人にこうしてもらうのは、いい気分だ。

追加の肉もオーダーし、会計は二万円越え。
結構高くついたものだ。
その後ちかのキャバクラへ同伴で入り、終電近くまで三時間ほど飲んで会計七万円以上の支払い。
夢の時間は数時間で十万円。
確かに楽しかったけど、何日分の給料を俺は溶かしたんだと複雑な心境になった。
このコロナ渦で経済が回らないのは分かる。
だが、節約しなきゃならない世の中において、無駄なものから人は削除していくもの。
キャバクラなんて一番の無駄だもんなあ……。
二千二十一年一月十六日、土曜日先負。
朝起きてシャワーを浴びると、シュベールでモーニング。
相変わらず琴美の声だけは素晴らしい。

ヤバいなあ…、三日連続なんて、完全に常連になりつつある俺。
サンドイッチのモーニングにミネストローネスープ、そしてミートソースを注文。
これで会計二千円いかないなんて、昨日の飲み代は一体何なんだ?
別段ちかを口説くつもりもなく、俺は何をどうしたいのだろう?
レディへ出勤すると、斉木が声を掛けてくる。
「岩上さん、本当運がいいですね」
「え? 何でです?」
「オーナーの大場さんいるじゃないですか。このコロナ渦で、出勤したくない従業員もいるんですよ。やっぱり感染怖いですからね。だからポケットマネーで、この緊急事態宣言の間、プラス時給五百円出すと先日のミーティングで言ったんですよね」
「え、五百円も?」
八時間に五百円で、四千円。
俺が今、千五百円だから、時給二千百円?
何なんだ、このキャバクラの体験入店みたいな時給は?
こんなどんよりした世の中で、こんな事をする仕事なんてどこにもないだろう。
食事代込みで一日一万七千円。
これは俺が過去、横浜の時立ち上げたイワカミ工業時代の日当と匹敵する金額になる。
ダウンロードのヘルプ三日間で五十万円の収入。
そして時給二千百円の期間的好待遇。
もうそろそろここへ入って二ヶ月になるが、こんな好待遇で罰が当たらないか不安になるぐらいだった。
本当に凄いところで働いているんだな、俺は……。
ラッキーハウスを辞め、運気が完全に変わったんだな。
人間合う合わないは必ずある。
食べ物に好き嫌いがあるのと同じように。
昔は歌舞伎町の水がとても泳ぎやすく感じられた。
でも二度目に戻って来た時、その水は濁っていた。
三度目の水は、自身の金を吐き出して死に掛けた。
懲りずに四度目の水は、気持ち悪くなるような匂いがした。
水槽を変え、急激に環境を変えた俺。
その判断はいい方向へ転んだのだ。
運気の波を感じる。
携帯電話で今週の競馬を眺めた。
毎年荒れる愛知杯だったか。
これって何かの啓示?
今の運気に乗ってみるのも一興。
なので、一番人気のルメールから一頭軸マルチ三連単を買ってみた。
上手く行けば二十万馬券。
昨日ちかと散財してしまった金額の倍を取り戻せる。
外れたら…、フェブラリーステークスまで競馬お預けにしよう。
「神は、やはりいなかったか……」
「え、岩上さん、どうしたんですか、いきなり?」
湯浅が驚いて声を掛けてくる。
「いや、競馬をまた外しただけです」
そう言って俺はセブンスターに火をつけた。
二千二十一年一月十八日、月曜日大安。
今日も朝からシュベっている俺。

マグロをたくさん食べる事をマグるという造形語を過去に作ったので、今回シュベールへ行く事をシュベると名付けた。

サンドイッチにピザにミネストローネスープ。
毎日この時間帯だけが俺の幸せタイム。
昼は大明飯店へ行き、麻婆豆腐定食。

こうして美味しいものを健康で食べられる俺は、とても幸せな四十九歳だ。
当たり前の日常へ、ちょっとした気付きの感謝。
『また岩上さんと一緒にご飯食べに行きたいわあ。ほんま楽しかった。 ちか』
「……」
おいおい、セニョリータ、いくら何でもそれは勘弁してくれ。
君との時間は確かに楽しい。
でも俺は十万円使わなくとも、二千円で同様の幸せを感じる方法を見つけてしまったんだぜ。
二千二十一年一月十九日、火曜日赤口。
今日も朝からシュベっている。

ナスのミートグラタンとBLTサンドを注文。
この喫茶店もデザート以外のメニューの全制覇、早くできそうだな。
今日出勤すれば、レディで働き出して丸二ヶ月。
ウサギ小屋のアスクルームは置いといて、充分幸せを感じられる日々。
たまには散歩でもしてみようかな。
出勤までまだ時間があったので、高田馬場方面へ真っ直ぐ歩いてみた。
いい天気だ。
新大久保と高田馬場の中間ぐらいの距離を歩きながら、ふと空を見上げる。
ん、何だありゃ?
青空に不自然な小さな光。
思わず写真に撮ってみる。

