闇 403(ゲーム屋の因果律編)
闇 403(ゲーム屋の因果律編)

2025/11/28 fry
前回の章
二千十七年四月八日、土曜日友引。
休み明け新宿で仕事二日目の朝。
頭の切り替えが足りていなかったのか、店長の香川から重箱の隅を楊枝でほじくるかのように何度か注意される俺。
顔には出さないが、俺はこの男が嫌いだった。
それにはキチンとした公式的な理由がある。
たまにしか出勤してこない従業員の吉岡。
客が引き朝方になって彼から聞いた話が原因だ。
ワールドワン時代の俺の部下だった大倉と山下哲也。
この二人とは新宿のヤクザ直営ゲーム屋で偶然的な再会を果たした。
最初に大倉、しばらくして内緒で山下を店に連れてきた。
一緒にいた斉藤弘一とは価値観や考え方が似通っていたせいか、一番馬が合う。
この三人が今俺のいるラッキーハウスから近くにある十円レートのゲーム屋『ジョーカー』で働いているところまでは彼らから聞いて知っていた。
驚いた部分が、このラッキーハウスに大倉が働いていて、その下が今の店長の香川という過去。
酒井さんからも大倉は評価を受けていたらしい。
しかし数年前に普通の仕事をしたいと言い出した大倉。
酒井さんはこれまでの功労を称え、退職金まで出したという。
ここまでは問題ない話だが、大倉は違った。
当時ラッキーハウスで責任者だった男も誘い、二人で近所に『ジョーカー』を立ち上げる。
しかもラッキーハウスの常連へ新店を立ち上げると引き抜き工作までしたというから非常に質が悪い。
これは酒井さんの恩情を思い切り裏切る行為。
そこに斉藤弘一やプラプラしていた山下哲也も合流という流れ。
もちろん斉藤や山下に非はない。
状況を知らずに巻き込まれたような形で働いただけに過ぎないのだ。
そんな状況下の中、俺は大倉と再会し山下や斉藤とも出会う。
酒井さんを知る俺。
だからこそ大倉は俺との距離を取ったような感じだったのだろう。
未だに俺は大倉の携帯番号すら知らない。
「大倉のガキ…、とんでもない事をしたんですね」
「まあ自分も又聞きでの話なんで、当時の様子までは分かりませんけどね」
吉岡の情報により、この辺のゲーム屋状況の闇が分かった俺。
しかし今の立ち位置ではどうする事もできない。
ゲーム屋自体今ではすっかり落ちぶれた業界であり、時代はインカジや裏スロを望んでいる。
つまり客層が薄くなったこの業界で、大倉のした行為は最悪という事だ。
「そういえば吉岡さん、不思議に思っていたんですけど、何でたまにしか出勤しないんですか? 商売か何かされているとか?」
「いえいえ、自分はあれなんですよ。人工透析をしている人間なんで、出れて週に三回が限度なんです」
人工透析…、聞いた事はある病名だがそれがどんなものかは分からなかった。
しかし四十五歳になって聞くのも馬鹿と思われそうで聞き流す事にする。
おそらく身体の中に透明なプラスチックみたいなものを入れて、関節か何かを補強でもしているのだろう。
「そういえば吉岡さんって、この店にいつぐらいに入ってきたんですか?」
「自分は何だかんだ古い方になりますよ。まだラッキーハウスがさくら通りにあった頃からですから」
ラッキーハウスがさくら通りにあった頃?
それって確か俺がヤクザの秋田殴って酒井さんに金を借りた時も、さくら通りにあったよな?
