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【⑭】会社崩壊後の再建記録|月5万円から這い上がった「失敗経営者」の立て直し

会社が一瞬にして消滅した、次の日の朝。

僕は無意識に近い状態で目を覚ましたが、しばらく椅子から身動きが取れなかった。

朝日が差し込むオフィスは、普段の何倍も広く、そして不気味なほど静まり返っていた。

No.2とたった二人で始めた頃から使っていた傷だらけのデスク。
みんなで和気あいあいと談笑していた休憩スペース。
新入社員が嬉しそうに初契約の報告をしてきた、あの冷蔵庫の前。

そのすべてが、まるで質の悪い映画のワンシーンのように、走馬灯となって視界を駆け巡っていった。

不思議なことに、昨日までNo.2に対して抱いていた「殺したい」ほどの憎悪は、朝日と共にどこかへ消え去っていた。

感情のメモリが振り切れ、プラスマイナスゼロの「虚無」の状態になっていたのだ。

暫くぼんやりと虚空を見つめていた僕は、ふと右手を動かそうとして、息が止まるほどの激痛に襲われた。
いつ取り乱したのかすら定かではない。無意識のうちに、オフィスの壁を力の限り殴りつけていたらしい。

そのまま病院へ向かい、ガチガチのギプスをはめられた。
その日の夜、僕は薄暗い部屋で、セブンイレブンで買ったスモークチキンを一人でかじっていた。

銀座のクラブで一晩数百万円を溶かしていた男の、それが全財産を失った日の晩餐だった。蛋白な肉の味が、どうしようもない惨めさとともに喉の奥へ消えていった。

この程度の痛みで済んだことに、そして、まだ自分が生きていることに、妙な安堵を覚えた。
次の日から、僕の泥臭い「再建計画」が始まった。

■ 60社への謝罪行脚。突きつけられた「たった3社」という現実

崩壊から2日目。
僕はまず、お世話になっている大元の社長、ならびに関係各所への謝罪行脚をスタートさせた。

絶望の底で唯一の救いだったのは、2人の事務員が一人は引き続き事務兼秘書として僕をサポートし、もう一人は事務兼営業として会社に残ってくれたことだ。

僕は、朝だろうが深夜だろうが、求職者が希望してくればその時間帯に面談をし、死に物狂いで火消しに走った。

北は北海道・札幌から、南は福岡まで。
約1ヶ月をかけ、約60社にのぼる取引先に事情を説明し、土下座する勢いで謝罪を繰り返した。

しかし、現実はあまりにも残酷だった。
60社回って、契約を継続してくれたのは「たった3社」だけだったのだ。

理由は簡単だ。僕が組織の管理をすべてNo.2に丸投げしていたため、残りの57社とは「僕自身との関係性」が全く構築されていなかったのだ。

会話すらしたことのない社長(僕)が突然現れて謝罪したところで、誰も信用などしてくれない。

残ってくれた3社は、起業当初、僕がメインで直接対応していた企業だけだった。

これが、社員を「兵隊」としてしか見ず、他人に組織を預けてふんぞり返っていた「裸の王様」が支払うべき、あまりにも重い代償だった。

■ 裸の王様の死。自分に課した「4つの絶対ルール」

自分がいかに愚かだったか。
僕は過去の自分を完全に殺し、ゼロから会社を立て直す過程で、組織作りにおいて「4つの絶対ルール」を自分自身に課した。

① 出社は必ずする(定時出社・定時帰社)
当たり前のことすらやっていなかった過去を猛省し、誰よりも早く出社し、誰よりも真面目に働くことを徹底した。

② スーツの着用
「夜の王」の勘違いを引きずった派手な格好を捨て、いちビジネスマンとしての身だしなみを取り戻した。

③ 社長=トップではなく、社長=一番下
自分は偉い人間ではない。残ってくれた社員を下から泥だらけになって支えるのが自分の役目だと肝に銘じた。

④ クレカ没収・月5万の現金生活
金銭感覚を正常に戻すため、クレジットカードはすべて秘書に預けた。月に使えるお金は「現金5万円」のみ。会食の際は事前に秘書から現金を貰い、翌日には必ず1円単位でお釣りと領収書を提出した。

銀座のVIPルームから、月5万円のお小遣い制へ。
これが、僕が「まともな経営者」になるために選んだ、唯一の道だった。

■ 命綱の3社を繋ぎ止めた、最後の「応急処置」

とはいえ、残ってくれた3社との関係も、会社の信用が地に落ちている以上、いつ切られてもおかしくない薄氷を踏む状態だった。

この命綱を逃せば、会社は完全に倒産する。
綺麗事を言っている余裕はなかった。絶対に切らせないために、僕は死に物狂いでその3社に対して、しっかりと結果を出した。

今ではその3社の社長たちとは、家族のような深い付き合いができるまでになった。

■ 最初の半年間。地を這うような「土台作り」

命綱の3社に死に物狂いで向き合い、結果で返し続ける日々。
最初の6ヶ月間は、ひたすら会社の「土台」を作り直すことだけに全精力を注いだ。

派手な拡大は一切追わない。月5万の生活を続けながら、ただ目の前の信用を1ミリずつ積み上げていく。それは、かつてタワマンから見下ろしていた景色とは正反対の、地を這うような泥臭い時間だった。

■ 1年後の社員増と、「心理テクニック」の本当の使い方

崩壊から1年が経つ頃には、少しずつ会社の体力が戻り始め、従業員も6名まで増えていた。 この時、僕は自分の中で明確に「あること」を変えた。

それは、かつて僕を狂わせ、No.2に悪用されたあの『人間のバグを突く心理ハック』の使い方と、その意識的な捉え方だ。

以前の僕は、この技術を「相手を依存させ、自分の兵隊としてコントロールするため」に使っていた。
だが、地獄を見て、ゼロから自分を信じてついてきてくれた新しい社員たちに対しては、全く違うアプローチをとった。

「人心掌握術」の真の完成形はまた後日

■ 企業5年目の「数億円バイアウト」

そこからの組織は強かった。 恐怖や虚勢ではなく、真の信頼で結ばれたチームは、僕がホスト時代や起業直後に見ていた「砂上の楼閣」とは全く別の強靭な生き物だった。

その後、3年にわたって会社は順調に業績を伸ばし続けた。かつての狂騒が嘘のように、堅実で力強い成長だった。

起業から5年目。
6名から始めた組織は、最終的に30人規模、月商1億円を安定的に叩き出すまでに成長した。

そして僕たちの会社は、ついに数億円という評価額でバイアウト(企業売却)を果たした。

ゼロから泥水の中で積み上げ、それが初めて「数字」として評価された瞬間だった。
口座に振り込まれた莫大な金額を見た時、かつてタワマンで感じたような傲慢な「虚無感」は一切なかった。

「自分がやってきたことは、間違っていなかった」 ただ静かに、確かな肯定感だけが胸を満たしていた。

■ 回り始めた歯車と、あの日の真実

ギプスをはめた右手で頭を下げ続け、月5万の生活で生き直した日々。 すべてを失ったあの朝から、僕の「無様な履歴書」は、数億円という結果とともに一つの結末を迎えた。

だが、物語にはまだ「最後のピース」が残っている。

実は、会社が順調に息を吹き返していた頃。僕は、僕のすべてを奪ったあの「裏切り者のNo.2」と再会し、酒を交わすことになる。

そこで彼が語った「裏切りの本当の理由」は、僕の想像を絶するものだった。

なぜ彼は、完璧な裏切りを実行できたのか。 なぜ僕たちは、憎み合うことができなかったのか。

📖 この先の物語で語ること(全17話)

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