パパ育休で「必要だけど必要じゃない」と感じた1ヶ月|5ヶ月育休をとって気づいたこと
これは、5ヶ月育休を取った父親の、
きれいごとだけではない感想です。
5ヶ月間、育休を取らせてもらった。
結論から言うと、
取らせてもらえて本当によかったし、
ありがたかったなと思います。
下の子と毎日過ごせた。
上の子とも向き合えた。
妻を支えられた。
家族で公園に行ったり、出かけたりする時間も作れた。
妻のメンタルも、1人目の時と比べるとかなり安定していたと思う。
「これなら、3人目も考えられるかもしれない」
そう思えるくらいには、家庭が保たれていた。
だから、
育休を取ったことに意味はあった。
これは、はっきり言える。
でも、5ヶ月育休は
「取ってよかったです」
だけでは終わらなかった。
その中で、
僕には忘れられない1ヶ月がある。
父親の僕が、家にいながら、
「必要だけど、必要じゃない」
ように感じていた1ヶ月だ。
1人目の産後3ヶ月は、記憶が薄い
2人目の育休を取ろうと思った理由は、
1人目の時の記憶があったからだ。
1人目の産後3ヶ月は、本当に寝られなかった。
仕事から帰る。
赤ちゃんが泣く。
夜中の2時、3時くらいまで起きる。
そこから少し寝て、朝7時に起きて仕事へ行く。
正直、あの頃の記憶はかなり薄い。
夜中に泣いている声が聞こえる。
本当は起きた方がいい。
妻もしんどい。
でも、明日も仕事がある。
寝ないと、自分も倒れる。
申し訳ないと思いながら、
寝るしかない日もあった。
あの時、妻を十分に支えられたとは思えなかった。
だから2人目が生まれる時、
少なくとも最初の3ヶ月は
必ず自分も家にいる必要があると思った。
本当は半年くらい取りたかった。
でも、育児手当や制度の内容、職場との調整もあり、最終的に5ヶ月になった。
僕にとって育休は、「取れたらいいな」くらいのものではなかった。
2人目が生まれる時点で、取る必要があるものだった。
極端に言えば、4ヶ月、5ヶ月取れないなら、働き方そのものを考え直す必要があると思っていた。
最初の3ヶ月は、休みではなかった
育休という言葉には「休」が入っている。
でも、最初の3ヶ月は休みではない。
休みではない、というより、
普通に家庭の非常事態です。
赤ちゃんはまだ小さい。
夜もまとまって寝ない。
妻の体も産後でボロボロ。
上の子もいる。
家事もある。
食事もある。
保育園の送り迎えもある。
とにかく寝られない。
人は、寝られないと本当におかしくなる。
判断力も落ちる。
余裕もなくなる。
会話も雑になる。
相手を思いやる力も削られていく。
だから最初の3ヶ月は、しんどいけれど役割ははっきりしていた。
妻を休ませる。
赤ちゃんを見る。
上の子を見る。
家を回す。
やることは多い。
でも、1人目の経験から自分が必要な理由は見えていた。
4ヶ月目に、急に自分の役割がぼやけた
しんどかったのは、むしろ少し落ち着いてきた頃だった。
4ヶ月目くらいになると、妻も少しずつ動けるようになってくる。
赤ちゃんも、最初の頃よりは少し落ち着いてくる。
ただし、予防接種のこともあり、
まだ自由に外へ出られるわけではない。
家にはいる。
赤ちゃんを見る役割はある。
妻の代わりに動く場面もある。
だから、自分が必要なのは間違いない。
でも、どこかで思ってしまう。
「究極、保育園の送り迎えができれば、働けるのでは」
「妻も少し動けるようになってきたし、自分がいなくても何とかなるのでは」
「自分は今、何をしているんだろう」
本当は、代わりなんて効かない。
僕が家にいることで、
妻はかなり助かっていたと思う。
話し相手にもなるし、
赤ちゃんを見る人手にもなる。
家族として必要だったのは間違いない。
でも、産後直後ほど
「自分がいないと回らない」
という感覚は薄れていく。
妻が少し動けるようになったことは、
本来なら良いことだった。
でもその分、僕の役割は少しずつ見えにくくなっていった。
必要なのに、必要じゃない気がする。
家にはいるのに、自分だけ少し浮いているように感じる。
4ヶ月目の僕は、たぶんその感覚の中にいた。
