花束襲来2
花束襲来1
どれくらい時間が経ったのか、よくわからない。
一日以上経ったような気がする。
先生はずっとそこにいて、時々紫色の花を見ながら、店内の花の手入れをしている。他に店員はいないようであった。
花屋というのは忙しくないのだろうか。
僕がやってきて以来、誰も来店していない。
日常的に花束を作ることはあまりないが、祝いや葬式など花を扱う行事は世の中にあふれている。頻繁ではないにせよ、需要があるから商売は成り立つ。
たまたまそういう日だった可能性もあるが、誰もやってこないことに違和感がある。
僕の作った不細工な花束はすぐにしおれてしまった。
まだ仮置き用バケツの中にある。
なんだか、晒し者にされているようで恥ずかしい。
一方、僕はなかなかしおれなかった。
しおれず、枯れず、いつまでも最初と同じ姿のままだ。
この状態が永遠に続くのだろうか。
悪い気はしない。
先生は淡々と花屋の仕事をこなしている。
どの所作も、見ていて飽きず、単純に綺麗だと感じた。
如雨露を取ろうと伸ばした先生の腕の筋肉、姿勢、それはルネサンス期の石像の美しさであった。
僕がこの花屋に来て1週間経った。
時間の感覚をまだ保っていられたのは、店にかかったカレンダーのおかげだ。
そのカレンダーに、先生は毎日なにかを書いていた。文字は小さくて内容が読めないけれど、日記か事務連絡のようなものだろう。僕がここにきた日に、赤字を使っていたので、そこから数えて、ちょうど1週間。
僕がこうして、しおれずにいるのは先生の手入れの丁寧さの賜物だろう。
花を傷つけず、葉を傷つけず、適切な温度と適切な切り具合、水の吸わせ方、水質、それらを全て先生がひとりで管理している。
先生がいなければ、僕はとっくに枯れてしまい、生ごみにされている。
彼女の仕事は完璧だった。
もっと早く、僕は腐ってしまうのだろうと考えていた。生花というのは2、3日でしおれてしまうイメージがあったから、少々意外な気がする。
一週間経っても僕はまだ花になったときと同じ姿であった。
何も食べず、眠たくもならずに、ただぼんやりと先生の美しい所作を見ていることができた。
天国と言えるかもしれない。
とりわけ先生に、花別に手入れをしてもらう時間は至福であった。
時間としてはほんのわずかであったが、彼女の手さばきが見事であることはもちろん、先生に触ってもらえる喜び、を感じることができた。
その時間があったから、僕は絶望せずに快適に過ごしていたのかもしれない。
それはまるで恋人同士のような、濃密な時間だった。
花と人間という、枠を超えて、僕たちは確実に、心を通わせ、特別な交渉をしていた。
もちろん、幻想であるが、少なくともそう夢見させることで、僕らを支配していたのかもしれない。
彼女に触れられると、とても心地良い。
素早く、全く無駄のない動きで触れてくれる。
これ以上早い手の動きを僕は知らない。
彼女は赤い花鋏の持ち手の方で、僕ら花を手入れする。
その持ち手は貝殻のような形、質感をしており、それが花の手入れをする上で、ちょうど良い。
花の立場で言わせてもらうと、貝殻で花の手入れをする花屋は間違いない。
貝殻を商売道具にするのはラッコと花屋だけである。
貝殻の質感、形状、細かいひだで撫でられるとどんな花でもみな、従順になる。
猫における、猫じゃらし、みたいなもの。
先生は、指で花びらを伸ばしておいて、鋏の持ち手の貝殻で、花びらを1枚1枚しっかりとマッサージしてくれる。その触り方は、優しく、時に激しく、複雑である。
彼女の指に触れられると電撃が走るように、おしべは逆立つ。
それは至上な喜びを表す花の表現方法の一つである。
触れることで、先生も意識を遠くに飛ばし、僕らは一緒に心を震わせている、と妄想する。
そうやって毎日、ほんのわずかな時間に僕らは関係を深めていった。
これほどまでに花から好かれる花屋の店員を僕は知らない。
いや、花屋の生態を僕が知らないだけで、もしかすると、どんな花屋でも花と店員の関係は、こんなものなのかもしれない。
花の1本1本に対し、愛情を込めて手入れをしてくれるのであれば、花であることにも誇りが持てる。
花であるという誇り。
そう、僕は花である。
花であって、無慈悲な愛情を注いでくれるこの人に、感謝したい。
どうやってこの気持ちを彼女に伝えれば良いのだろう。いくら考えてもその手段が思い浮かばない。僕らはしゃべられないし、動けない。
もしも動けたとしても、僕は、うまく彼女にその気持ちを伝えることはできない。何せ僕は不器用なのだ。
だから花になった。
何らかのハプニングがあったとしても、花になってしまった僕は不器用なのだ。
先生は、何も食べず、何もしゃべらず、毎日ただ花の手入れをしていた。
