見出し画像

【闇シリーズ】斉藤弘一特集

2025/12/25 thu
今年中で何とか斉藤弘一さんの最後まで
闇シリーズで書けた。

まあ誰と約束したという訳じゃないけど、
執筆している内に、何とかここまでは
書かないと駄目だろうと変な使命感みたいな
ものが出てしまい、実際にそこまで書けて
妙な達成感に近い感覚だけが残った。

多分この記事は俺自身が整理する為に
やりたいのだろう。

あれから8年以上経ったのか……。

まあ俺も何だかんだ未だ生き残っているよ(笑)。

十数年ぶりの偶然的な再会。
俺と大倉は昔を懐かしみながら話が止まらない。

「あ、岩上さん、自分の連れの斉藤さんです。たまにワールドワンにも来ていたんですよ」

「はじめまして…、いや、前に会った事あったんですね」
「斉藤です。自分は覚えていますよ、岩上さんの事」

新規伝票に『斉藤弘一』と名前を書いた彼の顔は、いまいち思い出せなかった。

この日は大倉斉藤コンビが来て、一晩中ゲームを打っていた。
この斉藤弘一という人は俺より一つ年上で同世代というもの手伝い、妙に話が合う。

昔のゲーム屋全盛を共に働いて来たというのもあるが、随分前から気心の知れた仲…、そんな表現がピッタリ来る。

大倉がラッキーフルの台に一人ハマり熱くなっているところを俺たちは呑気に話し込む。
彼が俺の話で一番受けて大笑いしたのが、ワールドワン時代責任者吉田の独裁政権で心を病み、山下と共に店を辞めようとした時のエピソードだった。

出勤すると大倉斉藤コンビがラッキーフルを打っていた。

「斉藤さん、大倉ちゃん。弁当か自家製ジャンボバーガーあるけど食べる?」
「え、これ岩上さんが作ったんですか?」

ハンバーガーを見て驚く大倉。

「当たり前だろ。時給千円で客の分のハンバーガーまで買っていたら、それで給料終わっちゃうよ」
「へえ、私、このハンバーガーもらってもいいですか?」

「斉藤さんどうぞ。あ、大倉は必然的に弁当ね」
「えー、何でですかー」

「うるさい。出されたおかず黙って食ってろ」
「大倉さん、元上司の言う事は絶対ですぞ」

斉藤弘一が横でジャブの利いたジョークを言いながら笑っている。

「それで大事な話って何だよ? それを聞くのに三軒も俺がおまえに奢ってんだぞ? くだらない事じゃないだろうな?」

「斉藤さんの件です」
「斉藤さん?」

「ええ、ずっと調子悪いって言ってたじゃないですか」
「ああ、俺は医者へ検査してもらったほうがいいと言ったんだけどね」

「斉藤さん…、癌が見つかりました……」

「え……」

あの斉藤弘一が癌?
思わず声を失う。

俺の一つ年上だから四十四歳。
あの斉藤が癌……。

「でもですね…、早期発見みたいだから、まだ良かったみたいです」
「それで今、斉藤さんは何をしてるの? 入院してるとか?」

「いえ、自宅で休んでいる状況です。仕事には出てきていません」

だからここ最近大倉が一人で店に来ていたのか。
あいつ、何故そんな大事な事を言わずに……。

「斉藤さんは大丈夫なのかよ?」
「はい、発見が早かったんで、命に別状はないみたいです」

大きく息を吐き出した。
まさかこんな身近に同世代で癌に掛かる人がいたなんて。

モニターを見て飛び上がった。
癌で休んでいた斉藤弘一の姿が見える。

随分ゲッソリした。
元々細い人だが、今は病的により細い。

急いでドアを開け、彼を中に招き入れる。

「斉藤さん! 身体大丈夫だったんですか?」

「いやー、岩上さん…、ご心配お掛けしました」
「山下から状況を聞いて、本当に心配していました。でも…、顔を見れて本当に良かったです」

しまった…、以前斉藤の為に購入したレンチンプラス千。
山下が店に来たら渡そうと思っていたが、会う機会がなかったのでマンションに置いたままだった。

「すみません…、今日は岩上さんに挨拶に来ただけでゲームは……」
「何言ってんですか! 顔を見せてもらっただけで…、本当に良かったです。もう身体は大丈夫なんですね?」

