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スピードと品質はトレードオフではない

BASE株式会社執行役員の柳川です。金融事業の事業責任者をしています。
私はエンジニア→PdM→事業責任者というキャリアを歩んできました。
現在は事業戦略、プロダクト戦略、組織戦略全ての責任を持ちながら、事業責任者を務めさせていただいています。

今回はスピードと品質は両立するという話を書きます。

ソフトウェア開発の話で例えてみる

今回主張したい話は、ソフトウェア開発の話で例えると非常に分かりやすいです。
きれいなコードを書ける人が、スピードのために汚いコードを書くことはないです。いわゆるクイック&ダーティの神話ですね。汚いコードを書くのは単に腕が悪いだけなのです。(何を持って綺麗か汚いかを論じると泥沼なので避けます)
ソフトウェアテストも書くべきです。早くリリースするためにテストは書かないは詭弁です。テストを書いた方が結果としてスピードが上がります。

高い技術力を持つ人はある程度急いでも一定以上の品質のコードを書くし、意図的に品質を落としたとしても速度はあまり上がりません。逆に技術力の低い人が時間をかけても、実力以上のコードは書けないのです。

品質とスピードは両立する

ソフトウェア開発の話がわかりやすくかつインパクトがあるので例えに使ってしまいました。
しかしこの話はソフトウェア開発の文脈だけにとどまりません。ミスリードしたくないので補足します。
PRDもnoteの発信もマネジメントやメンタリングも、時間をかけたからといって品質が上がるわけではないのです。

いずれにしても、トレードオフがありそうに見えてじつはないのです。
ただただ能力がなくて出来ないだけ。それを素直に認めた方がいいのです。言い訳しない、カッコつけない。
言い訳をし始めるとなんの進歩も無くなります。ただただできないことを冷静に認めて分析する。出来ないことを認めた先にこそ進歩があるのです。
品質を落としてもスピードは上がらない。ただの腕が悪いことの言い訳。
ただ仕事ができないだけなのに理屈を捏ねるなと言いたい。

それどころか実際には品質も悪くてスピードも出ないに陥りがち

トレードオフではないので、実際にはスピードも出ないし品質も悪いという事態が目の前に現れます。辛い。言い訳したくなる。でも世の中そんなもんなのです。最初からできるわけないんです。鍛える期間が必要。
スピードと品質はトレードオフではないけど、努力は裏切りません。練習すればそれなりにできるようになる。
辛いから言い訳しちゃう気持ちはわかるけど、向き合わないと進歩はないのです。

実際のプロジェクトにおいては仕方ない場面もあるでしょう。強い人だけで仕事ができるわけではないので。でも反省としては、うまいことトレードオフをしたということではなくて、ただ単にできなかったと反省すること。その認めることから進歩が生まれます。別にただ単に実力がなくてできなかったということは悪いことでもなんでもないのです。ただ単に事実です。
実力をつければいいだけです。

考える前にやる

わかります。色々理屈を考えたくなるのはわかります。でもとりあえずやってみましょう。何かを習得するには、やってみるしかないのです。
何かの分野で一定認められたりすると、新しいこと習得する過程のできない感じに耐えられなくなったりしちゃうのですよね。無駄なプライドですね。
できない中で、やりながら鍛えてなんとかするしかないんですよね。これだけ世の中の移り変わりが激しいと。そんな中でスタートアップでプロダクト開発とかやっちゃうと。できないことがデフォルトになる。
そんなかでも忘れてはいけないのは、やらないとできるようにならないということ。
冷笑系にはならないようにしましょう。

やらないことを決めるのは大事

ここまで半ば根性論のような話をしてきましたが、リソースは根性では増えません。なのでそもそもやらなくて良いことをやらないのは大事です。
ただ勘違いしてはいけない。やらないことは決めるべきだけど、その分やるべきことは真正面からやるんですよ。チートなしで。
この辺りの論はAkiさんに任せます。

コスパが悪そうで逃げない

「こんなことまでいちいちやってられないよ!」とかで逃げない方が良いのです。
最初は「こんな細かいことやってられないよ」と思うこともあると思う。「こんなことやってたらいくら時間があっても足りないよ」と。
でも経験したら筋肉がついて早くできるようになる。やるべきこと、やらなくてもいいことの強弱がつけれるようになる。

この辺りの話は個人的にはマネジメントの文脈でよく感じます。
マネジメントの文脈においては、「1人のメンバーのケアにそんなに時間をかけてどうするの?」的な話が出がちです。
個人的な意見ですが、「1人のメンバーのケアもしっかり本気で向き合ってやったことないのに、何かを語るな」と言いたい。まずは一つ一つに向き合う。その先に効率性がある。効率性から考えない!

