#463[雑記]記憶──明日へつながる手
深夜にふっと目が覚めた。
カーテンの隙間から、マスカットの街の灯りが、かすかに揺れている。
目線を落とすと、波打った滑らかなシーツの砂漠の上に、シェードランプが陰影をつくり、僕はいつの間にか旅をしていたようだった。
身体はまだ眠っているのに、心だけが妙に冴えている。
喉が乾いて、ホテルの小さなキッチンで紅茶を淹れた。甘い乳香と、紅茶の香りを帯びた夜風が、肌にひんやりと触れた。
再び、バルコニーに出ると、遠くで波の音がした。
昼間の熱がすっかり抜けた砂漠の風が、街を撫でていく──。
──あのとき僕は、胸の奥がひどく冷えた。
「もう、君とは関わりたくない」と思った。
「それは、わたしに言うことじゃない」
その言葉は、僕に向けられるものじゃない。
そう思った瞬間、子どものように拗ねていた。
突き放された気がした。
けれど今なら、少しだけわかる。
君の、あの倫理がね──。
◇
君はきっと「一方通行のやさしさの関係」を嫌ったのかな。対等がいい、ってこと。
だけどそれは、君と僕の間で、本当に成立するの?
……なれないものになろうとしてる。
僕は、そう思う。
多分、君もそう思うことになるはずだ。
そもそも、話さないとわからない者同士が
話して何になるの?
徒労だよ。
申し訳ないけれど、時間の無駄だ。
僕には、そうとしか思えなかった。
問題の所有権が僕にある……?
……ショックだよ。
もう、あれこれ言わないで。
◇
僕は、穏やかに過ごしたい。
◇
もう、涙を流したくないんだよ。
僕のことで、もう誰にも泣いてほしくないんだ……。
──僕は、深い眠りの中で、誰かの記憶を辿っていた。
その気になれば目覚めることもできたのに、ホテルの空調の音にかすかに耳を留め、ほのかに漂う乳香の香りが、こんな夢を見させたのかもしれない。
僕は、夢の中で小さな子供の姿をしていた。
幼少期の頃のことなど、何も覚えていないと思っていたのに、どうして唐突にこんな夢を見たのかはわからない。
誰かが、僕の記録を読み上げるように、夢の中に映像と物語が流れていった。
この夢は、起きた時に忘れたくないので、あとで手帳に書き留めることにした……。
◇
愛は 渡すだけでは 終わらない。
受け取る人が 笑顔を見せてくれるとき、
それは 次の灯りとなり、
また 誰かへと渡されていく。
◇
怖かったこと 疑ったこと
距離を取った理由 自衛の経緯
◇
そのまま書くと、
誰かを傷つけるかもしれない
誰かに誤解されるかもしれない
余計な火種になるかもしれない
「あの人はこういうことを言う人」とラベリングされるかもしれない
◇
本当に話したい人と、話せなくなるかもしれない
◇
誰をどう感じたか
どこで怖かったか
どう自衛したか
どんな構造が見えたか
これは、外に出すと誤解されやすいし、
こちらが誠実のつもりでも、相手には真逆に映る
悪くすれば、逆に利用される可能性もある
◇
自分の安全
自分の心の平穏
不必要な誤解を避けること
◇
相手との距離感
を全部考えた上で、
「ここでは言わないほうがいい」と判断する
◇
お母さん。
今日で20歳になったよ。
お母さんは松原家でいちばんがんばり屋さんだね。
真央っていう名前も気に入っているよ。
女の子みたいって言う人もいるけれど、
お父さんと、お母さんからもらった大切な名前だから、大切にするね。
僕を産んでくれてありがとう。
・・・
これからは、ふたりのために生きてね。
ぼくは、かわいいお嫁さんとけっこんするから大丈夫だよ。
・・・
ぼくね、サンタさんに犬がほしいですってお願いするんだよ。
キャバリアっていう、耳が垂れた犬。
とってもかわいいんだよ。
名前はもう決めてあるんだ。
メロディっていうの。いいでしょう?
舞花ちゃんはお誕生日に
マルチーズっていう犬が来たんだって。
ぼくもう2年生だから、おさんぽにだって行けるよね?
・・・
おとうさん、おばあちゃんはどうしておかあさんをいじめるの?
めっ!っていわないと、だめでしょう?
・・・
おかあさんは、ブスなんかじゃない!
おばあちゃんなんか、だいっきらいだ!
・・・
おかあさん、泣かないで……。
ぼくが守ってあげるからね。
もう、だいじょうぶだよ。
・・・
ねえ、あっち。お水のおとがする。
だれとおはなししているのかな。
おかあさん、こうやってみて!
ほら、お砂がわらってる。
きゅっ、きゅって。
ぼくがはしると、もっとわらうんだよ。
おかあさん──おとって、なにいろ?
・・・
おかあさん、きょうのおてんきは、よるなの?
ねえ、でんきをつけて。
・・・
ふふふ、おかあさん。
くらいカテイにしなさんな。
わらっていると、ビジンになれるんだって。
・・・
ほら、みて。
変なかお〜。学校でハヤってるんだよ。
お父さんがかえってきたら、どっちが変なかおか
しょうぶだよ!
あのね、目をこうしてね……。
・・・
ねえ、おかあさん。
コンビニのおでんってあったかいね。
なっちゃんと、こうたのぶんもあるよね?
……。
それじゃあ、ぼくとおかあさんだけのひみつだね。
──。
────。
──────。
誰かのために強くなろうとして、
ずっと、なれないものになろうとしていた。
それが、僕の最初の記憶だったらしい。
……なれないものになろうとしてる。
僕は、そう思う。
多分、君もそう思うことになるはずだ。
<了, 約 2,000 字, 全文 約 2,200 字>
歌作品はこちらです⇨ Akari_Records
シリーズ作品
煮詰まったり、揺れたりしながら書いています。
◼️11/1に書いた記事が気に入って、続きを書いています。
▼「B面」「桜まで待ってる」と同時期に生まれた、もうひとつの物語
傷つくことよりも、愛を失うほうが怖かった──。
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それではまた、次の記事でお会いしましょう🌟
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