闇 20(闇の住人への堕落編)
闇 20(闇の住人への堕落編)
2024/08/13 tue
2025/07/14 mon
前回の章
明日になれば安田が仕事へ復帰。
それまで早番の三門、大倉、江角で店は回してもらう。
遅番も、岡本は経験者なので店のシステムを覚えてもらうくらい。
望月は初心者なので、ポーカーゲームの理屈から、すべて教え込まないといけない。
山下哲也は相変わらずマイペースだが、仲良しの大倉と番を別れたのが悲しいらしく、いつもブツブツ愚痴を言っている。
伊藤はDJマスターキーの第一弾アーティスト『Hi-Timez』としての東北ライブが好評らしく、いつも週末休みを一日、二日取っていたが、多い時で三日間休む場合もあるというので了承した。
音楽の世界はよく分からないが、伊藤がそっち食えるようになるなら喜んで送り出したい。
ニューヨークに住んでいたという伊藤は少し変わっていて、肉がまるで食べられなかった。
コロッケですら多少の肉があるので断るほど。
ベジタリアンなの?と聞くと、いつの間にか肉だけ受け付けなくなったようだ。
ステーキとか最高じゃんと言うと、獣の味がするので嫌な顔をする。
そういえば番頭の佐々木さんも肉が食えないとか言っていたよな。
兄貴分がと酒を飲んでいる時ちょっとだけ言い掛けた事がある。
おそらく俺の推測だと、佐々木さんがヤクザ時代、何かしらの抗争でその兄貴分は亡くなっていると踏んでいた。
若い頃は肉が大好きだったというのも聞いていたからだが。