ズームを掛け、もう一度撮影してみた。

何なのだろう、あの光は?
ただの飛行機か?
視覚からは小さな線のような光。
かなり遠い距離にいるのだろう。
しばらく眺めていたが、特に変化もないのでアスクルームへ帰る事にした。
今日も一日仕事を張り切って頑張るか。
二千二十一年一月二十日、水曜日先勝、大寒。
今日も朝からシュべリング。
これは俺の中でシュベールとモーニングを勝手に掛け合わせた言葉である。
しかし毎朝二千円近い朝食というもの、考えてみたらヤバいよな……。
そんな訳で少し節約。
ミートソースより二百円安い六百八十円のナポリタンと、一番安い五百六十円のトーストセットのモーニングを頼む。
いつものミネストローネスープは、二百七十円もするから今回我慢。

それでも千円は超えるので、十二分に豪華な朝食だよな……。
昼は歌舞伎町の職安通りまで出向き、『サンキュウホルモン』で焼肉ランチ。
千円しないで小鉢まで色々ついたランチが素敵な店である。

本当にホルモンって何故こんなにも美味しいのだろう。
昔はこの部位を捨てていたなんて、神様から罰が当たるぞ。
食に見い出す日常の幸せ。
分相応な生活。
あとは寝る場所をもう少しマシにしないといけないよな……。
出勤すると、同じ中番のスタッフ長谷部鏡花が、店長の斉木と深刻そうな表情で何かを話していた。
状況をあとで聞くと「また鏡花さん、長期休暇が欲しいって…。本当参っちゃいますよ」と吐き捨てるように言った。
いつも丁重なイメージがあったので、よほど彼女の行動が勘に障ったのだろう。
時給五百円アップのこの時期に、あえて長期休暇を取る長谷部鏡花の心理がいまいち理解できないが、人それぞれというやつか。
彼女の代わりに早番から、我妻が中番へ移動というシフトに決まる。
その分早番の人出が足りなくなるので、中番は早出四時間、遅番は残業四時間の穴埋めをしなければいけなくなった。
俺的には必然的に稼げる比率が増えたので、鏡花様々だ。
二千二十一年一月二十一日、木曜日友引。
今日はよく寝たな。
目を覚ますと昼過ぎ。
休みのせいか、気が緩んでいたのだろう。
なのでランチのシュべりタイム。
日替わりランチのホーレン草のクリームパスタを注文。
多分日替わりじゃなければ絶対に頼まない品だろう。

何故ならシュベールにはミートソースが置いてあるから。
喫茶店を出ると、どうしても視界に入ってくる極悪パチンコ屋エスパス。
ふん、こんな店誰が金を落としてやるものか。
逆らうように新大久保駅の改札を潜り、池袋へ向かう。
目的は北口にあるパチンコ屋『パーラーフジ』。
新宿はパチンコの相性が最悪だと自覚したので、こうして遥々池袋までやってきたのだ。

過去、池袋のこのお店は相性が良く、かなり回る店という印象。
仕方なく池袋駅北口前のボロいパチンコ屋へ入る。
すると、二千円で出て、何と十三連チャン。
出玉一万八千発以上。
景品大七個、小七個もらったので、単純に七万七千円かなと思い『バラティエ』の高田へ電話して自慢をした。
換金所で換金すると、何故か四万五千五百円……。
何この中途半端な金額は?
計算してみると、換金率二円五十銭の店だったようだ。
最近出した結論が、換金率が低かろうとパチンコは台が回り、勝てないと意味がないという事。
駄目だ。
いくら回してもまるで辺りが来ない……。

仕方ないので隣の『天丼ふじ』へ寄って帰るとするか。
天丼メニューしかない中で、イカ天丼を選択。

揚げたてだけが取り柄の店であるが、少し勇気が湧いてきた。
懲りずに俺はパーラーフジへ舞い戻る。
「……」
飯食った後もやったけど、いくら回しても駄目ね。
もうパチンコは、どこも出ないようになっているのか?
怒って帰ろうとしてはまた戻り、結局パチンコ三回入ったが、回せど回せど何も出ず。
一人でしっぽり飲む事に決める。
繁華街を彷徨っていると、居酒屋『海峡』を発見。
これって多分あの海峡だよな?
浅草ビューホテル時代、スナック五次元へ行く前に必ず寄った居酒屋の海峡。
川越の海峡は潰れてしまい、所沢のプロペ通りで見つけたものの、そこすら無くなってしまった。
池袋にもあっただなんて知らなかった俺は、真っ先に入店する。

あー…、こんな事なら川越か横浜へ行けば良かった。
どうしょうもない休日を過ごしながら、一人反省会を開く。

唯一の救いはこの海峡を見つけられた事ぐらい。
それにしても海峡自慢の鶏肉一枚の唐揚げも、随分小さくなっていないか?
昔はこんなえびせんのようなものなんてつけて、誤魔化していなかったのになあ。
コロナ渦の不況により、経営もひっ迫しているのか?

