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記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
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何かがある12月05日&新宿の部屋

2025/11/30 sun
昨日で闇407まで書き終え、その場でぶっ倒れた

ここ数日闇シリーズしか書かなくなった

昨日だけで闇シリーズを4章分書けた訳だ
何故書き急いだのか

※ここから先はネタバレ含みます

それと何故闇シリーズの執筆スピードが速いのか?
それが分かると思います


理由は二つあって
一つは……

今年中に斉藤弘一さんの部分は書き上げたいなあという思い
でもまだ闇シリーズは407章で5月だから
あと何十章書かなきゃいけねえんだよ、斉藤さん(笑)!

もう一つが……

毎年十二月五日になると、結構な頻度で色々な出来事が起きるからだ
フェイスブックの思い出機能が出てくると、

12/05はちょっと異常だなというのが分かる

まあ毎年何かしら絶対あると言うわけではなく、
過度な期待はしないで下さい

それでは過去の12/05を時系列で振り返っていきます


2024/12/05(一年前)


全人格を否定される途轍もない嫌な夢を見て目覚めた

2024年12月05日(木) 21時19分23秒

2024/12/05 thu

全人格を否定され、俺のやってきた事すべてを嘲笑される夢を見て、これからどうするで目覚めた
目覚めると喉がカラカラ
本当に嫌な夢だった
一つの選択肢は失意の元にその場を去るだけ
ただ、あれほどの悪意を向けられた時の人間って、どうなるのだろう?
想像すると、激しい憎悪の元に人を殺して、最後に自身の命を絶つ
そういうのも有りなのかなと物騒な事を考えていた
何でこんなタイミングで、こんな夢を見たのだろう?
俺の執筆した小説を笑われ、描いた絵を笑われ、ピアノの演奏を下手糞と蔑まされ、作った料理を侮辱され、リングの上で戦った事は自分の中の妄想だと笑われる
周りに意見を求めると、全員が全員嘲笑しながら同じ事を言ってくる
これ以上聞きたく無くなり、その場から逃げる
それでも追ってきて更に追撃するように嘲笑してくる
阿鼻叫喚、地獄絵図、そんな言葉しか浮かばない
止めろと何度言っても、相手は止めてくれない
どこへ行っても追い駆けて来る
意地悪そうな表情で永遠と嘲笑を繰り返し、小馬鹿にされる
現実的にはありえないんだけど、仮にこんな事が本当に自分に降り掛かったら、実際どうなるのだろうか?
それにしても、何でこんな夢見たんだろう?
飛び起きた瞬間、激しい殺意に全身が包まれていた
夢なのに……


おそらくこれは、今にしてみれば
今年の七月に裏稼業を辞める予言まではいかないまでも
自分の中で何かしら感じていた事だと思う

この日に書き終えた闇シリーズ


2023/12/05(二年前)

2021年心筋梗塞から始まる地獄めぐり、その根本的な原因となった
同級生の神田を切った年の山口さんへの誕生日祝福コメント

いいねは押すものの、もうぎこちなさがある

以前なら普通に会話をしていたけど、彼の会社に所属する俳優としては
俺と表立って仲良くするのは憚れるのだろう


2022/12/05(三年前)

大井競馬最終レース二匹目のドジョウを狙ったら、
1、3、5着で敗れる

この年の事はあと数年先の12/05で分かります



2021/12/05(四年前)

闇シリーズにもよく出て来る坊主さん夫妻が、
心筋梗塞を食らった俺を招き、快気祝いをしてくれる


2020/12/05(五年前)

特に何も無し
もうこの頃はラッキーハウスでなく
インカジレディー編に入る


2019/12/05(六年前)

ラッキーハウスの仕事帰りにパチンコやったら
29連荘で10万円以上になる

この日、小江戸号で西武新宿へ仕事で向かい
ゴールデン街『強飲』のけいこへLINE
AKBのパチンコで勝ったから運気がいい
地方競馬で大井の最終12Rがまだ間に合うから買ってみる
けいこ『わー、当たるよう祈ってます』
俺『当たったらお礼するわ』

誕生日(1971(昭和46年)/09/13)を元に
三連複 4-9-13 1点買い1200円
三連単 4-6-9-13BOX買い(24点✖各200円)4800円

投資額6000円
三連複も三連単も当たり、275660円になる

あまりの嬉しさにうな鐵のうな重を全従業員に振る舞う
うな重の出前を受け取る時、俺が滑って二つ落としてしまい
ここで五万円の支出になる


2018/12/05(七年前)

ジミードーナツを偲ぶだけで特に無し


2017/12/05(八年前)

近い日の投稿で12/02の投稿

2017年12月2日 
休みなのでプーさんの缶持って、カフェ・アンジーへ来ましたよ
今日は温玉乗せ豚丼を注文(俺のは温玉無しバージョン)
プーさんの缶に500円玉貯めだして今日数えたら、14万弱ありました(笑)
これからも頑張るぞ!



