第10章|夕日―魅惑の赤、覚醒の赤―【#創作大賞2026 #ホラー小説部門 】応募作品。全13章・完。

「ドツボやわ。」
リッチの準備中、
店の裏で缶コーヒーを飲んでいると
吉田がポツリと言った。
「何かあったんですか?」
「まぁ難しい話や。
八方美人もやりすぎて
八方塞がりってとこやな。」
「なんですか。それ。」
「そやな。」
「俺が昨日休んだからマネージャーに
なんか言われたんですか?」
「あぁ、マネージャーね。
あんなもん、もうどうでもいいわ。」
いつもの吉田とは違う。
何かあったのは間違いない。
俺は自分のルールに従い
作業をこなすだけだ。
めぐみは、今朝、部屋に来なかった。
体調でも悪いのだろうかと思っていた。
でも、リッチには来た。
めぐみはナマハゲの席についている。
ただ、いつもより一人分、
距離を置いていた。
珍しく、チェンジのサインを送ってこない。
吉田はいつもと雰囲気が違う。
めぐみもパターンが違う。
店の中は、いつも通り華やかだ。
それなのに、空気が違う。
そういえば、吉田がナマハゲと
長く話し込んでいる。
ボーイが客と話し込むのは
珍しくはない。
めぐみが客と距離を置くのは
珍しい。
三人とも笑っていない。
これだ。違和感は。
灰皿を替えるときに会話を盗み聞く。
ナマハゲは、かなり声を落としている。
聞き取りにくい。
「とにかく、赤い車の男だ。」
赤い車。俺のことか。
いや、俺と分かっているのなら
ここでは話さないだろう。
ナマハゲの連れらしき
若い男も来た。
ナマハゲに怒られているようだ。
なにかが起きている。
昨日の鹿島の仕事が原因か。
考えても仕方ない。
俺はルール通り作業するだけだ。
リッチが終わって
煙草を吸っていると
吉田が缶コーヒーを持ってきた。
「俺な、リッチ辞めるかもしれんわ。」
そう言って、
缶コーヒーをずずっと飲んだ。
「え?辞めてどうするんですか?」
「さぁな。一本足の幸平やから
やっぱり続かんのやなぁ。」
「なんかあったんですか?」
「うん、まぁな。
武井はんと出会えて楽しかったのは、
ほんまや。これだけは、ほんまや。」
「だけどな、下手うってな。
ナマハゲに迷惑かけたんや。」
「ナマハゲって、何の仕事しているんですか?」
「飯連れてもろたり、
家に呼んでもろたりしたけどな。
よう知らんのや。
これは、武井はんには話すけどな。」
「リッチに来る羽振りのいい客を、
ナマハゲに教える。
それだけで金がもらえる。
そっから先は、知らんのや。」
「それからな。」
「これは謝らないかん。」
「武井はん、バイトしよるやろ?」
「え?」
「隠さんでええ。知っとるんや。」
「なにをです?」
「あれな。俺や。俺が紹介したんや。」
吉田の目が死んでいる。
「俺を紹介して金になるんですか?」
「すまん。
俺も仕事の内容は知らんのや。
金が要りそうな男がいたら紹介するだけや。」
「今まで何人紹介したんですか。」
「5人以上や。
みんなリッチを黙って辞めていった。
どうなったかも知らん。」
「その男のこと知ってるんですか?」
「電話番号しか知らん。顔も知らん。」
あのとき、店に駆け込んで来た男。
あの焦った顔は
俺の面接がわりの演技だ。
「最初は、負い目やった。
せやから缶コーヒー渡してた。
でも今は違う。友達やと思うとる。
ほんまや。
堪忍してや。」
ナマハゲとあの男は同じ組織か?
同じなら、こんな探り方はしない。
一本足の幸平。
本当に、ふらふらしている。
「気にしてませんよ。
金になってるし。助かってます。」
「でもこの前も風邪言うて休んだし、
昨日かて。それが理由やろ?」
「はい。まぁ。
でも気にせんでください。」
「おかげで色々なことがつながってきたし。
教えてくれて、ありがとうございます。」
昨日のバッグは、
ナマハゲのものだったのかもしれない。
あの男は、それを俺に運ばせた。
ナマハゲが俺を探している。
あの男も、俺を使っている。
その間に吉田がいる。
吉田は、それがどういう意味なのか
分かっているのだろうか。
赤い車ということまでバレている。
茨城ナンバーくらいでは
ごまかせない。
すぐに俺に辿り着くだろう。
めぐみ。
めぐみは、なぜ、
今朝アパートに来なかったんだ。



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「人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。」
【第一章・失踪編】


【第二章・新聞配達編】



