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素直さは、才能じゃなく技術だと思う

素直な人は強い、という言い方をよく聞きます。

でも最近、自分は「素直さ」は性格というより、かなり技術に近いものなんじゃないかと思っています。

それは、何でも言うことを聞く力ではありません。

必要なものを受け取り、咀嚼して、自分の行動に変える力。
そして、分からないことや失敗を、隠さず伝える力。

人間関係がうまくいく人ほど、この素直さの使い方がうまい気がします。


一般的に言われる「素直さ」


素直さという言葉を聞いた時、最初に思い浮かぶのは、たぶんすごく分かりやすいものです。

一般的に想像される素直さには、
たぶん2つあります。

ひとつは、欲求に対する素直さ。

お腹が空いたから食べる。
楽しいからそっちに行く。
しんどいから逃げる。


もうひとつは、従順さとしての素直さ。

親に言われたことをそのまま信じる。
先生や上司の言うことをそのまま受け入れる。
言われた通りにやる。

こういうのが、一般的に想像しやすい「素直さ」なんだと思います。

でも、自分が考えている素直さは、少し違います。


自分は、もともと素直な人間ではなかった


自分はもともと、そういう意味で素直な人間ではなかったと思います。

たぶん理由のひとつは、子どもの頃からお笑いが好きだったことです。

お笑いって、当たり前のことをそのまま受け取るというより、少しずらして見る感覚があります。

そのまま乗らない。
少しずらす。
ずらして戻す。
その中で面白さが生まれる。

自分の中にも、その感覚がかなりありました。

だから、親に怒られている時でも、なぜか笑わせようとしてしまう。
怒られているのに、逆に笑ってしまう。

今思うと、不安をそのまま受け止めるのがしんどくて、少しずらして処理しようとしていたのかもしれません。

言われたことをそのまま受け取るより、一回ずらして見てしまう。
少しひねったほうが面白い。
そのほうが楽になる。

そういう経験が多かったから、自分はわりと天邪鬼っぽく育ったんだと思います。


誰の話でも聞くのが、素直さではない


ただ、その一方で、ずっと何でも反発していたわけでもありませんでした。

勉強のことを思い返すと、自分は、
筋が通っている人の話は、かなり素直に聞けるタイプ
だったと思います。

中学、高校、大学と、好きだった先生には共通点がありました。

話の筋が通っている。
考え方が分かる。
話そのものが面白い。

そういう先生の話はちゃんと入ってきたし、結果も伸びました。

高校受験の頃、化学の先生の話が面白くて、化学がかなり好きになりました。

外から見れば、化学は難しいし、苦手な人も多かったと思います。
でも自分にとっては、その先生の話が面白かった。
だから素直に聞けたし、そのまま伸びた。

英語も似ています。

普通は単語帳を何冊もやったり、みんなと同じ勉強法をしたりする。
でも自分は、塾の先生にもらった薄い語句集と単語集、それに文章の雰囲気で解くやり方がすごく合っていました。