「早期発見だったので…。まあそれでもここまで骨と皮みたいになってしまいましたが」

俺は首を横にゆっくり振る。

「またこうして会えて…、本当に良かった……」
心から出た言葉だった。

そうか!
俺が○○会の秋田に追い込まれ本当の窮地になった時、多くの人間が去って行った。
斉藤弘一は、そんな俺を見ながらでも変わらずに接してくれたのだ。
クソヤクザと揉め地獄を見たが生還した俺。

早期発見とはいえ癌を戦い生き抜いた斉藤。

盟友とは戦いや試練をくぐり抜ける中で自然と生まれる関係を指すことが多いが、多分その辺りがお互いの妙な絆になっているんじゃないだろうか……。

「中口の奴は元気でやっているんですか?」

俺を頼って横浜へ来たが、すっかり早番の島田に取り込まれた中口。
あの時のあの懇願は一体何だったのだろうかと思うほど。

携帯電話が鳴り、新宿の斉藤弘一から。

「どうしました、斉藤さん」
「明後日横浜へ行くので、岩上さん良かったら中口と三人で食事でもどうかなと思いましてね」

中口の奴、斉藤が来る事を伝えてくれればいいのに。

「斉藤さん、ごめんなさい。中口が休むので俺一人回しになってしまうんですよ。俺が新宿に行く時は…、行く事はないでしょうけど、今度時間合わせて食事行きましょう」

出勤前なら無理すれば時間調整できたが、中口は俺が来るのを嫌がったからあえて説明しなかったのではないだろうか?
俺の勝手な推測…、いや、もはや邪推が、斉藤との再会を拒んでしまう。

そんな最中、斉藤からショートメールが届く。

『岩上さん、申し訳ないんですが、中口の金の管理ある程度お願いします。実は私があいつに金を貸しているんですが、いつも余裕ないばかりで中々返ってこないんですよ。先日はお会いできず残念でした。 斉藤弘一』

「……」

中口の奴、斉藤からも金を借りていたのか。
まだ新宿のゲーム屋時代に貸した五万円は戻って来ていない。

新宿の斉藤弘一から電話が入る。

「岩上さん、今年ももう終わりですね」
「ほんと早いものですよ。俺が横浜へ来て三ヶ月が経とうとしてますから」

「来年の二日、横浜へ行こうと思っているんですが、岩上さんの予定どうです?」
「あ、いいですねー。俺は空いてますよ。斉藤さん一人で来るんですか?」

「ええ、山下も誘ったんですがあいつ来ないんですよ。だから私と岩上さんと中口の三人になりますね」
「え、中口……」

一瞬会話が詰まる。
俺を裏切った屑野郎……。

「あれ、岩上さんどうしました?」

中口へ金を貸したままだと言っていた斉藤。
彼になら店の内情を話してもいいんじゃないのか?

俺は横浜へ行ってからの出来事を淡々と話し始めた。

初期横浜時代の客などに声を掛け、最初は店もまずまず順調だった事。
名義の矢田部が徐々に店の金でキャバクラへ通い始めた事。
それが原因で俺との仲が悪くなった事。
権力のある矢田部に中口がつき、俺を裏切った事。
未だ俺も新宿ゲーム屋時代に貸した金を返してもらっていない事。

裏稼業をよく知る人間に、俺は初めてこれまでの経緯をぶち撒けた。

「横浜も何だか酷い環境の職場だったんですね…。中口の奴…、岩上さんみたいな人を裏切りやがって……」
「すみません、こちらの愚痴を延々と……」

「いえいえ、ようやく私も分かりましたよ。中口とは昔からの付き合いですが、岩上さんの話題になると妙によそよそしかったので、変だなとは思っていたんです」

「そういう訳で、中口が来るなら二日、俺は行きません」
「すみません、嫌な思いをさせてしまって」

「何を言っているんですか、斉藤さん。悪いのは中口やクソ名義であって、斉藤さんは何もしてないじゃないですか」

「いや…、新宿の二階のゲーム屋へ中口を久しぶりに連れて行ったのは私です。あれがなかったら岩上さんも、ここまで嫌な思いをしなくて済んだはずなのに」

「……」

この人はここまで俺を気遣ってくれるのか?
根底に積もった憎悪の塊に、少しだけ差した光のような言葉。

「本当にすみません、岩上さん」
「いえ、斉藤さんには何の責任もないですよ。それに中口を横浜へ連れて行ったのは俺の判断です。一番悪いのは名義の奴であり、中口はただのオマケに過ぎません。だからそんな気にしないで下さい」

