編集作業の変遷(新しくなっているPhotoshopとIllustratorを使ってみたかったなあ)
ハーマン・メルヴィルの言葉、
「人のまねをして成功するくらいなら、自分なりのやり方で失敗したほうがいい」
が好きだ。
ハーマン・メルヴィルはアメリカの作家で代表作は『白鯨』。


『白鯨』は前置きが長くて読みはじめると飽きそうになるが、途中からどんどん引き込まれていく凄い小説である。
メルヴィルの「人のまねをして成功するくらいなら、自分なりのやり方で失敗したほうがいい」という言葉に共感するのは、私が人真似が嫌いで、ほとんどのことを独習してきたからだ。
私は主に編集の仕事をしてきた。
当初はすべて手仕事で、鉛筆で企画書を書き、企画会議でそれを発表した。
ポジフィルムを使ったスライドはあったが、企画のプレゼン段階でそれを使うことはなかった。
手書きのイラストや表をコピーして編集部員に配り、プレゼンでその説明をした。
企画が通ると取材に入る。
企画書を作る段階で取材対象をピックアップしているので、アポを取るのは難しくなかった。
書籍で専門的知識を得るのは主に図書館で行った。
今のようにネットなんてなかったので、わからないことがあれば図書館で調べるか北大などの専門家たちに聞いて回った。
写真は自分で撮りにいった。
一眼レフカメラだったのでそれまで使ったことがなく、最初は戸惑ったがほぼ独学でいい写真を撮れるようになった(もちろんオートフォーカスではなかった)。
材料を揃えたら記事の執筆に入る。
手書きである。
どのような記事を書けば読んでもらえるか、どのように書けば読者にうまく伝えることができるか、これも考えて考えて独習した。
原稿ができたら何度も読み返して推敲(すいこう)を重ね、「よし」と思ったら原稿に赤ペンで書体(フォント)や大きさや字間や行間の指定をして写植屋に渡す。
写植は写真植字機の略で、昔の印刷物の文章はみな写植で打っていた(それ以前は鉛で作った活字版という細い棒〈その先に反転させた活字が浮き出ている〉を組んで印刷していた)。


写植屋から上がってきた印画紙を切り刻み、あらかじめ書いておいたレイアウト通りに台紙に貼っていく。
レイアウトも誰かに教えられたことはなく独学で修得した。
カッターと特殊な接着剤とピンセットを使っての細かい手作業である。
こうしてできたものを版下(はんした)と呼んでいた。

レイアウト通りに貼り終えたら、その台紙にトレッシングペーパをかけ、セロテープでそれを固定し、トレッシングペーパの上から赤ペンで指定していく。
文字に色をつけたかったらその指定、影をつけたかったその指定、写真の上にコピーを打ちたいときはそのコピーに「白くくり」と指定する。
白くくりとは白い縁取りのことである。

使用する写真(焼き付けしたもの)にもトレッシングペーパーをかけ、その上に赤ペンで線を引いて「この部分を使う」ことを明示する。
ここまでの作業を、小さい編集部では各自がひとりでしていた。
そういう経験者は、だから企画から取材、写真撮影、記事執筆、レイアウト、版下製作、指定と、すべてできる。
私もそうである。
このことが、後に編集作業をパソコンで行うようになったときにすごく役に立った。
この版下を印刷屋に渡す。
印刷屋はその版下を見て、写真を細かい点で構成されるものにし、それを指定通りに拡大したり縮小したりする。
文字が黒だけなら版下を写真に撮ってフィルムを作り、カラーものなら色ごとにフィルムを撮る。
それを特殊な溶液を塗ったアルミ版に乗せて特殊な加工をすると、インクの乗る部分だけが残って凸版になる。
このアルミ版を輪転機に巻いてインクを付けて印刷する。
カラーものなら、ひとつの印刷物につき少なくとも4枚の版を作り、それぞれに別の色のインクを付けて同じ紙に4回印刷する。
カラーの印刷物はこうして作られる。
このようなアナログ編集からデジタル編集に変わったのは、私が37歳のころである。
今から30年以上前だ。
印刷データ(版下)をパソコンで作るようになったのだ。
DTP(デスクトップ・パブリッシング=机上の印刷)という。

当時の私は喘息がひどくて職場で働けない状態だったのでフリーになっていた。
そのため自分でパソコン(Mac)を買い、必要なソフトは仲間に頼んでインストールさせてもらった。
その代表的なソフトは、Photoshop(フォトショップ)、Illustrator(イラストレーター)、Pagemaker(ページメーカー)などである。


