【憲法入門#12】誰かに宗教を強制されることはあるの?(人権各論・信教の自由)
前回の記事(https://note.com/hogakuyoridokoro/n/ne2fa3d18fcbb)では、思想・良心の自由について解説しました。今回は、同じく内心の自由の一種である信教に自由についてわかりやすく解説します。
信教の自由はなぜあるのか
まずは、信教の自由に関する条文を確認しましょう。
第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。(中略)
② 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
③ (略)
なぜ、日本は憲法にて信教の自由を保障しているのでしょうか。
その理由は、一般に宗教戦争の防止です。過去には各国で宗教や宗派の違いによる対立が国民を巻き込み、戦争に発展しました。また、一部の国では宗教を理由とした弾圧がありました。そのような悲劇を防ぐために、心境の自由があるのです。
信教の自由が保障しているもの
では、信教の自由は具体的に何を保障しているのでしょうか。具体的には主に以下の3つを保障しています。
①信仰の自由
まず、心の中でどんな宗教を信じることも、信じないことも自由です。これについて、国家は一切干渉できません。公共の福祉も適用外です。
②宗教的行事の自由
宗教的な行為(行事への参加や御祈りなど)についても自由に行うことができます。
③宗教的結社の自由
宗教団体を結社することも自由です。また、そこに加入したり脱退したりすることも個人の自由となります。
信教の自由に制約は生じるか
信教の自由のうち、どの自由かによって制約が生じるかどうかが変わります。
①について
これは絶対的な自由であるため、国家などによる干渉は一切ありません。公共の福祉などでも干渉を受けることなく完全に自由となっています。
②・③について
こちらも原則は自由です。但し、公共の福祉による制約を受けることもありますが、この制約には合理的な理由が必要です。
信教の自由に関する重要判例
信教の自由に関する重要判例をここでは2つ紹介します。
①剣道実技拒否事件
エホバの証人の信者である高専生が必修科目の剣道実技の受講を宗教上の理由で拒否したことで単位を落としたのは信教の自由を侵害したものかが争われました。以下の記事で詳しく解説していますので、興味ある方はぜひご覧ください。
②オウム真理教解散命令事件
地下鉄サリン事件などの数々の凶悪事件を引き起こしたオウム真理教の解散命令請求に関する事件です。信教の自由と公共の福祉が問題となりました。以下の記事で詳しく解説していますので、興味ある方はぜひご覧ください。
本回のまとめ
憲法20条では国民の信教の自由を保障している。
信教の自由は内心でとどまる限り、いかなる干渉も受けない
思想・良心の自由には、①信仰の自由、②宗教的行為の自由、③宗教的結社の自由がある。
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