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シベリア鉄道で, モスクワに向かっていた 〜 43年前の今頃

初めての外国, それは今は無きソ連, ソヴィエト社会主義共和国連邦。CCCP, Союз Советских Социалистических Республик, 英語にするなら Union of Soviet Socialist Republics, USSR, 今日の投稿は Back in the U.S.S.R. 🎶

団体旅行は好きじゃない筆者ながら 1983年から1984年にかけてのバックパッカー海外「放浪」もどき一人旅の最初の2週間ほど, 横浜港を出てモスクワに着くまでの間については, 当時のソ連はその国柄から単独旅行よりもまだ団体旅行の方が「比較的」「あくまで比較的に」自由に行動できるということで, その間だけ 30人弱の団体旅行に参加していた, それが「モスパック」で, 「モスパック」参加者の半分は日本人, 残る半分は当時日本在住だった欧米中心の外国人たち,

下掲 note 第2章「モスクワ旅日記, 殴り書き」より

因みに今日のタイトル上の写真は, まだモスクワに近づいてはいない時, 同じくシベリア鉄道ながら, ハバロフスクからバイカル湖西岸の都市イルクーツクに向かう 3泊4日の列車の旅の途中, 1983年5月1日に撮った写真。その後, イルクーツクには 5月3日着, 同地に 1泊し, 再び シベリア鉄道で 東へ西へ, いや 西へ西へ, 今度は 4泊5日の列車の旅, モスクワには 5月8日着。


日本を発ったのは, 横浜港から

日本を発ったのは 横浜港から

日本を発ったのは 横浜から

横浜港からのフェリーで 筆者が 日本からリリースされたのは, いやそうじゃなくて 発ったのは, 1983年4月26日。

Y.O.K.O.H.A.M.A. が リリースされたのは, 1979年3月1日。

1. Prisoner
2. What Do You Want
3. Copenhagen Park
4. Sad Crown 嘆きのピエロ
5. Pub
6. Wiping in the Rain 雨に泣いてる
7. Minato-tei 港亭
8. Groovy Girl
9. Hey Darling
10. Chinese Queen
11. Honmoku Kidan 本牧綺談
12. America Across the Fence フェンスの向こうのアメリカ

俺が行ったのは「フェンスの向こうのアメリカ」ではなくて, 「ソ連の鉄のカーテンの向こうのヨーロッパ」, それから中東(西アジア)・アジア諸国だけど!

では, いざ, ソ連へ。

ソ連 「探訪」 〜 1983年4月28日・ナホトカ, 29日・ハバロフスク

今は亡き レーニン, いや勿論, 1983年においても 既にレーニンは「今は亡き」だけどね。しかし街の中ではこうして!

1983年4月29日, ソ連・ハバロフスク にて, 筆者撮影

シベリア鉄道の旅 〜 ソ連 「探訪」: 1983年4月30日, 5月1日・2日

シベリア鉄道の旅

1983年5月1日, 筆者撮影

シベリア鉄道で ソ連「国内」を移動, 再会したのは 筆者の当時の恋人 ルイーズ・ブライアント

アメリカ合州国出身のフェニミスト・ジャーナリスト・活動家だったルイーズ・ブライアント(Louise Bryant; December 5, 1885 – January 6, 1936 ... 1983年5月1日時点で没後47年余り)と 山本 剛(1960年911生まれ, 1983年5月1日時点では22歳!)が 恋人であるはずもなく, 再会するはずもなく, そもそも 俺はロシア革命を取材したアメリカ合州国のジャーナリスト, ジョン・リード(John Reed; October 22, 1887 – October 17, 1920)であるはずはなく, 当然 ルイーズ・ブライアントに会ったことなどないのであった(笑)。

1981年12月3日アメリカ公開, 1982年4月10日日本公開の映画 Reds は, 学生時代に札幌の映画館で観たよ!

1979年4月 入学, これは学生時代 後期。あの映画のことは確か書いてないけど。

えーい, これはついでだ。1983年4月26日 ユーラシア大陸「ほぼ」一周旅行への出発(旅立ち) 〜 旅立つ前と後に読んだ本、旅立つ前に聴いていた曲 ♫

これもついでだ。なぜか, ピアソラ と サラサーテ と 鈴木清順 「ツィゴイネルワイゼン」

話を戻して,

シベリア鉄道の旅 〜 ソ連 「探訪」: 1983年4月30日, 5月1日・2日

これです。

シベリア鉄道「途中下車」 イルクーツク 〜 ロシア人少年少女に声かけられフリスビー, 彼らの中学校に招待された 1983年5月3日, 4日

上の 1枚はもちろん 中学生じゃないよ(笑)。

赤軍兵士 〜 1983年5月3日, ソ連・イルクーツク にて, 筆者撮影
1983年5月3日, ソ連・イルクーツク にて, 現地の中学校で生徒や校長先生と

シベリア鉄道の旅して着いた ソ連・モスクワ 〜 1983年5月8, 9, 10日

43年前のモスクワへ

玉葱御殿(笑), クレムリン へ 〜 1983年5月10日, 筆者撮影

以下の写真, "84" に見えるのは もちろん カメラの設定ミス, 実際には 1983年5月10日のモスクワ。

筆者の当時のロシア人の恋人(二人!)と 〜 1983年5月10日

再び「もちろん」, 上の写真は本物だよ(次節のノートにも掲載), でもキャプションの方は, 

Rod Stewart, 聴きますか。

ではでは, 話を戻して,

シベリア鉄道の旅して着いた ソ連・モスクワ 〜 1983年5月8, 9, 10日

これです。

1983年5月9日 〜 ソ連の対ナチスドイツ戦勝記念日当日, 首都モスクワにいたのだった。

ではでは。

1983年のソ連, シベリア鉄道の旅を思い出しながら ..

さらばシベリア鉄道

俺は「十二月の旅人」ではなかったけどね(笑)。

大滝詠一(1948年7月28日 - 2013年12月30日, 師匠に合掌), 聴きますか。

「想い出はモノクローム, 色を点けてくれ」(大滝詠一) 〜 「ナイコン(ニコン) と コダクローム で?」(ポール・サイモン),

ではでは, Kodachrome(ポール・サイモン)歌詞和訳

話を戻して 🎶

1983年のソ連, シベリア鉄道の旅を思い出しながら ..

ソ連, USSR 〜 "Back in the U.S.S.R.", ビートルズのあの曲を聴いて ソ連の歴史を齧った後, パロられたチャック・ベリー "Back in the U.S.A.", ビーチ・ボーイズ "California Girls" も聴いてしまう ♫

さらばシベリア鉄道,

いや, 今日のところは これにて さらば。

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