その先生の言っていることが分かったし、自分にも合っていると思えた。
だから受け入れられたし、そのまま突き進めた。
結果として、それでうまくいった。

ここで思うのは、素直さは、
誰の話でもそのまま聞くことではない
ということです。

自分が納得できる相手。
筋が通っていると思える相手。
この人の話は受け取る価値があると思える相手。

そういう相手から、必要なものをちゃんと受け取れること。
それがまずひとつ、素直さなんだと思います。


でも、受け取るだけでは足りない


ただ、最近はそれだけでも足りないと思っています。

受け取るだけでは、人はそんなに伸びません。

同じ話を聞いても、伸びる人と伸びない人がいる。
その差は、受け取ったあとにあるんだと思います。

ただ聞いただけの人。
聞いて「なるほど」で終わる人。
受け取ったことを、自分の中で咀嚼して、理解して、実行まで持っていける人。

この差はかなり大きい。

この感覚を、自分は大学受験でも、国家試験でも、社会人になってからもずっと感じてきました。

そして最近、それをすごく分かりやすく言語化してくれたのが『ブルーロック』でした。

『ブルーロック』はサッカー漫画として読んでも面白いのですが、自分にはかなり「人がどう成長するか」の話にも見えます。

潔は「適応の天才」と言われるけれど、あれはただ人の真似をしているわけではない。

見たものを、自分の中で理解し直して、自分の武器として使える形に変えている。
一方で、同じように適応しようとしても、そこまで行けない人もいる。

この差は、
素直に受け取ることと、
咀嚼して実行できること
の差なんだと思っています。

素直さは入口です。

でも、本当に差がつくのはその先。

受け取ったものを、自分の中で理解し直して、動ける形に変えられるかどうか。
そこまで行って初めて、素直さが力になる。


社会人になってから分かった、もうひとつの素直さ


さらに、社会人になってからは、素直さの意味がもうひとつ増えました。

それは、
頼ることと報告すること
です。

仕事をしていると、一人で抱え込まないほうがいい場面がたくさんあります。

特に医療職のように、少しのミスが後で大きく響く仕事ではそうです。

そういう時に必要なのは、

分からないことを分からないと言えること。
一人で無理だと分かった時に、人を頼れること。
そして、うまくいかなかった時に隠さず報告できること。

でもここでも、ただ頼ればいいわけではありません。

相手の立場を考えずに頼ると、それは「頼る」ではなく「投げる」になります。
何も考えずに丸投げすると、「あの人は自分では何もしない」と思われる。

だから頼るのにも技術がいる。

どこまで頼るか。
何を自分で持つか。
どう伝えるか。
頼ったあと、自分は何をするか。

ここまで含めて、素直さなんだと思います。


信頼につながる素直さ


最近、薬剤師2年目の後輩を見ていて、そのことを強く感じました。

彼は、心配なことをちゃんと先に言うタイプです。
そして、仕事が重なって少しうまくいかなかった時も、帰りに素直に報告してくれた。

ただ謝るだけではなく、

「あの時は人を頼ったほうがよかった」
「次はこうしたい」

まで話せていた。

この感じは、かなり大きいです。

こういう報告をされると、教える側としては責めるより先に、
「次は一緒に整えよう」
と思える。

完璧だから信頼できるんじゃない。

心配を隠さない。
失敗を隠さない。
人間関係まで見た上で、ちゃんと報告する。

この積み重ねが信頼になる。

つまり、素直さは、言われたことを聞くことだけじゃない。

必要な相手から必要なものを受け取ること。
受け取ったものを咀嚼して実行すること。
分からないことを認めること。
必要な時に人を頼ること。
失敗した時に隠さず報告すること。

ここまで含めて、素直さなんだと思います。


素直さは、才能じゃなく技術


だから自分は、素直さは才能じゃなく技術だと思っています。

生まれつき何でも受け入れられる人だけが持っているものではない。
天邪鬼な人でも、反発心がある人でも、必要なところで素直になることはできる。

その力は、たぶん育てられる。

そして人間関係がうまくいく人ほど、この素直さの使い方がうまい。

全部を受け入れるわけじゃない。
でも、受け取るべきものはちゃんと受け取る。

必要な時にはちゃんと頼る。
うまくいかなかった時にはちゃんと報告する。

その技術がある人ほど、人とうまくやれるし、成長もしやすい。

だから自分は、素直さは才能じゃなく技術だと思っています。


この先、もう少し分けて考えたいこと


このテーマは、まだ分けて考えたほうがいいとも思っています。

自分は、もともと素直な人間ではなかったこと。
受け取るだけでは足りなくて、咀嚼して実行できる人が伸びること。
素直さは、頼る技術でもあること。
そして、素直なら何でもいいわけではないこと。

このあたりは、これから分けて書いていきたいです。

素直さは、
最初から持っている性格ではなく、
あとから育てられる技術だと思う。

だからこそ、もともと天邪鬼だった自分でも、このテーマをもう少し掘ってみたい。

仕事でも、家庭でも、人間関係でも、たぶんここにはかなり大事なものがある気がしています。

素直さは、最初から持っている性格ではなく、あとから育てられる技術だと思う。
だからこそ、もともと天邪鬼だった自分でも、このテーマをもう少し掘ってみたい。

仕事でも、家庭でも、人間関係でも、たぶんここにはかなり大事なものがある気がしています。

今後はこの「素直さは、才能じゃなく技術だと思う」というテーマを、note大賞用にも整理しながら、少しずつ深めていく予定です。
新人教育、仕事での信頼関係、夫婦や子育て、漫画やエンタメの中にある“素直さ”まで、いくつかの記事に分けて書いていこうと思っています。


追記:最近書いていること


この記事を書いたあと、自分の中で「素直さは才能ではなく、あとから身につけられる技術かもしれない」という感覚が、少しずついろいろな記事につながってきました。

今は主に、薬剤師として働く中で見えた人間関係の話、父親として育児や家事の中で考えたこと、漫画やゲームから見えた生き方の話を書いています。

それから最近は、小説にも挑戦しています。

『シンデレラ・ブラックドレス』という、童話のその後を描いた物語です。
シンデレラが王子様に救われて終わる話ではなく、結婚後の王宮で、自分の生活や心を少しずつ取り戻していく話として書いています。

エッセイでは現実の中にある小さな違和感を、小説では物語の中にある人の変化を、どちらも「素直さ」というテーマの延長で見ています。

初めて来てくださった方は、気になるところから読んでもらえるとうれしいです。

・物語として読みたい方へ

・仕事や人事評価の話として読みたい方へ

・父親や育休の話として読みたい方へ


・ポケモン大好きな方へ



もしこの記事が少しでも刺さった方は、スキを押してもらえるとうれしいです。

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