「発達障害」を名乗るインフルエンサーに、感じていること
SNSで「発達障害」という言葉が
たくさん使われるようになったなぁと思います。
このこと自体は、
悪いことだと思っていません。
知られないよりは、知られたほうがいい。
それは間違いないです。
でも、最近どうしても引っかかることがあります。
「ADHD社長」
「ASD起業家」
みたいな肩書きで発信している
インフルエンサーを見かけるたびに、
なんとも言えない気持ちになるんです。
違和感、というか、
もっと正直に言えば、怒りに近い感情です。
彼らの多くは、自己診断です。
医師の診断を受けていない。
「自分、絶対ADHDだと思うんですよね」
くらいの感覚で、
それを肩書きにしている。
そしてその肩書きで本を出したり、
セミナーをやったり、
オンラインサロンを開いたりしている。
それ、商売の道具にしてないですか?
私がこう感じるのは、現場を知っているからです。
診断を受けるということは、
それなりの覚悟がいることです。
障害者手帳を取得すれば
保険や制度上の扱いも変わります。
就職や住宅ローンに影響が出ることもある。
そういう現実的なリスクを背負いながら、
それでも
「自分の特性を知りたい」
「支援につなげたい」
と思って受診する人がいる。
私の事業所にも、
そういう方がたくさんいます。
その横で、
診断も受けずに
「ADHD」をブランドにしている人がいる。
リスクは負わず、
おいしいところだけ持っていく。
正直、見ていてつらいです。
もちろん、
診断を受ける・受けないは
個人の自由です。
それは大前提として言っておきます。
でも、影響力のある人が
「自分はADHDだ」と発信するなら、
それ相応の責任があるはずです。
フォロワーが何万人もいる人の言葉は、
当事者やその家族の認識に
直接影響します。
「ADHDだから成功した」
「発達障害は才能だ」
逆に、こういうのもあります。
「ADHDだから片付けられないんですよね〜」
「約束忘れちゃうのはもう特性なんで(笑)」
才能として持ち上げるパターンと、
免罪符として使うパターン。
方向は逆ですが、
やっていることは同じだと思います。
どちらも「ADHD=○○」という
雑なイメージを広めている。
実際には、自分の特性と
どう付き合うか
試行錯誤している人がたくさんいます。
忘れ物をしないように
工夫を重ねている人。
スケジュール管理のアプリを
何種類も試している人。
私の事業所にも、
自分なりの対処法を必死に探している方がいます。
そしてスタッフはそれを必死にサポートしています。
そういう地道な努力は、
インフルエンサーの
派手な発信の中では見えてこない。
「ADHDだから仕方ない」が広まれば、
努力している当事者まで同じ目で見られます。
「ADHDだから才能がある」が広まれば、
苦しんでいる当事者は
「自分は才能がないADHD」だと感じてしまう。
どちらにしても、
当事者が損をする構造になっていると思うのです。
私は、発達特性のある方たちと
毎日向き合っています。
教員時代も、いまの福祉事業所でも。
そして家では、
自分の子どもの特性と一緒に暮らしています。
だからわかるのですが、
発達障害は「コンテンツ」ではありません。
生活です。
24時間、365日、
終わりのない生活そのものです。
忘れ物をしたエピソードで
笑いを取れる日もあれば、
どうしようもなく追い詰められる夜もある。
それをわかったうえで発信しているのか。
「ADHD」を肩書きにしている人たちに、
そう聞いてみたい気持ちがあります。
影響力があること自体は
素晴らしいことです。
だからこそ、
その力をもっと丁寧に使ってほしい。
当事者の気持ちや
制度や支援の現実を知ったうえで、発信してほしい。
そうすれば、あなたの言葉はもっと届くはずです。
本当に届いてほしい人たちに。
今日は少し感情的な記事になりました。
でもこれは、ずっと思っていたことです。
現場にいる人間として、
親として、
どうしても黙っていられなかった。
読んでくださった方のなかに、
同じように感じている方がいたら嬉しいです。
