自己組織化は夢物語なのか?
BASE株式会社執行役員の柳川です。金融事業の事業責任者をしています。
私はエンジニア→PdM→事業責任者というキャリアを歩んできました。
現在は事業戦略、プロダクト戦略、組織戦略全ての責任を持ちながら、事業責任者を務めさせていただいています。
私は、いわゆる「自己組織化」というやつを理想に持っています。エンジニアになった時から、アジャイルやスクラムを知った時からそうでした。
いや、メンタルモデルとしては、もっと昔からそうだったかもしれません。なんせ小学生のときにつくった初めてのメールアドレスがgimutokenriですからね。
でも自己組織化、実際の現場では難しいことがたくさんあります。
そうしたときに、①「現実的に考えてそんなの無理だよ」となるでもなく、②「ビジネスや経営の人たちは分かってくれない」となるでもなく、③「難しいけれど誤魔化さずにチャレンジしたい」と思っていました。
そして難しいけれど誤魔化さずにチャレンジしたいと考えれば考えるほど、事業責任からやるしかないよなと思い、現在事業責任者をやっています。
自己組織化が実際に事業にも役に立つことを証明したい、という初期衝動を持ち事業責任者を目指したなーということを思い出してきたので、散文を書かせていただければと思います。
自己組織化をめぐる3つのスタンスについて
まずスタンス整理からさせてください。
自己組織化とは何かとか、筆者の思いとかは後で出てきます。
①「現実的に考えてそんなの無理だよ」スタンス
「自己組織化とかみんなが優秀で、みんながやる気に満ちてる前提でしょ?そんなの無理だよ。そして投資効果返ってくるまでに何年かかるよの?」
というスタンスであります。
主に経営やマネジメント層のスタンスだと考えます。あとは「昔はできると思ってたけど」という経験者。
②「ビジネスや経営の人たちは分かってくれない」スタンス
「自己組織化は事業成果に繋がるはずなのに、なんで伝わらないんだ。そこに至るまでに一定コストがかかることへの理解がないのは分かっていない。」
というスタンスであります。
スクラムマスターやアジャイルやりたいエンジニアなどのスタンスだと思っています。希望に燃える新任マネージャーとかもそうかも。正直このスタンスに関して一番解像度が低いと思っておりますのでツッコミあれば待ってます。勉強させてください。
③「難しいけれど誤魔化さずにチャレンジしたい」スタンス
「自己組織化と事業成長の時間軸合わせるのは難しいけど、誤魔化したり煙に巻かずにやり切りたい」
というスタンスであります。しっかり事業の責任を取りにいき数字の責任をもったうえで、自己組織化に近い組織戦略を描いていきたい。
僕はこのスタンスを貫きたいという人生です。ゆえに以下の文章はこのスタンスから書いていると理解していただければと思います。
どうしても公平に書けないから、最初からスタンス切らせていただきます。
もう一つついでにスタンス切らせてもらうと、僕は最初アジャイルとかスクラムとか大嫌いでした。わけわからん輪、形から入るものがあまりにも多くて。でもアジャイルの考え方は好きなので咀嚼しながら、考え方を実践しているスタイルです。
専門性は「どう作るか」だけじゃない
エンジニアリングに「どう作るか」という専門性があるように、「何を作るか」や「それを事業としてどう維持するか」にも専門性があります。
どの専門性も、身につけるには時間と努力が必要です。
だからこそ「越境」する際には、すぐにできるようにはならないし、試行錯誤が必ず伴います。
「越境してるんだから多少は大目に見てね」ではなく、互いにリスペクトを前提に取り組むことが大切だと思います。
私自身も越境を続けているので、なおさらそう感じています。
自己組織化とは何か
ここで少し、自己組織化という言葉を整理しておきます。
自己組織化とは、上から細かく指示されなくても、メンバー同士が自律的に役割を見つけ、協力し合いながら組織やチームを機能させていく仕組みのことです。
上とか僕は大嫌いな表現なんですが、便宜上使わせていただきます。
アジャイル開発の文脈でよく使われる概念で、特徴的なのは「上位者が統制するのではなく、チーム自らが意思決定し、改善を続けていく」点です。
メリットはスピードと柔軟性。環境変化が激しい時代に、チームが機動的に動けるようになります。
一方でデメリットもあって、全員が主体的に動くことを前提にするため、メンバーの覚悟やスキル、リスペクトが揃わないと中途半端になりやすいのです。目的が明らかな場合にはスピードダウンにつながることもあります。