来年になれば俺も酒井さんの借金が終わり、あんな店を脱出できる。
あと一ヶ月程度自分が我慢すればいい話だ。

斉藤との電話を終え、少しは前向きになった自分がいた。

「え? うちとこの近くにジョーカーってあるんですけど、それ以外に歌舞伎町でゲーム屋なんてあるんですか?」

ジョーカー…、あれ?
斉藤弘一がいる店だよな?
大倉や山下もいる。

「随分前の話ですよ。石原都知事の歌舞伎町浄化作戦より前です」
「それってかなり前ですよね?」

「はい、うーん…、あっ! 分かり易い言い方すると、一番街通りで四十四人亡くなった大火事遭ったの覚えています?」

あれをリアルタイムで経験した人間など、そうはいないだろう。
ただあの火災をきっかけに消防法が変わったほどだ。
ほとんどの人間は分かるはず。

「斉藤さん、立ち話もなんですから、どこか店でも入りましょうよ」
「そうですね」

彼は高田馬場方面のマンションへ住んでいるらしい。
あまり身体に負担を掛けさせたくないので、そちらの方向へ進む。

「タクシー拾いましょうか?」
「いえいえ、歌舞伎町からなら歩ける距離ですので」

俺たちは歌舞伎町から歩いて新大久保駅方面へ向かった。

「この辺って詳しくないんですよね」
「まだ朝早いので、空いている店が中々ないんですよ」

仕方なく駅の傍にあるマクドナルドへ寄る。
この時間帯は朝マックしかメニューがなく、どうも好きになれないが彼を立たせたままよりはマシだ。

二千十五年の九月以来だから、一年数ヶ月ぶりの再会。

「斉藤さん、身体本当に大丈夫ですか? 一駅分歩いたようなもんですよ」
「大丈夫ですよ、岩上さんは心配性だなー」

そう言って笑う斉藤。
笑顔を見れて俺も安心する。

お互いの近況、そして俺は新宿から横浜へ移った時に食らった地獄めぐりの話をして過ごす。

「岩上さん、本当大変だったんですねー。心中察します」
「いえいえ、斉藤さんこそ癌からの復帰、本当に良かったですよ」

そういえば岩上と本名を呼ばれたのは久しぶり感じがする。
今の職場だと赤崎隼人と『新宿クレッシェンド』の主人公の名で呼ばれているからな……。

楽しい時間は過ぎるのが本当に早い。
盟友との再会を果たし、俺は帰路へ着く。

こんな感じで俺は二千十六年を終えた。

携帯電話にショートメールが届く。
斉藤弘一からだった。

『岩上さんには何かある。何か持っている気がずっとしているんです。 斉藤弘一』

何にも無いって、斉藤さん……。

本当にこの人は大袈裟だな。
返信をしようとして丸メガネの香川、続いて川崎が出勤してくる。

あとでゆっくり返信をすればいいか。
俺は煙を大きく吐き出して、セブンスターを揉み消す。

マグロ赤身だけですべて十五貫
それを見た斉藤はまた吹き出してテーブルを叩きながら大笑いした。

「いや、斉藤さん。俺、実は魚類苦手でマグロの赤身しか食べられないんですよ」
「ぎょ、魚類……」

しばらく笑いが止まらそうなので、俺は放っておきマグる事にした。
別に受け狙いで頼んだんじゃないんだけどなあ。

彼が冷静になってから俺はラッキーハウスの愚痴を話す。
すると斉藤は神妙な顔つきになり、静かに口を開く。

「岩上さん…、その香川って男…、私は名前ぐらいしか知りませんが、最低な人間ですね。大倉は確かに今ジョーカーの店長という名目ですよ。ただそれをどう思いますなんて、いちいち聞いてくるなんて、人間の所業じゃありません。少なくとも私はそういった人間は本当に真から軽蔑するし、大嫌いですね」