俺が落ち着くのを待ってから、酒井さんはタバコに火をつける。
「岩上さん…、さくら通りに私の店、ゲーム屋のラッキーハウスがあります。レートは十円になりますが、うちに来てそこで働いてくれませんか?」
「……」
もっと先に言っておいてくれれば、一発返事で喜んで行けたのに……。
俺は今日で横浜での新居と仕事を決めてしまったばかり。
正直に伝えた。
「横浜でインカジですか…、じゃあ岩上さん、またポイントは私のところで何とかなりませんかね?」
「まだ向こうに確認した訳じゃないですが、おそらく大丈夫だと思います」
「いつぐらいまで新宿にはいらっしゃるんですか?」
「二十八日が引っ越しに頼むので、それまでです」
「明けて二十一日だから、一週間かー。岩上さん、やっていた店のお客さんをラッキーハウスへ紹介できませんかね? 何なら横浜までの間、少し手伝ってくれたら有難いんですが」
抜け殻になった二階のゲーム屋。
ヤクザ系が多い中、酒井さんの店に紹介できるような客など誰も思いつかなかった。
それにレートの違いは大きい。
一円だと一ゲーム百円。
十円だと一ゲーム五百円。
パチンコで例えるなら一玉四円が五倍の二十円でやるようなものなのである。
短期間とはいえさくら通りではヤクザ事務所と目と鼻の先なので、俺がいる事で店に迷惑が掛かる恐れもあり得るだろう。
誤解されないよう丁重に説明し誘いを断った。
二年前の記憶が鮮明に思い出される。
「俺も知ってますよ、吉岡さん。ここがさくら通りにあったのを」
簡単に当時の様子を説明してみる。
「じゃあ赤崎さんも歌舞伎町長いんですねー」
長いなんてもんじゃない。
俺は一番街通りにあったワールドワン時代店長で、大倉が田舎から面接に来た時から知っている。
早番の新人で山下という目の細いチビが入ってくる。
落ち着きのない奴で仕事が終わると毎日他のゲーム屋へ行き、日払いを使い果たし、常に金に困る生活をしていた。
同時期に小さな体格の大倉という四国から出てきた大人しい入るが、山下とコンビでも組んでいるのかと思うほど仲がいい。
ここ数ヶ月の遅番固定メンバーは所、俺に吉田の紹介で入った島村、同じ年の小山、中里で固定されていた。
大倉と山下はほとんど同時期にワールドワンへ入り、同じ早番でチビ同士だから仲が最初から良かった。
そして多忙で年中人が続かないあの店は、欠員が出ると早番から即戦力になる従業員を俺のいる遅番へあげた。
川端の告白から一ヶ月後……。
彼は連絡もなく、突然、店に来なくなった。
最初はただの遅刻だと思っていたが、そのまま彼は来なかった。
俺はあえて連絡をしていない。
店のみんなにも連絡するのを止めさせた。
予想通り警察に捕まったのだろう。
何ともやるせない気持ちになった。
川端が抜けた穴を早番から山下が遅番に来て欠員を埋める。
「遅番はいいですよね。いつも早番から従業員持ってくから。こっちは一から初心者育てるようですよ」
早番の責任者である吉田の嫌味。
そうだ!
『桶川ストーカー殺人事件』で中傷ビラを巻いた川端。
あいつが警察に捕まり遅番に穴が空き、それで早番から山下が来たんだ。
山下はずっと大倉と番が変わったのを悲しそうにしていたのを未だ覚えている。
それが引き金となって、山下は俺の逆鱗に触れクビにした。
中々従業員を食事休憩すら回せない現状。
「望月、奥で一服してきなよ」
「いえ、まだ大丈夫です!」
「いいって無理すんな。俺がキャッシャーやりながらホールも見るから大丈夫だよ」
とりあえず望月にタバコの一服休憩を行かせるのがやっとな状況。
「岩上さん、飯休憩まだすか」
山下が隙を見て声を掛けてくる。
「悪いけど、まだ無理だよ。客が全然引かない」
「俺、早番の大倉さんと飯休憩で一緒に行く約束してて、まだ外で待ってんですよ!」
「知らねえよ、そんなの。オマエと大倉が勝手に決めただけで店には何の関係も無いだろ」
「でも、大倉さんまだ待ってるし」
「仕事中だ! 店の事を優先して考えろ。とりあえず望月が一服から戻ったら、山下行って大倉に電話くらいしておけ」
不服そうな山下。
気持ちは分からないでもないが、仕方ない事だ。
山下の一服も回し、望月に食事休憩行くよう促す。
「ごめん、いつもなら一時間いいんだけど、今日だけ四十分でお願いできる?」
「いや、俺飯大丈夫ですよ」
「いいから行ってこいって。こっちは大丈夫だから」
望月に飯代を渡し行かせる。
十五分もしないで口をモグモグしながらホールへ出てくる望月。
「おまえなあ……」
「もう食べ終わりました。大丈夫です」
素直に望月の好意を受け取る事にした。
「岩上さん、俺の飯休憩まだすか? 俺の飯休憩……」
横で山下がうるさいので、仕方なく行かす事にする。