あとから振り返ると、あの1ヶ月はかなり沈んでいたのだと思う。
気になって簡易的なチェックをしてみた時、中程度に当てはまったこともあった。
診断を受けたわけではない。
でも、今思えば、あの頃の自分はかなり危なかったのかもしれない。
休み方がわからなくなった
育休に入る前、どこかで少し思っていた。
「仕事を休むのだから、少しは休めるのではないか」
仕事を頑張った後の休日なら、テレビを見たり、アプリゲームをしたり、いつもより長く寝たりできる。
仕事をしているからこそ、休みの日は休みとして感じられる。
でも、育休中の時間は全然違った。
家にはいる。
自由な時間もゼロではない。
夫婦で、録画した番組、NetflixやAmazon Primeを一緒に見る時間もあった。
妻が寝ている間に、自分の好きな番組を見たり、少しゲームをすることもできた。
でも、毎日家にいると、エンタメの消費はすぐ底を突く。
録画は溜まらない。
配信サービスにも限界がある。
ゲームをやり続けるのも、何か違う。
家族がいる。
赤ちゃんがいる。
妻もいる。
完全に自分だけの休日ではない。
そのうち、
何をしていいのかわからなくなった。
育休中にしんどかったのは、
休めないことだけではなかった。
休み方がわからなくなることも、
かなりしんどかった。
会話がつながる大人がいること
1人目の時、仕事から帰ると、妻がものすごい勢いで話してくることがあった。
僕は仕事で疲れている。
頭も回っていない。
「ちょっと待って」
「せめてお風呂に入ってからにして」
「ご飯を食べながらでもいい?」
そう思ったこともある。
でも、妻は待てなかった。
当時は、それをうまく理解できなかった。
でも、2人目の育休を取って、少しわかった。
妻は、本当に話したかったのだと思う。
赤ちゃんはかわいい。
でも、会話はつながらない。
泣く。
笑う。
寝る。
起きる。
抱っこする。
でも、言葉は返ってこない。
会話がつながらない相手と、
24時間一緒にいる。
それは、かなりしんどい。
仕事から帰ってきた夫は、
妻にとって「会話がつながる大人」だった。
だから、待てなかったのだと思う。
2人目の育休中、
僕もその感覚を少しだけ体感した。
妻も疲れている。
妻も産後から回復している途中。
自分は育休中で、下の子を見る役割を引き受けている。
そう思うほど、
妻に「ちょっと代わって」と言うことすら、余計な一言のように感じる時があった。
家に大人はいる。
本来なら、いちばん気を使わずに話せる妻もいる。
なのに、その時の僕には、気を使わずに話せる相手がいるとは感じられなかった。
その違いは、思っていたより大きかった。
例えば、友達にLINEをする。
でも、そこで「じゃあご飯行こう」となると、それはそれで困る。
行きたい気持ちはある。
でも、外に出にくい。
予定を組むのもしんどい。
断るのもしんどい。
だから、
人とのつながりをむしろ切ってしまう。
本当に必要だったのは、外に連れ出してくれる人ではなく、
「最近どう?」
と普通に聞いてくれる大人だったのかもしれない。
育児サークルが苦手だったわけではない
育児サークルにも行った。
ただ、ここは少し分けて書いておきたい。
僕は、育児サークルそのものが苦手だったわけではない。
1人目の時にも育児サークルに行った。
その時は、パパ参加が多い場だった。
だから、父親がいても特に浮かなかった。
しんどかったのは、2人目の育休中に行った、父親が自分だけの場だった。
そこでは、どうしても自分が少し違う存在になる。
料理をする父親。
育休を取っている父親。
育児サークルに来ている父親。
すると、
「5ヶ月も育休を取れて羨ましいです」
「5ヶ月も取ってもらっていいですね」
「すごいですね」
「どうしたら旦那さんも料理してくれるんですか?」
「うちの旦那は……」
という話になりやすい。
もちろん、5ヶ月育休を取れたことは本当にありがたかった。
職場が受け入れてくれたから取れた。
妻や家族にも意味があった。
社会制度にも助けられた。
でも、ありがたいことと、楽だったことは別だった。