「……」

斉藤弘一の台詞が、心の中にあったトゲトゲしい感情をすべて溶かしていくのが分かった。
おそらく俺は誰かにこの事をずっと分かってほしかったのだろう……。

ゲーム屋という絶滅危惧種に近い商売。
長年その業界にいた人間でないと分からない事もある。

彼はおそらく裏稼業の狭い業界の中で、一番の理解者だったのだ。
だから俺は彼を付き合いが短いのに、盟友だと勝手に思っていた。

いくらでも話が尽きない相手。
それが今目の前にいる。

一緒に働いた事もなければ、今日初めて酒を飲んだだけ。
それでも最高の気分だった。

「でも明らかに斉藤さん、前よりほっそりしていますよ? ある程度は食事取って下さいね」

「抗癌剤ってあるじゃないですか」
「ええ、それがどうしました?」

「あれはですね…、人間の身体を壊す薬なんですよ」

「……」

「だから私は飲んでいないんです。まあ自分の身体ですからね」

「でも、斉藤さん、それだと……」
「もちろん医者にはちゃんと言っていますよ。ただ抗癌剤だけは飲みませんと伝えているだけで」

「俺、斉藤さんに何かあったら嫌ですからね!」
「やだなー、岩上さんは…。そう、真面目な顔で言わないで下さいよ」

「いやいや、そりゃあさすがに心配しますって」

「岩上さん…、鰻は好きでしょうか?」
「ええ、鰻はですねー…、七番目に好きな食べ物になりますね」

「七番目? 一番は何です?」
「一番は茄子で」

「茄子?」
「ええ、素揚げして生姜醤油で食べるのが一番好きですね」

「ああ、それは分かるような気がします。私も好きですよ、茄子」
「二番目がハンバーグで、三番目がミートソースです」

「鰻が七番なんですよね? 四五六も聞きたいものですね」
「四番目がステーキで、五番目はかき餅ですね」

「かき餅? 餅じゃなくてですか?」
「あ、斉藤さん知らないんですね。俺、地元川越じゃないですか。先輩委の家が和菓子屋さんで、美味いかき餅作るんですよ。今は夏だから作らないけど、寒くなって餅が固まる頃になったら作るんで、俺持ってきますよ。あれは実際に食べないと旨さ分からないですから」

「へー、それは楽しみですねー。あ、先ほどの鰻の話なんですが、私は済んでいるの下落合なんですけど、高田馬場に旨い鰻屋あるんですよ。良かったら今度一緒に行きましょうよ」
「是非とも行きましょう! でも鰻といえば川越も名産なんですよ。これまた先輩の店なんですけど、今度斉藤さんが川越来たら、俺ご馳走しますからね」
「何だか楽しみが増えましたねー」
「でも不思議なもんですよね」
「ん、何がです?」
「だって元々はあのヤクザの二階のゲーム屋で、大倉が斉藤さん連れて来なかったら、ここでこんな風に焼肉食う事もなかった訳じゃないですか」

プライベートの食事なんてこれで二回目。
会った回数も数える程度。
それなのに何でこうまで波長が合うのだろう。
本当に昔からお互いを分かり合っていたような感覚。

俺はこのまま休みだが、斉藤は夜仕事があるとの事でお開きにする。
伝票を持とうとすると、彼がそれをさり気なく取った。

「前日ご馳走になったんですから、今日は私がご馳走する番です」
「いやいや、斉藤さん! この間の寿司屋と叙々苑じゃ、値段違いますから」

「だって岩上さん、最近競馬とか調子良くないでしょ?」
「え、何でそれを?」

「いつも大きいの取ると私に連絡してくるじゃないですか。それをビンゴ5以降連絡なかったですからね。だから調子悪いんだなと思っていましたよ。まあ今日明日と競馬あるんで頑張って下さいよ」

俺より一つ年上なだけなのに、何かすべてにおいて一歩上を行かれているよな。
裏稼業の世界で、尊敬に似た念を持てる人間は非情に少ない。
何故ならほとんどの人間は、何かを利用したり奪ったり蹴落としたり出し抜いたりするしか能の無い者が多過ぎるだからだ。

ご馳走になってしまい、外へ出るとタバコに火をつける。

「あ、岩上さん…、すみません。私、タバコ切れてしまってセブンスター一本頂いてもいいですか?」
「何言ってんですか! この箱ごと持ってって下さいよ」

「いや、でもそれだと岩上さんのタバコが……」

俺はスーツのポケットからもう一箱取り出す。

「いつもストックは持ち歩いているんですよ。すみません、ソフトでなくボックスで」
「何を仰いますか。また是非とも食事へ行きましょう」

本当に一緒にいてホッとできて、いい人だ。
俺は斉藤の後ろ姿を見送る。
これが俺と斉藤弘一の最後の食事になってしまうなんて、この時は思いもよらなかった。

徒歩十五分くらいで聖母病院へ到着。
受付で斉藤弘一が入院していないか聞いてみる。

「そのようなお名前の患者は、入院されておりませんが?」
「斉藤弘一さんですよ! 年齢は四十六か七で、細身で髪の毛はすべて上にあげている人です! 癌が再発してここへ入院しているはずなんですよ!」