2016/12/05(九年前)

近い日付けで12/03

2016年12月3日
わーい、大好物のかき餅を先輩の始さんからたくさんもらちゃった!
始さん、広恵さん、ありがとうございます
鹿の子とあんこ玉作っている最中、お邪魔してすみませんでした(笑)
お店は川越市連雀町の連繋寺斜め向かいにある伊勢屋です



2015/12/05(十年前)

 本当に残念です…
 幼稚園の頃からジミードーナツのミートソース食べてきましたから
 梅図かずおの「のろいの館」に出てくる赤ん坊少女たまみを幼少期見て、トラウマになったのもジミードーナツだし、ハンバーガー食べながら手塚治虫の火の鳥全巻読破してみたり、若い頃はとにかく暇さえあれば、ここにいました
 もう一度ミートソース食べたかったなあ……
 俺のミートソースは、ここのをベースに作ってました
 お悔やみ申し上げます



2014/12/05(十一年前)

特に無し
12/10の記事がこの時は最新


2013/12/05(十二年前)

特に無し
12/19の記事がこの時は最新

【mixi記事】だと12/07が一番近い
横浜に来て住み始めて1年以上経って
2013年12月07日05:15

 基本的にとても欲がなくなってきていると自覚した。
 以前自身を狂わせるほどあった執筆意欲さえなくなっている。
 だが、作品をもう書かないわけではなく、あえてどうしても書きたくなるまで放っておくという感覚に近い。
 地元川越にも、ほとんど戻らなくなった。
 30年以上連続で出続けた川越祭りさえ、行かなかったほどである。
 ただ働き、ほとんど毎日同じようなスタイルで寡黙に時間を過ごし、眠くなったら寝るというシンプルな生活。
 唯一変化があったのが、新宿と横浜を仕事の関係で繋げたので、給料とは別に毎月副収入がおそらく月15~60万ほど手元に入ってくる状況を作れた事だろう。
 そろそろ真面目に金もちゃんと貯めるようにして、また患者たちが望むなら、整体を開業しつつ、久しぶりにシェーカーを振りながら、好きな料理を作るバーをやってみるのもいいかも。
 暇な時間を利用して、これまでの経験を活かしながら、執筆し始めるのもいい。
 まあ、どちらにせよ、横浜であと数年過ごしてから、それらは具体的に考えるようにしよう。



2012/12/05(十三年前)

