アルゴリズムの外側にある“作家性”がなぜ今求められるのか。市場は“テンプレ”から“作家性”へと戻り始めている|書籍化ログ(#創作論 #Web小説 #note #ランキング #エッセイ #読まれない)
こんにちは。こんばんは。
普段はラノベを書いている「うら表紙」と申します。
noteでは、ラノベを書いている裏側で考えていることなどを発信しています。
●なぜ、あの人は消えてしまったのか
今日はプラットフォームのランキングについて思うことを素直に書くのですが、
私がこのテーマを考える時、必ず思い出す作家さんがいます。
かなり前に、カクヨムでとんでもない実力の作家さんと交流していた時期がありました。
私なんかでは足元にも及ばないレベルの表現力と、
圧倒的な歴史的知見を持った方でした。
文章を数行読めばわかるんです。
「あ、この人はレベルが違う」
そう思わせるだけの力がありました。
そして、
その人の凄まじい表現力と美しい描写力に
ちょっと憧れている自分もいました。
歴史を深く理解し、
人を見つめ、
言葉と向き合ってきた時間。
そういうものが文章から伝わってくるのです。
正直、
「なんでこの人がカクヨムにいるんだろう」
とすら思っていました。
いずれどこかの出版社に見つかるのだろう。
そしたらもっと大きな場所へ行くだろう。
いつも行く本屋さんの棚に本が並んだら絶対買おう。
そして「買いました!」ってコメント送ろう。
そんなことまで勝手に考えていました。
けれど、その方はある日、
近況ノートに苦しい胸の内を書き残し、
投稿作品を削除していなくなってしまいました。
私は今でも、その時の近況ノートをなんとなく覚えています。
もちろん細かな文面までは思い出せません。
ただ、「もう疲れてしまった」
そんな空気だけは今でも記憶に残っています。
当時の私は、その本当の理由がよくわかりませんでした。
だって、実力は圧倒的だったからです。
面白くないわけがない。
続けていたらきっと……。
それなのに、
なぜ書くことをやめてしまったのだろう。
数年経った今でも、
時々そのことを思い出します。
だから当時は、
その方がいなくなってしまった寂しさを抱えながらも
「たまたま運が悪かったのかな」
「ジャンルがちょっとマイナーだったのかな」
という風に考えていたのです。
●作家が向き合っているのは、読者ではなく「アルゴリズム」
でも、その後もweb小説を書き続けているうちに、
なんとなく思い当たる部分が出てきました。
ランキング上位にいる作品と、
私が心から「すごい」と思う作品が、
必ずしも一致していないのです。
もちろん、
ランキング上位には面白い作品がたくさんありますし、
私自身もその仕組みの恩恵を受けてきたので、
ランキングを否定したいわけではありません。
ただ、それでも、
長い間書いていると、
どうしても憤る場面に出会います。
「なぜこの作品が埋もれているんだろう」
そう思う作品がある。
逆に、
「なぜこんなに読まれるんだろう」
と驚く作品もある。
もちろん好みの問題もあります。
でも、それだけでは説明しきれない何かがある。
私はずっと、その正体がわかりませんでした。
けれど最近になって、
ようやくひとつの考えに辿り着いたのです。
ひょっとすると私たちは、
作品同士を競わせているようでいて、
実際には別のものに適応しているのではないか。
物語でも読者でもなく
その間に立っている「アルゴリズム」に。
もちろん、アルゴリズムに悪意はありません。
意思がないのですから作為的に何かしようなんてこともあり得ません。
それを思えば、感情や体調、価値観で
評価基準がコロコロと変わる人間より、よほど信頼できるくらいです。
けれど、アルゴリズムには見えないものもあります。
それは作者の努力です。
十回書き直した一文も、
三日悩んだ設定も、
何年も積み上げてきた知識も、
アルゴリズムには見えません。
見えるのは決まった評価基準の数字だけ。
クリックされたか
最後まで読まれたか、
滞在時間は長かったか、
反応はあったか、
その数字を手掛かりに、
ランキングやおすすめを決めています。
考えてみれば当然です。
アルゴリズムは作品を読んでいるわけではありません。
数字を読んでいるのです。
●すべての作品が似ていく構造
アルゴリズムには
文体の技巧も表現の妙も
一切関係ないのです。
小学一年生が書いた絵日記でも
クリック率や読了率が高く、
滞在時間も長く、
いいねや☆や応援がついていれば
高く評価します。
すると、何が起きるのか。
書き手は学習します。
読者が離脱しにくい導入。
反応が増えやすい展開。
更新頻度を維持しやすい構成。
ランキングに載りやすい形。
それらを研究するようになる。
実際、私もそうでした。
ランキングを見れば、
どんな作品が伸びているのかはわかります。
読者がどこで反応するのかも見えてくる。
創作において、
読者を意識することは大切なことです。
それ自体は間違ってないと思います。
ただ、その最適化が急速に市場全体で起き始めた時、
ランキングのタイトルがどれも同じような傾向のものばかりに
なってしまいました。
アルゴリズムが評価する方向へ、
書き手が一斉に適応していったのです。
そして、その構造が特にわかりやすく見えるのがカクヨムです。
もちろん、カクヨムだけの話ではありません。
小説家になろうも
TikTokも
YouTubeも
SNSも
これから普及していくAI検索も