なりふり構わずといった表現が一番合っていたと思う。
身内でも何でもない俺はとにかく必死だった。

「少々お待ち下さい……」

熱意が通じたのか、看護婦は奥へ消えていく。
ソファへ座り手を組んで待った。

どのぐらい時間が経ったのだろう。

背後から弱々しく「岩上さん」という声が聞こえた。
慌てて振り返る。

「……。斉藤さん……」

嫌な言い方だが、一目見た瞬間分かってしまった。
もうこの人は長くないのだと……。

点滴をした状態のまま少しずつ俺に近付いて来る。
言いようのない悲しみに溢れたが、それをおくびに出してはいけない。

ゆっくり時間を掛けて彼はソファーへ座る。

人間て、たった数ヶ月…、いや一ヶ月ちょっとでここまで細くなってしまうのか思った。

「すみません、勝手に来てしまって……」

痩せこけた頬を少しだけ上にあげ無理に笑う斉藤弘一。
見ていて痛々しかったが、俺は覚悟を決めた。

「すみません…、岩上さんへ連絡もせずに…、こんな状態になってしまって……」

ゆっくり首を横へ振る。
少しでも自然体で元気付けてあげなきゃ。

「何を気弱な事言ってんですか、斉藤さん。前に約束したじゃないですか。高田馬場に美味しい鰻屋あるって…。早く元気になって一緒に行きましょうよ。焼肉だって、いくらだって旨いところあるんですから!」

言葉を発しながら俺は外を眺めた。
姿を見ながらだと涙を我慢できなかったから。
見えないように必死に腕をつねる。
涙なんて絶対に見せるなよな……。

「そうですね…、約束しましたよね……」
「ええ、約束しましたよ! 絶対に守ってもらいますから…、早く元気になって下さいよ……」

「はは…、約束しますよ、岩上さん……。最近競馬どうです?」
「ぜ、全然ですよ…。あ、俺ね…、たった今から競馬辞めます。俺の持っている運全部斉藤さんにあげます。だからとっとと元気になりましょう」

「ありがとうございます。岩上さん……」
「はい、何でしょう?」

「申し訳ないのですが、セブンスターを一本もらってもいいでしょうか?」

「……」
「医者に止められてしまって、全然吸えないんですよ」

「分かりました…。外へ出れますか?」

「ええ……」

傍で支えながら聖母病院の外へ一緒に出た。
ポケットからセブンスターのボックスを取り出し一本だけ取ると、箱ごと斉藤へ手渡す。

「え? 岩上さん、一本だけで……」
「箱ごとあげます…。医者に見つからなきゃ、吸いたい時、吸えるでしょ」

「はは、そうですね…。火もお借りしていいですか?」
「もちろんですよ。すみません、ソフトでなくボックスで……」

「何を言ってんですか……」

俺は火をつけ、そのままライターも手渡した。

看護婦が斉藤の姿を見つけ、血相を変えて走ってくる。
バツの悪そうな斉藤弘一。
俺は軽く会釈して、病院を出た。

病院の入口から斉藤の姿が消えるまで見守る。
完全に見えなくなってから、俺は病院の写真を撮った。

「……」

神様がいるならいくらでも祈ろう。
お願いだから、何とかしてあげてくれ。

両手を合わせ、拝むように入口へ頭を下げた。

そして今の心境をそのままフェイスブックへ投稿した。


今日で競馬やめる事にしました。
新宿で知り合って以来、仲良くさせていただいたとある知人がいまして……。
数ヶ月前、一緒に叙々苑行ったばかりなのに、今日会って驚くほど痩せていて。
だから、競馬辞めるし、俺の運全部あげるから頑張って!と約束しました。
もう温い生き方していてもしょうがない。
もっと真剣に日々を頑張るから、また元気になって、一緒に寿司やら焼肉やら行きましょうよ!
タバコも吸えないって言ったから、吸いかけのセブンスターを置いてきた。
早くこれを吸いたくなるぐらい元気にならないとって。



どんな形でもいい。
奇跡が起きて彼を誰でもいいから救ってくれ。

病院を出てから、俺はひっそり泣いた。

二千十七年十月二十九日、日曜日赤口。

斉藤さん…、出会ってからニ、三年かもしれないけど、随分前から知り合いだった気がしました。

四十七歳で亡くなるなんて早過ぎるよ。

安らかに眠って下さい。

俺は十七時三十九分に、この投稿をフェイスブックで発信した。
来月になったら山下哲也へ斉藤弘一の容態を聞こうと思っていた矢先、仕事中ラッキーハウスにて、彼の訃報を聞いた。