【mixi記事】だと12/24が一番近い
長男と生活
2012年12月24日18:45

 横浜に来て二ヶ月半以上の時間が過ぎた。
 最初は色々な場所へ行き、様々なものを食べ、思い切り堪能した。
 少しして横浜橋商店街という立派なアーケードがある賑やかな場所で部屋を借りる。
 風呂に入って、洗濯して、料理作って、仕事して、寝て……。
 そんな当たり前のような日々が淡々と過ぎていく。
 自分の好きな料理を作り、好きな食材を買い、好きなように過ごす。
 ちゃんこ鍋を作って食べる。
 一人焼肉を部屋でやってみた。あとで臭いが酷く、ちょっぴり後悔した。
 生まれて初めて魚を買い、部屋の中でグリルを使って焼いて食べた。
 レッドソースカレーをじっくり煮込んで作ってみる。従業員のみんなも食べたがったので、店にも分けてあげた。
 今日仕事終わったら、ホワイトソースを作る予定。
 次はマグロのサクを買ってきて、鉄火丼でも作ろうかなと思う。
 気付けば外食はまったくしなくなっていた。
 そんなごく普通の些細な生活なのに、それだけで幸せを実感している自分がいる。
 じっと目の前の風景をぼんやり眺めていた。
 たった俺一人だけの空間。
 今、そこに俺はいる。
 とるに足らないような事なのに、何故こんな事を考える自分がいるのだろうか?
 地元での…、いや…、家での環境が酷過ぎたからだろう。
 四十年以上に渡って続いてきた世知辛い日々が、自身を麻痺させていたという悲しい現実。
 忌まわしき場所から離れて暮らすだけで、こんなにも心の中は晴れやかになっていた自分。
 小二でお袋が家を出ていったから、自分で好きなものを作ろうと料理をやり始めた。
 でも、それを見た親父に「女みてーな事しやがって」と、そんな理由で殴られ、泣きながら包丁で野菜を切っていた幼少期。
 高校生の頃、いつの間にか俺の食事など用意してくれなくなったおばさん。
 顔を見る度、「早く家から出て行け」と言ってくるおじいちゃん以外の家族。
 風呂場の湯船の風呂栓をわざわざ隠され、ここ数年家の風呂では湯船に浸かった事がなかった。
 冷蔵庫に自分で買ってきた野菜や肉を入れているだけで、嫌味を言われる事もない。
 去年から俺宛ての年賀状や郵便物がまったく届かなくなった。
 親父と勝手に再婚していた女が、郵便局で嫌がらせの為そう手続きしていたようだ。
 おばさんからは「おまえが親父とお袋を勝手に離婚させるから、あんな女が家に入ってきたんだ」といつも責められた。
 思い出すのはいつだって嫌な暗い過去ばかり。
 何かつまらない事を言われたり、やられたりする度、心には目に見えない傷が一つ一つ増えていた。
 何度殺してやろうと憎しみを覚えた事だろうか。
 この四十一年間、常に憎悪が浮かび上がっては、静かに心の奥底へ沈殿していた。
 世間では長男なんだから家にいろと言われる。
 でも、家では邪魔者扱いされるだけの状況。
 横浜に住み出したのも、そんなつまらない状況から離れたかったからかもしれない。
 新宿の人間と違い、横浜の人間は優しい人が多い。
 その辺は地元川越で仲良くしている人たちと変わらないような空気がある。
 仕事で足を引っ張ってくる人間なんて誰一人いない。
 家に帰っても、文句一つ言う人間はいない。
 こんな些細な事で幸せを感じられる自分って、本当に安上がりでくだらない人生を過ごしてきたのだろう。
 でも、もうちょっと時間が経ったら多分だけど、今の環境にも退屈さを感じ始め、また新たな喜びを探しに動くのだろうな。
 だけど、今はもうちょっと一人の時間ってのをゆっくり噛み締めたいと思う。


2011/12/05(十四年前)

【mixi記事】だと12/06が一番近い
自家製ドリア&メンチカツ
2011年12月06日07:22

2011/12/05の賄い飯用として作ったドリア

2011/12/04の賄い飯ようとして作った自家製メンチカツ


2010/12/05(十五年前)

【mixi記事】だと12/08が一番近い
早いか遅いか……
2010年12月08日00:04

 昨日今日と通夜、葬儀が終了した
 時には俺の親代わりににもなってくれた事がある従兄弟のおばさん
 思い出すのが高校時代、三者面談で親を高校へ連れて行かねばならない状況の時だった
 母親がいない俺
 親父はそういった事には面倒臭く、協力をしてくれない
 従兄弟のおばさんは嫌な顔をせず、俺の親代わりに学校へ一緒に行ってくれた
 帰り道、「智一郎…。おまえ、あそこのラザニア好きだったろ? ご馳走してやるから寄って行こう」
 あの時食べたラザニアの味はとてもうまく、未だ鮮明に脳裏へ焼きついている
 でも、俺の悲しみより、残された従兄弟たちのほうが比べようもないほど深い
 葬儀の最中、自身の立場でと考えていた
 もしも、自分の母親が亡くなったら?
 現在どこで何をしているのか分からない
 どこに住んでいるのかすら知らない
 連絡先も分からない
 つまり俺の場合、亡くなったところで、それすら知りようがないのだ
 仮に知ったら?
 その時になってみないと分からないが、今日の従兄弟たちのような悲しみは少なくても感じられないだろう……
 そう考えると、俺は運がいい
 幼少時代でそういった感覚はすでに無いのだ
 親子の間に絆など存在しない為、言いようのない深い悲しみを感じようがない
 いい母親であったほど、残された子供たちの悲しみは深い
「もう…、お願いだから俺に二度と関わらないで下さい。あれから今まで自分の好きなように生きてきたんでしょ?これからも好きなように生きて下さい。そして俺の前に、もう顔を出さないで下さい。頼むからそっとしておいて下さい。お願いします……」
 当時、処女作の『新宿クレッシェンド』でも使ったこの言葉
 すでに俺は生きながらにして、決別を済ませていたのだ
 親戚側に立った葬儀
 人生を生きている限り、逃げられない状況がまたやってくるだろう
 67歳で亡くなるなんて早過ぎるよ……
 作品…、間に合わなくてごめんね