「おい、山下。今日は本当人もいないし、忙しいから四十分な、悪いけど」
大倉に断りをしていなかったのか、山下はすぐ外へ飛び出した。
二人きりで回す地獄の忙しさの店内。
望月は汗だくになりながらホールを駆け回っている。
俺も片側の列のINとOUTをしつつ、四カード以上の役や一気が出るとキャッシャーへ戻り、プリントアウトしながら用紙へ記入しなければならない。
本来ならホールで最低二人、キャッシャーに一人はいないと難しい。
時計をチラリと見る。
正確な時間は覚えていないが、山下が休憩行ってから一時間は過ぎているはずだ。
この忙しい現状を知りながら、何をしてんだ、アイツは……。
こちらの都合などお構いなしに札を出しINを要求する客。
俺と望月はひたすら駆け寄りINキーでクレジットを入れる。
「ロイヤル!」
五卓の客が叫ぶ。
「少々お待ち下さいっ!」
キャッシャーへすっ飛び、プリントのボタンを押す。
その時入口の扉が開き、山下が戻ってきた。
食事へ出てから一時間半は経っている。
「オマエ何を考えてんだよ!」
思わず怒鳴りつける俺
「四十分って言ったろ! 何やってたんだ、ボケッ!」
少々顔の赤い山下。
酒でも飲んできたのか、コイツ……。
「おい、何を黙ってんだよ?」
「……」
「何でこの状況を知りながら酒飲んで、一時間半以上も飯食ってんのかって聞いてんだよ!」
「自分、責任取って辞めますよ!」
不貞腐れたように口を開く山下。
「あ? 今、何て言った?」
ホールでは望月一人が必死に駆けずり回っている。
「辞めればいいんでしょ、辞めれば」
俺は山下の胸倉を掴んでいた。
「オマエ…、ホールで新人の望月があんなに一生懸命やっているのに、何とも思わないのか?」
「だから辞めれ…、うぎゃーぁーっ!」
気付けば俺は山下の頭に頭突きをお見舞いしていた。
両手で頭を抱えながらホールの床を転げまわる。
あれだけポーカーに熱中していた客たちの音が止む。
みんな、転げまわる山下を見て唖然としていた。
俺は首根っこを掴んで立たせ、奥の休憩室へ放り投げる。
「大袈裟なんだよ、オメーは」
すぐさまホールへ戻り、望月と客の相手を始めた。
さすがに限界だろう。
隙を見て佐々木さんへ連絡をし、他の系列店からヘルプに来てくれるよう頼む。
三十分ほどして山下が頭を片手で押さえながら、フラフラとホールへ出てきた。
「殺すんなら殺して下さいよ!」
大声で怒鳴る山下。
俺は一発殴り、荷物と服を入口の外へ放り投げる。
山下も外へ投げ捨て「オマエはクビだ。とっとと出ていけ!」と怒鳴りつけた。
何とも遣る瀬無い気持ちになる。
あの時ってまだ俺が三十ちょうどぐらいの時だろ?
あいつらと出会ったのは総合格闘技へ復帰する前だから、二十代後半だぞ?
何とも言えない因果を感じた。
この流れを吉岡へ説明したところで、絶対にすべてを把握などできないだろう。
話題を変えるか。
「吉岡さんって今失礼ですけど、おいつくなんですか?」
「自分は四十八ですよ」
「じゃあ学年的に俺の三つ上になるんですね」
「赤崎さんはじゃあ今四十五歳ですか?」
「そうですよ」
「うーん、世代が違うから……」
「いやいや、吉岡さん。三つですよ? 三つ。そう変わらないですって」
年中一緒に飲む岡部さんは五つ上。
三つで世代が違うなんて言われたら、どうなってしまうんだよ。
横浜、新宿と俺を頼って遊びに来た金物屋の吉岡さんがちょうど三つ上。
ラッキーハウスの吉岡と同じ年になる。
俺が赤崎と偽名を使っているように、彼の名も偽名なのだろうが……。
中々シックなバーだが、吉岡さんは妙に落ち着かない様子。
俺は意地悪して「じゃあ駅まで送りますよ」と言うと「テメー、ふざけんじゃねえぞ」と怒り出した。
本当に分かり易い先輩である。
会計を済ませさくら通りへ出ると「おまえ、まさかこれで終わりって訳じゃねえよな?」と明らかに次を期待した台詞を吐く。
通りにある風俗店を眺める吉岡さんの後姿を撮ろうとしたら「ふざけんな! フェイスブックに載せたらぶっ殺すからな!」とエキサイトしていた。
あの時歌舞伎町へ遊びに来た吉岡さん。
未だ鮮明に蘇る記憶。
年は確かに三つ違うが、どう考えても世代が違うという彼の言い方には違和感しか覚えない。
ここはまた話題を変えたほうがいいだろう。
「吉岡さんが入った時にいたのって、未だと香川さんと橋本さん、木下さん辺りになるんですか?」
「香川さん、橋本さんはいましたけど、木下さんは違いますよ!」
「え?」
「だって木下さん面接来る時、自分が迎えに行ったんですから」
「……」
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