5ヶ月は、長い休みではなかった。
家族を保つための時間だった。
料理する父親として見られること
育児サークルで、料理の話になることも多かった。
「どうしたら旦那さんも料理してくれるんですか?」
そう聞かれることがあった。
でも、僕はいつも答えに困っていた。
僕が料理をするのは、急に良い夫になったからではない。
もともと料理が好きだった。
親も料理が好きだった。
子どもの頃から料理に触れていた。
居酒屋でアルバイトもしていた。
一人暮らしの時も、ほぼ自炊していた。
その延長線上に、今の家事分担がある。
うちでは、僕が料理をする。
妻は掃除をメインにしていて、洗濯も妻が多い。
家事分担として、ある程度振り切れている。
でも、男性が毎日料理するだけで「すごい」と言われると、今度は妻の立場が難しくなる。
「じゃあ奥さんは?」
という空気が生まれる。
妻は料理に引け目がある。
料理が得意ではない。
だから「私はそこまで料理できないです」と言いがちになる。
僕が偉そうに「夫も料理すべきです」と言うのは違う。
「どうしたら旦那さんも料理してくれるんですか?」
と聞かれても、
僕が本当に考えていたのは、
「どうしたら料理が苦手な妻が、少しだけ台所に戻れるのか」
だったからだ。
正直、心の中では思うこともあった。
「あなたは、旦那さんに料理の大切さをどう伝えているんだろう」
でも、それは刺しすぎる。
言ったところで、相手を傷つけるだけかもしれない。
だから結局、何をどう話せばいいのかわからなくなる。
育児サークルで料理の話になると、僕はいつも立ち位置に困っていた。
「立派な父親」として見られるしんどさ
しんどかったのは、珍しい父親として見られることではない。
むしろ、
「立派な父親」として扱われることの方がしんどかった。
料理をする。
育休を取る。
育児サークルに来る。
それだけで「すごいですね」と言われる。
でも僕は、立派な父親としてそこにいたかったわけではない。
ただ、親としてそこにいただけだった。
その場では、僕自身を見られているというより、誰かの理想の父親像や、誰かの夫への不満の受け皿になっているように感じることがあった。
それが、少ししんどかった。
一番答えづらかった言葉
育休中、一番答えに困った言葉がある。
「復帰したいですか?」
これが本当に答えづらかった。
妻と育児サークルに行っている。
その場で「復帰したいです」とは言いにくい。
でも、「復帰したくない」とも単純には言えない。
働かなくていいなら、働きたくない。
それは本音だった。
でも、お金のことがある。
会社への恩もある。
職場の人間関係もある。
自分が戻るのを待ってくれている人たちもいる。
育休手当も制度も、当たり前にあるものではない。
家庭のことだけでなく、会社や社会の仕組みの中で取らせてもらっている時間でもある。
だから、
「復帰したいですか?」
と聞かれても、自分の気持ちだけでは整理ができず、答えられなかった。
そして、その言葉の裏に、
僕は勝手にこういうニュアンスを
読み取ってしまっていたのかもしれない。
「子育てが大変だから、早く会社に逃げたいでしょ?」
「働いている方が楽じゃないですか?」
特にママ側から言われると、その言葉が悪意のように聞こえることがあった。
もちろん、相手に悪意があったとは思ってません。
ただ、当時の僕はそう受け取ってしまうくらい、余裕がなかったのだと思う。
だから、いつも少し濁していた。
「まあ、お金も必要ですし」
「育休手当も税金ですしね」
そんな返し方をしていた気がする。
同じような言葉でも、職場に復帰してから言われると違った。
「復帰したかったでしょ?」
職場でそう言われた時、僕は案外素直に言えた。
「めちゃめちゃ復帰したくなかったですよ」
そう言うと、相手も「ですよね」と笑ってくれた。
育児サークルではあれほど答えづらかった言葉が、職場では笑いながら言えた。
言葉そのものではなく、
その言葉を受け止めてもらえる場所かどうか。
それが大きかったのだと思う。
復帰が近づいて、少し切り替わった
5ヶ月目になると、少し状況が変わった。