2009/12/05(十六年前)

【mixi記事】だと12/04が一番近い
22年間食べ物を食べなかった男 その1
2009年12月04日00:35

 私の名前は、工藤明。
 これは、私がある知り合いの事務所で働いていた頃の話。
 オーナーと二人きりの小さな事務所。オーナーの人柄か、いつも事務所には仕事とは関係ない人が顔を出しにやってくる。私より十五歳年上の国さんとは、そこで初めて出会った。今私が二十五歳だから、国さんは四十歳。オーナーの知り合いでたまたま事務所へ顔を出したのがきっかけである。
 腰の低い物静かな人で、いつもみんなの話をニコニコ笑いながら聞いているだけだった。
 オーナーが言うには、とても頭のいい人らしい。有名な高校を卒業し、一流大学へ入った途端、大病に掛かり大学を辞めたと言う。人には様々な人生があるもんだなあというぐらいしか、この時は思わなかった。
 冬の寒い朝、私は事務所へ向かう途中、コンビニへ寄る。今日も誰か来ているかなと思い、私は多めに肉まんを買っておく。
 事務所へ到着すると、国さんの靴が玄関に置いてある。あ、国さん来ているんだ?私は笑顔で中へ入った。
「工藤君、お疲れさま」
「お疲れさまです。あ、国さん、いらっしゃいませ」
 元気良く挨拶すると、国さんも笑顔で会釈をしてくれる。私は暖かい肉まんを「どうぞ」と手渡してから、国さんにも「食べますか?」と渡そうとした。
 その時、オーナーがギョッとした顔で、「工藤君!」と大声で呼んだ。
「え、どうかしました?」
 オーナーのほうを振り向いた時、国さんが私の手にあった肉まんを取った。
「国さん!」
 慌てて立ち上がるオーナー。何だ? 何か私は悪い事でもしたのか?
 国さんはオーナーを手で制し、静かに口を開いた。
「工藤さん、ありがとう。遠慮なくいただきます。ただこの肉まん一つだと量が多くて食べられそうもないので、ちょっとだけいただきます」
 肉まん一つで量が多い? 国さんの妙な言い回しが気になった。国さんは手で肉まんをひと口分だけちぎり、大きく口を開けて中へ放り込む。目を閉じてゆっくり味わうように食べた。
「国さん……」
 オーナーが近くまで来て、国さんの手から肉まんを奪いとる。何が何だか分からない私。肉まん一つで何をそんなに騒いでいるのだろうか。一分ぐらい掛けて食べた国さんは、私を見て静かに言った。
「久しぶりに肉の味を味わいました…。工藤さん、ありがとう」
 たかだか肉まん一つでそんな言われ方をされると、変にむず痒い。
「そんな大袈裟な。肉まんぐらいで……」
 オーナーは黙ったまま国さんを見つめている。
「工藤さん、これから私が言う話は、とても長い話になりますが聞いてもらえますか?」
 真剣な表情の国さん。オーナーのおかしな対応も気になるところだ。
「ええ、構いませんよ。どうしたんです?」
「実は私、十八の時から一切食事をしていないんですよ」
「はあ?」
 いきなり何を言い出すんだ、この人は……。
 性質の悪い冗談だなと思った。今、国さんは四十歳。十八歳から二十二年も経っているのだ。食事を一切しないで、どうやって生きていけるというのだ?
 国さんは驚いた私を気にもせず、淡々と話し出した。
「奇病って言うんですかね…。病院では『クローン病』と診断されましたが、まったく食べ物を胃が受け付けないんです。無理に入れたとしても、すぐに吐いてしまいます」
「……」
 確かに国さんの体はガリガリに痩せ細っている。でもさっき肉まんを私の目の前で食べたじゃないか……。
「あ、工藤さん。ちょっと失礼。トイレに行ってきますね」
 そう言うと国さんはトイレへ向かった。

