花束襲来4
一輪の花と店員は向き合い、しばらく静止した。
僕らはじっと見守っていた。
赤い花鋏は木下さんに向けられている。
しおれかけた花に対しても、先生は油断せず、全力で向かう姿勢を見せていた。
この時点で、木下さんは目的を遂げることができた。
さらに僕らは木下さんの背中を押そうと、精一杯、無言の声援を送る。
もちろん声は出ないし、身動きも取れない。ただ念じるだけである。けれども、それは確実に木下さんに届いていた。先生は赤い花鋏を向けたまま、ぴくりとも動けない。きっと、そのしおれた花の背後に僕らの存在があったからだ。僕らの力が、先生を警戒させていたのだ。
そして、先生が持った赤い花鋏は、徐々に、徐々に、その方向を先生自身の方に角度を変えていく。
それは木下さんの力かもしれない。
あるいは、緊張が続いていたため、先生が異常な状態に陥ったのかもしれない。
いや、違う!
花である僕らが動いて、木下さんの後ろに一輪、また一輪と集まって来ている!
花屋の花が動くなんて!
喋り出しただけでも革命だったのに、僕らはついに動いたのだ。
一輪だけではない、みんな、花屋中のの花が木下さんの背後へ、積み重なった。木下さんはしおれかけていたが、最後の力を振り絞って集まった花が形作るその中心を担う。木下さんは目となった。かつて失っていた視覚を取り戻した感動がそのまま形をなしたのだ。
それから花たちは輪郭を作り、口、鼻、眉毛、耳、その耳についた貝殻のピアス、細やかな髪、店中の花が積み重なり、それぞれの持つ色や形状を最大限に使って、花の集合体が姿を現したのだ。
ああ神様、僕らは今、菊人形よろしく、花の生命体として、憎さと愛しさの権化である先生に向き合っています。作り上げた花の手はやがて、大きく、逞しく、先生の手を包み込んだ。なんという大きな手なのだろう。どくどくと脈打って堂々とその手は躍動した。先生はなすがまま、僕らの手に包まれている。
花の香りが一層強くなった。
一方で、木下さんはもう意識がない。
目は木下さんの役割だったから、視覚が危うい。
まだ微かに見えるが、時間の問題だろう。
そう、目を失ってしまう。
木下さんという僕らの核を失ってしまう。
他の器官、耳や口や手の使い方を僕らは知らない。知らない?元々人であったではないか!何をやっている、と古老から喝が飛ぶ。
そうだ、僕らは手の使い方を知っているはずなのに、忘れている。うまく動かせない。
ここが勝負時、知ってか知らずか先生の力も強くなる。
全勢力を注いで迎え撃つ。その姿、花の生命体の出現を経てもなお、冷静な判断と対応力は、敵ながらあっぱれ、である。
再び花鋏は花の生命体へ向き直りつつある。
木下さんは消えていく意識の中、最後の力を振り絞って僕ら、花を動かした。
世界ではじめて、花の花による花のための開花宣言した花として、歴史に残り、語り継がれていくだろう。あとのことはよい。今、僕たちは、赤い花鋏の方向を変えようと必死なのだ。今を生きる、花の生命体はどうなる?
その時だった。
木下さんの体、茎はしおれて丸くなり、くるくるくるくる丸くなり、白い小さな花をつけた指輪を作ったのだ。木下さんの意識はもう消えているにもかかわらず、指輪は完成した。枯れて丸くなったのは偶然だが、そこに死してなお、花の生命体を束ねるジャンヌダルクとしての体裁を保っていた。
木下さんは目から外れて、ゆっくりと頬、口を撫でて、あご、首筋を舐めるように転がっていく。
木下さんが、自分を慕うものに対して慈悲を与えるように、ゆっくりとゆっくりと、たくましい腕を伝い、赤い花鋏をもつ先生の手を包んでいる大きな手までやってくる。そして、その手の薬指、愛おしみ、撫でるようにはまったのだ。
指輪は誰かが測って特注したかのように、ピッタリと花の生命体の薬指にはまった。当然だ、木下さんが花の生命体を創造したのだから。
花の生命体は、まるで結婚指輪をはめられた花嫁の気分。
健やかなる時も、病める時も、
「誓います!」と、花の生命体は声を揃えてフライング気味に叫ぶ。
新しい生命として、希望の未来が近づいているのを感じた。
指輪をはめた手は、その大いなる力を取り戻し、すでに握っている花鋏の向きを先生の方へ、先生の方へと向けていく。
視覚はほとんどなくなったけれど、もう手を離さなければ僕らは負けない。
赤い花鋏が先生の方に、はっきりと向き直った次の瞬間、先生の髪留めの白い花輪が切れる。一気に手から力が抜ける。
先生の手から力が抜けた反動で、花の生命体はその逞しい体を傾け、大きくバランスを崩す。なりふり構わず立ち向かっていたのだ、競り勝ったあとのことなど全く考えていない。加えて視覚を失っている。大きな音を立てて、床に転がる。積み重なった花が乱れる。立ち上がることもできない。這いつくばりながら花の生命体は、両手を闇雲に動かす。
支えが必要なのだ。この生命体を支える、支柱があれば。
そうやって動かしていると、棒のようなものに手が触れる。
なんだこれは?