自己組織化の難しさ
自己組織化とは「チームが外部からの指示に頼らず、自律的に最善の解決策を見つけ出し、実行していくプロセス」という話ですが、実際にはこれがとても難しい。
専門性は「どう作るか」だけじゃない、でも書いたように、それぞれに専門性があり、習得するには時間と気合が必要です。
そして「全員が完全に越境できる」ことを理想に掲げても、現実には無理があります。
むしろ、システム全体としても全員が越境するのは望ましくない場合もある。
だからこそ大事なのは「越境する意思を持ちながらも、互いにリスペクトし合うバランス」だと思うのです。これがないと途中の成長の段階を乗り越えられません。
例えばFASTというレームワークがありますが、あれを完全に実施するのは、かなりの覚悟が必要で難しそうだなと思っています。
覚悟と温度差
自己組織化には「本音と建前」が存在します。
そして本音と建前がある中で、「本気でやるなら相応の覚悟を持ちましょう、いいとこ取りはできません」という話です。
実際には、メンバーごとに覚悟の温度差があり、「やってみたら思った以上に大変だった」というケースも多い。
自己組織化の解像度の違い、そして解像度が揃った上でも本当にやりたいのか、信じているのかと言う気持ちの問題は無視されがちかもしれません。
実際の運用上はフィードバックも効きにくい問題もあるでしょう。
例えばPdMがエンジニアに向かって
「越境するならもっと水準を上げてよ」とはなかなか言えませんし、言うべきでもないです。人間はそんなに強くはないからです。あと水掛け論になりがち。
でもこれができないとFASTとかは無理です。多分。
職能ごとの温度差と人個人ごとの温度差がある中で、トップダウンの方が楽なのになとか、成果出るのになというケースはよくあるのです。
トップダウンと自己組織化について
自己組織化と異なる考えとして、トップダウンというものがあります。
僕はこれらは対義語だとは思っていませんが、対義語として使われる場面も多くあるでしょう。
プロダクトで稼ぐ組織を念頭においたときに、プロダクト開発は事業企画を作る上でも非常に大切になってきます。
短期中期ならトップダウン、中期長期なら自己組織化と分けられることもありますがそんなに単純なものではありません。
あまり「要はバランス」という言葉は使いたくないのですが、トップダウンと自己組織化の考え方は混ぜて使うものであると考えています。
混ぜて使うと考えたときに、どのように使い分けるか。
トップダウン
そもそもの事業構造の整理や、何にリソース集中するべきかの判断はトップダウンで行われるべきでしょう。大枠がない中で自己組織化されて各々がやっていくのは難しいです。
いわゆる責任の伴う判断というのは、トップダウンでなされなければ、効果的なものにもなりませんし、振り返りも効果的になされません。
自己組織化
「早く行きたければ1人で、遠くに行きたければみんなで」という言葉があります。僕は自己組織化は遠くに行くための手段だと考えています。
それぞれが自律的に動けるようになるためのハードルに加えて、それぞれが自律的に動くなかでのコンフリクトがおきます。コンフリクトやオーバーヘッドをむしろ経営資源としてとして捉えられるかどうかが自己組織化の活用余地になります。
自己組織化は大きな全体の枠組み、すなわち構造がある中で遠くに行くための投資として戦略を立てて行うべきものだと思います。流行っているからとか、なんとなく良さそうだからでやるものではない。
要はバランス
トップダウンの意思決定の結果として、自己組織化を部分的に入れていくのが正解だと思っています。自己組織化も事業実現のための手法にすぎないと考えます。
故に自己組織化に拘りたければ、自己組織化を信じるのであれば、信じる人がトップになりそのバランスを取るしかないのです。と言い切ってみたい。
自己組織化にもスコープ切りは必要
ここで話すスコープは開発スコープよりも広い意味でのスコープの話です。事業戦略や設計そのものと言っていいかもしれません。無限択の中からそれぞれが自律して動くのは無理なので、何かしらの設計は必要です。
そしてその設計こそ事業責任者の仕事であり腕の見せ所であります。自己組織化がかけらでもうまくいった組織はスコープ設計の妙でしょう。
ちなみに僕は権限委譲と自己組織化は全くもって思想から違うという派閥です。故にスコープ分けは業務権限規定の話でもないです。
なぜ開発組織から自己組織化の話が始まるのか?
以前から疑問に思っていることがあります。
なぜアジャイルや自己組織化の流れは、開発組織から始まるのか?
