語られなくとも、読まれ続ける——小林まこと論
世の中には評価されやすい漫画家と評価されにくい漫画家っていうのがいる。
例えば手塚治虫なんかはわかりやすく評価されやすい漫画家だろう。まあそれに値するだけ実績が凄すぎるんだから当然なのだが。手塚治虫について研究した単著なども多数ある。
大友克洋なども論評の俎上に上がりやすい漫画家である。その圧倒的な画力で大友以前、大友以降の転換点になったような偉大な作家なのだからそれも当然と言える。
それとは逆に、実績はなかなかにすごいにも関わらずそんなに評価されにくいというか、評価も人気もあるのだけれどおそらく〇〇論みたいな形で単著が書かれることはなさそうな作家というのも存在する。
私にとってその代表が小林まことなのである。
『1・2の三四郎』、『ホワッツマイケル』、『柔道部物語』などなど、ヒット作、人気作が多数あり、『青春少年マガジン1978~1983』や『関の弥太ッペ』から始まる劇画・長谷川伸シリーズ、現在においても『女子柔道部物語』を執筆中の現役の漫画家である。
私個人としては『柔道部物語』は今でも度々読み返してしまう漫画である。今現在においても柔道漫画の金字塔だと思う。
彼の漫画が優れているポイントはいくつもあるが、最も優れているのは、スポーツ漫画において現実離れした荒唐無稽な必殺技とか超常現象的なものは用いずに、あくまでも丁寧かつ迫力に満ちた描写の力で勝負を描き切るという点にある。
例えば私が大好きな『柔道部物語』においても、主人公が得意技とするのは背負い投げで、最後の勝負まで背負い投げで戦い切る。それ以外にも多数のキャラクターが登場するが、どのキャラも現実の柔道技の範疇で勝負をする。


上に引用したのは、『柔道部物語』において、投げられた相手が逆に寝技に持ち込んで締め技を決めるまでを描いているのだが、締め技が決まるまでの過程と動きのキレが見事に余すことなく描かれており、柔道を知らない人でも何が起きたのかが画のみで理解出来てしまうのだから、とんでもない描写力である。
この現実離れはせずに、その競技を深く理解していないと出来ないであろう精緻な描写とそれを漫画に落とし込む技術によってそのスポーツの魅力を描き切ることが出来てしまうという事実は多くの後進漫画家にとっても一つの道しるべになったことは間違いない。
小林まことの影響下にある漫画家として森川ジョージ、井上雄彦が挙げられるのだが、それぞれボクシングとバスケットボールという競技の魅力をよく知る作者による、現実離れした描写はせずにそのスポーツの魅力を描き切ることで『はじめの一歩』と『SLAM DUNK』という大ヒット作を世に送り出すことが出来たのだろう。
そう考えるとこの2つの作品の源流に小林まことは位置するのだからとんでもない影響力だし、やっぱもっと語られるべき作家なんじゃないかという気がする。
小林まこと漫画の大きな魅力として、漫画における間を活かした表現というものがある。


この「・・・・」の表現、これが小林まことは絶妙に上手い。
彼は基本的に絵柄のトーンというか描線が一定で、場面に応じた崩したキャラ表現みたいなことはあまり使用しないのだが、一方でセリフの緩急みたいなものは絶妙にコントロールされており、これが彼の漫画の風通しの良さとか、リズムの良さにもなっている。
そして、キャラが何も言わずに無言でも何を言わんとするかが表現出来てるということは、微妙なキャラの表情であるとか、ちょっとした汗の量とか吹き出しの枠の違いという微妙な匙加減のコントロールが完璧ということなのだが、要は小林まことという人はとんでもなく漫画が上手い人ということなのである。
ちなみに森川ジョージは小林まことからの影響が顕著な作家で、この「・・・・」の無言セリフ使いや、小林まことが作中で描く集団で街中に走っていく姿とともにフェードアウトするという描写を、自身の作品でもかなり似ている形で描いていたりする。


ここまでザックリと小林まこと作品の魅力とその影響について述べてきたが、やっぱりなんで小林まこと作品は人気も評価もあるのにそんなには語られてこなかったのかが不思議ではあるのだが、わかる気もする。小林まこと作品は読めば面白いし、その魅力も余すところなく伝わるのでそこから深読みしたり考察したりする必要性はあまりないのである。
それってつまりはエンターテイメント作品として完成され尽くしているということなわけで、それはそれで素晴らしいことだと思う。
一方で、小林まことが提示したその競技に対する理解と精緻な描写が伴えば、現実離れした荒唐無稽に陥らずに最高のスポーツ漫画が描きうるという可能性は今後も多くの漫画家に影響を与えていくだろう。そしてなにより『柔道部物語』は今読んでもその卓越した描写と共に全く色あせない。
小林まことはたとえ語られなくとも読まれ続ける作家ではあり続けるだろう。それは素晴らしいことだ。
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