店に放置されていた白杖である!
YES!視覚を失った僕らは、それを無我夢中でつかむ。
鬼に金棒、とはこのことよ、花の生命体は慣用句を知っている。
そして目の前の空間に何があるのか確かめるように、それを振ったのだ。
するとどうだろう、鮮やかな光景が脳裏に刻まれる。
さらに振る。次第にはっきりと花屋が形作られる。
白杖で闇を削り取るように、空間が出来上がっていく。
見える、見えるぞ。
白杖によって花の生命体は再び視覚を取り戻したのだ。
白杖が、花輪が切れ力尽きた先生を描き出す。
先生が大きな紙に包まれている。眠っているように見える。
先生さえ花束になるのか、と花の生命体は思う。
彼女がすべてを仕組んでいたかのように見えたが、それはあくまで幻想だったのだ。
大きな紙に包まれた先生は表情を消したまま、立ち上がる。
そう、ステージの開幕だ。
散々見てきたステージの終焉である。心して見ておかねばならない。
髪留めが外れた先生の髪はばらばらと広がる。
その長い髪はまるで花びらのように、いや、ように、ではなく、花であった。
髪の一本一本が、ジーンズが、エプロンが、花でできているのだ!
彼女は花になったのではなく、もともと花でできていた。
それを率いていたのは、彼女の髪を束ねていたあの花である。
すでにしおれているが、その花は、この指輪、木下さんと同じ花だった。
先生もかつて、人間から花にされた花たちの生命体であり、それが、花の管理をしていたに過ぎないのだ。
唐突に鳴り出す音楽。日本人のDNAに刻まれたビート、音頭、が聞こえてくる。モードを創設するモーゼとして、らんららん、らんららん、ららんがらん、と鼻歌、歌いながら、先生は華麗に踊っている。手足まで神経を集中させてその所作は、かつて憧れた先生そのものであった。あなたはまるで伊豆の踊り子、つられて踊り出す大衆、先生を先頭に、花の行列が練り歩く。軽く会釈、する間柄、である花たち、ざらついた質感の音頭、できあがる大きな輪、振り乱す手足、千切れそうになっても、思い出になるだろう。無論、これが最後であると知っている、長くは続かないことを知っている。だから最後に一つになるのだ、とスピードを上げる。猛スピードで音頭、笛がぴーひゃら、太鼓がどんどどん。音頭はかつて、共に踊ることで仲間意識を高めるためのものだったとかなんとか。知らん。知らんよそんなこと。けれどぐるぐるその大きな輪は回って回って回って回る。虎はそうしてバターになった、花はこうして何になる?コールアンドレスポンス。踊りながら歌う、歌いながら踊る。
音頭が終わり、変わってとても美しい音楽が僕らに届く。
ピアノのみ、悲しくもドリーミーな調べ。
舞台はドイツの静かな森である。樹齢1000年を超える樹木が乱立する美しい森で、先生は衣装を変えて最後に舞う。
お色直し?と思ったが、当然である。
何しろ先生なのだ。お師匠さんである。特別に2幕ぐらい用意しないと割に合わない。
先生は今まで、労働を強いられてきた。
快適に過ごせたのは先生のおかげである。最後の舞台ぐらいは先生の好きなだけ、踊ってもらおうではないか。弟子たちは舞台袖で、勉強させてもらいます、と言わんばかり瞬きも忘れて見つめている。
だから先生は2幕踊ってよし。
美しく小さな音楽に合わせて先生は、花の集合体としての最後を彩るかのように、今まで見たことがないほどの愛しく切なく心強く舞っていた。見るものの心を奪う舞いである。奪われたものは涙を流す。止めることはできない。ただ垂れ流した涙が川となり、海へ続くのだろう。海で先生は生まれ変わる。新しい生命として、またどこかで美しい所作を披露するのだろう。こうやって生命はめぐり、繰り返す。
やがて花の1本1本になり、動きが散漫になってくる。
踊り疲れた踊り子、先生は解け、花束が1つ誕生した。
この世のものとは思えない、美しく小さな花束であった。
振っていた白杖に何かが引っ掛かる。
髪留めの花輪だ。
