見出し画像

色がついていない。知らずに生きてきた半世紀|note振り返り 4ヶ月

noteを始めて4ヶ月。

毎月の振り返りが楽しみになっている。

3ヶ月目の振り返り記事の最後に、書いたこと。

「今までの森を抜けたような気がする。次はどんな景色が待っているのだろう」


そして、今、私は、確かに新しい景色を見ている。


前回の記事「風が通ると何が見える?」で書いたことが、まさに今の私の状態を語っていると思う。  


「アファンタジア」

この1ヶ月で一番大きかったのは、自分がアファンタジアであると知ったこと

私がはじめて「アファンタジア」という言葉を知ったのは、noteで、2か月前。

そのときの私は、「イメージができない人たちがいる」という理解だけだった。

私はイメージはできる。

だから、私は違うな。

でも、そういうタイプの人がいるんだな。

もしかしたら、私の生徒の中にもいるかもしれないな、と。

どこか、少し距離のある理解だった。


それから、1ケ月ほど経ったころに、今度はnote ではないところから、アファンタジアに関する記事が流れてきた。

「これ、知ってる。イメージができない人たちのこと。」

そう思いながら、何気なく読み始めた。


そこで目に入った言葉が、

「鮮明な色がついているイメージ」

だった。

色……?

あれ?

私、何かをイメージしたときに、

色って、ついてない。

えっ?

いったいどういうこと?

頭の中が一気にグルグルしだした。



ちょうど、長男が帰省しているときだったので、慌てて、確認した。

「何かイメージした時って、カラーなの?
リンゴとか、色が見えてる?」

 長男は、不思議そうに、

「えっ?そうだけど、、、?」

「私、色がない」

「白黒?」

「でも、ない。」

長男は、ちょっと笑いながら、 

「じゃあ、何も見えてないってこと?」

「そうじゃない! なにかは在るの!!」

「。。。意味わからない」



私は「イメージできている」と思っていた。
でもそれは、多くの人が言う「映像としてのイメージ」とは、どうやら違うもの。



それから私は、出会う人たちに、質問をして回った。

「あなたがイメージするとき、そこに色って、ついてる?」

すると、答えは100%「ついている」だった。


その中で、私の状態を「わかる」と言った人が、一人だけいた。

その人は、かなり特殊だと思う。

その人は、こう説明してくれた。

「後頭部の後ろあたりでイメージすると、色はつかない。

でも、それを目の前に持ってくると、
色がつく。」

どういうことなのか、さっぱり分からなかった。

私もやってみたけれど、というより、

何をどうすればいいのかが分からなかった。

それでも、「見えていないわけではない」

という感覚を理解できる人がいたことが嬉しかった。



色はあるけれど、音声が弱い人たち


一方で、イメージに色はついているけれど、音声が弱い、というパターンの人たちも、何人かいた。

そのうちの一人が、こんな話をしてくれた。

友達に「鬼滅の刃、面白いから」と言われて、

漫画を貸してもらった。

読んでみたけれど、まったく面白くない。

ところが、映画を観た。

キャラクターに音声がついた。

もう一度、漫画を読んでみたら、面白さが分かった。



漫画や小説を読むとき、多くの人は、
頭の中で自然に「音声」をつけて読んでいる。

でも、その音声が浮かばないタイプの人にとっては、読み物の楽しさが、分かりにくいことがある。

それは、理解力の問題でも、想像力の問題でもない。

回路の違い。



そう考えると、「読書は良いこと」という考え方は、もう古いのかもしれない。

今は、オーディブルもたくさんある。

「読む」「聞く」を、自分の特性に合わせて使い分けられる時代。

どちらが正しい、ではなく、自分に合う入り口を選べばいい。



アファンタジアは、全体で見れば少数派。

でも、noteには、同じ感覚を持っている人たちがいる。

noteを始めたことが、ただの偶然だとは思えなくなってきている。

探しに行ったわけじゃない。

でも、ちゃんと出会っている。

この場所だからこそ、つながれた。


アファンタジアの方々を紹介します。

ひろさんと、竹数さん

ほかにもアファンタジアのクリエイターさんはいらっしゃいますが、

今回は、私が相互フォローさせていただいているお二人です。

アファンタジアについて、一人でも多くの人に知ってもらえるきっかけになればと思い紹介させていただきます。



アファンタジアという特性を持っている。

この発見は、私にとって衝撃であり、興奮だった。

忘れていた感覚や、引っかかっていた違和感が、一気によみがえり、つながっていった。

知らなかったけれど、困ってはいなかったと思う。

ただ、他の人たちと何かが違う、

そう感じることは、確かにあった。

でも私は、それを
「私が変なんだ」で終わらせていた。



自分のブループリントが、また見えてきた

私にとってブループリントとは、
書き換えるのではなく、思い出すもの。
(過去記事)


noteを始めて4ヶ月。

私は、新しい目で世界を見始めたように思う。



~ARYA~
最後まで読んでくださってありがとうございました。


いいなと思ったら応援しよう!

ARYA|天然石&ことばのクリエイター 応援していただけると嬉しいです。いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!

この記事が参加している募集