組織メカニズムや、文化としては理解できます。
けれど本来自己組織化にどれくらい投資するかは、事業や経営レベルの意思決定であるはずです。だって、どのように事業目的を達成するかが抜本的に変わる話ですから。
それなのに「開発効率化」に近いパッケージに入ってしまうのは少し不思議に感じます。
本来経営や事業責任者が決断して推進していくべきものなはずなのです。
これは結局、経営や事業責任者、スクラムマスター、PdM、エンジニア、デザイナーそれぞれの怠慢や相互不理解の結果なのかもしれません。
自己組織化は事業戦略として扱うべきものです。そして開発手法ではなく、考え方です。
アジャイルや、自己組織化の考えは必ず経営でも役に立ちます。
自己組織化を信じる人がトップに立って何ができるのか
「いろいろ偉そうに話してるけどあなたは何ができたの?」と思う人もいるでしょう。
自己組織化を信じる人がトップに立って何ができるか。一番大きいのは雰囲気作りだと思っています。
雰囲気?と思う方もいるかもしれませんが、これが結構大事なのです。色々なプラクティスだったりtipsで回り道しながら作りたかったのは、結局雰囲気ではないですか?組織の雰囲気はトップでガラッと変わります。全部ぶっ飛ばせる。
では雰囲気作り具体的にどのようなことをしているのか。ピカピカした銀の弾丸的なものはないです。
軸になるのは評価とFBです。ここの徹底が一番大事。
具体的には
チームの行動指針やコンピテンシーの策定
行動指針やコンピテンシーを形だけにしない運用
リアクションやフェーズの変化を受けて行動指針やコンピテンシー変化させていくこと
事業計画も含めて目標を立てて差分に日々向き合う
ごくごくシンプルなんですが、要するに求めることと求められることを相互的に行い続けることです。この辺りの徹底ってトップからやることでメチャクチャにショートカットできるのです。
個人的な感覚ですが、個人の自己組織化の前に組織としての自己組織化ができていないケースがたくさんあると感じています。
プロダクト開発を通して事業を作っていくための一連の組織が、自己組織化できているか。まずはここからなんではないでしょうか。
事業計画なども雰囲気を作るための小道具の一つという感覚です。
畢竟最終責任を負うつもりのある人が増やしていければ良いと考えているので、責任がわかりやすい単位に分解していくことも、自己組織化を信じる人がトップに立ってできることです。
雰囲気という話で丸めてしまいましたが、もう少し書くと
自己組織化することに対するインセンティブを個人としても、組織全体のアウトプットとしても担保する構造を作りにいくということです。
雰囲気を作り、組織全体を徐々に自己組織化していく過程に関しては、に関してはBizとかプロダクトとか関係ないな実感しています。職能ではなく、事業としての文脈をいかに作れるかという勝負だと考えています。
「死なない範囲でなら自由にやって良いよ」ではない形で、積極的に事業戦略に自己組織化なのどの組織戦略を組み込んでいきたい。そう思っています。(ここは毒を込めています)
僕はプロダクトマネージャー はミニCEO論者なんですが、それは自己組織化を信じる人がトップに立て!ということに近いのです。
プロダクト開発に携わる人が実質的なパワーを持っていない状態においては、プロダクトマネージャーはミニCEOを目指すべきで、ミニCEOじゃないプロダクトマネージャーはその後のフェーズだよねと思うわけです。
そしてミニCEOじゃないプロダクトマネージャーはディレクターなどの名称の方が認識齟齬がないと思っています。
あとはシンプルに事業責任者になり説明責任を負うことで、投資の説明文脈の猶予を持たせる効果は確実になります。
理想と現実の狭間で
私は「組織全体のダイナミズム」を、理想と現実の狭間でどう成立させるかに強い関心を持っています。
そこには泥臭さもあるし、簡単には言語化できない複雑さがあります。
けれど、まさにそれが「プロダクトで稼ぐ会社」の事業責任者としての醍醐味だと思っています。
越境や自己組織化を理想論で終わらせず、現実に落とし込む試みこそが、組織を前に進めると信じています。
アンビバレントな所与の条件のもと、内発的動機が生み出すモメンタムをいかにして事業として定着させるか。事業責任者はそう言う芸術をやっています。
中途半端な自己組織化が一番きつい
要は言いたいこととしては
「自己組織化は相当大変だから、やるなら覚悟が必要で中途半端にやるとみんな疲弊する。」
「理論は良さそうでも実践には戦略が必要。しっかり事業の役に立つ自己組織かをしていかないと、謎の失望だけが残る。」
ということでありました。