その使い方を誰かに聞くこともできなかったので、独習して覚えた。
というより、冒頭で書いたように私は「人まね」が嫌いなので、当たり前のように独学したのだ。
企画書はワードとかで作ることが多かったが、原稿はテキストエディタで打った。
レイアウトはまず手書きでし、それを見ながらIllustratorで大まかなものを作った。
テキストエディタで打ったものをIllustratorに流し込み、書体や大きさを変え色を付けた。
写真はフィルムカメラで撮影した。
写真はスキャナーで読み込んでデータにし、Photoshopで拡大したり縮小したり加工したりした。
イラストは手書きしたものをスキャナーで読み込んで特殊なソフトで加工し、それをIllustratorに読み込んで配置した。
Illustratorでイラストを作ることもできたが、当時のIllustratorは機能が少なく、複雑なイラストや図形などを作る際には苦労した。
チラシやポスターやリーフレットなどはそれだけでデータを作成できたが、ページものになるとPagemaker等のソフトを使う必要があった。
こうして印刷データを完成させ、そのデータを印刷屋に渡した。
印刷屋はそのデータからフィルムと版を作って印刷した。
喘息治療が変革され、吸入ステロイド療法という画期的な治療法が外国からもたらされ、その恩恵を受けて私は再び会社員(編集)になった。


そのころインターネットが登場してホームページがちらほら出てくるようになった。
私はタグを打つことで『Zensoku Web』というホームページを作り、毎日更新するようになった(今はない。内容の大半は〈Zensoku Web〉というブログに移してある)。


そのころはホームページ作成ソフトなどなく、タグを打って作るしかなかったのだ。
タグについてはさすがにまるで知らなかったので、本を買ってきて、それを見ながら作った。
後にホームページビルダー等のソフトが出たが、『Zensoku Web』はずっとタグ打ちで作っていた。
なぜかというと、ホームページビルダー等でレイアウトしデザインしても、ブラウザで読み込むとレイアウトが少し崩れるからだった。
しばらくするとその欠点が解消されたが、それでも私はタグで作った。
仕事でホームページビルダーを使ったことはあるのだが、私にはどうもなじめなかったのだ。
このホームページビルダーの使い方も独学で修得した。
そのころデジカメが登場しが、当初のデジカメの画像は画素数が少なく、使えたものではなかった。
数年して画素数が格段に増え、写真はデジカメで撮影したものをPhotoshopで加工しIllustratorに読み込んで配置するようになった。
しかし今度はウツになり、フリーでも仕事ができなくなった。
やがて双極性障害(躁鬱病)になり、躁期には仕事をすることができるようになった。
ただし、そのころは40歳代後半になっていて、再就職ができなかった。
それでタクシー運転手などをして生きつないだ。
けれど双極性障害がひどくなり、普通の会社員ができなくなり、バイトしかできなくなった。
そのころになるとPhotoshopもIllustratorも革新的に機能を増やしていた。
写真の切り抜きや加工や文字の影付けなどが簡単にできるようになり、素材集やテンプレートまで備えていて、昔のように苦労して複雑なものを手作りしなくてもよくなっていた。
ということは昔の部下から聞いて知っていた。
ただしそれらソフトのCDを何台ものパソコンで使うことができなくなり、誰かにCDを貸してもらってインストールするなんてことはできなかった。
次にそれらソフトはサブスクになり、月々(または年々)の料金が高くて、私にはとても払える額ではなく、新しくなったそれらのソフトを使ったことはない。
今年になって、デザインに特化したDという障害者就労継続支援B型事業所(千歳)に入った。
そこには新しいPhotoshopとIllustratorがあると聞き、楽しみにして入所した。
しかし、使わされたのはCamvaというフリーソフトだった。
フリーとはいえCamvaはなかなかよくできたデザインソフトで、例えば字詰めとか行間調整もできる優れた機能を備えていた(ただし文字に斜体や長体や平体をかけられないしアウトラインをかけることもできない)。
素材集やテンプレートも入っていた。
しかし、無料で使用できる素材やテンプレートは限られていて、機能をすべて使えるようにするにはサブスクで金を払わなくてはならないものだった。

次に動画作成ソフトを使わされた。
Filmora(フィモーラ)というソフトである。

これもなかなかできたソフトだが、作成した動画を見るには、使用した動画や画像や音声データなどが入ったフォルダの中に動画データを入れて見ないといけなかった。
動画データだけを単独で取り出して見るにはエクスポート(書き出し)が必要だったが、無料でエクスポートするとエフェクトと動きなどが消え、ときには動画が途中で切れたりした。
ちゃんとした動画を見るには、やはりサブスクで金を払わないといけなかった。
職員は「有料版が使えるようにしますから数日待ってください」と私に言ったが、数日どころか1週間経ってもそんなことはしてくれなかった。
しかも、私が使っていたパソコンはどうやらチンケだったようで、動画を作っているとテロップと音声がずれたりした。
備え付けのイヤフォンがイカれていて、何とか音ずれがないように作っても音がずれて聞こえるのだった。
パソコンもイヤフォンもイカれていたのだ。
そんなものを与えていて、しかも私が自分の作りたい動画を勝手に作ったら職員が私につらく当たり、私は躁期から鬱期に入った。
それで辞めざるを得なくなって辞めた。
鬱期に入ると私は引きこもり状態になるからだ。

双極性障害の私を鬱期に突入させたほどひどい態度と言葉だった。
そのことについてこの事業所はいまだに謝罪さえしてこない。
ひっどい事業所である。
ああ、新しくなっているPhotoshopとIllustratorを使ってみたかったなあ。