先生を束ねていた花輪、花束に加わらず、先生がいたところにそのまま落ちていた。
指輪をつけた左手で、それを拾い上げる。
二つの輪が重なり、やや膨らんだ。
共鳴している。
その二つの輪は、同じ種類の花だったためか相性が良かったのか、再び出会った喜びに溢れているようだった。
どちらもすでに萎れてしまっているにも関わらず、ふたつが重なることで何かを思い出したように、次第に茎同士が絡み合い、やがてかたく結びついた。
指輪は花輪と結びつき、指から外れる。そのまま白杖に絡みつき、
そして二つの輪郭は次第に同じ大きさになっていく。
ほとんど同じ大きさではあったが、花輪がやや大きい。
作られた二つの輪郭、絡み付いた茎が白杖を引き伸ばしている。そのうちの一部を折り、婉曲し、白杖が繊細でしなやかなフレームになる。なんだろう、これはなんだ。
眼鏡。
指輪と花輪と白杖で作られた眼鏡である。
願ってもない、花の生命体は視覚を求めている。
視覚を取り戻す上で最も適切な道具である眼鏡が、迷えるものにもたらされた。
花の生命体はそれを鼻、いや花に乗せる。
鮮やかな世界が広がる。
白杖によって取り戻した視覚は、それを振っている間しか存在しない。
振り終えた途端、跡形もなく消え去ってしまうのだ。それではコンクリートジャングルを、産業革命を終えた文明社会を、駆け足で進むことはできない。あくまでもゆっくりと確かめるように進むしかないのだ。
眼鏡によってもたらされた視覚で、花の生命体は走り出すことができる。嬉しさのあまりそのまま42.195キロを完走するのだ。
視覚は、眼鏡によって完全に取り戻した。
木下さんは開花宣言をし、その周辺の花を咲き誇らせ、自ら指輪となって導き、先生と白杖を利用して眼鏡を形造り、視覚を与えてくれた。
メシアである。
視覚を得た花の生命体は、徐々にはっきりと、滑らかな人の形になっていった。
輪郭はよりすっきりと、整った顔に、貝殻のピアスの細かい皺もできあがる。ジーンズを履き、エプロンをつけ、左右ややサイズの違う眼鏡をかけた黒髪ショートカット。
どんどん花屋の店員に仕上がっていく。
私はそこに置いてあった赤い花鋏を持つ。
その姿はもう正真正銘、花屋の店員だった。
もう、かれこれ五年ほどこの花屋で働いている店員。
花屋にとって都合の良い記憶が加わる。
いつも花の手入れをしているであろう手は、少し荒れ気味。
先生の支配から解放された私は、どうして再び花屋の店員を作り出してしまったのか。
結局のところ、私は花であった。
花である以上、仲間を増やしたい。
さらにそれを世話する店員を作りたい。
花屋を花屋として存在させるために、できることは全てやる、という姿勢である。
最初から、花として生まれ、花として今後も生きていかなければならない。
それが私の運命。
花屋の店員完全体になった私は、花屋としての本能に従って、店を整えようとしている。仕事をしなければ。仕事をしなければ花屋の店員としてのアイデンティティーが奪われてしまう。
私は花を整え、カレンダーに記録を残さねばならない。
それが私の仕事だ。
はっきりした視覚、店内を見る。
花がない。
花がまるでない。
嫌だ。
こんな花屋は嫌だ。
今まであった花は、今こうして花屋の店員になったのだから当然だけれど、店内に花がないのであれば、花屋ではない。
もち屋かもしれない。
花屋であるために、花を増やさねばならない。
どうやって仕入れようか、と考える。
何かを花にすればいい。この赤い花鋏を使えばなんでも花に変えることができる。
私は花屋の店員完全体である。
花に関することならなんでもできる。
少々強引でもいい、それぐらいは許される。
何せ私は花屋の店員完全体である。
店内を見回すとたった一輪だけ、残っている花がある。
紫色の花。
どうして、と思いながらよく見てみると、造花だ。
そうか、作り物の花であるから、共鳴しなかったのか。
造花は、凛としてこちらを見ている。
笑っているように見えた。