 国さんがトイレに行っている際、私はオーナーへ小声で聞いてみた。
「オーナー、国さんの言っている事って本当なんですか?」
「うん、俺と国さんとの付き合いは十年以上になるけどさ。あの人、いつも食べられないんだよ……」
「でも見た感じ、どこもおかしくなさそうですよ?」
「見た目はね。でも国さんさ、実際に国から身体障害者手当てが出ているんだよ。あ、これ言っちゃ駄目だよ?」
「もちろん言いませんよ」
 普通に仲良くなった身近な人で、そんな症状を持った人など今までいなかった。私は今後、国さんへどう対応すればいいのだろう……。
「あの人さ、本当に頭いいんだよ。この間なんて宅建の試験をたまたま受けたら簡単に受かっちゃうし、パソコンのプログラマーの免許も持ってるみたい。でも体がああだから、一年の半分は入院しているし、どこにも就職さえできないんだ」
「そうなんですか……」
 人間どうしても自分を中心に物事を考えてしまう生き物だ。私もそうである。こうして普通に生きている事に何の疑問も持たず、日々を過ごしているが、健康でいるという事が一番大事な事かもしれない。
 どんなに頭が良くて、腐るほど金を持っていても、病院のベッドの上に寝たきりじゃ何の意味もないだろう。そう考えると健康でいられるというこの現実に、もっと感謝をしなければいけない。
「あ、国さん、トイレに行くって言いましたけど、妙に長くないですか?」
「国さん今、吐いているんだよ……」
「え……」
「さっき工藤君が肉まん渡したろ? 多分国さんにとって本当に嬉しかったんだと思う。君の気遣いがね。だからひと口だけでも、食べてみたかったんだよ。あとでああやって吐くの分かっててさ」
「……」
「初めてみたよ。国さんがひと口だけとは言え、物を口に運んだ姿をね……」
 知らなかったとはいえ、本当に申し訳ない事をしてしまった。心の底から反省し、自分の安易さを悔やむ。
 あのドアの向こうで今、国さんはゲーゲー吐きながら苦しんでいるのだ。
 その姿を想像すると、自分が物凄い重罪を犯した気分になってくる。
「別に悪気があった訳じゃないんだからさ。工藤君がそんな顔をしていると、余計に国さん気にしちゃうよ? 今までと同じように普通に接してあげてよ」
「はい……」
 何度もトイレで水の流れる音がしたあと、ゆっくりドアが開く。私たちは自然と会話をやめた。

 ゲッソリした表情で国さんはゆっくりソファへ腰掛ける。
「大丈夫ですか、国さん?」
「ん、大丈夫大丈夫、いつもの事だから。そんな気にしないで」
 どんなに彼の気持ちを分かりたくても、健康な私はその十分の一も分かる事などできない。
「さて、どこまで話しましたっけ? あ、そうか。食べ物を受け付けず吐いてしまうってところまでですよね。十八歳の時、いきなりそうなったんです、私は…。当時診てもらった医者には、三十まで生きられないだろうとも言われました」
「でも、それから十年は生きていますよね?」
「ええ、医者からさじを投げられた状況の中、私は二十歳の時フィリピンへ行きました。工藤さん、心霊手術って知ってますか?」
「ええ、たまにテレビとかでやっている……」
「あれはまったく偽ですけどね」
 国さんは寂しそうに笑いながら言った。
「え、そうなんですか?」
「フィリピンでは心霊手術の医者だと名乗る人間が二千人はいるそうです。でも向こうの人の話でいえば、その中で本物はたった二人だけらしいです。私はその二人の内の一人と会えたんですよ、運良く……」
「よく手で切ったり、触れずに奇病を治したりするやつですか?」
 海外旅行へまだ一度も行った事がない私。それでも非常に興味深い話だった。国さんは話を続けた。
「ええ、そこまで大袈裟なやつじゃありませんでしたけどね。私は医者から見離された奇病患者ばかり集めたツアーで、その場所へ行ったんです」
「奇病患者ですか?」
「はい、様々な症状の患者がいました。自分よりすごい症状の患者なんてたくさんいましたよ。口をまったく開く事のできない患者。つまり話をする事ができないんですよね。当然食べ物だって食べられませんし。あとシャブをやっている訳じゃないのに、常に幻覚症状に陥っている患者とか。この人はさすがに、家族が同伴でしたけどね」
「……」
 想像もつかない世界の中で、国さんは生きてきたんだ。何て言葉を掛けていいか分からなかった。
「そこで会った心霊手術をする人に私はこう言われました。『あなたの病気は一度じゃ治らない。今日ここに来て、少し寿命を延ばす事はできました。でも、またここへ来なさい』と……」
 だから国さんは、四十になった今でも健在しているのか。
「それは良かったですね」
 心の底から笑顔で言えた。
「ええ、でもですね。その時、私もまだ二十歳で若かったというのもあり、そこの場所が書いてある紙をなくしてしまったんですよ。もちろん自分の命に関わる事ですからね。そりゃあ必死に探しました。でもその紙が見つからないんです……」
「他にその場所へ行く方法は分からないんですか? 例えばその時のツアーで一緒に行った患者さんに連絡をしてみるとか」
 すると国さんはその場所へ一度しか行っていない訳だ。私がそう言うと、国さんは寂しそうに笑った。
「当時、あそこへ行った人の大半はすでに他界しているか、もしくは連絡も取れないような病院へ入院していますよ。それにみんなその時は自分の事で必死ですからね。あの心霊手術をしたフィリピン人が、あそこにいた全員にそこの場所を書いた紙を渡したかどうかも分かりません。またあの場所へ行ける手段など、もうないんですよ……」
 そのフィリピン人の言葉が本当なら、少し寿命が延びただけという事になる。
「他に方法は何もないんですか?」
「自分の命が掛かってますから、今もずっと探していますよ。でも最近思うんです。これもまた私の運命なのかなと……」
「国さん……」
「まあ国から支給されるお金で、私もこうして何とか生きていられるから、感謝を忘れちゃいけませんよね」
 国さんの言葉がとても重く感じる。
 タバコの税金が上がった。
 ガソリンが高くなった。
 消費税がまた上がるかもしれない。
 そんな不満の裏で集められた税金。しかし、その一部分が国さんを始めとする医療費として使われているのも事実である。この日本に住んでいる以上、それは義務なのだ。
 義務だから避けられないじゃなく、私たちの払う税金が一人でも多くの人を救う。そう思いたい。
 だからといって私は、政府のやり方に満足をしている訳ではない。実際にどう見ても無駄な遣い方もしているのだから……。
「あ、ごめんなさい。私、あとちょっとしたら病院へ点滴受けに行かなくてはいけないんです。工藤さん、また会って色々お話しましょう」
「ええ、国さん。お互い頑張りましょう」
 頑張るという言葉が、国さんにとって適切かどうかは分からない。でも私の口から自然と出た台詞だった。