しばらく休んでいなかったので休みをもらう事にした。
正直、自分が不在の中、山下へ遅番を任せるのは少し怖かったが、休まない訳にもいかない。
久しぶりの休み、妹代わりに可愛がっているミサキの店『サンタナ』へ行き酒を飲む。
ここからなら本川越駅まで徒歩数分。
何かあったら新宿へ駆け付ける事も…、いや、それでも本川越駅から新宿まで一時間か……。
「どうしたの、今日は何か落ち着きがないよね」
ミサキが心配そうに覗き込んでくる。
「久しぶりの休みなんだけどさ、やっぱり心配と言うか、不安と言うか……」
安田から電話が掛かってくる。
「すみません…、明日の出勤、一日延ばしてもらえませんか?」
「はあ? オマエ何を言ってんの? シフト組んだんだから、出てこい」
「いえ、恥ずかしい話、借金している人間に会わなければいけないので……」
「だったら尚更だろ。安田、金だって持ってないんだろ? その日から日払い渡すから、その人には仕事終わってから会えばいい話だろ」
「そ、そうですね…。分かりました」
電話を切って五分もしない内にメールが届く。
『すみません。やっぱり俺は大馬鹿野郎です。 安田』
意味不明な内容。
考えられるのは、このまま来ないつもりだろう。
苛立った俺は、安田へ何度連絡するも出る様子がない。
以前何も言わず十万円貸してくれと言った時、貸しはしなかったが大変だろうと焼肉をご馳走し、一万円をあげた。
結局あの時のはタダの捨て銭だったようだ。
また広告打って、新人を募集しなければならない。
「ミサキ、ごめんよ。チェックして……」
「え、休みじゃないの?」
「新宿の店へ行く用事ができた」
恩を仇で返されるとは、このような事をいうのだろうな。
今後俺の人生において、あの男は二度と関わってくる事は無い。
多忙な日々を送り、ピアノもすっかり穴が空いていた。
あれだけ練習したザナルカンドも久しく弾いていない。
新人がある程度成長したら、またピアノへ向き合ってもいいと思えるくらい余裕ができた。
相変わらず春美から連絡は一つも無い。
まだ目の前でザナルカンドを弾けてもいないのだ。
無理だって。
もういい加減忘れろって……。
俺はあの子にフラれたのだ。
いい加減女々しい真似はやめろ。
必死に自分へ言い聞かせた。
過激な設定を導入し、かつての賑やかさを取り戻したワールドワン。
ゴマすり豚野郎の吉田をクビにしたのは大きい。
番頭の佐々木さんが来て、店を立て直したので給料を若干戻してくれた。
前ほどは戻らなかったが、日払いがプラスで五千円増えたのは素直に嬉しかった。
ゲーム屋業界の流行り廃れは早い。
ただ流行っているからと何もしないで楽観視していると、すぐに客に飽きられ廃れてしまう。
客足が落ちる前に、次の手を考えていかないと駄目だ。
…といってもゲーム屋でできる事など限られる。
闇雲に計算もせず、客に受けるだろうとやるイベントはあとで後悔する羽目になった。
以前『プロ』の時企画したイベントで、黄金の四十八時間というものがある。
これは単純にその期間、一気をしたらプラス一万円あげるというものだが、ワールドワンの一日の一気の本数は百本前後。
つまり一気一回につき一万円を百回以上渡し、忙しいだけで儲からないイベント。
考え無しにこれをしたおかげで、百万以上の経費が余計に掛かった。
客を煽りつつ、経費的にはそんな掛からないイベント。
そのバランスは中々難しい。
そんな最中客のギャンブル欲をくすぐるイベントを思いつく。
みんな、ダブルアップを叩き続け一気を狙うのが主流なので、そこを利用したイベントを開催。
一日限定の個人ビンゴカードを作る。
ポーカーは役を揃えてからダブルアップするので、三つの枠に分け、ツーペアとフルハウス、スリーカードとフラッシュ、ストレートとフォーカードに決める。
例えばツーペアからのダブルアップで一気になれば、その枠が消え、三枠消せば個人ビンゴ完成で三万円のプレミアが出る仕組み。
運が良ければ三回の一気で完成する。
俺はイベント開催の告知用広告を作り、従業員の岡本と望月に電バリを頼む。
一人が警察がいないかの見張り要員。
もう一人が電信柱へ広告チラシを貼る係。
貼る場所は数ヶ所でいい。
すると岡本は「このくらいなら俺一人で大丈夫ですよ」とバックを持つ。
本来電バリは違法行為である。
「おい、危ないから二人で行け」
俺の声が届く前に岡本は一人で外へ行ってしまう。
食事で外出していた客が、店に帰ってきてキャッシャーにいる俺へ話し掛けてきた。
「店長…、多分ここの従業員だけど、あそこの靖国通りと一番街の交差するところで、両脇を警察官に抱えられていましたよ」
「……」
あの馬鹿、いきなり警察官に見つかったのか。
俺は一番街通りへ飛び出し辺りを見渡したが、岡本の姿は見えない。
だからあれほど注意したのに…、言わんこっちゃない……。
まず捕まった可能性を考え、番頭の佐々木さんへ連絡。
電バリで捕まったとしたら、あのエリアなら新宿警察署しかない。
しかしこちらから警察署へ電話するわけにもいかず、しばらく様子を見る。
店の電話が鳴った。
相手は新宿警察署から。
あの馬鹿、店の電話番号を簡単に謳いやがった……。
いや、まあそれは仕方ないか。
「新宿警察署です。ワールドワンですね?」
「は、はい……」
「店長の岩上さんは?」
「は、はい…、私です……」
あの馬鹿、警察で何俺の名前を言ってるんだ?
何の為に名義社長がいると思っているんだよ?
「岡本分かりますね? 一応身元引受人として今から新宿警察署へ来て下さい」
「いや、あのですね…。私も一従業員でして…、社長へ連絡とりますから……」
「岩上さん、そういうのいいから。うちも面倒だから岩上さんが引き取りに来てってだけだから。別件だから安心しろって」
小便刑にもならないような事なので、警察のほうとしても俺が引き取りに来て終わりにしたようだ。
「分かりました……」
このような展開になってしまい誤魔化すのも後々面倒なので、俺は佐々木さんに連絡を入れる。
系列の店から一人ずつ二名をヘルプに寄越させ、到着すると店を出た。
新宿警察署へ単身向かう。
そこそこ長い期間の裏稼業。
自ら警察署へ行くなんて初めてである。
タクシーで向かい到着する。
扉を開けると「いやー」と頭を描きながら笑う岡本がいたので思わず頭を叩いた。
簡単な書類に名前を書き、すぐ解放される。
「だから一人で行くなって言ったろ!」
「すみません、最初の一枚目でいきなり警察官に見つかってしまって……」
そそっかしい岡本。
コイツの調子の良さには少し注意したほうが良さそうだ。
しかし仕事面での布陣は、ある程度整ってきた。
チビの山下は馬鹿だが、仕事はまあできる。
伊藤も育ってきた。
岡本も調子いいが、元々経験者である。
うすらデカい望月は、何だかんだ器用で卒なくこなす。
「じゃあ俺は休み取るからね」
「ええ、任せて下さい。ゆっくりお休みを」
不安ながらも久しぶりの休みを取った。
品川春美からはまったく連絡が無いし、そのあと知り合った佐々木真理子とは中途半端なままだ。