多かれ少なかれ同じ方向を向いています。
ただ、カクヨムは仕組みが見えやすいので例として挙げます。
カクヨムにはサポーター(投げ銭)制度があります。
読者がお気に入りの作者を応援できる仕組みです。
私はこの制度自体は素晴らしいものだと思っています。
海外では読者が書き手を直接支える文化が根付いていますし、
創作で生きていく人が増えるためにも必要な仕組みでしょう。
ただ、その還元率の決まり方を知った時、
正直に言うと私は怒りを覚えました。
大まかに言えば、
毎日投稿する。
近況ノートを書く。
サポーター限定記事を書く。
そうした活動量が多いほど、
還元率が高くなる仕組みになっていたからです。
純粋な還元ではなかった…。
私はそれを理解した時、
ふと、あの作家さんのことを思い出しました。
もしあの人が
毎日投稿しながら
近況ノートを書きながら
サポーター向けの限定記事を書きながら
さらに作品の質まで維持し続けることを求められたら…
絶対に潰れてしまう。
作品も、その人も。
毎日投稿をすることと
あの作家さんの「才能」は全くの別物です。
ところがアルゴリズムは、
その違いを区別できません。
見えるのは結果だけです。
更新された。
投稿された。
反応があった。
数字が動いた。
書き手の能力や才能とは全く関係ない
別軸の数字で、
評価を下し、ランキングをつくります。
だから、書き手も、
そのルールを学習していく。
気付けば誰もが
物語を深く掘り下げる時間よりも、
更新を続ける時間の方が重要になる。
私はそこに、
あの作家さんが苦しんでいた理由の一端があると思っています。
●万人受けを狙うことで削ぎ落とされてしまう「作家性」
もちろん、更新頻度が高い作品が悪いと言いたいわけではありません。
毎日投稿できることも立派な才能です。
実際、毎日の投稿を楽しみにして、
それによって救われている読者さんもたくさんいるでしょう。
だから、私はそこを否定するつもりはありません。
もっと別の部分です。
アルゴリズムは、
どの作品が「良い作品」なのかを判断しているわけではありません。
簡単に言ってしまえば
「どれだけ人を集められたか」
だけを見ています。
だから書き手も、多く人を集められる書き方に寄っていきます。
読者が離脱しやすい導入は避ける。
理解に時間がかかる表現は減らす。
複雑な構成は使わない。
更新頻度を落とす要素は削る。
より多くの人に届く形を考えれば、
「簡単」にするのが一番だからです。
その努力自体は何も間違っていません。
ただ、市場全体で同じ努力が行われると、
どうしても似た方向へ収束していく。
最適化は効率を生みますが
多様性を削っていきます。
中央値から外れた数値を切り捨てるからです。
あの作家さんの作品を思い出すたびに、
特にそう感じます。
あの人の文章は今のラノベの基準で言えば
決して親切な文章ではありませんでした。
読む側にも集中力が必要でした。
読解力も必要でした。
けれど、その代わりに、
あの人にしか書けない景色がありました。
あの人にしか生み出せない言葉がありました。
だからおもしろかった。
悔しいことに、今の市場は、
そうした作品を見つけにくい構造になってしまっています。
●市場は繰り返す
でも、私はそこまで悲観はしていません。
なぜなら、
この状況が永遠に続くとは思えないからです。
これは創作に限った話ではありません。
人が同じ方向へ走り続けると、
必ず反動が生まれます。
ファッションでもアニメでも、
ゲームでも音楽でも。
服のトレンドがワンシーズンで切り替わるのと同じです。
市場はいつも、
均質化と多様化を繰り返しています。
web小説においては、
異世界テンプレのトレンドが
ちょっとだけ他より息が長かっただけの話。
だから私は、
今の市場と噛み合わないものを書いている人に対して、
あまり悲観しなくてもいいのではないかと思っています。
市場が均質化と多様化を繰り返している以上、
本当に強いのは、
書き続けてきた人だからです。
あの、いなくなってしまった作家さんが、
今も書いているのか、書いていないのかはわかりません。
ただ、もし今もどこかで書き続けているとしたら、
市場の流れが変わった時、
私たちがまだ見たことのない物語を真っ先に差し出してくれるのは、
そういう人なのではないかと思うのです。
だから私は、
今のアルゴリズムの指の隙間から零れ落ちてしまうような、
作家性の強い物語が再び評価される日は、
案外近いのではないかと思っています。
最近の市場を見ていると、
特にそんな気がするのです。
もちろん、それは今評価されている作品が
消えていくという話ではありません。
私は何度も書いていますが、
今アルゴリズムに評価されているテンプレートも、
これから先ずっと残り続けると思っています。
なぜなら、それは多くの読者に支持されてきた、
ひとつの完成形だからです。
その隣に、
別の価値が戻ってくるのだと思うのです。
効率では測れない文章。
深く考えさせられる物語。
没頭する作品。
そうしたものが、
もう一度きちんと見つけられる時代が来る。
私はそんな気がしています。
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●サクッと読める毎日note(日替わり猫ちゃん付き♡)
●中の人はこんな感じです
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