 国さんは事務所へ月に二、三回のペースでやってくる。大抵は病院へ行く前か、行った後に来た。
 病気に対する深刻な話ばかりだけでなく、今の世の中に対するお互いの意見を言い合ったり、パソコンの知識について話したりもした。彼の話はとても為になる。一緒に話していると、自分まで頭が良くなるような錯覚さえ感じた。
 私より十五歳も年が上だけど、お互いの相性がいいのだろう。また価値観が合うというのか。国さんと一緒にいる時間は心地が良い。オーナーは私と国さんの会話が盛り上がると、パソコンでインターネットをしながら一人で楽しんでいる。
「工藤さん、今日はちょっと見てほしいものがあるんです」
 そう言って国さんはバックの中から数百枚の紙を紐で束ねたものを出してきた。何だろう? 手に取りゆっくり眺めてみる。
『今の中学校で教えている英語は間違っている』
 そんなタイトルで、下にはお世辞でもうまいとは言えない平凡なイラストが描かれている。
「これって何ですか?」
「私がちゃんとした英語…、分かり易く言えば英単語の辞典みたいなものをイラスト入りで作ってみたんですよ」
 どれだけ時間を費やして作ったのかは、この本となった紙の厚さを見れば分かる。A5サイズの大きさに一枚一枚丁重にプリントアウトされた紙には、アルファベットのAから始まる無数の単語がイラストで分かり易い解説入りで作られていた。
「ちょっとこれ、すごくないですか? すごい時間掛かりましたよね?」
「え、ああ…、私、時間だけはたくさん人よりもあるじゃないですか。だからついこのようなものを作ってみようかなと思ってましてね。先日完成したばかりなんですよ」
「いくら時間あるからって……。すごい。素直にすごいなあって思います」
 私は英語が苦手である。まったく話なんてできない。だから国さんの作った辞典を見ても、それがどの程度のレベルなのかの判断はつかない。でもこんなものを作り上げてしまう国さんの頭の良さだけは感服するばかりだった。
「何が面倒かってA4サイズの用紙を一枚ずつ半分に切る作業でしたよね」
「え? これって用紙をいちいち切ったんですか?」
「ええ、A4だと大き過ぎるし、じゃあその半分ならいいかなと」
「国さん……。大きな店に行けば、A5サイズの紙って売っているんですよ……」
「え、ほんとに?」
 こんなにすごいものを作る頭を持っているくせに、どこか国さんは抜けている。しかしまたこういった部分が人間臭いと親近感を覚えた。
「分からなかったら今度一緒に買いに行きましょうよ。これだけの紙を切る作業の時間、馬鹿にならないじゃないですか」
「ありがとうございます、工藤さん」
「それにしてもよくもここまで丁寧に作ったもんですね。ほんと感心しますよ」
「数日貸すのでざっと通して読んでもらい、後日感想を聞かせていただきたいんですけど」
 正直面倒だなと思った。英語に対しまったく興味のない私にとって、面倒な事なだけだ。しかしこれを一生懸命作った国さんの気持ちを考えると、無下にもできない。
「分かりました。ありがたく読ませていただき、あとで感想を言いますね」
 私がそう言うと、国さんは笑顔でニコリと笑った。