適当に飲み歩き、適当に女を口説く。
結局何をしてもうまくいかず、妹代わりのミサキの店へ最後は行く。
本当女っ気無いなあ、俺……。
「そうそう、うちの店で智君の事気に入っているの女の子が一人いるよ」
「え、誰々?」
「今日休みだけどさ、さおりちゃんって子。私と仲良くしているんだ」
「ねえ、ミサキ。その子を上手く仲介してくれよ」
「うーん……」
「ね、頼むよ、ミサキ!」
ミサキは渋りながらも俺が懇願すると、その子を紹介してくれた。
名前は雪喜と書いて、さおり。
ショートカットの似合う綺麗な子だった。

彼女は日本人の父親と韓国人の母親を持つハーフで、ミサキと同じキャバクラで働いている。
彼女も体格のいい男がタイプらしく、ミサキに俺を紹介するよう何度も伝えていたようだ。
最初だけミサキが同席し川越の街を歩いていると、小中学生時代の同級生のちゃぶーこと岩崎智典とバッタリ会う。
ミサキと雪喜、二人のいい女を連れて歩く俺を見て驚き、軽く挨拶してすれ違うと「おいおい、何だよ、岩上」としつこく後をつけてきた。
コイツは昔俺に彼女との仲介を強引に頼み込んできたくせに、その子の職場まで乗り込んでケツを膝蹴りしてくるような屑野郎だ。
「邪魔だからあっち行け」と追い払う。
ミサキに感謝しつつ淋しかった俺は、よく雪喜とデートを重ねた。
先輩の神田さんが店長をするゲームセンター『モナコ』へ一緒に顔を出し、プリクラを撮る。
俺の肩に顔を乗せて甘えてくる雪喜。
彼女の唇はとても柔らかかった。
地元の川越祭りにも一緒へ連れて行く。
これは今まで女連れで歩くなど一度もした事が無く、町内の人間たちから何人声を掛けられたか分からない。
「あ、智一郎さんが女性連れている」
「智一郎さん、彼女ですか?」
「おい、智一郎! 珍しいな、女連れなんて」
少し歩く度にこんな具合。
一旦先輩の経営する『蛇の目寿司』へ避難する。
しかし外へ出ると再び人に声を掛けられ囲まれる始末。
こうなる事ぐらい予想できなかった俺が悪い。
雪喜はゆっくり祭りも楽しめない状況に我慢できなくなり「知り合いばかりで嫌。二人でゆっくりできるところへ行きたい」と泣きべそを掻いたほどだ。
俺が連雀町の山車の傍を離れる訳にもいかない。
だが彼女は祭りの関係ない別の場所へと懇願。
もちろん雪喜の事は気に入っている。
しかし春美の時ほど燃え上がるような感情は持てなかった。
俺は雪喜だけ一人先へ帰す。
川越祭りの楽しさを教えようと思ったのが裏目に出たようだ。
ある日たまには店に来て欲しいというメールをもらい、営業だと思った俺は怒って返信する。
「岩上さんは釣った魚には餌をあげないタイプなんだね」と言われ、面倒臭かったので付き合いを辞めた。
多忙さによる心の余裕の無さが、相手に対する配慮を掛けさせていたのだろう。
先輩の坊主さんから連絡が入る。
内容はこれから先どうしてもパソコン必須の時代になってくるだろうというもの。
なので坊主さんが持つ知識を少しでも俺に教えときたいというものだった。
「えー、俺がパソコンなんて無理ですよー」
面倒臭そうに答えると「智、オマエは昔のゲーム大好きだろ?」と言われる。
「昔のゲームって?」
「インベーダーから始まった今までのアーケードゲームや、ファミコン、スーパーファミコン、ゲームボーイアドバンスとか何でもだよ」
学生時代、彼女も作らずゲームセンターへ通う日々。
セガのマークⅠからⅢ、マスターシステム、メガドライブ、セガサターン、ドリームキャスト……。
セガ系だけでない。
PCエンジン、ネオジオ、3DO……。
俺はほとんどのゲーム機を所有するほどゲーム好きだった。
「そういうの全部またできるぞ」