誰も責任を取らない自己組織化は地獄。権利だけ取ってるように見えるから。「いや自己組織的に動けてるだけで資産じゃん」と思う向きもあるかもしれないが、それは独りよがりになっていないか。独りよがりにならないように誰かが調整していないか。
以下の記事たちは自己組織化を意識しているからこそ書いているけれど、今日日広くは受け入れられないと思っています。
僕は自己組織化とワークライフバランスは対義語だと思っています。少なくとも対義語になる時期はあると思っています。
それでも内発的動機が持つパワーを信じている
「やるべきと心から思えることであれば頑張れる。」これは実際に皆さんも感覚として理解できると思います。
なので素朴にその感覚に従いたいのです。
嫌われ言葉ですが、ROIに向き合わねばならない。内発的動機の醸成にかけるコストよりも、それによって出る成果の方が高いかどうか。内発的動機に個人としてもチームとして投資することが合理的であると信じたい。証明したい。
「エンジニアはデザイナーはプロダクトマネージャーは言われたものを作っておけばいいんだ」という形で、社内受託でいいんだというのも悔しい。
「エンジニアをデザイナーをプロダクトマネージャーを気分良く働かせとくためには自己組織化とか気を使っていそうな仕草を見せて置いた方がいいんだ」、と思われるのも悔しい。
「エンジニアはデザイナーはプロダクトマネージャーは話が通じない、働いてもらうのにコストがかかる」、とか思われるのも癪じゃなないですか。
だからこういういう偉そうなことを上から目線で言われ得る前に、ビジネス全体の構造を作れる力をつけようじゃありませんか。
内発的動機が自分勝手とか我が強いみたいな分類をされないように力をつけていきたいです。故に仕事に対するプロフェッショナリズムとの共存が大事だと考えています。
「プロなんだから、お金をもらってるんだから、やりたいとかやりたくないとかつべこべ言わずにやれ!」と言うのも正しいです。正しいですが、内発的動機と結びつけてさらにパフォーマンスを上げるためのアプローチはしてもいいのかなと思います。プロとして。
そしてできれば、事業責任者でもプロダクトリーダーでも呼び方はなんでもいいからそういう人が増えていくといいなと思っています。
「言われたことをイヤイヤやる」みたいなことは、人口も減っていく中で明らかにおかしいと思います。逆にいうと自律判断できて当たり前の世の中になっていくと思います。これはある意味マッチョな話です。
まとめ
冒頭で分かりやすくスタンスを分けた故に、論争や分断を煽っているのではないかと思われる方もいるかもしれませんが、違います。
どのスタンスでも理想系には合致点があると思っています。
しかし現実の難しさ故にスタンスが分かれる。
僕は楽観的な人間です。目的は同じだが、スタンスの違いがあるということは議論をすればネクストレベルに進めるということだと思っています。
対話と相互理解です、必要なのは。専門性が違うから話が噛み合わないではなくて、本気で向き合って話し合って理解すること。それが大事です。
僕はアジャイルやスクラムが開発組織や開発手法だけに閉じるには勿体無いものだと持っています。事業から、経営から、アジャイルやスクラムの考え方に変化していくことが重要だと持っています。
なんなら社会も。
正直「自己組織化やれそう」と「自己組織化なんて絶対に無理だ」の両方の波が定期的に来るわけですが、乗りこなしていくしかないですね。
最後に言いたいこと!信仰はやめよう、実際に役に立とう!誤魔化さなくても役に立てるのだから!前に進もう!
長い文章読んでくださりありがとうございます!感想待ってます!
国益というキーワードは大事にしていて、今の仕事は国益になるのかと言うことは常に頭の片隅にある。
— 柳川慶太 | BASE, Inc. 執行役員 金融事業担当 (@gimupop) August 29, 2025
国益をもう少し言語化すると、人がイキイキと生産活動をすると言うことだと思っており、故に個人に近い人のチャレンジに寄与したい。
一言で言うと自己組織化が国レベルで起きて欲しいと言う感じ。
- 効率化と言うよりは新しく何かを生み出すことに寄与したい
— 柳川慶太 | BASE, Inc. 執行役員 金融事業担当 (@gimupop) August 29, 2025
- エンタメというよりは生産活動に寄与したい
- 個人やスモールチームなど意思で動き自己効力感を得やすい主体を支えることに寄与したい
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キーワードは自己組織化であり生殺与奪の権を他人に与えるななんだよな https://t.co/Zgdf0ZD3yP
