歯科医院の事務負担をどう減らすか。アメリカのDSOから考える、矯正歯科医院経営と承継のこれから
著者プロフィール

吉住 淳|医療法人社団生美会 理事長 / 株式会社Brace 代表取締役歯科医師
日本矯正歯科学会認定医。2016年に父の医院を事業承継し、2018年にSMILE ACCESS矯正歯科渋谷を開業。テクノロジーを活用し、適切な矯正治療をより身近にすることをテーマに、診療と事業の両面から業界に向き合っている。
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経営が得意だから、歯科医師になったわけではない──。そう感じたことのある先生は、決して少なくないのではないでしょうか。
歯科医師になるまでには、長い時間がかかります。大学で歯科医学を学び、臨床研修を経て、さらに矯正歯科を専門的に学ぶ場合は、そこから数年単位の研鑽が必要です。
その中で中心となるのは、診断、治療計画、臨床技術、患者さんとの向き合い方。一方で、経営、採用、スタッフ教育、集患、マーケティング、資金繰り、承継計画までを体系的に学ぶ機会は、決して多くありません。
それでも開業した瞬間から、歯科医師は「医療者」であると同時に「経営者」になります。
この構造に対し、近年アメリカでは一つの仕組みが広がってきました。それが、DSO(Dental Service Organization)です。
DSOとは?

DSOとは、歯科医院の「臨床以外の領域を支援する組織」です。アメリカ歯科医師会(ADA)は、DSOを「歯科医院に対して、管理・マーケティング・非臨床領域の支援を提供する組織」と説明しています。
具体的には、採用、人事、請求、保険対応、集客のためのマーケティング、会計、経営管理など、医院運営に関わるバックオフィス業務を担います。一方で、診断や治療など臨床に関する業務は歯科医師が行います。
このDSOは、「歯科医師が臨床に集中しやすい環境をつくるための役割分担」として発展してきたモデルであり、アメリカでは一般的な選択肢のひとつになりつつあるのです。
アメリカ歯科教育協会(ADEA)の2023年調査では、卒業後すぐに開業医、つまり民間の歯科医院で働く予定の歯学部上級生のうち、34%がDSO提携医院での勤務を希望していると報告。2018年の同調査では16%だったため、5年間でほぼ倍増したことになります。
この数字からも、DSO提携医院は一部の例外的な就職先ではなく、若手歯科医師にとって現実的な進路のひとつとして広がっていることがわかります。

同じADEAの2023年調査では、歯学部上級生の多くが、患者や同僚とのコミュニケーション、専門職としての倫理観、臨床的意思決定などには高い自信を示しています。
一方で、「成功するビジネスを管理する準備ができている」と答えた割合は53%にとどまりました。
歯科医師として患者さんに向き合う準備はできていても、開業後に求められる経営まで十分に準備できていると感じる学生は、必ずしも多くない。このギャップも、DSO提携医院が若手歯科医師の進路として存在感を増している背景の一つと考えられます。

若手歯科医師がDSOを選ぶ背景
ADA Health Policy Instituteのデータでは、2024年時点で、卒後10年以内の歯科医師の4人に1人以上がDSO提携医院で働いていると報告されています。これは、より年次の高い歯科医師層と比べても高い割合であり、若手歯科医師の進路としてDSO提携医院の存在感が増していることがうかがえます。

このように、若手の歯科医師がDSOを選択する背景には、いくつかの理由があると考えられます。
一つは、開業に伴う経済的負担です。アメリカ矯正歯科学会(AAO)は、矯正専門医が卒業時に抱える学生ローン残高について、平均567,000ドル(日本円で約9,100万円)に達すると報告しています。
開業すれば設備投資、内装、人材採用、広告、システム導入、運転資金など、多くのコストが発生。矯正歯科であれば、セファロ、口腔内スキャナー、診療システム、長期管理体制など、一般歯科とは異なる投資や運用設計も必要です。
日本とは教育制度や学費の仕組みが異なるため単純比較はできませんが、若手のキャリア選択に「初期投資を抑えたい」「安定した収入を得たい」という現実的な判断が影響していることは間違いありません。
もう一つは、歯科医師の仕事が複雑化していることです。
採用、教育、集患、口コミ対応、デジタル化、システム導入、労務管理、経営数値の把握。
これらをすべて院長一人で担うには、相当な負荷があります。
臨床に集中したい。けれど、医院を運営する以上、経営からは逃れられない。
「自分の医院を持つこと」は、今も歯科医師にとって大きな目標のひとつです。しかし、すべての歯科医師が、臨床と経営の両方を一人で背負い続けることが、本当に最適なのでしょうか。
アメリカでDSOが広がっている背景には、まさにこうした現実があります。
DSOは矯正歯科にも
アメリカで広がりつつあるDSOの考え方は、一般歯科だけでなく、矯正歯科にも浸透しはじめていることをご存知でしょうか?
矯正歯科に特化した支援組織は、OSO(Orthodontic Service Organization)と呼ばれることがあります。代表例の一つであるSmile Doctorsは、自社を「米国最大の矯正歯科特化型OSO」と位置づけており、2026年時点で580以上の拠点を展開していると発表。
OSOの特徴は、矯正歯科医に対して、採用、人事、マーケティング、IT、経営管理などの非臨床領域を支援し、矯正歯科医が診療に集中しやすい体制を整える点にあります。
また近年は、医院名や地域で築いてきたブランドを残しながら、経営や人事、マーケティングなどの運営面だけを外部組織が支援する「Invisible DSO(IDSO)」と呼ばれるモデルも参入しています。
(※DSOでは、医院名をグループブランドに統一するケースもあれば、地域で築いてきた医院名を残すケースもあります。)
ただし、DSOやOSOにはさまざまな形があり、すべてのモデルが同じであるというわけではありません。誰が治療方針を決めるのか、医院名をどう扱うのか、スタッフ体制や患者さんとの関係性をどう守るのかは、提携先や契約内容によって大きく異なります。
そのため、日本の矯正歯科医院がこの考え方から学ぶべきなのは、単なる効率化ではなく、「臨床と非臨床業務をどう役割分担するか」という視点であると私は考えます。
DSOの課題
もちろん、DSOも完璧な仕組みではありません。
経営支援が強くなることで、歯科医師自身の臨床判断が制限されるのではないか?数字や効率が優先され、患者さんにとって本当に必要な治療判断が揺らぐのではないか?医院の理念や文化が変わってしまうのではないか?
こうした懸念は、アメリカでも議論されており、ADAも歯科医師の「臨床判断の独立性」について、第三者による過度な介入や、業績指標が治療判断に影響を及ぼす可能性に注意を促しています。
特に矯正歯科は、診断や治療計画に専門性が強く表れる分野です。さらに、治療期間が長く、患者さんとの信頼関係も治療を進めるうえで重要になります。
そのため、日本でDSOのような考え方を取り入れる場合、単に「経営を効率化する」だけでは不十分なのです。
誰が、どこまで医院を支援するのか。臨床判断の主体は誰にあるのか。医院名や理念、患者さんとの関係性をどのように守るのか。こうした設計こそが、これからの日本で問われる部分ではないでしょうか。
「医院をつなぐ仕組み」としての考え方
日本の歯科医院は、今も個人院長によって支えられている部分が大きい医療です。
厚生労働省の資料でも、回答のあった歯科診療所の開設主体は、個人が75.2%、医療法人が22.7%とされています。

