なぜ今、市場は「自分に都合のいい異世界」であふれているのか。私たちは何を書けばいいのだろう|書籍化ログ(#創作論 #Web小説 #note #エッセイ#ランキング #読まれない)
こんにちは。こんばんは。
普段はラノベを書いている「うら表紙」と申します。
最近、小説を書いていて、不安になることがよくあります。
毎日のように創作市場について記事を書き、
「焦らなくて大丈夫です」
「一緒に頑張りましょう」
そんな発信をしている私自身が、実は一番不安だったりします。
このまま書き続けて、本当に大丈夫なのだろうか。
市場はどこへ向かっているのだろうか。
そういう不安が強いから、
私は創作市場を観察しています。
ランキングを眺めたり、
公募の傾向を追ったり、
出版社の動きを見たり。
少しでも不安の正体が分かれば、
安心して作品を書き続けられる気がするからです。
●市場を見ていて感じる不安
そんな中で、
最近ひとつ気になっていることがあります。
Web小説のランキングで評価される作品と、
出版社が「この作品を本として届けたい」と考える作品では、
見ているポイントが違うのではないか、ということです。
もちろん、
ランキングから書籍化される作品はたくさんあります。
それでも最近は、
出版社自身がテーマを設定した公募を行ったり、
ランキング以外から作品を探そうとする動きが
以前より目立つようになりました。
さらに、
それを裏付けるように、
ネット小説大賞では最高賞が該当なしとなり、
アイリス異世界ファンタジー大賞でも
最高賞の受賞作はなかったと聞いています。
ランキングで支持される作品はある。
でも、
出版社が「より多くの人に届けたい」と考える作品は、
また違うところにあるのかもしれない。
そんなことを考えるようになったのです。
ランキングを目指して書くこと。
そして、長く読まれる作品を書くこと。
この二つは重なる部分も多いけれど、
完全に同じではないような気がします。
「じゃあ私は、どこを目指して書けばいいんだろう。」
創作を続けていると、
そんな不安が何度も頭をよぎります。
●スマホが物語の「正義」を変えた
そんなことを考えていたある日、
ふと気付いたことがありました。
皆さんは、noteを見る時、
YouTubeを見る時、
Web小説を読む時は、
どのデバイスを使っていますか?
おそらく、多くの方がスマホを使っていると思います。
私もその一人です。
今では、映画もドラマも、小説も漫画も、
好きな時に、好きな場所で、好きな作品を楽しめます。
本当に便利な時代になりました。
でも、少し昔を思い出してみると、
エンタメの楽しみ方は今とはまったく違っていました。
好きな曲を聴くにはCDを買う。
音楽番組を見ながら必死になって歌詞を書き写す。
ドラマは一週間楽しみに待って、
野球中継が延長すると録画時間がずれて絶望する。
新作映画をレンタルしたら
二泊三日で返却しなければならず、
返し忘れて延滞料金に青ざめる。
漫画は本屋さんへ買いに行く。
今思えば、
エンタメにはたくさんの制限がありました。
でも、
それ以上に大きかったのは、
「誰かと一緒に楽しむもの」だったということです。
テレビは家族と見るもの。
アニメもドラマも、お茶の間で流れるもの。
漫画は兄弟・姉妹・友人と回し読み。
つまり、
エンタメは「公」の場で消費されることが前提だったのです。
ところが、
スマホが普及してから、その前提が大きく変わりました。
誰とも共有せずに
一人だけで作品を楽しむ。
エンタメは「公」から「個」へ移っていきました。
そして、
この変化が最も大きく表れたのが、
Web小説やYouTube、
TikTokのショートドラマなのではないかと思っています。
かつては、
多くの人が共有できる「正義」が物語の中心にありました。
ところが今は、
過剰に相手を破滅させる「ざまぁ」。
圧倒的な力で自分のルールを押し通す「俺Tueeee」。
人間関係の摩擦をすべて飛び越えた「奴隷ハーレム」。
全方位から愛され続ける「溺愛」。
現実なら賛否が分かれそうな価値観が、
物語の中では読者にとって気持ちのいい「正義」として成立しています。
私は、その理由の一つがスマホにあるのではないかと考えています。
スマホという個人デバイスが、
エンタメを「密室」で楽しむものへと変えた。
そこは誰にも見られない花園だからこそ、
人は自分の欲望を素直に肯定しやすくなる。
「公共の正義」よりも、
「自分が気持ちいいかどうか」。
その価値基準が、
物語にも反映されるようになったのではないでしょうか。
●ランキングと出版社のズレ
もしそれが正しいのだとしたら、
ランキングで評価されやすい作品と、
出版社が探している作品の間に
違いが生まれていることにも説明がつきます。
プラットフォームでは、
「密室」で読者一人ひとりに強い快感を与える作品が評価されやすい。
一方で、出版社は、
書店という「公」の場で、より幅広い読者に届く作品を探している。
ここで、一つの矛盾が生まれます。
「密室」で求められるエンタメは、
その瞬間の快感を生み出す力はとても強い。
でも、その快感はあくまでも個人の欲望に深く結びついたものです。
だからこそ、
それを現実社会の「公」の価値観へ持ち出した瞬間、
「本当にそれは正しいのだろうか」という視点が生まれてしまいます。
つまり、
「密室の正義」は密室の外へ出た途端に、
正義ではなくなってしまうことがあるのです。
私は、
このことが「長く続く熱狂」が
生まれにくい理由の一つではないかと考えています。
もちろん例外はあります。
しかし、
多くの人が共有できる作品や、
何年も読み継がれる作品を振り返ると、
「個人の快感」だけではなく、
「社会の中でも共感できる価値観」を
どこかに持っていることが少なくありません。
だからこそ、
出版社はランキングだけを見ているわけではないのでしょう。
ランキングが映し出しているのは、
「今この瞬間に多くの人が密室で求めているもの」。
一方で、出版社が探しているのは、
「密室を飛び越えて、多くの人へ届く物語」。
だから最近は、ランキングに頼るだけではなく、
テーマを設定した公募など、
「公」のエンタメを見つけ出す出版社の取り組みが
増えてきているのではないでしょうか。
たとえば
「ダークファンタジー」のような重厚なテーマでは、
都合よくすべてが解決する「密室の正義」は描きにくいですよね。
だからこそ、
そうしたテーマをあえて設定することで、
ランキングとは違う価値を持った作品を探そうとしているようにも見えます。
●私が書けるものは…
もしそうだとしたら、
これからの創作は
「密室のエンタメ」と「公のエンタメ」
という二つの視点を持つ必要があるのかもしれません。
自分が今、どちらの読者に向けて書いているのか。
それを意識するだけでも、
作品との向き合い方や届け方は大きく変わってくるはずです。
私の作品は完全に「密室のエンタメ」です。
これから「公のエンタメ」が書けるのかも正直自信がありません。
あなたは、
自分の作品をどちらのエンタメとして育てていきたいですか?
私はまだその答えを探している途中です。
●創作がつらくなったら、うら表紙のnoteへ
●サクッと読める毎日note(日替わり猫ちゃん付き♡)
●中の人はこんな感じです
――――――――――――
最後までありがとうございました!
この記事を気に入っていただけたら、
スキやフォローをいただけると嬉しいです。
また明日の投稿でお会いしましょう。
――――――――――――
いいなと思ったら応援しよう!
読んでくれたこと、心より感謝します。いただいたチップは真心と思い、大切にします。私は時間がかかりましたが、あなたが私よりもっと短い時間で、自分の人生を愛せるよう願っています。