ドイツの旅, 1983年 part II 〜 「西ドイツ」 ハイデルベルク, ライン下り, ノイシュヴァンシュタイン城, ダッハウ(ナチスによる強制収容所跡)
当時の「西ドイツ」(正式名称は今のドイツと同じで「ドイツ連邦共和国」)の旅。写真は, ドイツ最古の大学がある街, ハイデルベルク, 1983年6月16日, 43年前の今日。
流れていた, そして今も流れているはずのあの川は, ライン川の支流, ネッカー川。生憎の大雨の後で 川の水は濁っていて, 空もまだ曇りがちだった。まぁしかし, 空の色がセピア色なのは単に写真が古いから!
1983年4月26日に 横浜港からのフェリーで 日本を出て始めた「ユーラシア大陸ほぼ一周の旅」, 今回は「ドイツの旅, 1983年 part I」(「西ドイツ」 ハンブルク, ボン, トリーア, ケルン, 「西ベルリン」, そして「東ドイツ」「東ベルリン」)の続編。
ハイデルベルク
ドイツ最古の大学がある街 ハイデルベルク
下掲(写真の下)note の前文。
1983年4月26日の横浜港でスタートしたユーラシア大陸「ほぼ」一周の旅, その50日目, 1983年6月14日にマッターホルンの華麗, 荘厳, 雄大な景色を堪能して1拍したスイス・ツェルマットを翌6月15日に発ち, 最初はオーストリア・ウィーンに行くつもりが, スイス・バーゼルに出たところでどういうわけか気が変わり, ドイツ(当時は「ベルリンの壁」時代なので西ドイツ!)のハイデルベルクへ向かったのだった。
後段にリンクする「旅 note」掲載写真 8枚から, 以下 3枚。



ドイツ最古の大学がある街 ハイデルベルク 〜 西ドイツ時代, 1983年6月16日
ハイデルベルク大学の旧学生牢, 壁の落書きを見ながら, 「ほら, 壁の落書きだって読めるんだぜ」♫ 〜 "Kodachrome" (Paul Simon), 歌詞和訳
以下, 1983年6月16日付 殴り書き旅日記の冒頭と, 同日, ハイデルベルク大学の旧学生牢(*1)の「壁の落書き」を撮った写真(2枚)。

*1 ハイデルベルク大学「旧学生牢」の「壁の落書き」写真の前に, その「旧学生牢」について。
ドイツのバーデンビュルテンベルク州の北西部、古都ハイデルベルク(Heidelberg)の中心部ビスマルクプラッツ(Bismarckplatz)にある、同国最古の大学、ハイデルベルク大学のかつての学生の収監施設(牢屋)。ハイデルベルク中央駅から徒歩約20分、マルクト広場から徒歩約5分の場所にある。1712年建造のバロック様式の旧大学校舎の裏手、アウグスティーナーガッセ(Augstinergasse)という通りにある。かつてのハイデルベルクの町は、司法や警察の権力が及ばない、大学による自治が行われていた。この自治の中で、大学規則の悪質な違反者をとらえ収監する施設として使われていたのがこの建物である。実際、牢屋として使われたのは1712~1914年までで、記録では違反者は最低3日間、最長で3週間程度収監された。最初の3日間はパンと水のみ、4日目からは差し入れが許されるという規則もあり、一般社会にくらべゆるやかだった。また、収監中も講義を受けることが奨励され、受講が終わると牢屋に戻るという生活を送ったという。◇学生はむしろこの学生牢への収監を名誉としていたともいわれ、この学生牢を「王座の間」、あるいは「グランドホテル」と呼んでいた。学生牢の中には、歴代の収監者の落書きがたくさん残っている。この学生牢は現在、同大学の博物館の一部として公開されている。
ハイデルベルク大学の旧学生牢, 壁の落書きの写真 1/2
1879年6月23日から27日まで この牢屋に収監されていた 4人の学生たちの落書きが見える。

ハイデルベルク大学の旧学生牢, 壁の落書きの写真 2/2
写真の左端に日本人女性の名前が見える。1974. 3. 22 かな, そもそもこの 学生牢が実際に使われていたのは 1712年から1914年にかけて ということだし, これはまぁ日本人旅行者(もしくは当時の留学生?)による落書きってことかな。歴史的に重要な「落書き」のところにその歴史と関係ない「落書き」をしたのだとしたら, これはかなり「いただけない」行為だけどなぁ。他にも日本人らしき名前が見え, さらにその他にも年代からして怪しい落書きが。
真ん中にあるのは, 1906年2月20日 のハイデルベルク大学学生の落書きか。この学生, 後々ナチスに感化されず, 少なくともナチスの罪に関与しなかったのなら救われるなぁ, などとつい考えてしまうのだが。それって考え過ぎと言えば,
考え過ぎ https://youtu.be/CDi64fShuS0 ♫
「それって考え過ぎと言えば」考え過ぎかな(笑)。上記「ナチスの罪」に関しては, いくらでも考えていいのかもしれないが。いやそれだけでなく, 前世紀だけではなく今世紀にも受け受け継がれる, 今の時代も続く現代ドイツの罪についても。
