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『ワールドトリガー』は椅子に座って会話してるだけでなぜ面白いのか

 『ワールドトリガー』の最新刊である29巻において、5年ほどかけて描かれてきた遠征選抜試験の前半戦が終わった。

 本当の戦いではなく主人公が所属する組織で行われる大規模な試験の前半部分だけで5年、話数にして54話に渡って描かれてきたわけだが、一話たりともつまらない話はなく、ずっと面白さが保たれ続けていた。

 戦闘シミュレーション演習という形で模擬的なバトルはあるが、あくまでもデフォルメされた駒のようなキャラクターでのバトルであり、ワールドトリガーの大きな魅力である集団戦闘の魅力が存分に味わえたとは言い難いにも関わらず、面白さがずっと継続し続けたのだから本当に恐ろしい漫画である。

 閉ざされた環境に複数名で一週間滞在し、課せられた課題をこなしていくというこの試験が、なぜこんなにも面白くあり続けたのか?

 それはこの試験に至る前のエピソード、大規模侵攻編や、B級ランク戦編において丁寧に丁寧に描かれてきたボーダーの隊員達が一堂に会して、この状況に対して一人一人がそれぞれの状況を判断し、意思決定をしていく様がこれ以上ないほどに精緻に描かれているからだ。

 『ワールドトリガー』を読んでいる人なら今更言うまでもないことだが、本作にはいわゆる「モブキャラ」というものが存在しない。閉鎖環境試験にはB級を中心とした55人の参加メンバーと、それを審査する36人のA級メンバーが登場するのだが、その一人一人が人格と個性を持ったキャラクターとして登場する。(エンジニアの雷蔵とミカエル・クローニンも参加しているので審査メンバーは正確には38人)

 何人かはこの遠征選抜試験編で初登場するのだが、『ワールドトリガー オフィシャルデータブック BORDER BRIEFING FILE』(通称『BBF』)に名前や所属する隊は記載されていた、ファンなら既に周知のキャラクターであったりもする。

 55人のメンバーを誰一人としてモブとして処理せずに、11の隊にチーム分けした上で、それぞれのグループ毎に、所属するキャラクターが目の前の課題を処理しながら、その様子を36人のメンバーがそれぞれの価値判断に沿って7日間に渡ってジャッジし、それをさらにボーダーの幹部たちが全体をジャッジしていく。

 ちょっと想像するだけで頭がおかしくなりそうな状況を、『ワールドトリガー』は描き切った。現状この漫画に比肩しうる漫画はおそらくは現在休載中だが、同じく大量のキャラクターを作中に投入しまくっている『HUNTER×HUNTER』くらいのものだろう。そして、ある種漫画という形式を破壊しかねない荒々しい手つきでキャラクターを投入してく『HUNTER×HUNTER』と比較して、『ワールドトリガー』のキャラクターを扱う手さばきは恐ろしく洗練されている。

水上の単独行動と周囲の反応

 まず閉鎖環境試験の前半で存在感を放ったのは水上9番隊の隊長、水上だった。隊長のみ閲覧できる試験のルールの一部を消去した上でメンバーに共有し、課題と並行して課せられる通常であればチーム全員で行う戦闘シミュレーション演習を単独で行い、その上でダントツの成績を収めるという離れ業を見せた。

 そもそも水上ってこんなとんでもないことする奴だったのかっていう衝撃はあるのだが、すごいのはその単独行動がバレた後である。

 そもそも戦闘シミュレーション演習の存在自体を伏せて、一人でシミュレーションを数日に渡っておこなっていたのだから唐突にその事実が明らかになったらチームに軋轢が生まれることは当然であるし、実際に隊員の一人からは明確な説明を求められる。

 そのセリフの直後にそれを観察し審査するA級隊員からマイナスの評価が降るのがまず面白い。

 さらに水上のやったことに明確に反発をするのがチーム内で一人だけで、他はそれぞれに受け入れてしまうところがさらに面白い。

 この各隊員や観察するA級隊員それぞれに水上の行動に対する評価や態度が異なることが繊細なグラデーションを持って描かれることにこそ『ワールドトリガー』の面白さの核心がある。

 水上のやり方に反発する照屋に対して水上は言う。

 『話し合い』にしたくなかってん
 俺が「一人でやる」って言ったら
 照屋ちゃんすぐに納得した? せえへんやろ?

 ほんまに一人で勝てるんか? とか
 俺一人で担当したら
 俺にばっかA級評価集まって不公平ちゃうか?とか
 やらへん理由はなんぼでもでるわけやん?

