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花束襲来3

花束襲来1
花束襲来2

目的は何だろう。
やってきた人間を花にする意味はあるのか。
僕らはそれを先生に聞くことも、また、知ることもできない。

そういうふうに、何人かが花になっていくのを見た。
花は増えていく一方であったが、空間にはまだまだ余裕があった。
店を充実させるために、多くの種類、色、香りの花を受け入れる余地があった。
花を増やす、それは花屋の本能かもしれない。

できあがる花の種類や色については、コントロールできないようであった。
同じ花が続くかと思えば、同じ花でも色が違ったり、大きさや香りが違ったり、茎に棘を持っていたり、ぶつぶつの葉になったり、脳みそを割ったかのようなグロテスクな花弁を持つものなど、人間であった時の個性が多少作用しているようだ。
おそらく、この店にあるどの花も元々人間だったのだ、と思う。

どの花も、できる過程において、包み紙のステージで踊っていた。
それはミュージカルの時もあるし、音楽フェスの時もあるし、アングラ演劇の時もあった。
みんなそれぞれ、人である最後を彩るように、華麗に舞った。

ここに存在する花はすべて元人間である、とすれば、もしも僕らが団結し、先生に対抗してこの花屋を乗っ取ってしまえば、と考えたこともあった。けれども、僕らは花である。コミュニケーションできないし、身動きも取れない。その手段や方法を話し合うことができない。どうやって団結すればいいというのだ。
だから、集団で先生に対抗しようという気はまるで湧かなかった。
むしろ、このままずっと先生に管理され、永遠に花屋の一部として生き続けるのがいい。
花束作り、という極上のエンターテインメントも用意されている。
他の花には確認できないが、おそらくみんなそうなのだろう。

平穏な日常を送っていたある日、それまでとは違った花が現れた。
その花は、三日前にやってきた女性だった。

花にされた人のことを、花にされる前の顔や雰囲気をすべて覚えているわけではない。むしろ、すぐに忘れてしまう。けれども今も覚えているのは、その女性と僕は、以前に町で出会ったことがあったからだ。
僕の目の前で、彼女は使っていた白い杖をひったくられた。
悲鳴を上げ、取られた反動で倒れた。一番近くにいた僕は駆け寄って声をかける。それからひったくりを追うことも考えたが、すでに見失っていた。
彼女はひどく興奮していて、声をかけた僕に抱きつき震えながら泣き出した。こんなにも無防備に他人に涙を見せられるんだなと思いながら、僕は成り行きで彼女の震えが止まるまで背中を撫でていた。
女性は僕よりも3つ年上で、木下という名前であった。
木下さんは生まれつき目が悪く、ぼんやりと見えるものの、強度の近視に乱視が混ざっており、日常生活に杖が欠かせない。
しばらくして落ち着いた木下さんは、ありがとうございます、と何度も頭を下げ、逃げるように立ち去ろうとする。
僕は送ることを提案したが、ゆっくり歩けばなんとかなります、と頑なに断られた。
以来、木下さんのことが忘れられず、その姿を自然に探してしまう。

その木下さんが、白杖をついて花屋に現れた。
これだけでもう奇跡じゃないか。

最初は再会を一方的に喜んだ。
けれどすぐに、彼女も花にされる、という事実を思い出す。
僕の中に、それまでにない感情が湧き起こった。

木下さんを花に変えないで、彼女は白杖をひったくられたんです。
白杖をひったくられる、なんて、この町の不運の全てを背負わされたようなもの。
悪意の塊に触れたばかりだ。
重ねて花に変えてしまうつもりなのか、やめてくれ、やめてください。
先生はそこまで無慈悲なんですか。

僕の思いが届くわけもなく、木下さんも他の花と同じように手際よく先生に花にされてしまった。自分の無力さを、改めて実感する。

けれど、その花はこれまでと何かが違っていた。
木下さんは花になる時、ほとんど踊らなかった。
ステージの真ん中で、白杖を持って呆然と立ち尽くしているようだった。音楽が鳴りやんだ後、白杖をステージに置いて囁いた。
「普通の花に戻りたい」

木下さんはそうして花になったが、白状は巻き込まれずに残っていた。
そして持て余すように、その日から花屋の隅に放置されている。

その花は、僕が今まで見たことがなく、透き通るような白い花びらが二十一枚あった。僕はそれを何度も何度も数えた。数えることによって、木下さんのことを忘れなくなるのではないかと思った。

二十一枚の白い花、ありふれた花なのかもしれないが、少なくとも僕は見たことがなかった。まるでこの世の終わりに咲いているような、細く長い茎に、葉もほとんどなく、低い位置についているだけであった。それは幽閉された娘の腕を思わせた。

僕は、彼女に何か思いが通じたのではないかという幻想を抱いていた。
前述の通り、人間だった頃、木下さんには視覚があまりなかった。
木下さんが花になった場合、見えないのだろうか、いや、木下さんは見えている。
その花には表情があり、時々、刺すように先生を見ているのがわかる。
肉体を失う代償として、視覚が回復したのだ。
木下さんから視覚を手に入れた喜びに溢れているようにも見えた。

僕らは自然にその花に注目するようになる。
そう、木下さんは花たちの中心となった。今まではすべて先生によって支配されていた花屋の秩序が、木下さんによって崩されたのだ。

木下さんは僕らの希望であった。
僕らに差し込んだ光であった。
今はまだ弱々しく、細い光であったが、僕らが信じて、願うことでその強度は増しているように感じた。

先生の支配から解放された僕たちは、なんとかコミュニケーションを取ろうと、その方法を探っていた。幸い、時間は無限にあった。僕らはいつまで経ってもしおれないのだ。僕たちに失敗はない。失敗したところで何も変わらない。もしも枯れてしまったとしても、何の感情も起こらない。僕らは花である。