「サスケ&コマンダーもですか?」
「うん」

「ペンゴもですか?」
「うん」

「クレイジークライマーもですか?」
「だから全部だよ、全部」
俺のツボを完全に知っている坊主さん。
そんな訳で俺は坊主さんと共に秋葉原へパソコンを買いに行く事となった。
当時の標準的なパソコンは『Windows XP』。
俺はパソコン云々よりも、昔のゲームがまたできるという点だけでノートパソコンを買う。
値段は十七万ちょい。
プレステーション2が何台買えるんだとは思ったが、仕方のない投資だ。
坊主さんはUSB端子でプレステーション2のコントローラーを接続し、ボタンさえ割り振れば、どんなゲームでも操作可能になると説明する。
「パソコンは頭の良い赤ん坊みたいなものだから、何も無いところへこうしなさい、ああしなさいと命令してあげる事が重要なんだ」と説くが、俺には意味がまるで分からない。
しかし目の前で昔のアーケードゲームがあれもこれもできた感動。

川越に当時あったデパートニチイの三階でやったフロントライン。

イトーヨーカドーの屋上にあったスーパーパックマン。

蓮馨寺の敷地内にあった同級生河野隆二の親が営むピープルランドにあったグラディウス。

往年のSNKやADK、データーイーストといったネオジオの対戦格闘ゲームの数々。

これらのゲームにハマったからこそ、当時の俺は進化が遅れてしまったと言い訳をしたいぐらい。

餓狼伝説から龍虎の拳、真サムライスピリッツなど何万種類のゲームができた。
メニュレーターとか坊主さんは小難しい事を言っていたが、俺はパソコンで好きなゲームさえできればいい。
仕事を終えると部屋に籠もり、パソコンでゲームをする日々。
弟の徹也が画面を見て「兄貴のパソコン、何でそんなのできるんだよ? 俺のパソコンでもできるようにして」と興奮気味に急かす。
やり方が分からないので、俺のパソコンで一緒にゲームをした。
坊主さんに会うと、徹也のパソコンでも同じ事をできるようにするにはと質問する。
初歩的なファイルとフォルダー。
基礎中の基礎。
俺はまず大好きだったゲームの仕組みを覚えるところから始まった。
データをコピーしただけでは駄目で、ディレクトリ設定でROMイメージをどこから読み込むのか。
坊主さんの教え方は厳しかったが、システム的な事を暗記するようにして、日に日にパソコンへのめり込んでいく。
雪喜から仲直りしようと連絡があった。
だがゲームに夢中だった俺は、返信せず毎日パソコンばかりいじっていた。
仕事中、番頭の佐々木さんから終わったらちょっと話があると言うので時間を作る。
できれば人気の無い静かな所がいいと言うので、新宿プリンスホテルのロビーラウンジを利用した。
「話ってどうしたんですか、佐々木さん?」
「今から言う事はワイと岩上君だけの秘密にして欲しい。大丈夫?」
いつもとは違う雰囲気の佐々木さん。
これまでの付き合いを考えると信用できる人なので、俺は黙ったまま頷く。
「オーナーの中川さん…、株や土地開発の失敗で十数億の借金抱えとるんや」
「えっ!」
思わず漏れる声。
「それでワールドワンもあと三ヶ月間で終わりになる」
「……」
一度は荒らされたが、ここまで店を復活させたのに後三ヶ月?
「他の店の番頭だった湯沢君が数ヶ月前に辞めたやろ? あれは彼が中川さんに五百万貸すのを渋って辞めたと言うかクビにさせられたんや」
「つまり金を貸すか、クビかを選択させられたと……」
「ワイは五百…、貸している。でも、もう回収できへん」
「は、はい……」
「ワイと岩上君が組んだら上にはバレへん。だからワイの金取り戻したいから、岩上君! ワイと組んでくれへんか?」
