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花束襲来1

あらすじ
花束を作ろうと立ち寄った花屋で、男は赤い花鋏を持つ店員「先生」によって花に変えられてしまう。そこは、人間を花に変える不気味な花屋だった。やがて、花となった者たちの中から、指導者が現れる。彼女の導きにより、意思を宿した花たちは集結し、かつての人間の姿をなして、花屋に立ち向かう。先生と指導者の攻防、その結末に生まれた新たな店員、左右で色の違う眼鏡、造花の陰謀。人と花の境界が揺らぐ、不穏でペーソス漂う物語。




花束を作ろうと思った。それだけだった。

花束を作ろうと思い、花屋にきた。
奥から背が高く姿勢の良い女性が現れた。
整った顔をしていたけれど、花屋の店員であること以上に何も思わなかった。
その花屋の中にたある一つの花が現れた、くらいの認識でいた。

彼女は僕に「いらっしゃいませ」と言わず、僕の背景を見るように、じっと入り口のそばにある紫の花を見た。花屋の店員であると思ったのは、彼女がジーンズを履いてエプロンをつけ、名札を付けていたからだ。そうでなければ、彼女はその花屋の奥で生活している女性とみなしていたかもしれない。
彼女は長い髪を、後ろで一つに束ねていた。ゴムやプラスチックの髪留めではなく、白い花が一つだけついた花輪で髪を束ねている。いかにも花屋らしくて、僕は好感を持った。
その髪留めは、僕の小学校の時の担任のものと似ていた。
顔が似ているわけではないけれど、髪留めをつけた後ろ姿はあの先生そのものであった。

僕の存在を無視するように、彼女はレジの横にある椅子に腰掛けた。
やはり紫の花を見ている。
店員としての彼女の行動に違和感を感じた。
通常であれば、入ってきた客に声をかけるはずである。どうして椅子に腰掛け、紫色の花を見ているのか。
理解に苦しむ、が、多様性の時代である。
コミュニケーションの苦手な人なのかもしれない。 

けれど、正直悪い気はしなかった。
花輪の髪留めをする花屋の店員、その佇まいがとても魅力的に思えた。もしかすると僕も、新しく仕入れた花の一つにみなされたのかもしれない。僕は、彼女が花みたいだという印象を持っていたし、逆に彼女が僕に対し花とみなしていたのなら、僕らは気が合うはずだ。

ここには花束を作ってもらうために来た。
職場で退職する人がいて、誰かが「それなら花束を贈ろう」と言い出した。別に花束など必要ない、と思ったが、そう指摘するような勇気もなく、職場で最も若かった僕が、花束を買いに行かされることになった。

店員は何も言わず、レジの横に座っている。
僕も立ったまま、その髪を束ねる白い花の花輪をじっと見つめていた。
やはり先生に似ている。

そのまましばらく経った。
永遠に沈黙が続くのか、と思ったところで、「なにか、おさがし、ですか」と店員が僕に話しかけてきた。座ったまま、目線はまだ紫色の花にあった。急に話しかけられたので、少々僕は驚いた。
やはり自分は花ではなく、客として見られている。

「花束を作りたいんです」と、僕は言った。
ただ花束を適当に作ってもらって、それを持って会社に帰るだけでよかった。
店員は軽く会釈をして、「わかりました。では、いっしょに、つくりましょう」と言うなり、店の奥に消えた。

彼女が消えた先をじっと見つめる。
しばらく戻って来ず、一人取り残されていた。
僕はこの花屋の花になり、一歩も動けずにこの花屋で一生を終えるのかもしれない、と妄想したところで、店員は戻ってきた。
赤い花鋏を持っていた。
変わった形の花鋏だったが、それは彼女にとてもよく似合っていた。

「どんな、はなたばを、つくりたい、のですか」と、彼女は僕に尋ねた。
僕は、仕事を辞める同僚に送る花束が欲しい、と説明した。「わかりました」と彼女は初めて笑顔を見せた。

彼女は持っていた花鋏で、いくつかの花を取り出しては切り、作業台である小さな机の上に置いた。その手捌きがとてもきれいで、僕は見惚れていた。動きに全く無駄がない。並べられた花はどれもいきいきとしているように見えた。
こんなふうに扱われたのなら、花も嬉しいだろう。
「ここから、すきなはな、ばらんすよく、たばねて」と、僕に花を束ねるように促した。
花束を客に作らせる、花屋とは通常そういうものなのか、と無知な僕は彼女に教えを乞いながら花を束ねてみる。ますます、先生と重なり合う。

やがて汚い野良猫が寄せ集まったような花束が出来上がった。

出来上がった花束を眺めていると、「はじめて、にしては、じょうずに、できました」と彼女は褒めてくれた。
なんだか無性に嬉しかった。

ふいに先生が赤い花鋏を僕のほうに向けた。
彼女の笑みが止まった。

次の瞬間、僕は花になっていた。

どうして花になっているのか、わからない。
僕が作った花束は大きな仮置き用バケツにあった。
初めてにしても、上手ではないように見えた。
先生は、先程と同じように紫色の花を見つめ、何事もなかったかのようにレジの横に座っている。さっきまで僕と会話して花束を作っていたのに、これはどういうことだろう。
あれは夢だったのか、いや逆に僕は最初から花で、人間になった夢を見ていたのか、と思ったほどだ。

不思議と恐怖や焦りはなかった。
どうせ平凡な人生、別段、悔いはない。僕はその花屋の店内を眺めながら、むしろ花として今後どうやって過ごそうかと考えていた。
僕は前向きなのだ。

先生がレジ横にかかっているカレンダーに赤えんぴつで何か書いている。
その赤えんぴつに見覚えがあった。
担任がよく使っていたものだ。
文字までは見えないが、カレンダーにはその日も含め毎日何かが書いてある。
ただし、赤字は今日だけであった。

花は水を吸って、光によって光合成で自分を成り立たせているから、何も食べなくてよい。とはいえ花屋の花は、既に根もなく、ただ水を吸うだけであるから、あまり長くは持たない。せいぜい2、3日くらいだろう。
長くて一週間、もし売れなければ、枯れて廃棄されてしまう。
そう考えると少し怖くなった。

僕がいなくなったことを会社の誰かが心配するだろうか。
家族は音信不通になったと大騒ぎするだろうか。
僕の足取りは複数人が知っている。なにせ会社の同僚から金を預かって、花束を作りに来たのだから。急に連絡が取れなくなったのなら、花屋にまずやってくるのではないか。
けれども、まさか花屋の片隅にある花になっているとは、誰も想像できないだろう。
不思議と、助けて欲しい、とは思わなかった。むしろこのままこの花屋で花として過ごすということに、僕は興奮していた。それは、先生があの手捌きで僕のことをどう扱ってくれるのか、僕をどう花束にしてくれるのか、という期待、嬉しさが、どこからともなく込み上げてくるのだ。
店内にある花の毒に、僕の精神は蝕まれていたのかもしれない。

はじめから先生は、僕を花にしてやろうと、巧みに罠を張り巡らせていた。この花屋では、そうやって花にされた人間がたくさんいるのか。そう考えたところで、どうしようもない。なにせ僕はもう花だ。何もできない。
自ら死ぬことさえできない。
すべて、先生の思うままであった。
それならば、花屋の花として全うしたい。
売れなければそのまま枯れてしまってもいい。

先生の手で廃棄されるのであれば、悔いはない。



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