予防接種も進み、外に出やすくなった。
妻も動けるようになってきた。
復帰も近づいていた。
「最後の1ヶ月だ」
そう思うと、家族で出かけることも増えた。
公園に行ったり、遊びに行ったりした。
家から出られることは、思っていた以上に大きかった。
そして復帰が近づくと、
もうやるしかない状態になった。
僕も仕事に戻る。
妻も家を回していく。
不安はあった。
でも、時間の輪郭が見えることで、気持ちは少し切り替わっていった。
職場に戻って、社会との接点が戻った
復帰して感じたのは、社会との接点が戻ったということだった。
役割をもらった、というより、元に戻った感覚に近い。
家以外で話せる。
仕事の話ができる。
愚痴も言える。
自分が社会の中に戻ってきた感じがあった。
復帰して1番嬉しかったのは、
上司が「5ヶ月って、思ったよりこんなもんなんだな」
と言ってくれたことだった。
僕としては、5ヶ月も休んだ感覚があった。
でも職場側は、忙しさもあったのかもしれないけれど、「意外とこんなものか」と受け止めてくれた。
その言葉で、少し救われた。
育休は、職場に大きな穴を空けるだけのものではなく、戻ってこられる時間でもあるのだと思えた。
僕がいない間に、逆に見えた仕事の偏りもあったらしい。
職場にとっても、一度仕事の分担を見直す時間になったのかもしれない。
育休を取って、本当に良かった
途中で沈んだ時期もあった。
「必要だけど必要じゃない」と感じた1ヶ月もあった。
育児サークルで居場所に困ることもあった。
それでも、
5ヶ月育休を取って本当によかった。
一番大きかったのは、妻のワンオペ感覚を、知識ではなく体感として理解できたことだと思う。
社会とのつながりが薄くなること。
会話がつながる大人がいないこと。
自分の役割が見えにくくなること。
外に出られないこと。
それは、文章で読んで分かるものではなかった。
自分で少し体感して、やっと深く理解できた。
上の子とも下の子とも、毎日過ごせた。
妻も、1人目の時より安定していた。
家族で出かけることもできた。
妻が「これなら3人目も考えられる」と思えるくらいには、家庭が保たれていた。
たぶん、父親が育休を取る意味は、そこにあるのだと思う。
それは、国や社会が求めている育休の意味にも、少し近いのかもしれない。
父親が家にいることで、
母親だけに負担を寄せすぎず、
家族が次の未来を考えられる状態を作る。
育休は、ただ父親が育児に参加する制度ではない。
家庭が壊れずに、次に進める状態を作るための時間でもあるのだと思う。
これから初めて子育てする人へ
最後に、これから初めて子育てする人に伝えたいことがある。
最初の3ヶ月、どう寝るかを考えてほしい。
沐浴のやり方も大事だ。
オムツ替えも、ミルクも、抱っこも大事だ。
でも、それ以上に大事なのは、
夫婦が壊れない睡眠の取り方だった。
夜中に泣いた時、どちらが起きるのか。
どこで交代するのか。
どちらかが限界になる前に、どう休ませるのか。
朝までどう乗り切るのか。
人は、寝られないと本当におかしくなる。
だから、最初の3ヶ月に入る前に、
夫婦で睡眠について言葉にして話し合ってほしい。
そして、もし育休中の父親が近くにいたら、
「すごいですね」よりも、
「最近どう?」と普通に聞いてほしい。
外に出る元気はなくても、誰かと話したい日はある。
家族と一緒にいても、会話がつながる大人との接点が足りなくなることはある。
5ヶ月育休を取って、本当によかった。
でも、それは「父親が家にいれば全部うまくいく」という話ではなかった。
家にいても、孤独になる。
家族といても、会話が足りなくなる。
必要とされているはずなのに、自分の役割が見えなくなることもある。
そのことを体で知った5ヶ月だった。
それでも僕は、育休を取ってよかったと思っている。
妻の孤独を、少しだけ体感できた。
家族が壊れずに、次へ進めた。
そして、父親もまた、
支えるだけではなく、
支えられていい親なのだと知った。
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