院長自身が診療を行い、患者さんと向き合い、スタッフを育て、地域の紹介元との関係を築いていく。その積み重ねが、一つの医院の価値になっています。一方で、経営や採用、集患、承継まで院長一人に集中しやすいという課題も少なくありません。
アメリカのDSOから日本が学ぶべきなのは、臨床の専門家が臨床に集中できるように、「非臨床領域をどう支えるか」という考え方だと感じています。
医院名を変えることでも、院長の診療哲学を薄めることでもない。先生が積み重ねてきた診療を次につなぐために、経営や運営の負担を適切に分担する。
そのような形であれば、日本の矯正歯科においても、DSO的な考え方が十分に広がっていく可能性があると感じています。
「臨床に集中できる」を当たり前に

SMILE ACCESSのプロパートナーズ、及び承継サービスは、アメリカのDSOモデルをそのまま日本に当てはめるものではありません。
私たちが目指しているのは、矯正歯科医と矯正歯科医院の価値を守りながら、臨床と経営の役割を整理することです。
歯科医師が本当に力を発揮できる場所は、診療室の中にあります。それは、開業前の若手歯科医師だけでなく、長年医院を支えてきた院長にとっても同じです。
経営の負担を少しずつ整理しながら、臨床に向き合う時間を残す。患者さんへの責任を果たしながら、医院の未来を次につなぐ。
閉院か、売却か、無理に続けるか。その三択だけではなく、承継という形で医院の価値を残す選択肢があってもよいはずです。
アメリカのDSOが示した「臨床と経営の役割分担」「歯科医師がすべてを一人で背負わなくてもよい」という考え方は、日本の矯正歯科においても、医院を次につなぐためのヒントになるのではないでしょうか。
現在、私たちはb-alignやSMILE ACCESS、矯正歯科医院の承継支援などを通じて、矯正歯科医・歯科医師の先生方がより臨床に向き合いやすい環境づくりに取り組んでいます。
承継支援では、承継に悩む矯正歯科医の先生からのご相談を受け付けています。現在の医院の状況や今後の診療継続について、まずはお気軽にご相談ください。
お問い合わせは、下記より承っております。
※お問い合わせの際は、項目欄にて『承継・事業譲渡について』をご選択ください。
本記事の内容は、2026年6月時点で確認できる情報に基づいています。
【引用・参考資料】
・American Dental Association(ADA)
「DSO 101: What to know about dental support organizations」2024年
https://adanews.ada.org/new-dentist/2024/web-exclusives/dso-101-what-to-know-about-dental-support-organizations/
・American Dental Education Association(ADEA)
「Dentists of Tomorrow 2023」
https://www.adea.org/home/publications/research-and-data/graduating-oral-health-students/dentists-of-tomorrow-2023
・American Dental Association Health Policy Institute(ADA HPI)
「HPI: More new dentists affiliated with DSOs」2025年
https://adanews.ada.org/new-dentist/2025/november/hpi-more-new-dentists-affiliated-with-dsos/
・American Association of Orthodontists(AAO)
「AAO Leading on Student Loan Debt Challenges and Opportunities」2026年
https://www2.aaoinfo.org/aao-leading-on-student-loan-debt-challenges-and-opportunities/
・厚生労働省
「歯科医療提供体制・歯科医師の現状について」
https://www.mhlw.go.jp/content/10804000/001533278.pdf
・American Dental Association(ADA)
「Clinical Autonomy in Dentistry: An Ethical Perspective」2026年
https://www.ada.org/-/media/project/ada-organization/ada/ada-org/files/about/principles/cebja-statements-and-white-papers/clinical_autonomy_0922025.pdf
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