うちの子同じ動画を何百回も見てる、「飽きないの?」ー答えは、脳の中でした。
録画したテレビ番組やYouTube。
昨日と同じ動画。
一昨日も見ていた動画。
先週も見ていた動画。
「飽きないの?」と聞いても、
当の本人は無心で見続けている。
同じシーンで同じ顔をして、
同じところで笑う。
YouTubeには
新しい動画が無限にあるはずなのに、
なぜ我が子は
同じものを何百回も見るのか。
「子どもらしくない」
「もっといろんなものを見ればいいのに」
「これって、もしかして発達の問題?」
そう不安になる方もいると思います。
でも実は、
この行動には脳科学的な理由があります。
リピート視聴は、
ただのクセでも、
依存でもありません。
凸凹キッズの脳が
「必要としている何か」を
補給している行動なのです。
今日はその話を書いてみます。
脳にとって「予測できる」がどれほど重要か
前回のYouTube記事でも触れましたが、
ASD特性のある脳にとって、
「予測可能性」は安心の最大の柱です。
実生活は、
予測不可能の連続です。
教室で誰がどう動くか。
先生が何を言い出すか。
急な予定変更。
給食のメニューが思っていたものと違う。
休み時間に誰が話しかけてくるか。
すべてが不確実です。
そして脳は常に、
「次に何が起きるか」を
予測しようと全力で働いています。
これは膨大な認知的コストがかかります。
定型発達の人がほぼ無意識に
処理していることも、
発達特性のある脳では
大量のリソースを使って処理しています。
だから、
リアルな世界で過ごすだけで
クタクタになる。
そんな脳にとって、
「次に何が起きるか
完全に分かっている動画」は、
宝物に近い存在です。
何百回見ても展開が変わらない。
セリフが変わらない。
BGMも変わらない。
オチも変わらない。
世界が、ぴたりと予想通りに動く。
ここに、
脳がようやく休めるのです。
リピート視聴が脳にしていること
リピート視聴の機能を、
3つに整理してみます。
ひとつ目。
脳のリソースを節約しています。
新しい動画を見るには、
内容を理解し、
登場人物を覚え、
これからの展開を予測する作業が必要です。
つまり、脳が働きます。
一方、知っている動画は
処理コストがほぼゼロ。
情報が完全に既知だから、
脳が休める。
学校で疲弊した脳が
帰宅後に同じ動画を見るのは、
脳のための「省エネモード」です。
過剰適応の記事でも書きましたが、
学校で全力を出し切った子に必要なのは、
新しい刺激ではなく回復です。
リピート視聴は、
その回復のための手段の一つなのです。
ふたつ目。
安心を補給しています。
予測通りの展開が起こり続けることで、
脳の中の不安センサー、
扁桃体と呼ばれる部位が落ち着いていきます。
「次もこうなる」
「次もこうなる」
「やっぱりこうなった」
この体験が積み重なることで、
世界が安全だと再確認できる。
これは、
大人で言えば
こんな感覚に近いと思います。
不安なときに、
同じ音楽をループで再生する。
落ち込んだときに、
何度も読んだ漫画を読み返す。
子どもの頃は、
お気に入りの毛布を
握りしめて寝ていた人もいるはずです。
リピート視聴も、
これと同じ機能を果たしています。
みっつ目。
細部に新しい発見をしています。
ここが、
親には見えにくい部分です。
同じ動画でも、
見る回数が増えると、
本人の脳の中で
見えている情報の層が変わります。
1回目はストーリーを追う。
2回目は背景に何があるかを見る。
3回目は脇役のセリフに気づく。
4回目は伏線を発見する。
5回目は声優の演技を聴く。
10回目は音楽の使い方に気づく。
表面的に見ると「同じ動画」ですが、
本人の脳の中では
毎回違う動画を見ているのです。
うちの息子も、
私が「またこれ?」と思っていた動画について、
こちらが知らない細部の話を
熱心に語ってくることがあります。
その瞬間、
ああ、この子の中では
ぜんぜん別のものを見ていたんだな、
と気づかされます。
それは「依存」ではなく「自己調整」
世間では、
「同じものに執着する」
「変化を嫌う」
という性質が、
ASDのネガティブな特性として
語られがちです。
でも、
リピート視聴という行動は、
ネガティブどころか、
