漫画における「便利なキャラ」について~らーめん再遊記論「外食コンサルタント編」~
漫画において最も大事なキャラクターといえばそれは間違いなく主人公なわけだが、主人公のみで漫画が成り立つわけでもない。主人公以外の様々なキャラクターが存在してこそ漫画が成立するわけなのだが、漫画にはしばしば「居ると便利なキャラ」というものが存在する。
例えば『ドラゴンボール』におけるクリリン、戦闘能力においてはやがて悟空とは圧倒的な差がつくようになってしまうものの、サイヤ人編でナッパやベジータと戦うまでほぼ面識がなかった筈の悟飯と長年親しんだバディのような関係を築けてしまう圧倒的なコミュニケーション能力と親しみやすさは特筆に値する。
連載が進めば進むほどに、「悟空が不在の時間を如何にやり過ごすか」が焦点になっていた『ドラゴンボール』において、クリリンは間違いなく重要な役割を果たしている。
ナメック星編で、ベジータと共闘することになり戦闘服をもらうシーンでのクリリンのふるまいなどはちょっとすごい。ついさっきまで殺すか殺されるかのやり取りをしていたはずのベジータと普通に会話してて、それにベジータもちゃんと応じている。こんな役割はヤムチャや天津飯では絶対に無理で、クリリンでなければ不可能だろう。個人的に弾力性があるわりに頑丈そうなこの戦闘服は前から気になっていたので、このシーンで焦点が当たってとてもうれしかったことを覚えているし、鳥山明はこういうことを考えながら漫画の世界全体をデザインしていたんだってことの一端がわかる興味深いシーンでもある。

ベジータが結構しっかりとクリリンの会話に応じているのもポイント
このように主人公以上に場を円滑に回してくれるキャラクターというのは長く続く漫画であるほどに大抵一人か二人はいるものである。多くの場合それらのキャラクターは主人公一人では手が回らない部分を巧みにカバーしてくれるものだ。
『らーめん再遊記』の前作にあたる『らーめん才遊記』において、主人公の芹沢はラーメン店の経営者であると同時にフードコンサルティングの会社の社長も務めており、単にラーメンの良し悪しを漫画を通して評価すること以上に、ラーメンを提供する店舗の「食事体験」全体をグルメ漫画の俎上にあげた点に面白さがあった。
「食事体験」全体を見通した上でラーメンを捉えなおすという視点自体は続く『らーめん再遊記』においても変わらない。自販機で販売されるラーメンにまで射程を広げた「自販機茶屋編」などはその真骨頂だろう。
しかし、「清流企画」の社長を辞め、コンサルティングの第一線からは退いてしまったことで、前作にあった具体的な飲食業の裏側であるとか、困った相談者が芹沢の元へやってくるみたいなことは『らーめん再遊記』においては起きづらくなってしまっているのも事実だろう。よっぽど芹沢と深い縁がある人でもない限り、芹沢が開業の手助けをしたり、経営難の店の再建案を提示するなんてことはなかなか出来なくなってしまったのである。
おそらく、そんなこれまでのように外食産業の裏側や経営サイドに精通し辛くなっていた芹沢側の事情に対する「処方箋」として登場したのが、今回採り上げる「外食コンサルタント編」の主要人物、小宮山である。

「外食コンサルタント編」は全体的に良く出来たエピソードである。序盤の外食コンサルタントとして様々な外食店にあの手この手のアドバイスをしていく様は小気味良く、なぜか小宮山がラーメン店のコンサルタントだけはしないようにしているという謎から芹沢との因縁が明かされ、芹沢とのラーメン対決へと雪崩れ込んでいく構成も巧みである。
だが、直前の「塩匠堂編」や、連載序盤の芹沢がミドルエイジクライシスから抜け出し、「万人の形式」の探求へと至るエピソードと比較すると小品に留まっている感は否めない。
どれだけスープや麺が個別に良く出来ていたとしても全体のまとまりに欠ければそれはラーメンではないという問題点は説得力はあるもののかなり初歩的な問題点に思えるし、ラーメン店の経営に失敗したとはいえ、外食コンサルタントとしては成功している小宮山はこれまで登場してきたキャラクターに比べると向き合っている問題の切実さの度合いにおいても劣って見えてしまう。
それでも、芹沢とのラーメン対決に敗れた結果、仮の居場所だと思っていた外食コンサルタントという職業が、自分でも思っていた以上に本当の居場所になっていたことに気付かされたというくだりなどは印象深いし、自分の仕事などにも引き付けて色々考えさせられてしまった。

そうして、芹沢とも和解し、かつては避けていたラーメン店のコンサルタントも快く引き受けるようになったことで、「外食コンサルタント編」は幕を閉じる。そして、めでたく芹沢ほどではないが、それなりに優秀で外食産業の経営サイドに精通しているし顔も広いという非常に「便利なキャラ」である小宮山というカードを『らーめん再遊記』は手に入れることに成功した。
このエピソードでしっかり若きラーメンユーチューバーであるグルタとの交流も描くことで、小宮山とグルタをセットで扱えるようになったことも非常に大きい。
グルタというラーメンの探求心に溢れているが、まだ若く、芹沢の全盛期をリアルタイムでは知らないキャラクターと、外食産業に精通し、様々な相談事も舞い込む小宮山というキャラクターがあわさることで、本作は一つの準備が整った。
それはこの「外食コンサルタント編」の後に描かれる「原田編」への準備である。芹沢に匹敵する才能を持ちながらやがて表舞台から姿を消した原田が再び戻ってくるというエピソードを描く上で、この二人の存在は非常に重要である。
グルタは原田という才能を外側から発見し、その凄みを言葉にして読者へ橋渡しする役を担うことができるし、小宮山は原田が再びラーメン店を構えるにあたって生じるであろう物件探しや資金繰りといった実務面を、芹沢に代わって一手に引き受けることができる。冒頭で見たクリリンが「悟空不在の時間」をやり過ごす役を一身に背負っていたように、グルタと小宮山もまた、原田という才能の前に立ちはだかるはずだった説明や雑事を肩代わりする係として、ちょうど良いタイミングで揃ったのである。
「原田編」を描くため、読者がその才能だけに焦点を当てられるようにするため、小宮山というほどほどに優秀な「便利なキャラ」と、グルタという観察者は欠かせなかったのだ。
そして「原田編」の後も小宮山はしばしば再登場することになるのだが、やっぱりそこでも非常に「便利なキャラ」としての役回りを果たすことになるのである。こういうキャラがいるとやっぱ漫画って上手く回るね。