 たぶん8割くらいの確率で
 安定取って「全員でやりましょ」ってなってたと思うわ
 けどそれって わざわざ他所と同じことやって
 9番隊の強みを殺すってことやん

 『話し合い』で時間使ったうえで成績落とすんは
 正直避けたかってん

葦原大介『ワールドトリガー』26巻 No.110より

 水上は作中で18歳だそうだが、本当は38歳くらいではないだろうか?なぜここまで集団での意思決定にまつわる諸問題をここまで知っているのか。

 賛否が分かれるであろうスタンドプレーに対して自論で説明をしながら、A級側の評価とコメントが飛び交いつつ、反発していた隊員と見出す着地点もまた見所なのだがこれは本編を読んでもらったほうが良いだろう。

 バトル漫画的文脈であれば功を焦った一人の隊員の暴走とそこから始まる軋轢とチームの瓦解みたいな形で描かれそうなところだが、チームでの意思決定はどうあるべきかを巡るそれぞれの視点、それぞれの見解についての評価と言葉のやり取りは全員が座っているにも関わらず極めてスリリングだ。特にA級2位の冬島隊のオペレーターである真木の視点は、感情では照屋に同調しているにも関わらず、思考の上では水上に理解を示しており、彼女の視点こそがこの一連の水上隊のエピソードに一本の筋を通している。

葦原大介『ワールドトリガー』26巻 No.106より
照屋に共感しつつ、行動面ではマイナス評価をつける真木

皆が優秀で気遣える人であることが妨げになることもある

 隊長が独断で事を進めたり、その後それが発覚してチームに亀裂が走ったりしている水上隊とは対照的に、全員が優等生過ぎて表面上の問題が何も起きないのが村上10番隊である。

 皆で課題を進めて初日の成績が3位なのだから充分な成績を収めていると言っていい。だからこそ2日目以降に課される特別課題に対しても皆で対処しようとし、それでもそれなりの得点は取れてしまう。問題は何もないように見える。

 だが、水上が大胆な行動をとった上でダントツの成績でトップを取っていることと対比すると話は少し変わる。水上隊もまたメンバーは全員優秀であった上で隊長の水上がスタンドプレーをすることで他の隊員の時間を確保し、高いスコアを獲得していること、2位の古寺隊がサブリーダー的なポジションの木虎がリーダーに進言することで特別課題を最小の時間で対処したことなどと比較すると、村上隊のやり方は優等生的に過ぎるのである。

葦原大介『ワールドトリガー』25巻 No.104より
全員で課題に対処しようとする村上10番隊
葦原大介『ワールドトリガー』25巻 No.121より
時間を優先して単独で対処することを進言する木虎

 その後、村上隊は部隊を俯瞰的な立場で見つめる機会の多いオペレーターの氷見がその問題にいち早く気付く。

葦原大介『ワールドトリガー』25巻 No105より
村上隊の欠点に気付く氷見

 そして、皆の話し合いの場で、氷見がボーダー独特の通信機能を駆使しながら裏回しをするような形でより最適な落としどころにチーム全体を促す。水上隊との対比で捉えると村上10番隊に必要なのは、チームの和を崩さないように配慮した上での氷見が見せたようなちょっとしたスタンドプレーであることは間違いないだろう。

 そんな村上10番隊は閉鎖環境試験の後半においてはその優秀さや真面目さを最大限活用する形で高得点を獲得することになるのだがそれはもう少し後の話だ。

全員が優秀で努力を惜しまない組織で抜きんでるためには

 ここまで、閉鎖環境試験における前半で際立った活躍を見せた水上隊と、対照的な存在である村上隊の動きを振り返ってみたが、他にも9つの隊があってそれぞれの隊がそれぞれの思惑をもって課題に臨んでいる。

 なぜ『ワールドトリガー』はここまで多数のキャラクターを登場させてこのような試験を長期間描いているのだろうか。そしてそれがなんでここまで面白いのだろうか。基本的に皆が椅子に座りっぱなしで会話とか評価とかをしているだけなのにだ。

 それは抜きんでた天才であるとか、トッププレイヤーだけが状況を左右するのではなく、全員が優秀で努力も工夫も惜しまない組織において、それでも抜きんでるとすればどうすれば良いのかということを、説得力をもって描きたいからではないかと私は考える。そして、『ワールドトリガー』はその微妙な差異を55人分のキャラクターの微細な描き分けを通してそれを達成出来ている。物理的にはキャラクターが動いていないが、常に思考は動き、なんらかの判断を下し、そしてそれぞれの思考と判断の結果が審査されていく。それは下手なアクション以上に物語に躍動をもたらす。だからほとんどのキャラクターが椅子に座りっぱなしなのだとしても閉鎖環境試験はずっと面白いのだ。

 隊長の水上のスタンドプレーで突出した成績を収めたものの、後にチームに緊張が走った水上9番隊、隊長ではなく平メンバーの木虎が状況に応じてリーダーへの提案をすることでチームの調和は保ちつつ好成績を獲得した古寺2番隊、全員優等生過ぎるあまり決断のスピード感に欠ける点に気付き、後に修正した村上10番隊。

 この3チームはどれも閉鎖環境試験において高い成績を収めたチームだが、それぞれの隊ごとに試験に対する対処や方針の差が、個々のメンバーの優秀性を超えてチームの成績に影響を及ぼしている。この微妙な差異を表現するためには、目立つメンバーだけではなく、所属するメンバー全員のパーソナリティや個性の描き分けが必要なのである。

 

 ここまで主人公の三雲修が所属する諏訪7番隊については全く触れずにここまで来てしまったが、主人公の活躍(いやがらせ含む)に関しては次の機会にするとしよう。


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