ともあれ(!), ハイデルベルク大学 旧学生牢, 壁の落書き 写真, その弐。

"When I think back on all the crap I learned in university, it’s a wonder I can think at all, and though my lack of edu—cation hasn’t hurt me none, I can read the writing on the wall" 🎶
大学で 習ったガラクタの全てを思い起こしてたんだけど
驚きだね、僕はいま何だってじっくり考えられるんだから
まぁそもそも学校の勉強なんか出来なくたって困ったことないし
ほら、壁の落書きだって読めるんだぜ
"When I think back on all the crap I learned in high school, it’s a wonder I can think at all, and though my lack of edu—cation hasn’t hurt me none, I can read the writing on the wall" 🎶
高校で 習ったガラクタの全てを思い起こしてたんだけど
驚きだね、僕はいま何だってじっくり考えられるんだから
まぁそもそも学校の勉強なんか出来なくたって困ったことないし
ほら、壁の落書きだって読めるんだぜ
Kodachrome, 歌詞和訳
Kodachrome, the opening track from Paul Simon's third solo studio album "There Goes Rhymin' Simon" released on May 5, 1973 🎶
英語原詞 https://genius.com/Paul-simon-kodachrome-lyrics
高校で習ったガラクタの全てを思い起こしてたんだけど
驚きだね、僕はいま何だってじっくり考えられるんだから
まぁそもそも学校の勉強なんか出来なくたって困ったことないし
ほら、壁の落書きだって読めるんだぜ
コダクローム
イカした明るい色をくれるし
夏の緑だって分けてくれる
世界中が青空だって思わせてくれるほどさ、だろ?
それにナイコン(ニコン)のカメラだって手に入れたんだ
だったら写真撮るのは楽しくてたまらなくなるよね
だからママお願いだよ、僕のコダクロームを取り上げないで(*a)
独身時代に知り合った女の子みんなの写真を撮っていて(*b)
一晩のうちにまとめて持ってきたとするよ
でもそれって僕の甘美な想像にはかないっこないんだよ
白黒写真じゃ全てがつまらなく見えてしまうんだから
コダクローム
イカした明るい色をくれるし
夏の緑だって分けてくれる
世界中が青空だって思わせてくれるほどさ、だろ?
それにナイコン(ニコン)のカメラだって手に入れたんだ
だったら写真撮るのは楽しくてたまらなくなるよね
だからママお願いだよ、僕のコダクロームを取り上げないで
コダクロームを取り上げないで
コダクロームを取り上げないで
コダクロームを取り上げないで
コダクロームを取らないで
コダクロームを取らないで
コダクロームを取り上げないで
コダクロームを取らないで
僕を放っておいて
コダクロームを取り上げないで
コダクロームを取らないで
コダクロームを取り上げないで
........................................................ 🎶
*a "mama" は普通に「母さん」の意味の「ママ」なんだろうか。それがちょっと分からない感じも。筆者は自身の母親を「ママ」と呼ぶことなどなく日本語で「母さん」とか「お袋」としか呼ばないが、それはともかく、アメリカでも夫婦の子どもが小さいうちは子どもの前では夫が妻を「ママ」と呼ぶ時もあるにはあるわけで。やっぱ、「母さん」の「ママ」なのかな。しかし歌詞の中で "If you took all the girls I knew when I was single .." なんてくだりもあるもんだから、この歌の中の "mama" って何なんだろうという気がしないでもない。
*b "If you took all the girls I knew when I was single" の "girls I knew" は「知り合った女の子」にしたけれど、「つき合った女の子」という日本語にした方が面白い、もしくは楽しい感じはする。英語の "knew" でもそこまで含みが持たされる場合があるのではと思うんだけど、実際のところどうなのかな。
フランクフルト・マインツ・コブレンツ 〜 ライン下りして 「ローレライ」