天皇賞秋が開催された日。
レースが終わり、この日の中央競馬全レースがすべて終わってから斉藤弘一は静かに息を引き取った。

二千十七年十月三十日、月曜日先勝。

斉藤弘一の訃報から翌日。
女々しい俺は、またフェイスブックへ投稿をした。


同じ価値観、似たような考え方をし、ソフトとボックスの違いはあれど同じセブンスターを吸い、短い期間だったかもしれないけれど、互いに妙な信頼感を覚えながら今日まで…、いや昨日まで来た。

だからとてもこんなに悲しいのだろう。
早く良くなって一緒に鰻を食べに行こう。
高田馬場に美味しい鰻屋あるからって言っていたのになあ……。

斉藤さん、俺すごい悲しいです。
何にも役に立てなくてすみません。
天皇賞の日に亡くなるなんて、本当にあなたはどこまでギャンブルが好きなんだよ。

今年になって一緒に行った寿司屋と叙々苑の焼肉、お互い中々時間が合わず、二回しか食事行けなかったけど、今でも鮮明に覚えています。
俺が利用され騙され、失意のどん底にいても変わらず接してくれた斉藤さん。

今までありがとうございました。

岩上智一郎



今更こんな事をいくら書いたところで、もう二度と帰ってこない。

二千十七年十一月九日、木曜日大安。

十月二十九日に斉藤弘一が亡くなってから、今日まで。
俺は仕事には穴を空けずに出勤した。

ただ何を食べてどう生活したかをハッキリ覚えていない。

今日は斉藤さんの火葬式。
西武新宿線中井駅にある落合祭儀場へ。
安らかに眠って下さい。

俺がフェイスブックへ投稿できたのは、こんな短い文章だけだった。

写真も何も撮れなかった。
前日になって山下から電話があった。

それで急遽強引に休みを取ったのだ。

ライバル店の人間の葬儀へ躍起になる俺。
橋本は休みを譲ってくれたが、店長の香川は嫌味をネチネチ言ってきた。

だから俺は語尾を荒くし怒鳴った。
最悪それでクビになるなら、それでもいいと思った。

彼の死を汚すな。
それだけは絶対に譲ってはいけない線だった。

火葬式には知っている顔も何人かいた。

大倉と山下は元よりそうだが、大山、そして横浜へ一緒に連れて行ってくれと懇願し、俺を裏切った男である中口の姿までいた。

実際に火葬式へ行き終わった時、ジョーカーのオーナーらしき人物が、香典を持ってきた人間たちから預かり、大きな声でこう言った。

「本日は斉藤進の為にお集まり下さり誠にお疲れ様でした。預かった香典は、九州に住む彼の母親へ私が責任持ってお渡し致します」

本名の斉藤進という名は、葬儀で初めて知った。
そして九州の出身だった事も、その時初めて知った。

俺は本当に彼の事をよく知らないまま三年間接していたのだ。

それでも友達だったよね、斉藤さん。
いや、いつからか分からないけどさ…、いつの間にか勝手に盟友だと俺は思っていたんだよ。

式場の外へ出てセブンスターへ火をつけた。

ジョーカーのオーナーは火葬式に来た人間たちと親しそうに話をしていたが、俺の顔を見ると不思議そうな表情で近付いて来る。

「えーと…、失礼ですが、お会いするのは初めてですよね?」

「ええ、そうだと思います」

「ん-…、失礼ですが、斉藤とは古くからのお知り合いの方なんでしょうか?」

俺はポケットからセブンスターのボックスを取り出す。
ニヤリと笑いながら静かに言った。

「古くからではないと思います。大倉や山下、そして大山や中口は随分昔から知っていますけどね」

「はあ……」

セブンスターの箱をゆっくり掲げた。

「付き合い自体は三年程度です。でも…、同じセブンスターを愛した盟友でした」

俺はそれだけ言うと軽く会釈をし、式場をあとにした。

俺が闇シリーズキッチリ書いてさ、
あんたの事は文化に残すからな!

岩上智一郎

俺はこの記事を書き終えてから、不動産へ電話をし、
来年の一月、新宿から出る事を伝えた。

いいなと思ったら応援しよう!