木下さんの存在によって生じた希望は、僕らの中でぐんぐんと大きくなっていった。その希望が通じたに違いない。少しずつ、少しずつ、木下さんは表情が豊かになり、何か僕たちに向けてメッセージを発している。
その内容が何か、まだ、わからない。
あと少し、あと少しで木下さんは到達する。
言葉を発する。

ただし、木下さんがひとり喋ったところで、僕たちは何もできない。
彼女の声を聞くだけである。
それで何かが変わるとは思えなかった。
この花屋にやってきた人間は花に変えられ、花屋の一部となる。
たとえ一輪の花が、一人の花が喋り出したからといって、何が変わるのだ。

一方で、喋り出したならそれは、僕たちの勝利のような気もする。
木下さんが喋り出し、意思を現し、僕らをどこかに導いてくれる、気持ちをひとつにできる。
ただ行動ができないわけであるから、何も変わらないかもしれない。
けれども、木下さんの声を聞き、何かを考え、新しいものが生まれるのだ。

その思いはさらに大きく、大きく膨らんでいく。
そしてある日、あふれ出た。

彼女は、ついに言葉を発したのだ!

花がしゃべるなんて、奇跡以外のなんでもない。
イエス・キリストだってできない所業。
花である僕らの想いが宗教を超えた瞬間である。

その時、先生は店にいなかった。
おそらく先生がいない時を見計らって、言葉を発した。
木下さんは知将である。
無防備に、企みをひけらかすべきではない。

木下さんは静かな店内で囁いた。

「開花」

それだけ言うと木下さんは僅かにしおれた。
花が言葉を発する、というのは命を燃やすことに等しいのだ。

その言葉は、僕らの頭にこだましていた。

開花、開花、開花。

花であることを誇れ、そう聞こえた。
人であることを僕たちは忘れていた。もうはじめから花であると思い込んでいた。
そんなことはどうでもいい。僕らは、花は、咲かなければならない。

いやもう咲いている、とまず思ったけれど、それは指摘しない。
僕らは大人である。

開花、という木下さんの声を聞いて、他の花たちは、ふわん、ふわんと動いた。実際には空調機の作用で揺れただけだ。あくまでも気持ちの中で、開花、と聞いた僕らは、ただ気持ちを昂らせたのだ。

それが、毎日続いた。
先生がいない時、木下さんは「開花」と囁き続けた。その度にしおれていき、声は小さくなっていったが、はっきりと淀みなく僕の耳に届いた。

皆はその声を聞くたび、少しずつ少しずつミクロ単位で立ち上がっていたのかもしれない。見た目は何も変わらない。けれども、確実に、木下さんの「開花」という言葉が、僕たちを奮い立たせたのだ。

花が立ち上がる。立ち上がる。立ち上がる。

僕らはそれを頭の中で何度も何度も唱えた。
そうすることで、いつか本当に立ち上がることができるのではないかと、考えていたのだ。この花屋の花全体がそう感じていたに違いない。
少なくとも僕はそう信じている。
信じることをやめてしまったら、僕らに残るものは何もなくなるではないか。
木下さんは毎日同じように、「開花」と囁き続けた。

ある日、先生が店の裏に行くと同時に、木下さんはいつものように囁いた。
もう、しおれてちぎれそうになりながら、振り絞った声で囁いたその直後、先生が戻ってきた。
木下さんの声が聞こえたのだろうか。
先生は店内に入るなり、立ち止まった。
手には赤い花鋏を持っている。
それをゆっくりと木下さんに向けた。

彼女の出現によって、毎日彼女に囁きかけられることによって、変わりつつあった僕たち、つまり花屋の秩序の変化に、先生は気づいたのかもしれない。
木下さんだけが、いくら手入れをしてもしおれていく一方であることに、違和感を持っていたはずである。

先生は、焦ることもなく、ただ一輪のしおれかけた花に向き合った。
その花に目を向ける。そうだ、先生は確実に気づいていた。その白い花がこの状況を引き起こした張本人であると。そして、対峙することで僕たちにその姿勢を見せていたのだ。

先生は感情をほとんど見せず、淡々と花屋の仕事をこなしていた。
この時、先生の中のさまざまな感情が、初めて見えた。
先生の表情が崩れ、木下さんに向かい合っていた。
美しく、恐ろしく、どうしてか悲しそうでもあった。
本当の彼女が、そこに存在していた。

木下さんを見つめたまま、先生は動かずにいた。
どれだけ時間が経ったのか定かではない。ただ、先生も木下さんも引かず、対峙し続けていた。

花ができることは限られている。
限られた中で最大限の抗いを、木下さんはしたのだろう。
どれほど先生に影響を与えたのかは分からないが、少なくとも美しい所作を止めたという点で、何らかの効果はあったのではないかと思える。

僕たちは、じっと見守っていた。
この結果がどうなろうと、受け入れるしかなかった。
木下さんが万が一、先生に致命傷を与え、魔法を解いたとしても、僕たちは動けない。もし先生がいなくなれば、僕たちを管理するものはいなくなり、すぐに枯れてしまうのだ。花屋全滅である。

そう考えると、木下さんがしたことは僕たちにとってプラスか、マイナスか、正直、よく分からなかった。
けれども、例え僕らが、手入れをしてくれる先生を失い、枯れて朽ち果てることになったとしても、構わない気分だった。

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