1983年6月15日 から 2泊3日滞在した ハイデルベルク を 6月17日 に発ち, フランクフルト に行って, そこでまず 1泊。翌 6月18日 朝, フランクフルト から マインツ に出て, マインツ 〜 コブレンツ 間を ライン下り, 城や ローレライ を見物した。

Take Me to the River (Al Green) from Annie Lennox's 1995 album Medusa
ライン下りして 「ローレライ」 〜 Take Me to the River (アル・グリーン, トーキング・ヘッズ, アニー・レノックス)♫
ミュンヘン・フュッセン 〜 ノイシュヴァンシュタイン城
前章のライン下りをした後, フランクフルト に戻って, もう 1泊。つまり, フランクフルト には 1983年6月17-18日, 2泊3日滞在した。翌 6月19日 フランクフルト を出て, シュツットガルト で途中下車してから, ミュンヘン へ。
以下, 下掲 note 第2章より, その冒頭部分を引用。
そう, ミュンヘンだけど, 写真は 1枚も撮ってない。ハンブルクもそうだったけど, そういや, フランクフルトも, 滞在しながら写真は撮ってない。6月17日にハイデルベルクを発って, 17日, 18日とフランクフルトに2泊しているけれど, 前章でリンク貼った "ライン下り「ローレライ」note" にある通りで, フランクフルトから「出てまた戻る」してマインツ 〜 コブレンツのライン下りをした際は写真を4枚(だけ, 笑)撮っているものの, フランクフルトでは何も撮らなかった。
今のスマホ時代ならこれは有り得ないね。当時の自分はソ連, ヨーロッパ, 中東, アジアを長旅するつもりで, 金の次に節約を心掛けざるを得なかったのがフィルム。まぁこれだって今思えば, いくらいわゆる「貧乏旅行者」だったにしてもフィルム代はめっちゃくちゃ高かったわけではないのだから(よく憶えてないが多分!), もう少し撮っておいても良かったかなと。
しかし旅日記の方は, これは欠かさず, 毎日毎日書いている。金かかるわけじゃないしなぁ(笑)。
6月20日, 前日より 1泊2日滞在した ミュンヘン を発って, フュッセン へ。そしてその日は, ノイシュヴァンシュタイン城 近くのペンションに 1泊。
下掲 note 掲載写真 8枚から厳選(笑), 1枚。

ノイシュヴァンシュタイン城を訪ねて
ダッハウ強制収容所(ナチス・ドイツによる最初の強制収容所)跡を訪ねて
ダッハウ強制収容所 跡, 訪問 〜 1983年6月21日
写真は 7枚 掲載。
ドイツは今も 「ナチス・ドイツ」 なのか 〜 今や人類に関し最も絶望的な気分にさせる国, ドイツ
あれから 40年余, ドイツがこんな国に成り下がるとは … というか, これはあの頃は見えていなかっただけの「ほとんど第二次世界大戦終戦(敗戦)直後からずっと存在しているドイツの闇」(それも真っ黒い, どす黒い影)なのではないかと 今は思えるのだが。
ドイツ 〜 今や人類に関し最も絶望的な気分にさせる国,
Ursula von der Leyen も ドイツ人 〜 Never Again は「イスラエル批判をしないユダヤ人だけは守ります」という意味だったドイツの政治家
🇺🇸 🇮🇱 地上最大の「悪魔」同盟 〜 🇩🇪 ドイツも加えりゃ, 21世紀の真の「悪の枢軸」
もう一度 〜 今や人類に関し最も絶望的な気分にさせる国, ドイツ
In the Flesh? 〜 Roger Waters, Scorpions, and the Rundfunk Orchestra & Choir, from "The Wall – Live in Berlin", a live concert in Berlin by Roger Waters & other guest artists, on July 21, 1990
1983年だけでなく 1990年当時も, 「ほとんど第二次世界大戦終戦(敗戦)直後からずっと存在している」のであろう「ドイツの闇」(それも真っ黒い, どす黒い影)は, まだ世界の多くの人々に見えていなかった。
ドイツの旅, 1983年 part I 第1章(前口上の代わりに, いきなりの「因みに」 〜 あれから 40年余, ドイツがこんな国に成り下がるとは)でも書いてたよ。
さてさて, 今日は さらに。
In the Flesh? 〜 from Roger Waters' The Wall (LIVE)
さらに。
“Comfortably Numb Re-Imagined” now available to hear.https://t.co/vNihUQOwlf pic.twitter.com/WKyHc34iIP