いつも同じジーンズとエプロンをつけ、同じ白い花輪で髪を束ねていた。
少々働きすぎではないか、と心配になってくるが、彼女は全く疲れを見せない。
淡々と、先生は花屋のセキュリティシステムのようにそこに存在した。
もはや先生なしでは僕らは生きていけない、というレベルに達していた。
そういえば、僕を心配し、会社や家族、誰もこの店に探しにきていない。
僕はこの花屋に行くとは言わなかったが、会社の近くにある花屋といえばこの花屋しかない、と、考えて、ふと気づいた。
会社の近くに本当に花屋などあったのだろうか。
僕は会社から出て、ふらふら歩き、この花屋に入った。最初から目指していたわけではない。ただそこにあったから、好都合だと入ったのだ。そこに花屋があるなんて、それまでは意識さえしていなかった。
もしかすると最初からなかったのかもしれない。
僕は異次元の隙間に迷い込んでしまい、この場所にきてしまったのだ。
そう考えた方がしっくりくる。
何せここでは人を花に変えてしまうのだから。
当然、誰も探しに来られないし、時間の感覚など、この花屋では無意味なのかもしれなかった。
2週間が経った。
僕が花になってから初めて客がやってきた。
その時、僕がこの花屋に入った時と同じように、先生は店の奥にいた。
入ってきた男は、僕でも高級であるとわかるブランドのスーツを着ていて、年齢は僕より少し上ぐらいであった。店に入るなり、店内を見回し、花を眺めながら店員を探している。
「すいません」と奥に声をかけた。穏やかな低い声だった。
けれども、店員は出てこず、男はもう一度店内を歩き回り、ぐるぐると1周、2周、3周としながら、奥から誰かが出てくるのを待っていた。コツコツと革靴のいい音が店内に響いていた。
先生が奥から出てきて、男は会釈をした。
男は花束を作りに来たようだった。
僕は息を飲んだ。僕と同じように、確実に、この男も花にされてしまう。
花になる様子を観察することができる。と、考えると胸が高鳴っているような気がした。花に心臓はないはずなのに、僕の鼓動がどくどくと音を立てていた。果たしてどんなふうに人間が花になっていくのか、僕はその一部始終を見ようと心がけた。
僕と同じような流れで、しばし先生と楽しそうにその作業をしていた。高級スーツの男性が花屋で花束を作る様子は、なんだか滑稽だった。
相変わらず先生の手さばきは見事であった。それをもう一度見られた喜びを感じた。
男はやはり僕と同じように特別上手ではない花束を作り上げ、その花束を掲げた瞬間であった。
先生が男に赤い花鋏をむけた。
男の動きが止まり、先生は男を大きな紙で包み込む。
その手際、日々の彼女の仕事を見ている僕であるから、追うことができたが、当然男は何が起こっているのかわかっていない。
男はいとも簡単に包まれ、先生の見事な手さばきが整えていく。
男は中肉中背である。
それを簡単に持ち上げ、包み込み、花束の形に整えていく。
背が高いとはいえ、華奢な女性である先生が、どうやって男を持ち上げているのか。どこにそんな力があるのか。不思議である。この男の体はプラスチックでできているのではないか。先生は右手だけで軽々と持ち上げ、花鋏を持った左手を高速で動かしている。
リズミカルに整える先生の手は、目で追うことすらできない。
先生の手の上で、紙に包まれた男は踊っているようである。
いや、確実に男は、ステージに立ち、革靴を鳴らし、タップダンスをして踊っている。
男がだんだん削り取られて、小さく、小さくなっていく。
その削られる音さえ、リズムの一部、音楽の一部として加わり音は厚くなる。
負けじとさらに激しくタップを踏む男。
あなたの全てをステージに置いてきなさい、とコーチに言われたダンサーである。
そうやって先生は花鋏で男を削ぎ落としていく。
それはもはや、スペクタクルショーであった。
店中の花は観客として、その様子に見惚れている。
先生の髪を束ねた白い花の花輪がやや大きく、鮮やかに咲いているように見えた。人間だったその中身は、すでに花になっていた。いつ、人間が花に変わったのか、その過程は結局わからないまま、幕を閉じた。
花たちによる拍手喝采が、僕には確かに聞こえた。
完成したばかりの花束は、先生のそばにあった仮置き用のバケツ、僕が作って萎れている花束の隣に入れられた。
表情などないはずなのに、踊り終えた花がほっとしたように見える。なんというか、達成感で満ち溢れていた。
しばらくすると、しおれていた僕の作った花束も、新しい生命のエキスを吸い取るように、圧倒的なパフォーマンスに吊られるように、元に戻った。
それを見届けると先生は、花束をほどき、花をそれぞれの場所に戻した。
