ワールドカップのたびに思い出す、『最強伝説 黒沢』第1話の絶望と問い、そして24年越しのアンサーについて
※サムネイルは福本伸行『最強伝説 黒沢』kindle版1巻 No.6より
2026年7月現在、日本代表は残念ながらブラジル代表に敗北してしまったものの、まだまだワールドカップが開催中なわけだが、ワールドカップが開催されるたびに私が思い出すのは『カイジ』や『天』、『アカギ』を世に送り出した福本伸行による『最強伝説 黒沢』の単行本1巻の第1話である。
2002年に開催された日韓共催のワールドカップのシーンから始まり、その熱狂の渦、そう今現在でも盛り上がっているのだが、24年前の盛り上がりはそれはそれはもう凄いものだった。その熱狂に身を委ねながら、主人公である黒沢は一つの事実に気付く。
感動などないっ…!

どれだけW杯に国中が熱狂しようと、それはあくまでも他人がやっていることに自分も乗っかっているだけで結局のところは他人事、自分の、自分だけの感動などそこには全くないということに気付かされてしまったところから物語は始まる。

コッリーナ主審、懐かしい
第1話では、高校を卒業してから26年間、穴平建設という建築会社の現場スタッフとして働き続けた主人公、黒沢が迎えた44歳の誕生日の一日が描かれていく。
実は自分の誕生日であることをさりげなくアピールしつつも全く周囲に気付いてもらえなかったり、そのまま仕事帰りに惰性で居酒屋で晩飯を兼ねた晩酌をしつつ、ただただ無為に年齢を重ねてしまった自分の人生をふりかえる。
その後、帰宅中、飲み会帰りの若手社員たちと遭遇し、自分だけ誘われていなかったことに気付き、若者たちの輪の中には馴染めていないことを痛感して寂しさを抱えながら第1話は終わる。
本当になんてことのない中年男性の他愛のない1日を描いた第1話なのだが、この第1話がすごいのは黒沢が決定的に貧困でもなければ、職場からどうしようもないほどに疎まれているわけでもなく、社会人としては問題ない範疇の人間であるということをキープしながら、全身全霊でその状況に対して懊悩し、絶望しているところである。境遇の上では彼には特に同情する点がないにも関わらず、彼は全力で自身の人生に苦しんでいる。そのギャップが本作の核心を形成している。
最後の1コマがすごい。
みんな…… 本当にどうしてるんだ……?
物語はここから本当の感動や、職場での人望を求めて右往左往する黒沢の悲喜劇を描いていくのだが(アジフライのエピソードが本当に最高……!)、この第1話は本当に秀逸だ。読み切り作でここで物語が終わったとしたら、それはそれで本当にすごい話だと思う。
それくらい、『最強伝説 黒沢』の第1話は独身中年男性の抱える孤独というものを戯画化しつつも、普遍性のある形で描いている。そして決定的な問いかけをこちらに投げかけて終わるその締め方も鮮烈だ。
かつて「感動などない」と断言し、答えのない問いかけで第1話を閉じた福本伸行は、四半世紀近くの時を経て、その問いへのアンサーを自らの手で描いている。現在絶賛連載中の最新作にして新境地『二階堂地獄ゴルフ』、その139話のサブタイトルはなんと「感動」である。
連載第1話の見開き1ページで「ない」と切り捨てたものを、24年かけて描くに至った作家の到達点とはどのようなものなのか。もうすぐ無料公開期間に入るので、皆刮目して頂きたい。