その子なりの「自己調整スキル」です。
つまり、
自分で自分を整える方法を
知っているということ。
学校で消耗した。
人間関係で疲れた。
新しいことが多すぎて
オーバーロード気味。
そんなとき、
自分から
「予測可能で、安心できて、
低コストで済む環境」を選びにいって、
脳を休ませている。
これは、
大人の私たちもやっていることです。
疲れた夜に、
何度も見たアニメを再生する。
読み終えた小説を、
何度も読み返す。
同じプレイリストを、
延々とループする。
誰も、それを「依存」とは呼びません。
「リラックスしてる」
「自分の時間を楽しんでる」
と言うはずです。
凸凹キッズのリピート視聴も、
本質的には同じことなのです。
それでも気になるときのチェックポイント
ここまで擁護してきましたが、
もちろん「全てが安心」とは限りません。
リピート視聴が
問題のサインになるケースもあります。
3つのチェックポイントを挙げます。
ひとつ。
リピートしている「内容」。
同じ動画でも、
暴力的な内容や、
過激な刺激の動画を
延々と見続けている場合は、
脳の興奮状態が上がりっぱなしになります。
回復ではなく、
過刺激のループに入っている可能性がある。
これは要注意です。
ふたつ。
リピートが「他の活動を排除しているか」。
安心を補給するためのリピートと、
現実逃避のためのリピートは違います。
家族との会話。
好きだった他の遊び。
外出。
食事の時間。
これらが完全に消えてしまっているなら、
バランスが崩れているサインです。
みっつ。
リピートが「不安の高まり」と
セットで起きていないか。
学校で何かあった。
環境が変わった。
家族関係に変化があった。
そういうタイミングで、
リピート視聴の量が急増している場合、
それは「不安が増えているサイン」かもしれません。
動画を取り上げるのではなく、
不安の元のほうを探ったほうが
解決に近づきます。
つまり、
リピート視聴そのものは
問題ではありません。
問題は、
「何のためにリピートしているか」
「何が一緒に起きているか」を
見ることです。
親ができる関わり方
リピート視聴をしている子に、
親ができることは2つあります。
ひとつ。
否定しないこと。
「またそれ?」
「他の見ようよ」
「飽きないの?」
何気なく言ってしまうこの言葉は、
本人が必死に脳を整えている行動を
否定することになります。
本人にとっては、
「自分が安心するためにやっていること」を
「ダメなこと」と言われている感覚。
少なくとも、
リピート視聴自体を悪く言うのは
やめてあげてほしいのです。
ふたつ。
一緒に見て、深さに付き合うこと。
「またこの動画」と思っている親には
見えていないことがあります。
本人の中では、
何回目かの「新しい発見」が
起きているのです。
「なんでこの場面が好きなの?」
「このセリフ覚えてる?」
「次なんて言うと思う?」
そう聞いてみてください。
驚くほど詳しい解説が
返ってくるはずです。
それは情報処理の深さの表れであり、
その子の知的好奇心の発露です。
一緒に深く潜る経験は、
親子の会話のきっかけにもなります。
「またこの動画見てる」と呆れていた時間が、
「この子はこんなに細かく見ているんだ」と
驚く時間に変わる。
それだけで、
親子の関係性は静かに変わっていきます。
同じものを愛せる才能
新しいものに次々飛びつくこと。
それが現代では、
「成長」と見なされがちです。
でも、
同じものを何百回も愛せること。
同じ作品に深く深く潜れること。
変化しないものに安心できること。
これは欠点ではなく、
能力です。
大人になって、
本当に好きな映画を10回見直した経験のある人なら、
分かるはずです。
「もう一度見たくなる」という気持ちは、
その作品を本当に大事にしているから
生まれるものです。
凸凹キッズの脳は、
私たちが忘れた
「深く愛する力」を
持っているのかもしれません。
「またこれ?」と呆れる前に、
その愛の深さに、
少しだけ目を向けてみてほしいのです。
そこには、
私たち大人が忘れてしまった、
何かを心の底から大事にする力が
ちゃんと残っているのですから。
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