池袋へ来て、金と時間だけを無駄にした無意味な休み。
項垂れたままアスクルームへ帰り、大人しく残りの時間を過ごした。
二千二十一年一月二十二日、金曜日先負。
昼ランチにてシュべっている俺。

今日は日替わりランチのオムライス。

うん、こうやって俺は、毎日同じ店来てご飯食べて、仕事して寝て、ギャンブルなんかやらないで、平穏無事に生きるんだ。
昼の三時になるとレディへいつものように出勤。
店長の斉木が休みで、俺、湯浅、我妻の三人で中番を回す。
今日は太客が派手に負け、ホールを俺一人で駆け回り、キャッシャーに我妻と湯浅がサポート。
INをする際、一度に数百万円の札束を数えなければならない。
夜になり客も帰り、レディ店内には一千万円以上の現金があった。
こんな金額を間近で見たのは人生二度目。
インターネットカジノ『新宿クレッシェンド』を始めるきっかけになった時のあの時を思い出した。
最低一千五百万の金は、インカジ一軒やるのに必要になってくる。
「だいたいでいい。やるとしたらいくら掛かる?」
「一千五百万ですね」
「そうか、おい」
ボスは一原へ首を振り、バックをテーブルの上に置く。
ジッパーを下ろし、中から百万円の帯付きを取り出した。
「……」
テーブルに積まれていく百万円の束。
全部で十五個。
一千五百万円。
「俺は君の願いを聞いたぞ。いつから来る?」
「え? だからそれはどうやったら来るんだと聞かれたので……」
「それを岩上君は答えたのだろ? だからこうして俺はそれに対して答えた」
「……」
始めからある程度の金を用意してあり、うまくそうなるよう誘導されたのか?
「岩上さん、うちのボスは中々こう見えて懐が深いんですよ」
「俺からも下陰の兄貴には話通しますから。大丈夫ですよ、岩上さん」
高橋と一原が両サイドへ座ってくる。
取り返しのつかない事をしてしまった……。
悪い夢でも見ている気分だ。
あの時の金は、どう考えても見せ金としての一千五百万円。
結果、俺はあの話に乗り、身銭で三百万円以上を吐き出して終わっただけ。
しかし今は違う。
目の前に一千万円以上の金が、テーブルの上に積まれているのだ。
「……」
たらればになってしまうが、あのまま新宿クレッシェンドを続けていれば、このようなチャンスだってあったかもしれない……。
百万二百万の札束など、日常で慣れている。
初期横浜時代、俺は常に二つの財布を右側に百万円、左側のポケットには数十万円と分けて、馬鹿な金の持ち歩きをしていた事もあった。
つまらぬ見栄。
そんな事をしていたから、みんなからタカられ、いつの間にか金を失ってしまったのだ。
我妻が番頭へ電話を掛け、現金を取りに来てもらうよう話をしている。
この店では基本置く金は五百万円。
もう勝負する客が帰った以上、間違いがあるといけないので、こうして番頭を呼び金を取りに来る仕組みになっていた。
あと数分で目の前の金は消えてしまう。
卑しい考えだったが、俺は口を開く。
「我妻さん…、その一千万円を手に持った状態で写真撮ってもらってもいいですか?」
「え、自分が岩上さんを取ればいいんですか?」
「はい、ここまでの現金を見るのって、二度目なんですよ。卑しいですが、この手に持ってみたいなと」
「全然構わないですよ」

俺の左手の上に乗せられた現金一千万円。
百万円の束で十個。
その大きさは自分の手が隠れてしまうほどのものだった。
「岩上さんは、何か面白いですねー」
「いやいや、お恥ずかしい限りで……」
ウサギ小屋へ住む四十九歳の男が手にした一瞬だけの一千万。
頑張って俺も、あの金額が実際自分のものになるぐらい頑張らないとな。
仕事を終えアスクルームへ戻っても、妙な興奮があった。
フェイスブックで中学時代の同級生の神田から連絡が来て、お互い友達登録を済ませる。
お互いの日程を照らし合わせ、今月の二十八日に大久保で会う約束をした。
中学卒業以来だから、三十四年ぶり……。
いやいや、違う。
本川越駅近くのスイートキャデラックがまだ『つぼ八』だった頃、一度だけ昔に会っている。
あれは俺がこれから全日本プロレスへ行くんだと豪語していた時期だから、二十一歳の時だ。
神田は当時バンドを結成し、派手な髪型をしていたのを思い出す。
あの時も俺のプロレス人生をぶち壊した大沢史博が、つぼ八で酔って暴れたのだ。
キレた俺が大沢を殴って制御し、神田は笑いながら「岩ヤン頑張れよ、俺も頑張るから」と帰ったのが最後。
つまり二十八年ぶりの再会になるのか……。
大沢史博…、そして岩崎智典ことチャブー…、長年つるんで一番仲良かったはずの岩崎努ことゴリ。
心の底から信頼を失った同級生との縁を切った俺が、別の同級生とこうして会う現在。
約あと一週間か…、何だか楽しみだ。
シャワーを浴びに行くと、また洗面所で不細工な女が鏡の前で顔を眺めていた。
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