 どんどん仲良くなり始めた頃、国さんは真剣な表情で私に言った。
「工藤さん、私が一緒にいる時でも普通に食事をして下さいね。そして私にも普通に接して下さい。例えば一緒に食事へ行こうとか声を掛けてもらったり…。そういうのが不思議と嬉しいんです。この病気の事で気を遣われるのって、あまり好きじゃないんですよ」
 以前オーナーが言った台詞を思い出した。
「さっき工藤君が肉まん渡したろ? 多分国さんにとって本当に嬉しかったんだと思う。君の気遣いがね。だからひと口だけでも、食べてみたかったんだよ。あとでああやって吐くの分かっててさ」
 私はこの事にずっと後悔し、胸を痛めていた。しかし国さんにとっては非常に嬉しい事だったのだろう。そのあとトイレであんなにゲーゲー吐いて苦しんだというのに……。
「久しぶりに肉の味を味わいました…。工藤さん、ありがとう」
 肉まんを食べた時のあの台詞。今にして思えば、とても重みを感じた。十八の時から食べ物を食べていない国さん。それをあの肉まんが、物を食べるという食感を思い出させてくれたのだ。
「国さん、食べ物を全然食べないと言っていましたけど、どうやって普段栄養を取っているんですか?」
「ああ、それはやっぱり点滴しかありませんよ」
「でも十八から二十二年間ですよね。私も入院した経験あるからちょっとは分かるんですけど、点滴って何度も同じ場所に針を刺せないじゃないですか?」
「ええ、そうですね。だから私の場合は刺すんじゃなく、鼻から入れるんですよ」
「鼻からですか?」
 プールで鼻に水が詰まった時の事を思い出した。あれは非常に苦しいものだ。詰まっただけでも苦しいのに、鼻から点滴を入れる? どんな苦痛なのだろう。
「案外慣れるもんですよ、人間って。刺すところがない。でも点滴を打たなければ生きていけない。要は慣れと覚悟ですよね」
 ニッコリ笑いながら、すごい事を平然と言っているなあと思った。
「工藤君、そろそろお昼にしないかい?」
 時計は昼の十二時を回っていた。
「あ、そうですね。国さんはどうします?」
 自然に聞いてからしまったと感じた。国さんは私のそんな表情を察知したのか、笑顔でこう答えてくれた。
「いいですね~。おそば屋さんなんてどうです?」
 ここで悲しんではいけないんだ。私は精一杯の笑顔で「じゃあそば屋にしましょう」と言った。