つまり店の金を抜くという事だろうか?
佐々木さんは本当に人がいい。
これまでだって何度も手痛い目に遭っても、スタンスは変わらない。
「分かりました…。俺は佐々木さんに色々と恩があります。それで佐々木さんが助かるなら協力します」
「店が閉まるのは従業員にも客にもまだ内緒にして欲しいんや」
「はい、分かりました」
「それで方法なんやけど、店内ビンゴあるやろ? あれのチェックって、ワイがチェックしてそれでシュレッダーに掛けて終わりなんや。つまり…、あれが何本出たところでいくらでも誤魔化せる」
「……。はい……」
「一日何本か水増しするから、そこでその分の金を別にしといて欲しいんやけど……」
「分かりました…。それで佐々木さんが助かるなら……」
「もちろん儲けは折半でええ」
「いや! 俺はいらないですよ。佐々木さんさえ金を戻せるなら」
「駄目や。こういうのは折半で行かへんと必ず綻びが出る」
五百万もオーナーの中川にいかれて何を言ってんだ、この人は……。
「でも俺は佐々木さんにこれまで散々良くしてもらいました。だから俺の分まで……」
「岩上君! 頼むわ! この条件で引き受けてくれんか?」
真剣な眼差し。
折半以外の条件は一切受け付けないといった強い意思。
「分かりました……」
この日より俺と佐々木さん、たった二人だけの秘密が生まれた。
店内ビンゴを使った抜き。
一回で五万。
二回やれば十万。
毎日少ない時で二回、多い時で六回。
つまり給料とは別に五万から十五万の金が舞い込んで来るようになった。
最初の頃は佐々木さんが全部取るよう伝えるも、折半以外受けつけない。
たまにイベントなどをする時は、さらに拍車が掛かる。
本来の給料が店長手当込みで五十万ちょっと。
それ以外に抜いた金額が他の従業員には内緒で日々数万、十数万と入ってくるのだ。
出勤すればするほど、金は打ち出の小槌のように入ってくる。
俺は金銭感覚が一気に麻痺していく。
他の従業員に対する罪悪感はもちろんある。
しかし佐々木さんとの約束で言う訳にもいかない。
何でもない状況なのに従業たちへ食事をご馳走したり、たまに風俗へ連れて行ったりと不自然な行動をするようになる。
心が日に日にドス黒く染まっていく。
俺は最初のゲーム屋ベガ時代。
どこか高橋ひろしを軽蔑していた。
だが、実際にこんな簡単に金が抜ける仕組みを覚えてしまった今はどうか?
誰がどう見ても歌舞伎町の闇の住民として、日々堕落していくだけ。
仕事から家に戻ると、徹也が新しいパソコンを買ったので、またゲームをできるようにして欲しいと頼んできた。
やり方は熟知していたのでデータを移しながら、お互いの近況を話す。
一番下の弟の貴彦。
彼は家のクリーニングを継ぐまではいかないが、家業を手伝って生活している。
いつだったか「兄貴もてっちゃんも好き勝手やってるから、俺がこうなったんだ」と責められた事があった。
それなら従業員は一杯いるのだ。
勝手に継いだのはおまえの意思だから、嫌なら辞めろと返した。
そんな経緯もあり、貴彦は俺を毛嫌いしているところがある。
しかしその弟が趣味のサーフィンで脇の下を怪我し、仕事ができない状態が続いているらしい。
「アイツ金も無くて無口な引き籠もりみたいになってるよ」と徹也は言う。
徹也のパソコンをゲームがまたできる環境に整え、久しぶりに貴彦の部屋へ行く。
俺が高校卒業して自衛隊に行く事で、貴彦へ明け渡した部屋。
暗い表情で横になりながら漫画を読んでいた。
「おう、貴彦。オマエ怪我したんだって?」
「兄貴が家を継がないから……」
「もうその話はよせ。誰もオマエにやれなんて頼んでいない。嫌ならやらなきゃ良かったんだ」
