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吉本ばななさんのnoteから考える「人格」が価値になる時代。創作の未来は「関係性」にあるのかもしれない(#創作論 #Web小説 #note #吉本ばなな #有料記事 #エッセイ #生成AI)

こんにちは。こんばんは。
普段はラノベを書いている「うら表紙」と申します。

ここ最近、文芸作家を取り巻く環境について大きな話題が続いていました。
つい最近も、大手書店15社が取引や流通のあり方を見直す共同声明を発表したばかりです。

「これから出版はどうなるのか」

そんな不安の声が飛び交う中で、私は別のことを考えていました。

それは――

ひょっとすると
今、創作者にとって新しい希望が生まれ始めているのではないか、
ということです。

そのきっかけのひとつが、吉本ばななさんのnoteでした。
500円の有料記事に多くの人が集まり、大きな反響を呼んでいました。
もちろん、吉本ばななさんが著名な作家だからという理由もあるでしょう。

けれど、そんな有名な作家さんもnoteで発信をはじめたというところが
すごく気になったのです。

その理由を考えていたとき、昔のYouTubeを思い出しました。

当時のYouTubeは、
テレビという巨大メディアから見れば「素人の遊び場」のような存在でした。

しかし結果として、
YouTubeはテレビと肩を並べる、
あるいはそれ以上の影響力を持つようになりました。

なぜ、個人発信のYouTubeが
莫大な予算とプロの技術で作られたテレビに勝てたのでしょうか。

私は、その価値の中心が「人」にあったからだと思っています。

テレビが完成された番組を一方通行で届ける仕組みだったのに対し、
YouTubeでは発信者の考え方や日常、試行錯誤の過程まで共有されます。

視聴者は作品だけでなく、その人自身に共感する。
だからこそ、
配信者と視聴者の間にはテレビにはなかった距離の近さが生まれました。

クオリティだけではなく、
「誰が発信しているのか」が価値になったのです。

ライブ配信などを見ていると、そのことがよく分かります。
配信者と視聴者が同じ時間を共有し、一緒に盛り上がっている。
そんな関係性は、従来のテレビでは実現できません。

私は今、
YouTubeで起きた「大きなシステムから個人へ」という変化が、
文章の世界でも始まっているように見えます。

以前は、
作家の言葉は「本」という形に整えられ、
出版社や書店という強力なインフラを通して読者へ届けられていました。

私自身、Web小説を書いているので、
どうしても「書籍化できるか」「賞を取れるか」という、
システムに選ばれる出口ばかりを考えてしまいます。

でも、読者が求める価値そのものが変わり始めているのだとしたらどうでしょう。

完成された作品を読むだけではなく、作家の考え方や創作の過程に触れる。
書き手から直接言葉を受け取る体験そのものを楽しむ。

YouTubeと同じように、
「個人」や「プロセスの共有」に
新しい価値が生まれているのではないでしょうか。

AI技術が発展すれば、
整った文章や破綻のない物語は誰でも作れるようになります。

けれど、
いくら完成度が高くても、
そこに「誰が書いたか」がなければ、
人の心を深く動かすことはできません。

完成されたテキストが世の中に溢れるからこそ、
生身の人間が書いた言葉の価値はむしろ高まっていく、
私はそんな気がしています。

だからこそ、
自分の言葉を必要としてくれる人と直接出会い、
繋がれることには大きな希望があります。

文章の世界は、
これからますます「個人主体」の時代になっていくはずです。

そう考えると、
今このnoteという場所で
言葉を発信していることにも大きな意味を感じます。

noteは単なる文章の置き場ではありません。
作品だけでなく、
考え方や価値観、人柄まで伝わりやすい場所です。

だから読者は文章の向こうにいる「書き手」と出会うことができます。

私は、その出会いは人と人との“縁”に近いものだと思っています。

何かがきっかけで言葉を交わすようになったり、
何かがきっかけで興味を抱いたり、

その動機となる“何か”が生まれるのは、
文章の中に「人間っぽさ」や「らしさ」を
感じた時
ではないでしょうか。

たとえば、
ネットニュースの本文よりも、
その下のコメント欄を
つい長々と読み込んでしまうことってありますよね。

それは私たちが「無機質な事実」よりも、
「人間の反応」を探しているからだと思うのです。

みんなはどう思っているのだろう?
あ!私もこの人と同じこと思った!
こんな視点もあるのかぁ。

コメント欄を読みながら、そんなことを思う。

noteの文章も同じで、
整った情報より、
そこにいるはずの「人」を感じた時に、
はじめて興味が湧くのだと思います。

AIの時代だからこそ、ますます
“人柄の見える文章”や“繋がり”が
重要になっていくのではないでしょうか。

ここnoteはいち早くそういった変化が
見える場所
ではないかと思うのです。

思えば、創作というのは孤独で長い道のりです。
作品を作る喜びも苦しみも、
実際に創作をしている人でなければなかなか共有できません。

「note読まれない」
という苦しみすら、
noteで発信している人の間でしか共有できない感情です。

noetに限らず、
「私も創作しているよ」と
気軽に語り合える相手が身近にいる人は、
意外と少ないのではないでしょうか。

少なくとも私の周りには、
Web小説を投稿したり、
noteで発信したりしている人は一人もいません。

ブログを書いている人も、
SNSを積極的に使っている人も少ないのが現実です。

だから私は、こうした記事を書いているのかもしれません。

創作に向き合っている人にしか分からない
悩みや喜び、本音や発見を、
同じ熱量を持つ誰かと共有したい。
そんな思いが私を突き動かしているような気がします。

これから創作の世界がどう変わっていくのか、
未来のことはまだ分かりません。

それでも、
このnoteという場所で、
同じように創作に向き合う皆さんと、
これからも言葉を交わしていけたらとても嬉しいです。

これからも仲良くしていただければ幸いです。

●創作がつらくなったら、うら表紙のnoteへ

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●中の人はこんな感じです


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また明日の投稿でお会いしましょう。
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うら表紙|無名→書籍化の記録(WEB小説) 読んでくれたこと、心より感謝します。いただいたチップは真心と思い、大切にします。私は時間がかかりましたが、あなたが私よりもっと短い時間で、自分の人生を愛せるよう願っています。