 国さんは本当にそば屋へ一緒についてきた。
 店の店員がお茶を三人分出してくる。実際に注文するのは私とオーナーだけ。国さんはそれでもいいと言ってくれた。自分が食べられない分、人がうまそうに食べるのを見ていると幸せを感じるそうだ。
 そう、国さんが言うように遠慮しちゃいけない。私は盛りそばを、オーナーは天丼を注文する。
「あの、もう一人の方は何に致しますか?」
 何も注文しない国さんを見て、不思議そうに店員は聞いてくる。
「いや、えっと私は……」
 申し訳なさそうに言う国さんを見て、私はつい「あ、お姉さん、カツ丼ちょうだい」と言う。
 店員が注文を受けテーブルから去ると、国さんは深々と頭を下げてくる。
「ごめん、工藤さん。変に気を遣わせてしまって……」
「いやだな~。何で謝るんですか? 俺、純粋に二つ食いたかっただけですよ。本当にお腹ペコペコなんですから」
「……。ありがとう……」
 下をうつむく国さん。オーナーは黙ったまま、横でタバコを吸っていた。
 食事が運ばれる際、勝手に店員が何も言わず国さんの目の前に盛りそばを置く。国さんはジッと盛りそばを見つめていた。
「工藤さん、悪いけど少しだけこのおそば、もらってもいいですか?」
「え、でも……」
 私の言葉を遮るようにオーナーが口を挟んでくる。
「いいですよ、国さん。好きなだけ食べて下さい。ここは全部俺が持ちますから」
「ありがとう」
 静かにそう言うと、国さんはそばを一本だけ箸でつまみ、つゆにしばらく漬してから口へ入れた。ゆっくり口を動かし、久しぶりのそばの感覚を味わっているように見える。
「いや~、おそばって本当にうまいっ!」
 目を閉じ左右に首を振りながら、大きな声で言う国さん。
 ひょっとして消化のいい食べ物を少しずつなら、大丈夫かもしれない……。
 そう思った時だった。国さんは口元を押さえ、真っ青な顔をしながらトイレへ向かった。
「『クローン病』って医学的には、口から肛門まで消化器官全般に、炎症や腫瘍を起こす病気でね。未だ原因不明なんですよ。奇病とも難病とも言われている。だから点滴を続けながら安静にしている以外、特別な治療方法なんてないんですよね」
 そう自分の病状を淡々と語っていた国さん。正直、トイレに駆け込む姿を見るのは非常に辛いものがあった。たった一本のそばでも、あんな風になってしまうのだ。どれだけ苦しいのだろうか?
 五体満足で健康な私。少しでいいから健康な部分を分けてあげたかった。



2005~2006年(二十年前)

MSNブログ【新宿の部屋】

一番始めに開始したMSNブログ
もう今となっては無いが、この時主要な投稿を
アメーバーへ移した

残念なのがティーカップブログの保存だけし忘れた事である
おそらくこのブログを含むすべて過去ブログの中で
一番膨大な量の情報と写真などがあったのになあ……

mixiも岩上整体時代にミサキからの紹介で始め、2007年頃には
全盛だったはずが、クレッシェンドの賞を取った時に何故か退会してしまう
当時の俺は天邪鬼であり、この馬鹿な性格がmixi再加入2009年までの間の
記録をすべて自分自身で消してしまった訳である

2006~2009年ぐらいの出来事で画像が少ないのはそのせい(笑)

まあここまで書いたんで『新宿の部屋』のリンクを8までは貼っておきます

2005/05/31
俺の前世は?
 休みの日、女と群馬県高崎市にある霊能者のところへ行って来た。
 三週間ほど前だが、俺が写る写真で不快な写真が一枚あったのがきっかけでもあった。




2005/12/24
制裁2
 昨日、目黒に事務所を構える弁護士のところへ行って来た。
 何故、行ったかというと、この間、知り合いの裁判があって頼んだからである。
 もう裁判自体は終わったのだが、その弁護士はとんでもない奴だったので納まりがつかなかったのだ。




2006/05/12
カミングアウト
 小さい頃、虐待を受けました。
 理不尽な暴力でした。
 いまだに目のところには傷が残っています。
 やられた原因は、自分以外の家族と仲良くしていたからでした。



2006/05/29
酔っ払いと警察



2006/06/11
美談になるかな…
 
俺の家の目の前は、映画館がありました。
 松本清張原作の「鬼畜」という映画の撮影をすぐ目の前でやっていたのを覚えています。確か自分が小学一年生の頃でした。



2006/07/13
 今日、会社のおばさん…、い、いや…、素敵なお姉さまから、素敵な素敵なプレゼントをいただきました!
 なんと、それは…
茄子です!写真1    写真2 ←見て下さい。
 その他に、家の畑でとれたという、しし唐や、ピーマンもいただきました。
 嬉しかったので、今までミートソースを作る事にしました。



2006/08/18
定時
 うちの会社の定時は、8:30~17:30…。
 なのに、毎週水曜日と金曜日は、8:00に出社しないといけない。
 タイムカード代わりに、自分の机の上に置いてある専用のパソコンにログインして、パスワードとIDを登録して初めてパソコン内のタイムカードに報告出来る。


2006/11/30
 やっぱり…
 女とはやってけないかな~
 今さっきあった出来事だけどさ



※実は『新宿の部屋 09』もありますが
あまりにヤバい事を書いている為ずっと非公開にしたままです(笑)

とりあえず今日のジャパンカップ買いました、ちょっとだけ

2025/11/30 東京12R ジャパンカップ

※真似して買って外れても、文句は一切受け付けません

後々の整理の為にこの記事書き出したけど
何だか凄い時間掛かったぞ?



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