「……」
「金も無いんだろ?」
俺は財布から適当に札を取り出し、貴彦の目の前に置く。
金額にして二万円いかない程度。
どうせ毎日必要以上に入ってくる金の一部をあげただけ。
俺には痛くも痒くもない。
「兄貴…、いいのかよ……」
「黙って受け取れ。今まで兄らしい事なんて何もしてなかったからな」
「あ、ありがとう……」
この日から毎日のように貴彦へ小遣いをあげるようになった俺。
月でだいたい二十万程度の金を渡すようになった。
それまで特別仲良くもなかった貴彦は、変に俺へ懐くようになる。
毎日のように金をあげているのだ。
繋がりは金とはいえ、俺を頼りにするだろう。
徹也からは「兄貴は貴彦を甘やかし過ぎだ」と何度も言われた。
自然と貴彦の部屋には同級生連中が集まるようになる。
俺にとっては四つ下の後輩になるから、ピザの宅配を取ったり、全員を近所の呑龍に食事へ連れて行き、驕ったりした。
ある日貴彦の彼女の麻美が声を掛けてくる。
「お兄さん、今週末歌舞伎町の〇〇ビル分かります? そこで私たちのダンスイベントあるので、良かったら顔を出してくれませんか?」
麻美はプロのダンサーをしているが、それで食べていけるほどではなかった。
「あみっこ、そんなの貴彦に言いなよ」
「だってたーちゃんお金もそんな無いし、まだ無職で部屋に籠もっているから行かないって…。その日私の誕生日なんですけどね……」
「分かったよ。俺から貴彦には説得しておく。絶対に行けと。あとその日新宿プリンスホテルなら顔利くから、部屋も俺が取ってやる。二人で泊まって祝ってもらいな」
「ありがとうございます、お兄さん!」
この子と貴彦が結婚したら、俺の本当の妹になる。
ミサキは俺が勝手に妹と見立てているだけ……。
今まで気を掛けてやれなかった罪悪感。
兄貴らしく妙に格好をつけたかった。
貴彦に金は払うから新宿プリンスホテルの部屋をその日取るよう指示する。
数日後状況を聞くと、週末で予約一杯で取れないと言う。
仕方なくプリンスホテルの支配人へ電話を掛ける。
ゲーム屋プロ時代に構築した関係は、未だ有効だった。
「お久しぶりです、岩上です。いい部屋を一つ、この日にお願いしたいのですが……」
支配人はすぐいい部屋を用意してくれる。
貴彦は驚いた顔をして俺を見ていた。
「いいか? 予約した部屋、俺だって泊まった事が無いほどいい部屋なんだからな。少しは感謝しろよ」と言いながら、貴彦へ一万円札を渡す。
黙って受け取る弟。
「無駄遣いするなよな」
俺はそれだけ言うと、部屋に戻って寝た。
麻美の誕生日当日。
俺はもちろん仕事でワールドワンにいる。
兄弟にも歌舞伎町でゲーム屋をしている事は内緒にしていた。
貴彦からメールが入る。
『兄貴、今日はありがとう。あみっこもすげー喜んでいたよ。 岩上貴彦』
今日はそこまで忙しくないので山下に状況を伝え、少しだけ外に出る事にした。
貴彦、麻美カップルと待ち合わせ、食事を振る舞う。
普通の一般人では近付かない風林会館近くの路地にある中華料理『叙楽苑』へ連れて行く。
別れ際麻美に一万円札を握らせ「せっかくの誕生日なんだから貴彦と最上階のバーのシャトレーヌでも行って乾杯して来い」と送り出す。
俺が何の仕事をして稼いでいるのか二人共気になって仕方がない様子だったが、裏稼業を理解してもらおうとは思わない。
いいから行けと追い払う。
弟カップルを見送ると、俺は店へ戻る。
自分自身彼女がしばらくいない状況なのに、一体何をしているのだろうな……。
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