世に出てくる話は結果だけなので勘違いが起こる

世の中に出てくるのは綺麗な結果だけなんですよ。
結果的に「1人のメンバーにかけるコストはこれくらい」、みたいな結論が出てきたとして、それはその文脈での話に過ぎないし、その発言をしている人が鍛えたからという練度ゆえの話だったりするわけです。過程の話が抜けているのです。

そういう綺麗な結果は、参考にはなるかもしれないけど、そのまま受け取ると害の方が大きいパターンもあるわけです。勘違いという害。
ベストプラクティスとかガチでどうでもいいです。ベストプラクティスなんかないです。自分の最適を泥水啜って自分で探すしかないのです。

苦しみながら不恰好にやっている、その営みが正解なので自信持ってください。

若い時の苦労は買ってでもしろは死語?

若いとか若くないとかはどうでもいいですが、苦労はした方がいいと思う。苦労というか、目の前の状況と向き合い、答えがないことに苦しむ時間はたっぷりとった方がいい。贅沢に。

調べたらすぐに攻略方法が出てくるこの世の中で、AIに聞いたら教えてくれるこの世の中で、自分で経験して、苦しんで、自分で導き出した答えっていうのはすごく大事で価値があるものなのです。AIの影響で貴重性がめちゃくちゃに上がっていますし、今後も高止まり間違いなし。自分の頭で考えた方がかえってコスパがいい可能性すらあります。

カンニングペーパーがあったらみたくなるのはわかる。人間だもん。
でもカンニングペーパー見ちゃったら、それでその場をやり過ごせたら、それ以上考えないでしょ。人間だもん。

文章は読めるつもりかもしれないけど、行間は読めていないみたいなこと、全然あります。「自分はこういう経験したから、この文章に書かれていることを文字面以上の解像度で理解できる。」そういうことが生きる上で、歳を重ねる上での楽しみだと思うわけなのです。それが財産なんです。積み上がるものなんです。

自分の頭で考え抜く。その経験があるかないかで、他人の経験を自分のものにできるかどうかも変わるのです。

当たり前なんてない

当たり前なんてないです。当たり前に見えてもそれは一時的な構造にすぎません。それはある時点においては歴史の必然かもしれませんが、当たり前なんてない。
資本主義は当たり前ではないし、夫婦が同姓であることは当たり前ではないし、ワークライフバランスは当たり前ではない。世の中当たり前ではないことばかり。
反対に封建制が当たり前で、24時間働けますかが当たり前だった時代もあるわけです。
でもその時点で発生している構造は、重力みたいなものなのです。自然に働いてしまう。悪意のある無しに関係なくそうなのです。
ここに歴史を学ぶ意味があります。歴史なんてたいそうなものでないんですが、少し過去に遡ってみるとかは大事。歴史を知らないと、当たり前だと思い込んでいる一時の構造に組み込まれます。

やらないとできるようにならないからやろう

やってみたら思ったより大変?大丈夫そんなもんだから。出来ないこと習得するのは大変なのだという衝撃の事実。

ラストエリクサーが最後まで使えない的なのはそろそろダサい

何個ラストエリクサーが手に入るかもわからないのに勿体ぶるな。ラストエリクサーと思ってるものは、ラストエリクサーですらないかもしれない。
勿体ぶるな!うまぶるな!達観してる感を出すな!俺はまだ本気出してないだけとか思うな!今を全力でやり切れ!

編集後記

筆がのりまして一気にお気持ちをを描かせていただきました。
説教くさい系の記事が続いてしまいましたが、一旦これで打ち止めのはずです。
読んでいただきありがとうございます。感想お待ちしております。


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