— Roger Waters ✊ (@rogerwaters) June 14, 2026
最後にもう一度 〜 今や人類に関し最も絶望的な気分にさせる国, ドイツ
ではでは。
ドイツ (「西ドイツ」) 再訪までの "あらすじ"
シベリア鉄道で, モスクワに向かっていた 〜 43年前の初夏(1983年4-5月)
北欧諸国を旅していた「今頃」 〜 22歳, 1983年5月
ドイツの旅, 1983年 part I 〜 「西ドイツ」「東ドイツ」
初めての パリ 〜 1983年6月の10日間
スイスの旅 〜 1983年6月, たったの 3日間
"Every Picture Tells a Story" (Rod Stewart) 〜 歌詞和訳
Every Picture Tells a Story, 歌詞和訳
Every Picture Tells a Story 〜 written by Rod Stewart and Ronnie Wood, included as a title track on the third album by Rod Stewart, released on May 28, 1971 🎶
英語原詞 https://genius.com/Rod-stewart-every-picture-tells-a-story-lyrics
しばらくの間 おれってダメな奴かもって思ってた
鏡の前に立って
何百回と髪をとかしても(*1)
結局は代わり映えしない俺がそこにいるだけ
親父がおれに言ったのさ、「息子よ、世の中を見てくるがいい
家を出て行ったって咎めたりしない
だけど覚えておけ、現を抜かすんじゃないぞ
お前の金を掠め取るような女にはな」(*2)
で、おれは出かけたってわけさ
パリは身を隠せる場所だった
周りに馴染めないって思ったらね
だけどフランスの警察は平和をくれなかったのさ
連中はおれのことを汚らしい奴だって言うんだ
セーヌの左岸に降りて物思いに耽ってて(*3)
押し寄せてきた群衆にノックアウトされたら
平和的な暴動を扇動したって罪で逮捕されちまった
おれはその時ほんとはお茶一杯飲みたかっただけだぜ
なのに責任取らされたってわけさ、ったく
その後も旅を続けたよ
ローマに行ったけど何か物足りなかった
若い奴が生きてくための何かがね
おれの体は悪臭を放ってたけどそのまんま、憂鬱だった(*4)
まさに運も尽きて落ち目って時にね
ほんとに破れかぶれ、やけになって
観光客用の見せ物みたいになってた
それで思ったよ、ここから出なくちゃってね
バチカンに行ったって認められるわけないし
そんな気もなかったさ、あるわけない
東に向かって出かけたぜ、聞いてくれよ
北京のフェリーに乗ったら楽しい気分になったんだ(*5)
こっちに戻る船の中のことさ
切れ長の目の女と恋に落ちたってわけ
東洋の月明かりに感謝しなくちゃね
上海のリルは決してピルを使わない
ピルなんて自然じゃないわよって言うんだ
で、おれを甲板に連れて行って首に歯を当ててきたよ(*6)
なんてこった、彼女と出会えたなんて上出来だよ
ほんとさ、最高の気分だったよ
ちょっと待ってくれ
おれはいま固く信じてるよ、結局大事なのは自分だってことさ
マジで思ったんだ、おれはほんとに完璧だってね
人間、どんだけおかしくなれるのかな
おれが今まで知った女たちには靴紐一つ結ばせなかったよ(*7)
ああいう女といると自由な気分でいられないんだ(*8)
だけどあの切れ長の目の女には心底やられたよ(*9)
彼女に出会ったことは神にでも感謝しなくちゃな
おれが伝えられる彼らの言葉の中に(*10)
旅してる最中のあんたに役立つものがあるとしても(*11)
彼ら、つまりディケンズやシェリーやキーツの言葉は使えないな(*12)
そんなの散々言われてきて手垢まみれだろうよ
どんな悪い状況でも最善を尽くす、でもって笑い飛ばすんだな
とにかくこんなとこまで来なくてもいいよ
覚えておくことさ、どう見えるかで何が起きたのか分かるんだ、だろ?
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どんな場面にも思い出があるのさ
どんな場面にも思い出があるのさ
どんな場面にも思い出があるのさ
どんな場面にも思い出があるのさ
どんな場面にも思い出があるのさ
どんな場面にも思い出があるのさ
どんな場面にも思い出があるのさ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
どの写真にも物語があるんだ
百聞は一見にしかずって言うよな
百聞は一見にしかずってね
百聞は一見にしかずって ...
............................................. 🎶
訳注は上掲 note に。
今日の最後は … しつこい(笑)。
